【J】淡緑覚醒
「問題はない。……どうだ、周囲。」
ゆっくりと立ち上がり受け身を取って軽く痺れる左腕を回した。真剣に周囲に目を走らす背に声をかける。
やはり結構な修羅場を生きてきている。本当にただの一般人なら動揺して動きが悪くなる。けれど、コイツは生き抜くために何よりも重要な状況判断に意識を切り替えた。
「十字路の真ん中って感じだね。地下にしては明るいのが不思議―。」
「お前ならどっちに行く?」
「団長、しがない一般人にそんな重要なことを聞かないでくださいよ。」
まだ言うか。尤も視線を向けたところで受け流してはぐらかされるのが落ちだということもこの短い時間で予想ができる。小さく舌打ちをしてこちらも周囲に目を走らせた。素材は回廊と変わらないようだが、ひとつ違うと言えばノアも指摘した明るさ。表だった照明があるわけではない。けれどぼんやりと発光している。
「あれ?」
「どうした。」
「天井にハートマークがある。」
見上げてもすぐにはわからず、ノアの目線に高さを合わせれば確かにうっすらと浮かび上がるハートが見えた。他にも角度によって見えるものがあるとすれば……。
「おい、他にもないか探せ。但し余計なものには触るなよ。」
「はーい。わかってるよー。団長こそ気を付けてくださいよ?」
言われるまでもない。慎重に足の置き場ひとつにも気を配り探した結果、十字路全ての床・壁・天井のどこかに同じ仕掛けがあった。違うのはマーク。ハート、ダイヤ、クローバー、スペード。トランプの絵柄が何故ここに?
どれかが正解ってことなんだろうが……罠で落ちた後は謎解きときたか。さっぱりわからねぇ。ノアが連想ゲームのように片っ端に思い浮かんだことを呟き出した。
「トランプ、赤と黒、4種類……4といえば方角?」
「なるほど、方角は良い案だな。あとは何か浮かぶか?」
「団長はー?」
「……俺はこういうのが苦手だ。」
苦々しげに返せば案の定笑いを堪えるような顔で、それでも連想ゲームを続けるノアの単語を聞きながら頭を捻る。
「四季、四大元素……あ、もしかして風のマークを選べば正解?」
「どれかわかるのか?」
「えー、タロットカードなら昔聴いたことあるけど。聖杯が水、ワンドが火、剣が風、金貨が地。」
「それだ。トランプはタロットから分離したものという説がある。それでいくなら剣はスペードだ。」
「……団長、占いするんだ。」
「アホか!知り合いが言っていたんだ。証拠に他が何に対応してるかは知らねぇ。」
呆けた顔で呟いたノアに全力で怒鳴る。あまり思い出しくない記憶だっただけに手を出さなかったことを褒めたい。これが部下なら遠慮なく拳を落とすくらいはしているだろう。何にせよ糸口が見つかった。問題はあっているか、だが。
「えい。」
「おい!?」
ノアがスペードのマークが印されていた左側の道に踏み込んだ。初めの1歩くらいの気軽さで。顔を強張らせる俺の前でノアは安堵が混じる笑みを浮かべて頷いた。
「正解みたいー?」
「っ先走った真似してんじゃねぇ!」
今度こそ遠慮なく拳を落とした。勿論手加減はしたが。頭を押さえて非難の目を向ける横をすり抜け足取り荒く進む。もし間違っていたら何が起きていたかわからない。死にたいのか、このバカは!? ひとまず罠に当たらないまま進むこと数分後、足を止めた。それは後ろから話しかけ続けるノアの言葉に反応を返すためではなく、急に開けた空間のため。
門柱のような装飾の先にぽっかりと何もない広場。さらにその先に淡い緑色の光が見える。気になるのはそこだけ石材がないことだ。むき出しの岩肌に所々に白い色彩が確認できる程度。言ってしまえば不自然な空間。ちらりと同じように横から覗き見ているノアを見て1歩踏み出した。
「ジェイド!?」
「!」
意識するよりも早く本能が危険を察した。後ろに飛びのいた俺の目の前ゴウッと唸る音がして風が吹き荒れた。岩肌が削られ砂嵐に転じて視界が阻まれる。
「……凄まじいな。」
「そうですね……。って、危ないよ、団長!?」
「ああ。軽率な1歩は危ない。……2度とやるな。」
さっきのはたまたま大丈夫だっただけだ。次は許さない。と意思を込め睨みつけると目線を外した。ノアが何を思おうと自分の意志は伝えた。反応はどうでもいい。
唸りを上げる風は暫くしてその威力を弱め、何事もなかったように静まった。対人探知の仕掛けのようで広間に踏み出せば何度でも発生するんだろう。けれど解除する仕掛けがあるはずだ。儀式を行う祭壇に続いているなら。
慎重に門柱に近付いて観察する。肩の高さくらいに四角いレリーフがある。鳥のような優美な姿。眉を潜めた。そのレリーフの周りだけ微かに摩擦の跡がある。
「こっちにも同じものがあるよ。」
「……3秒だ。」
視線を交わせば同じことを考えたことがわかり、短く返せばノアもそこに手を添えて頷いた。数を数える声が重なり、同時にレリーフを押した。ズッとレリーフが沈み込む感覚。広場に先ほどと違う静かな風が吹いた。
ノアを視線で止め、先に1歩踏み出す。何も起きない。肩の力を抜いて歩みを進めればノアもすぐに付いてきた。広場の奥に2人並べるくらいの幅の通路が伸びている。
直感的にはもう罠はない。けれど最後まで気を抜かずに歩みを進めれば突き当りに細かく飾りが浮き彫りにされた石造りの祭壇があり、その上に淡い緑色の光を纏って僅かに浮いた形で眠っている小さな姿を確認する。こうして眠っている姿だけを見れば幼子のように無邪気かつ静かで可愛いのだが。
「この子が?」
「ああ。」
「可愛いですね。」
「眠っている時だけな。」
「えー。」
深いため息をつく。なんとか無事に来られた安堵以上にこれからの騒がしさを思って。ここまで来たのだ、さっさと起こして連れ帰ってしまおう。半ば覚悟を決めて口を開いた。
「おい、さっさと起きろ。」
「ん~?」
「メイ!」
「ん? ……あ! ジェイドだ! わーい、ジェイド、ジェイドー! 久しぶりー。あれ、知らない人が居るよ! この人誰? ねーねー、ジェイドー!」
「……うるせぇっ!! 起きるなり飛び回って騒ぐな、チビ!」
「メイ、チビじゃないもん! ジェイドのいじわるー!」
寝惚けたように唸り、ゆっくり目を開けるところまでは平和だった。けれど案の定、ぱっちりと目を開けた途端に纏わり付かんばかりに飛び回り、騒ぐ。寝起きのせいかいつも以上に煩い。業を煮やしてガシッとその体を片手で引っ掴み、グイッとノアの前に突き出した。
「お前の店の同僚だ。仲良くしろ。」




