第7話 おじいちゃんことシライナ国王
第七話
夜にもかかわらず、城の中まで招かれた。
「ようこそ。我らの友、井井田モン殿。」
国王はやっぱりおじいちゃんだった。ただ、白銀の長いひげを蓄え、どうみてもフーレル国王よりも王様感がある。
「お招き、ありがとうございます。」
井井田モンの特権であるぺこぺこお辞儀する必要がないこのボディだが、なんだか、このおじいちゃんには、不思議な魔力を感じた。
「フォフォフォ。井井田モンとは不思議な存在だと聞いていたが、本当に『抱きたくなる』魔力を持っているようだね。私もこうして守りの魔力張らなければ、抱きしめにいきたくなってしまうだろう。」
おじいちゃん、凄いなぁ。
「それは、レナスお姉様にも是非伝えたいですね。」
「なるほど。あの龍人の夫を持つ乙女も骨抜きか。いやはや。流石だねぇ。」
「そのようですね。」
俺は、尊敬を感じながら、同時に不思議に思った。
「あの、陛下は俺の力に気づいているのですよね? では、この力の根源も知っていたり、しないですか?」
俺には頼れる人間はそんなにいない。それでも、この姿に疑問を持つ者はある程度いた。もしかしたら、このおじいちゃんは知っているかも知れない。
「知っているとは言えないが、この国に二体の像がある。その二体の像がそなたの魔力で封印が解かれる、とは聞いたことがある。」
「……魔物を操る男、ですか?」
「男の像だということは知っているが。魔物を操る?」
おじいちゃんは興味があるようで、尋ねてくれる。
「実は、俺、夢を見たんです。五人の男と、女神と恋仲の男。男達は、女神の恋仲の男を否定していた。男達は女神をとられることを嫌がっていた。彼らと女神は何か強い力関係があるのかと。」
俺の言葉を頷いていて聞いていたおじいちゃんは、
「なるほど。キキョウの花を、くれたね?」
国王にあの馬車に落ちてきたキキョウの花束を贈ったことを言っているのだろう。
「えぇ。あれが、女神の記念華だと知って驚きました。」
「……。魔物が男達の象徴だと言われている。この国に存在する二体の像は、おそらく魔物の長だったから隠されたんだ。」
おじいちゃんは、少しだけ悲しそうに呟く。
「魔物はこの国ではとても必要だ。けれど同時にいない方が良いとも考えられている。我が国では魔物の料理はかなり多い。家畜はもちろん広く一般的に使われている。しかし、魔物で獲ってきた肉ももちろん美味しくてな。料理だけでなく、様々な道具としても使われている。」
おじいちゃんは、俺の目を見た。
「お前のような存在を否定している者は、ただ、そういう存在を稼ぎにして、明日のために生きている。お前さんが、言うように、人を別れさせるのは難しいだろう。だから、フーレル殿は危惧していたのだろうな。」
おじいちゃんは、嬉しそうに笑った。
「そうだった、そうだった。私はこの国の国王、シライナ・フォークだ。名前を伝え忘れてしまったよ。フォフォフォ!」
愉快なおじいちゃんこと、シライナ国王は愉快そうに笑い続けた。
「それと、オグサナよ。そなたは井井田モン殿としばらく共にいるように。お前のおかげで色々と面白いことが起こりそうだ。」
国王は、そう言うと自分の部屋へ戻ると言って、近くの兵士に、俺とラウリア、そしてオグサナに部屋を用意するように伝える。
フォフォフォと笑うおじいちゃんが、いなくなると、一気に眠気がやってきた。
――この国には二つの像があるのか。探すのは明日だろうが、なんだか今日はとても良い夢を見られそうだ。
海水の匂いが城のどこにでも漂っていた。
割り当てられた部屋の窓の向こうが、大海原で、窓を少しだけ開ければ、潮風入ってくる。
――流れてくるこの香り。俺の大切なあいつがみたいといって、旅行に行ったあの場所で。俺たちは愛を誓った。式の日取りも決められない状況だった。それでも、事前に二人で愛を誓おうと言って、あいつは笑った。
香る潮風。目の前に過る大きな車。俺の手があいつと離れた。
過ぎ去った過去をずっと繰り返しみている。
あいつが必死に笑う顔。痛みもなくなり、見えない俺を探す手。
――あぁ。それでも俺は海が好きだ。あいつが好きだと言ったから。
俺は、未だにあいつの死を受け入れられずに、けれど、前を見ている振りをして。
大きなクマのぬいぐるみが、死んだようにその部屋の飾りの一部となって、深い眠りについた。
明くる日のザンハルの朝は、酷い雨になった。
すぐに過ぎ去ると言っていたが、俺は、ぬいぐるみボディにダメージが出ない湿気であることを祈っていた。
「やぁ、井井田モン。今日もとてもふかふかしているねぇ。」
シライナ国王が俺の部屋へやってきた。
「あ、陛下。今日は俺、像を探しに行こうと思っていたんですけど。」
「んー。そうだねぇ。ただ、今日はここで休まれるとよろしい。実は、昨日の剣士ミナコが君にやられただろう?」
「え? 俺は何もしていませんよ?」
「フォフォフォ! 違うだろう? 君のその魔力だよ。君だって気づいているはずだ。」
「否定はしませんが、それは、もう……。」
俺は何も言えない。ボディだけが武器だからなぁ。
「とにかく、君は城から出るべきではない。探しに行く必要もないし、な。」
おじいちゃんは、とても強い言葉と心が震えるような低音ボイスで、言った。
「……それは、何故?」
おじいちゃんは、ゆっくりと窓の外を見つめる。
「二つの像はこの国のこの城の最下層で誰も近づけないように封印されている。お主のように、封印を解こうとした井井田モンもいたが、解けることはなく、その井井田モンは呪い返しにあって、亡くなった。」
おじいちゃんは、そのしわしわな顔と深い年季の入った眼で、俺をじっと見つめた。
「お前さんは、死ぬことを恐れないか?」
乾いた声が、おじいちゃんの不安を表していた。
「……死を恐れるかどうか、ですか? 恐れますよ。怖いですよ。俺の、愛する人を失ったときの気持ちを、誰かに与えたいなんて考えません。」
俺は、正直に言った。苦しい感情を表に出来ない俺が、正直に伝えた言葉で、おじいちゃんは笑った。
「そうか。フォフォフォ。お主も生きる人間だ。それでも、やるのだろう?」
おじいちゃんは、ちょっとだけ、悲しそうに、けれど、俺を信じたようだった。
「俺は、誰かのためとかそういうわけではないんです。ただ、俺の使命が本当に『別れさせ屋』なら、逃げ道を与えないはずだと、そう思いました。」
俺の声が、少しだけ元気になってきた。
「確かに、な。お前さんはちゃんと使命の意味を理解して、だからこそ、女神ヲーリンはお前の夢の中に出てきて、そしてキキョウの記念華を与えた。わたしは、そう考えることにする。井井田モンよ。お前さんの名前を聞いても良いか?」
おじいちゃんは、本当に優しく答え、そして尋ねてくれた。
俺の本当の名前を。
「大城あきらといいます。」
「あきらよ。」
おじいちゃんは、真剣な声で言った。
「我が王国の罪人の呪いを解いてくれるか?」
それが、五人の男達と女神ヲーリンの因縁であり、今の時代まで続く、井井田モンシステムの全貌だった。




