第6話 俺のゲーム主人公のイメージを覆し続けるなよ
海が近いからだろうか、潮の香りが漂ってくる。
俺専用の馬車に乗り、付き添いとしてラウリアぼっちゃんと、オグサナ・アウルダ紳士が着いてきた。
オグサナの正体はただのおじさん紳士ではなく、思った通りのザンハル王国の高位貴族だった。
見た目はただのおじさんなのに、偉い人って聞くと緊張してしまうが、相変わらずテンションはいつものやつ。
ずっとぬいぐるみのふわふわについてラウリアと談義している。
――あんたらそれでも貴族か?
俺の心のツッコミは、きっと誰も聞かないだろう。
――それにしても。良い天気だなぁ。
海が近いというだけで、俺自身も遙か彼方まで続くあの大海原を思い出した。
――若いときは海って想像するだけで、楽しくはしゃいだ。俺にはもう、あの日々は戻らない。戻ってきても、遅い。
目の前の車と、俺の足。俺の足が、もう一歩先だったら。
――あいつは生きろと言って、死んだ。俺が愛した人が、俺の手を……。
「井井田モン様。わたくし、今でも思うのです。」
唐突に我に返る。
「はい?」
「貴方様のふかふか具合を何かに例えるならば、きっと自分のベッドだと……。いいえ。もっとこう……。」
――あ、どうでもいいやつだった。
「へー。そうなんですねー。」
定型文で返しておいた。
活気溢れる人々の声。
ザンハル王国は水上に巨大な城が建ち、砂浜から続く道は、美しい水晶で出来ている。
まだ王国の外ではあるのだが、遠くに見える巨大な水上の城がきらきらと輝いていて、誰にでも目に留まる立派な代物だった。
海に隣接というか、海の上の城も然る事ながら、水晶で出来た橋、その下町は整備され、綺麗な赤一色の屋根が美しかった。青い海と対比されたその彩り。
――ハハ。どこかの街に似ている。俺の知っている外国。
クマのぬいぐるみでなければ、きっと見蕩れていただろう。しかし、今はどこか寂しさしかなかった。
――この不可解な気持ち。やっぱり、この姿は……。
ザンハル出身だと思わしき絵を、俺は見つけた。
――女神様は、どうして、井井田モンを作った? いや、それもきっとあの男達の……。
馬車が突然止まる。
ラウリアが剣の柄を握った。
「ふむ。彼らは……。」
オグサナが馬車の外に立つ数人の男達を見つめる。
――あれは、なんだ?
見たことのない姿。
「シャマルの国の方々か?」
ラウリアが声を上げ、問いかける。
「如何にも。そちらにおられる井井田モン殿と話しがしたい。」
年配の人(?)が鋭い切っ先の槍を握り、応えた。
「何のようかをはっきりと申し上げて欲しい。」
ラウリアが今一度問うた。
「そ、そちらの井井田モン殿を、我が王国へ招待したいと我らの国王がお呼びしているのだ。」
ラウリアは何か考え込んでいる。
「レナス姉上からの伝言のことでよろしいか?」
ラウリアはようやく答えた。
「勿論です、ラウリア様。我が王ダハラン様は、レナス王妃殿下からの頼みのために我らをここに呼ばれた。」
龍人は頷いている。
――あれ。レナス姐さんってまさか……。
俺は深く考えていなかったが、レナスの職業は確かに、オンディの領土を預かっている貴族だった。
深く考えもしないままに彼女と旦那が遠距離である理由と、それがかなり重要だということを忘れていた。
――ラウリアぼっちゃんが言っていたな。レナスは王族になり、子供がすでに二人いて、子供達は夫の家で預かっていると。
離れて暮らす理由は色々あるだろう。しかし、彼らは種族が違う。それでも子供がいて、愛は冷めてすらいない。
――レナス姐さんって素晴らしいな。
俺の考えはおそらく伝わらない。俺の中にある家族像は、立派な姿を考えようとしても未熟なせいか形にならない。
――俺もそうなりたかった。
形はいくつもある。作り上げれば。相手を失った俺に、何を作らせてくれる?
「井井田モン殿が来訪されるならば、お迎えに行きます。」
老龍人は、礼儀正しくお辞儀する。
「いずれ、行かせてください。その時はよろしくお願いします。」
俺は、大きな声で返事をした。
龍人はゆっくりと頷いた。
――レナス姐さんは、偉大だ。あのデレ顔さえなければ。
ふかふかぁという単語が聞こえてくるようだった。
シャマル国の一行に見送られ、徐々にザンハルの港町に近づく。
夕焼けが、赤い屋根をオレンジに変えていく。
――何故か俺はあの色を知っている。いや、このぬいぐるみの持ち主が、か。
色彩が俺という魂から、過去のあの男の魂に変わっていく。
――わたしは、あの方のために死んでも良かった。
いいや。それは駄目だ。あんたは生きるんだ。俺だって、生きている。
――貴方の人生は美しい色だった。
……。
――わたしは、あの方と一度も愛を誓えずに。
俺の人生を勝手に決めるなよ。俺だってあんたの人生なんか知らない。
――生きろと言ってくれる女性がいるなら、それはわたしにはない。
女神に言えよ。言えないって思っているのか?! 俺の人生は俺だけ。お前の人生と同じじゃない! 生きろよ。逃げるな!
井井田モンが心の中で怒りに燃えた。
「井井田モン様!」
「井井田モン!」
クマのぬいぐるみに落ちるたくさんのキキョウの花。
――逃げたな。
「女神からの贈り物か。」
俺の言葉に、ラウリアもオグサナも首傾げた。俺の言葉が、あの意気地なしに伝われば良いのに。
愛なんて、言葉で足りるわけないだろう?
キキョウの花を拾い上げ、想いを込める。
――いつか必ず、受け取って貰える。信じろよ。愛しているのだろう?
キキョウの花は、いくつものブーケにしてくれると、ラウリアとオグサナが言ってくれた。
「こんなにも美しい記念華が雨のように降ってくるなんて。クマのぬいぐるみはやはり、女神様のおきにいりなのですね。」
ラウリアは呟いた。
女神の愛した男を封印したこの美しきボディは、誰かのためにいて、それは俺自身も含まれる。
「女神という女性は、可愛らしいものが好きなのだろうか?」
俺の言葉に、オグサナは笑う。
「女性は、どのように歳を召しても、美しくて愛らしくて、そして、愛を囁く男性を好むもの。わたくしも、妻との愛を育む男として、そういった女性の声は聞くべきなのでしょう。女性はいつでも、その美しさを磨き続け、愛らしいものや、それこそ愛しい者のために生きているのですから。」
歳をとった彼もまた、妻がいるからこそ生きていけるのだろう。
――俺にはない。けれど、それも逃げなのか。
「ですが、そのもふもふという身体は、我々を引きつけてやまない。」
デレ顔のおっさんは、俺は好きではない。
王国の城下町は賑わっていた。
すでに夜の時間帯。通りに並ぶ屋台は、酒や魚、そして、色気のある女性達が声を上げ、売り子をしている。
――人々の活気はあるが、さっきから送られる視線は……。
人々は興味があって大きなクマのぬいぐるみを見ているのは間違いない。しかし、その視線の多くは、敵意も混じっている。
オグサナという高位貴族にも好奇の視線が集まっている。
ラウリアが剣の柄を絶えず握っている。
――魔物がいないこの異世界で、やはり、俺も敵なのだ。俺を殺せば、魔物は復活する。いて欲しい国にとって魔物はとても重要なのだろう。
俺がそんなことを考えていたときだった。
「井井田モン! そこで止まりなさい!」
俺は暗がりの中から現れるおばちゃんに度肝を抜かれた。
よくあるゲームの主人公みたいにでっかい剣を携え、至る所に傷をこさえた、おばちゃん。筋肉はそんなについていないが、どうみても最強の主人公の風格。
――おばちゃん。俺は、今までゲーム主人公を男として設定していたけど、これからは変えることにするよ。
俺はあまりの感動にそう決意する。
「お前のせいで、あたし達は生計を立てられないんだい! 覚悟しろ!」
おばちゃんがめっちゃ走ってくる。
ここからは、スローもションで解説する。
走ってくるおばちゃんを止めようとラウリアが立ち塞がろうとした。けれど、おばちゃんの方が速くて、その大きな剣は握られていた手から滑り落ち、
「ふかふかぁ~。」
俺のナイスボディに、おばちゃんは収まった。
いや、俺の身体! やっぱり、ナイスボディすぎる。
俺のボディが世界を平和にしてくれるだろう、こんなん。
あと、デレるな、デレるな。
おばちゃん、最強の主人公のはずだろう?
もう少し、こう、緊迫感溢れる、なんていうか、こう……。
あー、やめやめ。
俺のボディが最高! で、いいか。
俺の身体にしがみついたおばちゃんを見ていたはずの大勢の屋台客は、白けたのか、もう興味すらない。
いつものように過ごしている。
何人かは、俺のボディをちらちらと見つめ、やがておずおずと近づいてくる。
「あのう。俺もそのもふもふに飛び込んでも?」
俺は着ぐるみじゃねえ。おっさんであり、クマのぬいぐるみだぞ。
「おお。勿論良いぜ!」
俺の心よ、すまない。俺は断るのが苦手なんだ。




