第5話 この世界の秘密、よりも俺のボディ。
「おーい! 井井田モン!」
公園を離れようとしたその時、バンチョウが遠くから手を振って呼んでいる。
バンチョウはいつも自分のお店で仕事をしていて、基本的には出歩いている様子がない。
「バンチョウさん。」
どすどすと歩いてバンチョウのもとへ行くと、
「井井田モン。ちょっと頼みがあるんだ。」
と、バンチョウが困ったように言う。
「なんですか?」
「実はだな。俺の嫁さんが、どうしても井井田モンに話があるんだそうで。俺は井井田モンのことをよく知っているけど、その……。」
「もしかして、ナイスボディに関係しています?」
バンチョウの濁し方とバンチョウの奥さんがなにやら関係しているらしいので、とりあえず尋ねる。
「いやいや、違う、違う。そのな。俺の嫁さん、井井田モンのことを何やら凄い力を持っていると言うんだよ。あいつ、古い書物とか、歴史とか。そういう小難しいものを知っている、考古学とやらの専門家なんだ。そう言う大昔の話しをしたいのだとか。」
俺は驚いたのと同時に、是非聞きたいと思った。
「それは、是非知りたい。俺は、それを探していたんだ!」
「ふえ? そうなのか? じゃあ、あいつが待っているから、俺の店に来てくれ!」
バンチョウはちょっと嬉しそうに頷いて俺の手を引く。
かくして、俺は自分の姿と、愛を捻じ曲げないまま、魔物を復活させるといういくつもの難題を解決していくことになった。
俺は、愛する人への喪失をこの異世界で暮らしていくうちに少しずつ消えていくのを感じている。
家族という愛の形は、きっと今も変わらずにある。そして、あいつへの気持ちは失われない。けれど、思う。
これは、俺の心の中を汲んでくれた存在が、この異世界の暮らしを楽しめと言っているのだと。ならば、楽しむしかない。
魔法も、剣も、俺にはない。でも、誰よりも人の気持ちを理解出来ると信じている。
あ、あとはナイスボディのこの姿も。
バンチョウの奥様は、変わった人だった。
周囲の人々とは違う熱量で俺に話しかけてくる。
「貴方が井井田モン。お話しはあったくしの夫から聞いていたわ!」
独特の語り口調。穏やかそうな見た目に反して、かなりきつい香水をつけている。
「あったくしの読んだ資料には、貴方と同じようなぬいぐるみになった人間が一人い、たらしいのです。」
彼女は饒舌に語る。
「ぬいぐるみの井井田モンはぁ、かっならず、魔物の封印を解く『力』を持つので、す!」
そう言うと、彼女は一冊の古い書物を出した。かなりカビ臭い。その上分厚い。
「この書物に書かれた、たった一つの言葉。それが、愛の鍵を手にした井井田モンことクマのぬいぐるみの言動。ここ!」
開いたページに描かれたクマのぬいぐるみと、その横に立つ二人のカップル。
三人は、何かの象の前に立っていて、その後ろには魔物が飛び出そうとしている。
――あれ? あの男……。
夢に出てきた乙女と五人の男。男の一人だ。
「どうです? 思い当たる事はありませんか?」
女性はきらきらした目で井井田モンを見ている。
「……夢に、出てきたんだ。その男。確か、五人の男達が乙女に何か言っていた。目覚めたら、たくさんのキキョウの花に囲まれていた。」
井井田モンの言葉に、女性はだんっ、と立ち上がって、わなわなと震え始める。
「おいおい。スエラ。机を壊すなよ?」
バンチョウは少し呆れながら食材を切っている。
「バン! 今、っとっても凄いことを聞いたわ!」
「ん? そうなのか?」
バンチョウはとても落ち着いている。荒ぶるスエラさんをこれ以上昂揚させないようにそうしているみたいだ。
「ねぇ、井井田モン! そのお話し、興味っぶかい。キキョウの花は女神ヲーリンの記念華なのよ。それを夢から覚めたら浴びていた? とても凄くて、きっと貴方には何かの力を宿してい、るのよ!」
スエラさんは始終大興奮だった。自分の仮説とか、これからの井井田モンをずっと観察していくとか。
――ストーカーは止めて貰って。とにかく、五人の男達が魔物と関係していることは分かった。あと、像の場所もできるだけ資料の中に描かれている内容を覚えておこう。
あきらは、バンチョウにお礼をいって、スエラさんに少しだけ必要な事を尋ねた。
「スエラさん。貴方のその資料の中に、女神と恋仲だった『男』は描かれていますか?」
井井田モンの言葉に、スエラは少し唖然として、しばらく言葉を選ぶように言った。
「いた。いた、のだが……。彼は女神から追放されたんだ。五人の男達の命令だっ、たと言われている。だが、どこに行ったのか……。」
スエラの言葉に、あきらは夢の中で男達の言葉を思い出す。
――ぬいぐるみ。確かに奴らは言った。女神がぬいぐるみのように扱っているだけだと。おそらく、それが……。
あきらは、己の姿を思い出す。クマのぬいぐるみ。ふわふわで、ふかふかで。あいつの大好きなぬいぐるみの一つ。俺も結構好きで、とりあっては笑って二人で抱いた。
――この姿が、女神の恋仲だった男だとしたら……。
誰もがぬいぐるみボディに引き寄せられ、自然とデレ顔になる。
――あれが、女神の望んだものだとしたら。女神も愛を抱きたかったのだろう。だからそれを人間に与えた。己の愛する人を皆から愛されるように。……考えすぎだろうか。
ナイスボディがあるからこそ、あきらは自分が愛されているかのように感じたこともあった。
――中身おっさんだからちょっと悲しいかも。
あきらの年齢が四十代だからこそ、まだまだ若いと思いながらも、周囲からはおじさんに見えると理解もしている。
あきらは自分が選ばれたとは思っていない。しかし、自分にしか出来ないことがあると信じている。
――俺は、この異世界を今はもうどこか別の、関係の無い場所だと思っていない。おれのことを好きだとわらわらと集まる子供達も、俺の前だと顔が崩れる女も男も。俺のいた世界と変わらない人情もあるし、輝きがある。俺は『悪』の存在のまま終わりたくはない。
あきらは決める。
「とっころで! 井井田モンさん。抱きしめてもいいかしら?」
スエラがきらきらした目で見つめてくる。
「え? あ、はい。」
「待て、待て待て! 俺もまだ……!」
スエラが吸い込まれるようにあきらに抱きついた。
「ふかふかぁ~。」
デレ顔を見ないようにして、バンチョウに言った。
「バンチョウもいつか俺の腕の中でふかふかぁ、するのか?」
「お、俺は、し、ししししない!」
バンチョウは顔を真っ赤にさせながら、料理に集中している。
バンチョウも可愛らしい所があるのだ。なんと、ぬいぐるみが大好きだとか。ただし、愛するスエラと出会ってから己で禁止しているらしい。
ぬいぐるみ禁止って、なんだよと思いながら、俺がお店にやってくる度に、バンチョウが何やら触りまくるので、それはもう禁止されていないよな? と思っている。
――この世界で俺に出来ること。まずは、ザンハル王国への旅路だな。
スエラがなかなか離さない、おれのナイスボディから引き剥がすのに、バンチョウも手伝ってくれた。
「いいなあ……。」
何故禁止しているんだよ、あんたは。




