第4話 おじいさんと侮ることはないが王様も仕事はする
レナスの家を尋ねるために街外れの大きな屋敷へと向かった。
フォルド家がオンディの街を預かる名家だと知ったのは、城から帰る馬車での事だった。
アンドルおじさまとレナス姐さんは城でまだやるべき事があったせいもあり、帰りもラウリアぼっちゃんと二人きりだった。話すこともなかったが、ラウリアは俺を怪訝そうに見つめながら、ぽつりぽつりと溢した。
「父上から、貴方のことを守るように仰せつかった。か、可愛いクマさんの姿をしていても、が、我慢……。」
赤らめるラウリアぼっちゃんに見つめられ、
――こいつもかぁ……。
と、俺は心底、理解した。
――見た目以上に我慢していたんだなぁ。そんなに抱きつきたかったのかよ。
あきらも大概可愛いもの好きだったが、この異世界は可愛いものなら中身とか気にしないのかと、驚きを通り越して呆れていた。
それはさておき、ラウリアぼっちゃんに色々と尋ねると、彼の家のことや、両親、兄弟のことを色々と話してくれた。
――朝睨んでいたのは俺に抱きつきたい感情を抑えるためだったのか。可愛らしいなぁ。美形だし。
あきらをじっと見つめる目が、小さな男の子のよう。
「井井田モン様は、我が家の養子として迎えられたのです。わたくしのことは、あ、兄として……。その。」
「勿論、ラウリアお兄様とお呼びします。」
あきらも大概この変な異世界の住人に染まりつつある。
「え、えへへ……。ちょ、ちょっと嬉しいです。」
ラウリアのデレ顔は姉譲りのようだ。
「……それは良かったです。それで、出来ればお尋ねしたいのですが。」
「は、はい。何でしょう?」
「その、俺のこの姿が、カップル二人には元の姿として見える理由です。」
ラウリアは一瞬ぽかんとして、
「あぁ。それは、カップルが貴方の魔力を弾くからです。貴方の姿は女神ヲーリンによって選ばれてその姿になっているのです。選ばれたカップルにはその力によって貴方の姿が普通の人間に見える、というわけです。」
と、ちょっとだけ眉根を寄せて言う。
「はー。それは、不思議だね。」
俺の呟きに、
「はい。どうして皆さんはそのことに気づいていないのでしょう?」
と、ラウリアも呟いた。
馬車が大きな屋敷の前で止まると、
「では、お帰りの際はお気をつけて。え、っと。」
ラウリアが馬車から降りて、俺も降りると、しばらくじっと見つめてくる。
「あー。ふかふかぁ、する?」
「はい!」
問いかけに秒で答えて、ぬいぐるみボディに抱きつく、可愛い義兄。
「ふかふかぁ!」
――可愛い顔しているのに、デレ顔の破壊力よ。
俺は、その時、まだ気づいていなかった。この家で巻き起こる事件に。
レナスの屋敷は大きいので、入り口の門番が立っている場所に向かう。
「わー!井井田モンだー!」
駆け回る小さな街の子供達。彼らはふわふわぁボディの俺のことが大好きで仕方ない。とはいえ、フォルド家に近づくことはしない。一応、名家だし、この辺りでは彼らの力は絶大だ。魔法も剣も優れた人々を輩出してきた彼らのような名家が領主として任されるのは当然だろう。
――まぁ、デレ顔は他人に見せない方がいいだろうな。
あきらの中で、デレた奴の顔は全て同じだと決めつけられている。
「これは、これは。井井田モン様。お帰りですか?」
がたいの良い門番がにっこりと笑って声をかけてきた。
――そういえば、俺はこの家の養子になったんだっけ。
「はい。手続きとか……。」
「なにをいっていらっしゃいますか?井井田モン様はフォルド家の一員。手続きなど不要ですよ!」
門番は、俺のふわふわぁな右手を引いて中に招き入れた。
「本当に、ふわふわぁ、ですねぇ……。」
門番の独り言を右から左にながし、井井田モンは屋敷の中に入っていった。
豪華な家だとは思っていたが、大理石らしき石で作られた玄関ホールのピッカピカさ。それだけではない。花瓶に生けられた美しい花々。
――凄い。圧倒されるとかではない。ただ、凄い。
金持ちのあいつの家に婚約者として行ったときのことを何故か思い出す。
――あいつは、笑って行かないで良いのに、と言っていた。本当に、行かなくて良かったよ。もう一度あの家の敷居をまたぐなんてしたくもない。
惚けたように立ち尽くしたぬいぐるみボディめがけて突進してきたのは、
「ふかふかぁ。」
レナス姐さんだ。相変わらず、俺のボディを愛しすぎている。デレ顔に慣れたとはいえ、不覚にも笑ってしまいそうになる。
「お出迎えが、ふかふかぁなんて酷くありませんか? レナスお姉様。」
「う。そ、それもそうだな。井井田モンよ。どうした?」
レナスは名残惜しそうに離れた。
「お話しがあって参りました。」
あきらの礼儀正しい話し方に、レナスは少しだけ地に戻る。
「そうか。では、部屋で話そう。」
レナスの着ている服装を見て、あきらは思った。
――普通にお嬢様なんだよなぁ。年齢は多分俺が思っていたよりも若い。おばさんと呼べるような年齢だけど、美人ということもあって、そうとう若く見える。ラウリアとは年の差があるんだろうし、そもそもレナスって旦那さんがいるって聞いて驚いたな。
この屋敷には住んでいないレナスの旦那は、レナスとは幼なじみだったらしく、結婚してからずっと離れているらしい。恋文を書くぐらい愛し合っているらしいが、二人が同じ家に住めないのは、二人揃ってとんでもなく我が強い、ということらしい。
――そばで暮らすと喧嘩になるけれど、離れて暮らせば、丁度いい。そういう夫婦関係も格好いいよな。お互いのことが分かっているから、そう言う選択が出来る。信じ合えるからこその、愛の形。
あきらはそんな二人のような愛の形を身近で知っていた。
――咲愛もそうだった。あいつは俺より早くに結婚して、義弟の千司君とは離れて暮らしていた。お互いが愛し合っていたことは知っていたし、二人はそれで幸せだと笑っていた。俺だって心配はしたけど、気がついたんだ。愛の形なんて人それぞれ。ただ、あいつの家族だけは例外だった。
あきらはレナスの執務室と思われる部屋に招かれた。
古い本の香りがふわりと漂ってくる。
「レナスお姉様。俺の頼み事を聞いて欲しいのですが。」
レナスは、背筋を伸ばして優雅に執務室に置かれたソファに座った。
「お前のサイズの椅子がなくてすまないな。」
「いや、お構いなく。俺の話、聞いてくれますか?」
あきらも姿勢を正して答える。
「うむ。どうした?」
「実は、ザンハル王国に行きたいのです。」
レナスは渋い顔をして、
「昨日のオグサナとのことで、だな?」
と、当然のように昨日の出来事を把握していた。
「はい。できれば、俺は、魔物を復活させられないかを探しに行きたい。俺の姿が戻ることは厭わない。ラウとモモネの愛も消えることなく、どうにか望みは全て叶えたい。俺が貪欲だろうと言われても、譲れない。」
「……。うーん。わたくしは、お前のそういう所は好きだ。それに、わたくしも、出来ればお前の姿も、魔物も、そして、あの二人の愛も、全てがもとのままの方がいい。わたくしが出来ることがあれば、手伝いたい。」
レナスはそう言って、じっと井井田モンを見つめる。
「抱っこは後ですよ。」
俺はすかさず言う。
「う。そ、そうだな……。」
緊張感があった空気が霧散し、レナスの残念そうな顔にあきらは心の底から、
――俺のナイスボディはやはり世界を駄目にするんだな。
と、ため息をついた。
その日、レナスは誰かと連絡を取り、あきらのためにザンハル王国への旅路の手配をしてくれた。
レナスの言葉に嘘はなかった。
やはり、愛するカップルを別れさせることなんて、出来ない。それに、出来たとしても、誰が幸せなのだろう。
――俺は、この世の不幸を手にしたと思ったぐらい、別れたその日をよく覚えている。愛という強い絆が、俺の心に抱いて離さない愛を奪った相手を恨むのは当然だった。きっと、二人を別れさせた後、俺は二人に恨まれ続ける。俺にはその気持ちがよく分かる。
どすどすと歩く俺は噴水広場にさしかかった。
噴水広場は憩いの場所になっている。円形の噴水の周りは、広い公園になっていて、ベンチやら遊具やら。
いくもの屋台が出ていて、軽い食べ物が売られている。
子供も大人も寛ぐ良い場所だ。
その場所にいる子供達が井井田モンを見つけると真っ直ぐ走り寄ってくる。
今日はその子供達がいない。
――確か、今日は学童があるって言っていたな。勉強を教われる場所があるのは良いことだ。それに、そういう施設を王国は作っている。ちゃんとしているんだよな、あの王様。
高校まで通えたあきらは、学ぶことの大切さを知っている。理解したいと思って、仕事の合間にも勉強した。
――この世界は、俺に何をやらせたい? もちろん、別れさせ屋ではない、なにかだよな。




