第3話 喧嘩はよくない。若人ならば許す。
噴水広場に辿り着くと、ラウとモモネが盛大に喧嘩している。魔法はとても弱いので、当たっても痛みはほぼないし、井井田モンには魔法が効かない。
「こらー!」
井井田モンがやってくると、ラウとモモネがぴたりと身体を止める。
「あ! あきら!」
モモネが俺のすぐ手前まで近づいてきた。
「聞いてよ! ラウったらね!」
モモネは俺を警戒していたが、徐々にそれも無くなっている。俺が二人を別れさせる気がないと知っているのだ。
「おお。なんだ? ラウ、お前、モモネに何かしたのか?」
「違う違う! 俺だって言いたいことがある!」
二人は痴話げんかを、俺の前でぶちまける。
「ラウが最初にあたしの顔のこのそばかすを笑ったの!」
「ち、違う! 俺はそれ込みで大好きなんだから!」
ラウの本音に、俺は小さく笑う。
「それにね! あたしの大好きなお母さんの作ったハンカチの刺繍を下手だって言ったわ!」
「それも違う! 俺はモモネの刺繍を見せて欲しいって言ったんだ!」
モモネの泣きそうな顔に、慌ててラウは抱きしめた。
「悪かったよ。俺だって君のいろんなものが欲しかったんだ。」
二人の喧嘩は終わった。俺はそれを眺めて思う。
――本当に若人は。
気がつけば、噴水広場は賑やかさが戻っている。喧嘩が終わったあと、二人の愛のメロディは普通の世界と同居していく。
――まったく。モモネは確かに可愛いからラウの嫉妬みたいなものもあるだろう。ラウもいい男だから、モモネだって嫉妬する。お互いは一方通行ではないのに、周囲を気にかける。俺もあったよ、そういうこと。けれど、もう恋はしない。恋したあいつと最期までいられなかった。
彼女は最期、笑って泣いていた。手が。その手を最期まで握りしめ、俺は、死を受け入れた。
別れの最期の言葉。
『生きてね。生きてね。死んだら、許さないよ。』
彼女は、車に轢かれ、俺は彼女を救えなかった。
救急車の音がずっと耳に残る。
俺は、彼女のために、何でもした。何でもしてきた。
死だけは、交換できなかった。
俺の命を、あいつのために捧げたのに、あいつはそれすら受け取れずに逝ってしまった。
結婚式まで、一週間。楽しそうに笑うあいつを、今でもその目の中で大事に包み込んでいる。
俺の人生はあいつと出会うまで、暗いトンネルの中にいた。
妹が賢明に俺を励まして、親代わりとなった俺を慰めてくれる。
たった二人の家族になって、俺の人生は仕事だけの日々。
両親が電車の大きな事故に巻き込まれ、俺と妹は高校卒業後、すぐに働いた。高校まで通えたのは、両親が残した遺産のおかげ。学校を卒業後、妹も俺もそれぞれ別の職場で働いたが、同じ家に住み続けた。親の残した家で住む以外に道はなかったし、少しずつローンも払うことができたのは、俺たちががむしゃらに働いたからだ。
二人とも親のいない家庭だと笑う奴もいたが、その度に、会社の成績で成り上がり、誰よりも優秀だと示した。
俺も妹も、疲れた身体を癒やせる場所などなかった。
そんなある日に出会った、一人の女性。
俺はその日を境に、全てが変わっていくとは思っていなかった。
俺は、ラウとモモネを心の底から好きだと思っている。二人の痴話げんかを楽しく見守る周囲の人々も含めて、この街が穏やかで暖かくて、大好きになった。
人々が愛するものたちをちょっとでも嫌ったりしない。
「井井田モン! 話がある。いいですかな?」
シルクハットが似合う紳士な老人が笑顔であきらに言う。
「あーっと。どちら様?」
あきらは首を傾げる。
「あちゃー。申し遅れましたな。ダンガンデン国からやってきました、オグサナと申します。」
紳士は丁寧に挨拶してきた。
――ダンガンデン。ドワーフの国の人か。見るからにドワーフではないと思うけど。
オンディにもドワーフが数人住んでいる。挨拶も交わすし、彼らとは友好的だ。
「オグサナさん? どういったご用件でしょう。」
「是非、我が家に招きたくて。」
あきらは少し考えて、
「分かりました。あとで伺います。貴方の家は……。」
「いえいえ。今すぐに。」
オグサナの瞳が笑っていない。
――おかしいな。この国の人々は頭のネジが抜けているけど、みんな笑顔で優しい。このおじいさんは……。
「さぁさぁ、こちらです。」
オグサナは自ら誘導する。あきらはついて行くしかなかった。
噴水広場から離れ、街外れまで歩いた。人通りがない上に、静かで、内緒話するのに丁度いい。
「さて、井井田モン様。わたくしからお願いがございます。どうか、別れさせ屋を全うしてください。これは、ザンハル王国からのお願いです。我々は、魔物がいないと何一つ回りません。」
オグサナは頭を下げる。
「やっぱり、ザンハル王国の人だったんですね。俺だって帰りたいですし、できれば魔物がいた方が良いという国の為にも帰るべきだと思っています。」
あきらは納得しながら答える。
「でしたら!」
「ただ、別れさせるってすごく難しいと思うですよ。だって、愛とか恋とかを消滅させるんですよ?」
人の感情を操るなんて出来ない。あきらはそう思った途端に、諦めるしかないと考えた。
「それは……。わたくしたちから出来ることはないでしょうか?」
「うーん……。俺自身を普通の人間に戻すとか?」
「……? 井井田モン様は、それ以外の存在になり得るのですか?」
オグサナは首を傾げる。
「まぁ、普通の人間だったから。俺としては今の姿に疑問があるよ。」
あきらの言葉に僅かにオグサナの表情が変わる。
「そうですか。なるほど。井井田モンというその姿が魔物を消しているという事実を確かめる……。確かに、見た目がもふもふ。可愛らしさと、愛くるしさと是非とも抱きつきたいという欲求。」
「抱きついてもいいですよ?」
「な、なんと!」
オグサナのおじいさまは悩むことなく俺に抱きついた。
「ふかふかぁー。」
オグサナはのデレ顔を見つめながら、あきらは面白いなぁと思う。同時に、真剣に魔物を復活させる方法を考えていた。
やはり、世界から魔物が消えたという事象は、あってはならない状況なのだと、あきらは考えた。勿論、いない方が良いというのも正しいかも知れない。
けれど、井井田モンという存在と魔物が両立しない理由を考えたとき、もしかしたら、井井田モンは異世界の人にとって、『悪』なのではないかと考えた。
魔法と剣がある世界。
魔物がいない。
なんのためにそれらを磨いていくのかを考え、失わせていく。
やはり、魔物がいてこそ、このファンタジーな世界は成立するはず。
井井田モンは悪だ。
あきらはそこまで考えて、己がしなければならないことをしようと考えた。
――別れさせ屋は諦める。うん、無理だもん。他人の心を侵害したくはない。つまり、俺はこの姿を人間に戻すことを考えよう。ラウとモモネは俺の姿が見えている。そこから紐解く必要があるのか。
あきらは考えを纏めると、すぐにでも、出立することにした。
――まずは、ザンハルへ行ってみよう。あそこは魔物がいないと生活が成り立たないと言っていた。俺は魔物を知らないから、魔物が必要としている場所に行って聞いてみよう!
その日はもう夕暮れ時だったから、仕方なく家で過ごすことにする。
俺は夢を見た。
俺の知らない男性が、一人の女性に結婚を申し込んでいる。
二人が幸せそうな顔をすることはない。
女性は男性の差し出した一輪の花を受け取ると、後ろに控えて立っている五人の男達に見せる。
首を横に振る男達。
――彼女はこの世界の……。
俺はなんとなくこれを知っている気がした。
『わたくしは彼を愛したい。』
女性は五人の男達に懇願した。
『『『『『その男はお前のぬいぐるみに過ぎない。愛などない。お前は私たちと共にいるのだ。お前は、我らの乙女なのだから。』』』』』
声を揃えて言う男達。
――……。彼女は俺の夢の中で伝えようとしている。
女性は、悲しげに、俯いた。
落ちた涙を俺はその手の中で抱きしめた。
――約束、か。俺だけが、救える。
女性の受け取った花だけが、あきらの心に残された真実と共感を思い起こさせた。
――野郎は花の奥深さを知らない。だから、彼女は夢をみせた。教えてくれた。
あきらは怒りと同時に悲しみを思い出す。
――あいつは俺に花束を要求した。ブランドものでもなく、高価なアクセサリーでもなく。
『あきらさん! 今日はどのお花を買ってくれるの?』
――金のない俺に相応しくない、お嬢様育ちのあいつが、俺に求めたもの。家族や兄弟がくれない、『愛情』。花言葉を必死に調べた俺をあいつは褒めたし、俺のことを本気で愛してくれた。
俺は、彼女の涙を抱きしめ、思った。
――君は、この世界で、俺に変化をもたらしたいのか? それとも、俺が人間であることを含めて、望みを託したか。
夢は覚めてからも、あきらの心の中で生きた。
――俺は、この世界で生きることにしたよ? なあ、俺の知っている人々よ。
目が覚めて、あきらはその手に花の温もりを感じた。
美しく咲くキキョウの花がぬいぐるみボディにたくさん撒かれていた。
「お、おおおいおいおいおい……。花は花瓶にいれないと……。」
俺は起きて早々花を拾い上げ、その辺にあったコップに飾る。すると当然のようにコップに水が満たされる。
――いや、誰か見ているのか?
ツッコミを心の中でしながら、朝を迎えて、今日は若人の二人が痴話げんかしないことを祈りながら、まずはこの街の領主に会いに行くための準備を始めた。




