第10話 美少年がぬいぐるみを抱くのは許される。
馬車の中では、それはもう。五月蠅い。
「驚きましたよ! 魔物が急に湧き出して。」
ラウリアがカメのぬいぐるみをじっと見つめている。
ぬいぐるみが好きなんだろう。ただし、中身が魔物族だから、触って良いのか考えているっぽい。
「ラウリアお兄様。俺が魔物をこの世界に戻すことを怒りますか?」
俺がおふざけではなく、真剣に尋ねる。
「え? なんで? 元からいたのに。いなくなったことで困っている人々がいるのは知っていますし。井井田モンを責める理由なんてありませんよ?」
ラウリアぼっちゃんを愛おしいと感じたのは、俺の中で眠る、男のせいだろう。
――お前、弟がいたのか。
少しずつ俺は、ぬいぐるみになった男の感情が読めるようになっていた。
彼を通して彼の心の中に眠る風景が、俺に見えてくる。
弟との別れ。ハーフであり、愛を紡ごうとした、婚約者の誘拐。
――ヲーリンを追いかけ、お前は取り戻そうとしただけ。なのに、教会と魔物達の争いに巻き込まれた。
婚約者。大切な者を失った悲しみ。
――俺には分かる。その痛みが今もある。俺は、お前も救いたい。どうすればいい? ただ、魔物族を救うことでどうにか出来るのか? 俺の痛みとお前の痛みはきっと同じだ。
「それにしても、カメとウサギとは。なんと愛らしい。」
オグサナが余計な一言を言ったので。
「おい、お前! 俺たちは魔物族の最強である『長』だぞ!? 喧嘩でも売っているのか!」
ウサギのぬいぐるみがファインティングポーズをする。
「申し訳ない! いやぁ、愛らしい。」
「なんだと! 俺の力で海まで吹っ飛ばすぞ!」
喧嘩しているのか、それとも、ただ戯れているのか。オグサナがちょっとずつデレ顔になっていくのが恐ろしい。
「まぁまぁ。わたしもドマ様を抱いてみたいのですが。」
「はぁ?!」
おい、まて。抱くってぬいぐるみを、だぞ。喧嘩するな。
ドマとラウリアぼっちゃんも一方通行の喧嘩を始める。
「お前ら面白いから止めてくれ。腹がおかしくなりそうだ。」
俺は、全員の仲裁に入ることにした。
「だって、俺のことを可愛いとか意味分からないことを言うんだぞ!?」
アウフがめちゃくちゃ嬉しそうに叫ぶ。お前、俺に対してすごいフレンドリーなのは何故だ?
「それは、お前の姿をウサギにしたシライナ国王に言ってくれ。魔物族としての姿を知っているのは、俺と国王だけだし、きっとちゃんとした理由があるよ。」
――多分、お前だけ理由は違う気がするけどな。
俺は平穏無事でいたいので、とりあえず、適当に言っておく。
「それならぁ、許しかないなぁ。」
ドマは仕方ないと思ったのか、ラウリアに向き直った。
「ぬいぐるみ好きは良いやつだからなぁ。いいぞ。抱っこしてみろ。」
いや、そうなんだ。許すのか。
「わーい!!」
ラウリアは嬉しそうに抱っこしている。ドマはちょっと嬉しそうにしていた。
――なかなか、似合っているな。ラウリアぼっちゃんは美少年だし、カメはカメでふわふわしているし。
「ず、ずるい……。」
オグサナのおっさんはちょっと黙って。
街道は山道に入っていく。
木々の木漏れ日から、透けて見える陽差し。水の流れる音も聞こえる。
――龍人族か。レナス姐さんの旦那さんが国王なんだよな。子供もいるって言っていたな。
「ラウリア。レナスお姉様が龍人の国シャマルの王妃で、子供もいるって言っていたよな?」
「えぇ。レナスお姉様が遠く離れたこの地に嫁いだ時、国王フーレル様が大変お怒りになられて。すぐさま引き離そうとされたんです。当時、アルドルお父様はただの侯爵だったのですが、いきなり今の地位を与えて、レナスお姉様もオンディの領地を守るようにと命令されたのです。」
――国王という地位を乱用して、己の嫌いな一族と切り離したのか。
龍人族も、魔物族も、近い祖先から別れた、という。
レナスは、自分で愛する人に出会い、結婚した。国王は許さなかった。
――愛を邪魔した。なるほど。『別れさせ屋』ができたから、俺にさせるのか。
俺の心は、もう決まっていたが、より強く決意した。
――誰が、なんと言おうと、ラウとモモネは結婚させる。幸せにさせる。いや、二人は幸せだ。俺はそれに色々与えよう。
あきらは目の前の光景を心にしまった。
――お前も、幸せになるよ。
青年が、あきらに見せた光景。俺の大切なあいつが笑っている。
――俺も君を助けよう。
ようやく、ぬいぐるみで終わろうとしていた青年が、心を動かした。
――一緒に、だろう? お前と俺は今、同じなんだから。
目に映る光景がヲーリンの笑みなのか、あいつの笑みなのか。
心に残るいくつもの思い出が、二人の心を結ばせる。
――終わらせよう、悪夢を。ぬいぐるみだったことで、君(お前)と出会えた。俺たちが出会ったのは、きっとこの悪夢からの解放。死が過ぎ去らない魂に与える真実の解放。
俺は、ようやく目覚める。
飛行機に搭乗する夜中の空港。
静かな夜。
「わー、みて!」
子供が叫んだ。母親が小さく叱る。
――搭乗時間か。明日、俺は愛する妻になるはずだった人と別れを告げないまま乗るのか。
事故の翌日。遺体が運ばれた病院で、義理の家族に言われた。
「もう二度と、我々に顔を見せるな。もちろん、娘の葬儀には出させない。」
強く殴られたと思った。
――俺は、死んだのか。
飛行機は帰りの切符と、彼女の切符。
心に穴が開いた俺。
何度も何度も、俺は飛行機に乗って、彼女の死んだ道路に行き、祈り捧げた。
やがて、一年に一回、祈る場所に飛行機に乗るようになった。
俺の開いた心にあいつの笑い声や、あいつの家族が罵る言葉も聞こえた。
――生きていれば、一緒に暮らして、子供がいたかもしれない。
取り残された俺だけが、道路を見つめ、毎年祈りを捧げた。
そして、最後の飛行機が向かった先が、この『異世界』。
井井田モンというぬいぐるみと、愛されボディが俺の煮詰まった心にたくさんの味を染みこませてくる。
――この『異世界』で、俺は、俺だけが愛したあいつへの愛を自由に見つめられる。彼女は、俺に望んでいた。生きろという言葉で、俺は生きなければならないという『呪い』を自分に埋め込んだ。
俺は自由だ。あいつは、解き放とうと、言ってくれた。
――俺は、もう、お前以外の誰かも、愛していく。それで、いいんだな? 俺は、もう、自由だ。こんなに、お前を愛していたから。
クマのぬいぐるみに、涙などない。
けれど。
森の中は雨。
降る雨に、みんな、静かに黙った。
「井井田モン。泣いているのか?」
アウフが呟いた。ドマもラウリアに抱かれながらじっと見てくる。
二人は人間の俺の姿を見ることが出来る。
「あぁ。俺、あんたたち魔物族も好きみたいだ。」
俺の言葉に、アウフが急にデレだした。ドマも嬉しそうにして、小さな尻尾をピコピコしている。
「な~にを言っているんだ。俺だって、お前の事好きだぞ。」
「勘違いしないで欲しい。魔物族の中でも、アウフお兄さんはギリ普通だぞ。」
俺は急に素になる。同時に雨も止む。
「おい、なんだと?! 俺様に気に入られたいだろ!」
アウフは己が何属性なのかを理解していない様子だ。
「いいえ、結構です。というか、アウフって男性で間違いない、ですよね?」
俺の問いにウサギのぬいぐるみが、燃えるように赤く染まる。
「だったらなんだ!」
やかんだったら沸騰していただろう。
「乙女の心を持っているようなので、ある程度距離を置こうと。」
俺は便利な言葉で片付けようとした。
「な! 乙女の心だとぉ?! 俺様は最強の魔物族だぞ! いいか、俺の姿を見たら全ての女性が俺にひれ伏すからな!」
アウフお兄さんの訳の分からない戯言を無視して、オグサナに声をかける。
ちょうど、このおじさん、眠ろうと目を瞑ったところだ。
「オグサナさん。龍人族の王国には、どのように入るのですか?」
「んん? おお、すまんすまん。眠ろうとしていた所だ。シャマル王国には龍人族の許しが必要でな。わたしもちょうど、その部分を考えようとしていたんだ。」
――いや。眠りにつこうとしていた、の間違いだろう。
「では、龍人族を呼ぶにはどうすれば?」
「むにゃむにゃ。ふむ、ふむふむ。一度、眠らせて貰っても?」
――起きろよ。
そのまま、夢の中にオグサナのおじさんは出かけてしまう。
ラウリアも眠りについている。
――うーん。やばいかもしれない。
人間の姿である人々が全員眠りについた。何かに襲われた場合、ウサギを差し出す予定だが、とにかく、このまま馬車に乗り続けても良いのかもわからない。
馬を操っていた魔法も消え、馬車が止まった。
――これは、囲まれているのか?
馬車の周りが静かなのが、いやな気分と、不穏な空気を纏わり付かせる。
――フーレル国王が何かしに来てもおかしくない。今はこっちは全員ぬいぐるみだからな。
俺はウサギとカメのどちらが本当に強いのか聞くことにした。
そして、強い方を差し出す。最高に言い考えだと、思いたい。




