第11話 俺はウサギよりもカメが好きだ。
森の中は静かなのに、心はざわざわしている。
「アウフ。俺は戦えないからな?」
俺は、この異様な空気に黙っていられなくて、ウサギに言った。
「ふん! 俺様は魔法が得意だから問題ない。お前が俺に好きって言うなら守ってやろう。」
「あー、はいはい。好きです、好きです。お願いしまーす。」
「な! 軽すぎるぞ!」
――やっぱこいつヤバイやつだった。
うさぎの分際でぎゃーぎゃー叫んでいるアウフを無視して、ゆっくりと馬車を降りた。
――アウフの方が力はあるだろうとは思っていたけど、ドマは馬車から降りられないしな。
カメのぬいぐるみを抱く美少年がすやすや眠っているので、起こすわけにもいかない。
――俺のお兄様を守ってくれそうだし。
ドマは寝ないで番をすると言ったので、頼む事にした。
「ドマの兄貴の方が安心できるか。」
「おい、いい加減にしろ! 俺の力を甘く見ているだろ! 俺様だって乙女心はあっても、ちゃんとした男だ。というか、乙女心って何だよ!」
おー。一人ツッコミした。
「はーはー。いいか? 俺様はごりごりの魔法使いで、魔物族の中で長なんだからな!」
アウフは本気で怒っているので、聞くことにした。
「あー、なるほど。長ってどういう役割の方なんですか?」
「はぁ? 長は魔物族でも五人しかいない。我らのしたに付き従う魔物達は、魔物族ではなく、長の言うことしか聞かない。まぁ、魔物を使役する力が強いから『長』という称号を得たわけだ。」
「へぇ。つまり、魔物はアウフに呼ばれたら来るってこと?」
俺は、そこには感心した。
「まぁ、そうだ。どうだ? 凄いだろう?」
アウフお兄さんは偉そうにふんぞり返る。ウサギのくせに生意気だな。
「凄いってことは、戦えるって事ですね?」
俺は、ようやく現れた兵士達の顔を見て言う。
――フーレル国王に付き従う兵士。目が死んでいる。操られているのか。
兵士達は統一感がある。けれど何かをやりとりすることも、或いは雑談すらしない。戦うために洗脳され、目の前に見えるものたちが何者かすら分かっていない。
――ただのお化けだろ、こんなの。死んでいるゾンビの方がまだ活気溢れているだろう。
目の前の光景が不気味とは思えない。被害者達が俺の前で助けを求めている。
「アウフ。どうする?」
「いや、ここはお前が行くべきだろう。」
「はぁ?!」
アウフの突然の裏切りにびっくりした。
「ハハハハ。気にするな。どう見ても三下だから、お前一人でどうにか出来るさ。」
おいこのあほウサギ! どう見てもお前が倒す流れだろうが!
「それにな。お前、こいつらを助けたいって思っているだろ。俺が魔法で殺したら駄目だろう?」
おーい。このウサギめ! そうだよ、殺すのはナンセンスだよ。っていうか、それを理解した上で、なんかあるだろう。
「まぁ、お前のそのクマのぬいぐるみにかかった魔法が訳に立つだろう。ほら、行ってこい!」
急にウサギが背中を蹴った。俺よりもかなり小さいのにキックの威力はやばかった。
パフン!
俺は思いきり蹴飛ばされ、兵士達の真ん中に落ちた。
「あ。」
周囲に立つ兵士達の剣が、俺のナイスボディに向かって……。
こなかった。
「「「「ふかふかぁ」」」」
全員見事に俺を抱きしめるように目覚めた。いや、おれの魔力で抱きつく呪いに切り替わったのだ。
「ウーサーギー!!」
俺の怒りがウサギに向いても、アウフは馬車の前で盛大に笑った。
「こちらにおいででしたか。」
兵士四人を抱っこしながら、頭上から声をかけられて、崖の上をみた。
「あ、龍人族の人?」
俺の問いに、頷く。
「はい。ディライと申します。お迎えに上がりました。なにやら不穏な空気を感じて急いで参ったのですが。杞憂でしたか。」
「いえ。そういえば、この辺り、魔法で囲われていたのでしょうか?」
俺は思っていたことを問うた。
「はい。この魔法の荷馬車もこの辺りだけ魔法で覆われていて動かなかったようですし。」
ディライは頷いた。
魔法という力を俺は分からなかったが、馬車が止まった理由はそれ以外ないと思った。
――フーレル国王は必死に俺たちを足止めして、魔物族の封印の解放を邪魔している。何故だろう?
そもそも、魔物がいないことを喜んでいるようにも見えなかった。
――どういうことなんだ? 魔物族が復活することが駄目なのか。
俺は、そもそもの原因が何にあったのかを、ウサギやカメに尋ねていない。
――理由がヲーリンとこのぬいぐるみが原因なのだろうか? それとももっと何かあったのか。
まだ聞かないままの謎が、とんでもなく大きな問題だと言うことを、俺はまだ知らない。この異世界をよく知らないまま、馬車で旅行していたお気楽なクマのぬいぐるみが、井井田モンシステムに終止符を打つことになったのだから、きっと俺をあの世で待つあいつは笑ってみているだろう。
――俺は、生きているよ。クマのぬいぐるみになったことや、お前のおかげでこの世界が晴れていった事。俺は、今も生きて、お前のために物語を綴っている。
龍人族が来たことと、魔法によって眠っていた美少年とおじさんが目を覚まして、事の顛末を聞いて驚いていた。
――俺のこの抱きついている兵士については何も言わない。なんでだよ!
「ところで、ディライさん。どうやって王国へ行けるのでしょうか?」
「王国? シャマル王国の事でしょうか?」
ディライさんから不穏な空気が溢れている。あれ? おかしい。
「貴方、龍人……?」
「フフフフ。シャマル王国にはすでに宣戦布告し、兵士を注ぎ込んでおりますよ?」
ゆらゆらと姿を変え、綺麗な足に、ゆるふわな髪。ピンク色の棍棒を持った男が、筋肉を見せながら短いドレスを着こなし立っていた。
――ヤバイやつよりもヤバイだろ。
俺は心底震えた。
「うーわ、やばっ! ってか、キモい!」
おい、ウサギ。お前もだぞ。
「うわー。俺様は女好きだけど、お前は男好きだろ!」
ズバッと言った。ウサギ、褒めてあげるよ。
「フフフフ。私も女性のみとしか恋が出来ないが?」
――もっとヤバイだろう。いや、それよりも、こいつら同じ境遇の仲間か? 仲良くなるだろ、このあと。
想像して、色々封印することにした。
「ディライと仰いましたか? バディアン・ディライ様ですか?」
ラウリアぼっちゃんが、ディライを見つめる。面影が残っていないのだろうか?
「左様。ラウリア殿がこの旅に同行されていると聞いて、国王陛下は安心されていたのですが。」
ラルリアの顔がさっと青ざめる。
「父様に何かしようとしているのですか?」
「いや? レナス様が貴方を大変心配されておられましたよ。アルドル公爵は、四人の子供達と引き離され、今後は独房の中で過ごすことになるとか。貴方が少しだけ考えて、井井田モン殿の考えを変えることをお勧めしますよ。」
俺はようやく理解した。こいつ、操られていないのに、フーレルに従っている。つまり、フーレルだけではなく、教会というシステムは、今も動いているのだ。
「待て。バディアンだと?! この世からいなくなった存在のはずだ。」
オグサナもたたみ掛けるように叫んだ。
「フフフフ。私が死んだと思っていたのですか?」
バディアンは笑っている。不気味すぎるのと、その格好をどうにかして欲しい。ここは風が吹いているんだぞ。
「当然だ。井井田モンシステムを起動させないことを条件に、魔物族を討伐。それがお前達、グランデル王国との協定だった。今こうして井井田モンが存在し、復活したことで、私も動くことにしたのだから。」
え? そうなの? 俺は久しぶりに現れたの? あと、オグサナのおじさんは何者?
「そういうお前は、何者だ? 井井田モンシステムのことも私の事も知っている。」
「名前か? オグサナ・アウルダ。という名前を使っている。本名はガルド。お前達教会が半魔である我らの国ベーデフを消し去った王国の生き残り。今もまだ大勢の仲間達が、お前達を消し去ろうと暗躍している。」
おじさん、ハーフだったの?! というか、急に馬車から降りてきて、何する気?!
「わたしは待っていた。お前という宿敵に出会えることに!」
オグサナことガルドが放った魔力。魔法とは言葉が必要だと思っていた。けれど、彼は無詠唱で大きな炎を操り、バディアンを燃やそうとした。
「その程度の熱さ! 美味しすぎるぞ!」
が、バディアンはその炎を本当に美味しそうに食べてしまう。
「くっ。魔力はわたしの方が上のはず。」
「フフフフ。この程度であられもない声を出して。」
普通のおじさんの声だったように俺は思う。
「俺様がこんがり焼いてやろうか?」
ウサギ、余計なことはするな。どうせ、余計なことするだろ。
「凍土の魔法でな!」
瞬間、バディアンが凍り付く。
「うわー。人殺しー。」
俺が呟いた言葉に、ウサギが慌てふためく。
「こ、殺してはいない。これは、あれだ。凍らせたんだ。」
見れば分かる。
「やはり、アウフ様の力は凄いですね。」
ガルドがしみじみと呟いた。二人は知り合いだった?
「フフフフ。凍ってしまったではないか。動けないぞ、アウフ殿。」
凍り付いてなお話している。格好があれだから、もう関わりたくない。
「みんな、シャマルの国に行こう。襲われているなら私たちが行かないと!」
ラウリアが叫んだ。確かにその通りだ。
「ラウリアお兄様。レナスお姉様たちは?」
俺は、彼の手が震えていることに気づく。それに、彼らの長男長女の居場所も知っておきたい。いない理由。彼の持っている剣が兄のものでもある理由。考えたくはないが、答えは一つなのかも知れない。
「黙っていてごめんなさい。貴方を見張っていたのは、確かに陛下から命令されたから。でも、気づいたんです。わたし、貴方のことが好きです。貴方を信じてついて行きたい。」
おー。告白してくれた。そうかそうか。俺も好きだよ。でも、兄弟としてね。
「待て、こらこら。井井田モンは我々のものだからな! こんなおじさん、見たことないからな。俺様の部下にしておきたい。」
「ちょっと待て、アウフ! 俺はおじさんだけど、今はぬいぐるみだからな!」
「だからなんだ! 俺様もぬいぐるみだぞ? 可愛いって言え!」
「かわいいかわいいかわいい。これでいいだろ。」
「貴様! 俺様の魔法を見ただろう? いいか? 謝らなくてもいい。可愛いって言え!」
「かわいいかわいいかわいいかわいい。」
「増やしたら解決! じゃあない!」
――アウフって義弟の千司君そっくりだよな……。自分大好きで、何故か俺にも懐いた俺より年上の男。
俺はため息をついて、真っ赤なウサギのぬいぐるみに向かって静かに言ってやった。
「可愛いね、アウフ!」
ウサギは硬直し、その場の気温もぐっと下がったので、ラウリアの言う通り、シャマルを目指すことになった。
兵士達には眠って貰うことにした。ガルドの魔法はとてもよく効いたのをみて、
――魔法使いってこんな感じなのか。
と、内心では少年心をくすぐられた。
アウフのようにとんでも魔法を使う存在は、あまりいないと理解しとく。
目指すはシャマル王国。争いはすでに起こっている。フーレル国王や教会、そしてヲーリンと魔物族の謎。このぬいぐるみの青年に隠されてた秘密。
――俺が思っていたよりも大事なのに、ぬいぐるみばかりがいるこのメンバーの破壊力。きっと未来永劫語られるだろう。
アウフと目が合って、彼は言った。
「俺様がいずれお前をメロメロにしてやるからな!」
ちょっと黙っていてくれるかな?




