第9話 シライナおじいちゃんとのお別れ、そして次の国へ
圧倒的に俺のせいではない。
「ですからぁ!俺は、そのクマと一回だけ話したいのだぁ!」
マグロの兄貴が俺の部屋の前で騒いでいる。
俺のサイズではなく通常サイズのぬいぐるみ(一メートルにも満たない)のおかげなのか、兵士は優しく諭している。
「残念ながら、それはできかねるのです。陛下から近づけないようにと仰せつかっているのですよ。」
兵士よ。そいつは、魔物の長だ。侮るのはやめておけ。
「まぁまぁ。俺が出てきたので。」
俺が背後からぬっと現れると、兵士はあわあわと慌てる。
「し、失礼いたしました。は! もふもふ……。」
そのまま、兵士が抱きついて離れない。デレ顔は許容範囲だ。
いや、だから。俺のせいではないよ。
兵士が俺に抱きついて、マグロの兄貴はじっと俺を見つめる。
「おまえのその、そのどこでも淫らにするのはぁ、よしなさぁぁい!」
マグロの兄貴。こうなったのはお前らのせいだけど?
「あに……、マグロの魔物さんは、俺の姿がちゃんと人間に見えているのですか?」
「あ、ああ。そうだともぉ?」
「なるほど。では、こうなったのも、それは貴方方のせい、なんですけどねぇ?」
俺がちょっとイラッとしたように言うと、
「そ、それはぁ。我だって、ちょっとはぁ……。」
マグロの兄貴、少しだけ困ったようにおずおずと言う。。
「我らは魔物だったからぁ。女神のことを守ろうと必死だったんだぁ。」
マグロの兄貴の様子だと、彼は五人の魔物達の中で、最弱なのかも知れない。
――魔物達はそれぞれ個性があるし、罪を犯していたという事実も理解していたのかもしれない。
魔物達の秘密と、過去の何が起きたのか。
シライナおじいちゃんは淡々と話してくれた。
数百年前の出来事。
ヲーリンという町娘が、この世界のたった一つしかない大きな教会のシスターとなった。彼女の癒やしの力は、世界の人々が待ち望んだ、女神という存在とリンクしていった。
ヲーリンという女性はいつしか『癒やしの乙女』と呼ばれ、教会に束縛され、一歩たりとも『祈りの部屋』から出られなくなった。
大勢の人が、彼女の力を目的に、その力で傷を癒やすことを求めた。
ヲーリンは、己を酷使し、人々のために献身的に力を使い続けた。
やがて、彼女は病で倒れた。教会はそれによって、女神の力を使いすぎたと気づいた。けれど、それでも彼女が大金をもたらしてきたことを踏まえて、彼女の代わりを探した。
見つけたのは、一人の青年だった。ヲーリンの傷を癒やし、彼女の代わりとなると判断された。
ヲーリンは、青年に言った。
『ここから、逃げなさい。』
しかし、青年は首を振った。
『貴方の横で、貴方の幸せを願いたい。』
キキョウの花を青年は差し出した。
二人は愛の花で結ばれた。かにみえた。教会に突然現れた五人の魔物達は、ヲーリンを返せと迫ったのだ。
ヲーリンの出自を調べた教会の関係者は、恐れていた事実に気がついた。
魔物と人間の娘。半魔であるヲーリン。
女神などと名乗れない存在。
――ハーフってことだった。魔物とのあいだに生まれた子供を、五人の魔物は取り返しに来た。半魔という存在が、その当時はあまりにも恐ろしい存在だと誇張されていた。人間と魔物が相成れないと考える人間と、魔物だろうと人間だろうと子がなせると理解している魔物。どちらも理解しあえなかった。
半魔だという理由から、女神ヲーリンは消えた。ようにみえた。青年が役割を担ったことで、ヲーリンという名前が残り、彼は人生をそこで費やすことになる。
――嘘で固めて、すべて事実だと結果的には思わせた。
青年は、ヲーリンがいない部屋で、自分の故郷を思い出していただろう。
――器が小さいと思っていた。でも、違うのか。お前は、愛を貫きたくても、貫けなかった。
女神は何度も青年のもとへ行った。その度に、教会は邪魔した。
その教会を破壊したのが、五人の魔物達。
――女神が邪魔だと思っていたのを、そのまま受け取って破壊した。教会は、自分たちが過ちを犯しているなんて思っていないまま、この世から消えた。
教会の理不尽が、あきらの心を少しだけ本当の気持ちを思い出させた。
――俺は、何もかも諦めていた。愛するあいつが困っていることを理解していた。それにつけ込もうとしたわけではない。でも。あいつは、笑って言った。
『愛はね。貴方のような中途半端な人ほど、本気になれるのよ。』
――俺の心を読んだ。そして、その先も。
「本気だよ。今でも。」
シライナおじいちゃんが話した過去には、真実が煮込まれていて。そのあっつあつの鍋の中に、俺は落とされた。
煮立った鍋は丁度いい、加減だ。
――俺のやることは一つか。まだ三つある像と、消えた教会も、まだ残っているかも知れない。跡形もなく消えるには、もっと鍋を煮込む必要があるだろう。
ヲーリンと愛する人がもう一度会えること。
――別れさせ屋じゃなくて、再会屋、かな。俺は、愛を貫く事の方が難しいって知っている。お前はどうだ?
心の中に潜む、青年に声をかけた。
返事はない。けれど、絶対に聞いているはず。
――俺は飛行機に乗ってきただけなんだけどなぁ。
「マグロの兄貴。あんた、俺にどうして欲しい?」
俺は、カメのぬいぐるみになった兄貴に尋ねた。
「俺かぁ? 俺は。俺は、ヲーリンを探したい。彼女は俺たち魔物族の大切な子だ。乙女の祈りがなくても。」
魔物達がヲーリンを守ろうとしていた。半魔の彼女が人間にこき使われ捨てられ。
「じゃあ、彼女の大切な恋人も守ってくれるか?」
「……。俺たちの家族の思い人を傷つけたこと、悪いと思っている。だから、こうなったのだと。」
カメのぬいぐるみが、すこしだけ、可愛く見えた。俺は、抱きつく兵士を引き剥がし、
「なら、一緒に行こう。俺も、最後まで付き合う。」
そのまま、兵士の頭をぽんぽんして、目を覚まさせる。
「いいのか?」
「その方が、いいだろう?」
俺は心で笑った。俺の心がいけといった。さては誰かの心が乗り移ったか。
「は! も、ももも申し訳ございませんでした!」
兵士が我に返った。
「よし。なら、アウフも一緒に!」
タツノオトシゴお兄さんの名前がアウフだと分かった。
「なら、やっぱり人間の姿になりたいなぁ。」
カメのぬいぐるみを気に入っていない様子。
「おいおい! ここにいたのか、ドマ。というか、なんか話し合いしていたのか?」
アウフお兄さんはすでにウサギのぬいぐるみを己のように扱っている。
「アウフー! 俺、こいつと一緒に行こうと思う。」
「はぁ?」
アウフは首を傾げている。うさぎのぬいぐるみが動いて話している。中身魔物。
「だって、俺たちヲーリンが捕らえられたあと、もう分からなくなっちゃったでしょう?」
ドマは真剣に前足を動かして説明している。カメのぬいぐるみ。可愛い。
「……。こいつと行くのか?」
「彼は部外者だけど、たぶん、一緒に行って解決してくれる丁度いい人だよ。」
「まぁ。そもそも魔物を魚だと言っているからな。」
どこをどうみても魚だったよ。俺たちの国ではマグロはとっても美味しいよ。
俺の心のツッコミが、ずっと続いている。
「それで、二人を連れて、次の国に行こう。まだあんた達の仲間がいる。魔物だとか半魔とか関係だろう? 俺にとって、この異世界は面白くて楽しい世界であってほしいからさ!」
あきらは兵士がまたしても、じっとみつめているから、ちょっとだけ下がる。
「フォフォフォ! あきら殿。お前さんは立派な男だな。」
と、突然シライナおじいちゃんが話しに入った。いつから見ていたのか。ウサギとカメ交互に見て、
「そこの兵士よ。今すぐ、ラウリア殿とオグサナくんを呼び出しなさい。……お前の中に潜んでいる『フーレル』大司教よ。未だに『教会』という存在に縋るのを止めるのだな。」
兵士はびくりと身体を強張らせ、
「『ハハハハ! いずれお前のその魔物族を優遇する謎の依存性が何由来かを暴いてやろうと思っていたが。なるほど。魔物の像を未だに封印させていたか。』」
おれは驚いて言葉を飲み込んだ。
――あれ、フーレルおじいさんって、教会の生き残り?
「そなたの企みなど、破産する。なにしろ、このあきら殿は今までとは違うのだから。お前さんも気づいたから、脅したのだろう?」
「『ハハハハ。なんのことだか。わしはずっと昔から、魔物族を疑っていた。魔物などいなくて良いのだ。お前だって、いつか分かるよ。』」
言葉が切れると、兵士はふらふらと座り込んで、そのまま深い眠りについてしまった。
「やれやれ。わたしの国の兵士に魔法をかけるとは。いずれはあやつの使う魔法の出所も分かるだろう。」
――やっぱり、そうなのか。あの国が、俺に『死』を暗示していたのは、そういうことか。
「さて、あきら。すぐに旅の支度をしよう。魔物族のお二人も。今のうちに、お仲間を助けてあげてくだされ。」
シライナおじいちゃんが少しだけ、急かした。
「シライナ国王。俺、貴方にお礼を伝えに必ず戻ります。俺、貴方のことが」
「あきら。お主の言葉の続きは、次に聞こう。きっと、必ず会えるから。」
シライナ国王はかなり足早に立ち去った。理由は言う必要もないだろう。
――おじいちゃんはきっと、フーレル国王をどうにかしようと思っていた。教会の生き残りだと気づいていたみたいだし。上の立場の人間には、同じ立場の人間しか相手に出来ない。俺は絶対に『別れさせ屋』という立場も、ヲーリンも、このぬいぐるみの存在も何もかも終わらせる。この異世界は、平和でいて欲しい。
その後、兵士が何人か来て、眠りについた兵士を連れて行った。
「お三方、馬車の用意は出来ております。真っ直ぐシャマルへと向かってください。あの国は、魔物族と仲が良い。きっと話を聞いてくださいます。」
おそらく、この国の宰相であろう男が、最後にそのことを告げてくれる。
次の行き先は決まった。
馬車にはオグサナもラルリアも乗っていて、俺と残りのぬいぐるみもサイズ的にギリ乗れた。
「いや、この乗り物、ぬいぐるみばっかじゃん!」
俺の叫びが言葉に出た。




