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第六話:カメラ



洲本市内のビジネスホテルに戻ったのは、昼過ぎのことだった。

ホテルの部屋に入ると、修司はすぐにカメラをデスクの上に置いた。

使い込まれた黒塗りの真鍮ボディ。

15年前に父から渡され、これまで幾度となく報道写真や風景を切り取ってきた相棒だ。


しかし、中垣内の言葉が脳裏から離れない。


『そのカメラで撮った写真には、消えた人間たちの死に顔が写っていたらしい』


「……先輩、温かいお茶を淹れました」

まどかが湯気の立つ湯呑みを差し出してきた。


「ありがとう、四宮」

「あの……修司先輩。さっき五色浜で私……

 先輩にご迷惑をおかけしてしまって……本当にごめんなさい……」


まどかは申し訳なさそうに視線を落とし、指先を小さくもじもじと動かした。

修司は湯呑みを受け取り、落ち着いた声で返した。


「四宮のせいじゃない。あの場所には、人の意識を狂わせる何かがあった。

 ……それより、体調は大丈夫か?」

「はい……! 先輩が力強く抱きしめて、守ってくれたので…

 …私、すごく安心しました……えへへ」


そう言ってうっとりと頬を染めるまどかの姿に、修司はわずかな危惧を抱いた。

中垣内の言葉が蘇る。


『無防備で生身の執着を持った奴を真っ先に喰い散らかす』


まどかの自分に対する執着とーー愛情。

それが、あの海に潜む怪異を引き寄せる、何かになっているのは間違いなかった。


「……四宮。明日、東京へ帰ったほうがいい」


修司は静かに、しかし断固とした口調で告げた。

まどかの表情が瞬時に凍りついた。


「え……? や、嫌です! どうしてですか先輩!?」

「ここから先は危険すぎる。今日の五色浜のようなことがまた起きたら

 僕も君を守り切れるか分からない」


「嫌です! 捨てないでください……! 私、先輩のお役に立ちたいんです! 

 どんな厳しいことでも耐えますから……側に居させてください……!」


まどかは修司の足元に膝をつき、縋りつくように修司の膝に顔を押し当てた。

その瞳には涙が溢れていたが、同時に修司に拒絶されることに対する甘美な苦痛と快感が交差しているようにも見えた。


「四宮……」

「お願いします……! 先輩のためなら、私、死んだっていいんです……!」



隣の部屋のドアが開き、黒田が入ってきた。


「おい修司、ちょっといいか……って、修羅場か?!」


まどかが慌てて立ち上がり、涙を拭って背を向けた。


「……黒田、何か分かったか?」


修司が尋ねると、黒田は渋い顔をしてスマートフォンを差し出してきた。


「岩屋港と志筑、それから五色浜で撮った写真のデータを

 クラウドで確認してたんだが……変なんだよ」


「変?」


「修司の撮った写真と、俺がスマホで撮った同じ場所の写真。比べてみろよ」


修司は画面を覗き込んだ。

黒田のスマホで撮った志筑の廃ペンションの写真には、ただの荒れ果てた部屋が写っている。


しかし、修司のLXで撮影し、現像・データ化した写真には――。

背景の空間が、渦を巻くように微かに歪んでいた。


それだけではない。

部屋のクローゼットの陰、あるいは五色浜の波打ち際の奥に、肉眼では見えなかった「黒いモヤ」のようなものが、はっきりと焼き付けられていた。


「……やっぱり、このカメラは写しているんだ。普通の人間の目には見えない『何か』を」


修司はデスクの上のLXを見つめた。


「なぁ修司……」

黒田が珍しく低い声で切り出した。


「お前、そのカメラを手に入れた15年前のこと、本当に何も覚えてないのか?」


「……15年前、僕が15歳の時だ。父が人づてで手に入れたと言って、僕にくれた。

 ……それ以外の記憶はないんだよな……」


「……そうか」 黒田は視線を泳がせ、自分の腕を擦った。

「俺さ……さっきから、ずっと背中が寒いんだよ。まるで、誰かがずっと後ろに立って、俺の首筋をじっと見つめてるみたいな……」


「黒田?」


修司が黒田の顔を見ると、黒田の額には脂汗がびっしりと浮き出ていた。

がっしりとした体躯を誇り、常に前向きで明るかった黒田の顔から、明らかに余裕が消え失せていた。


「……気のせいだよな。男がこんなことでビビってちゃ世話ねえよな!」


黒田は強引に笑ってみせたが、その声は痛々しいほど空回りしていた。


カメラを持ち上げ、ファインダーを覗いてーーー黒田へ向けた。

レンズのピントリングを回す。

ファインダー越しに見える黒田の姿。


その――すぐ後ろ。


黒田の太い首筋に、真っ黒く変色した「細い人間の指」が、、、

何本も何本も、巻きつくように絡みついていた。


「……!」


修司は息を呑んだ。

肉眼で黒田を見直すと、当然そこには何も見えない。


だが、ファインダーの中では、その黒い指がゆっくりと黒田の喉元を締め上げようとしていた。


「修司……? どうしたんだよ、そんな顔して……」


黒田が怯えたように尋ねる。

修司は震える手でカメラを静かにデスクへ置いた。


怪異は、すでに彼らのすぐ隣まで迫っていた。

そして、そのターゲットは――確実に黒田とまどかへと絞られつつあった。



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