第四話:忍び寄る……
東浦バスターミナルのロータリーに車を滑り込ませた頃には、すっかり日が落ちていた。
街灯の光が、夜の海風に揺れる街路樹の影を地面に不気味に揺らしている。
待合室のベンチから、ひとりの女性が立ち上がり、急ぎ足でこちらへ駆け寄ってきた。
白いニットにスレンダーなラインを際立たせるロングスカート。街灯の光を浴びた容姿端麗な立ち姿は、静まり返った田舎の港町で嫌でも目を引いた。
四宮まどかだった。
「修司先輩……!」
車を降りた修司の前まで来ると、まどかは安心したように胸を撫で下ろし、潤んだ瞳で修司を見上げた。
「無事で……本当によかったです……」
「無茶をするなと言ったはずだ。会社の仕事はどうしたんだ」
修司は務めて冷静に、少し固い声で問いかけた。
まどかは一瞬、怒られたことに対する快感に頬を微かに赤らめたが、すぐに従順な笑みを浮かべて頷いた。
「有給をまとめて消化させていただきました。先輩のご迷惑には絶対に絶対になりませんから……身の回りのお世話も、調査のお手伝いも、何でもさせてください」
「おいおい、四宮ちゃん相変わらず修司にベタ惚れだなあ! 俺という男前が横にいるのに目にも入らないか?」
車から降りてきた黒田が明るく声をかけると、まどかは丁寧にお辞儀をした。
「お久しぶりです、黒田さん。先輩を連れ出してくださってありがとうございます」
「感謝されるようなことじゃねえよ。よし、じゃあ今夜の宿へ向かうか。洲本市内のビジネスホテルを取ってあるんだ」
◇
洲本市内のホテルにチェックインを済ませ、三人は近くの居酒屋で遅い夕食を取ることにした。
まどかは修司の隣にぴったりと座り、頼んだ料理を取り分けたり、おしぼりを渡したりと甲斐甲斐しく動き回る。
「……四宮、自分の分を、ちゃんと食べろ」
「はい、先輩。でも、先輩が美味しそうに食べてくれるのが…私にとって一番のご馳走なんです」
温和な笑顔でそう語るまどかからは、あふれでるような女性らしい華やかさと、どこか危ういまでの献身さが漂っていた。黒田は生ビールを豪快に飲み干しながら、二人のやり取りを面白そうに眺めていたが、ふと表情を曇らせた。
「で……修司。あの廃ペンションで見た『あれ』、どう思う?」
修司はグラスを置き、静かに首を振った。
「わからない。だが、――LXのファインダー越しにしか見えなかった。肉眼では捉えられないようなものが、あの空間に存在している」
テーブルの上のLXに軽く触れた。
「それに、黒田が聞いた声。『見ぃつけた』という言葉……。15年前の事件でも、被害者が何者かに呼ばれるように失踪したという話があった」
「気味が悪いな……。まさか、次は俺たちの番だって言うんじゃないだろうな」
黒田が強がりながらも身をすくめたその時――。
「――ほう、いい度胸だな。まだこの島に留まる気か」
低いダミ声が、三人の頭上から降ってきた。
振り返ると、そこにはヨレヨレのスーツを着た男――大阪府警の中垣内刑事が立っていた。
鋭い目つきで三人を見下ろす中垣内の視線は、特にまどかに留まった時、一層険しくなった。
「いい気なもんだな。女まで呼び寄せて観光気分か?」
「中垣内さん……でしたね。僕たちは真剣に取材をしています」
修司が椅子から立ち上がろうとすると、中垣内は手でそれを制し、空いている椅子を引いて強引に腰掛けた。
「まあ待て。話がある。お前ら、今日志筑の廃ペンションに入っただろう」
「……なぜそれを?」
黒田が警戒露わに尋ねる。
「見張りをつけてたからな。お前らは現在、連続失踪事件の重要参考人候補だ。警察の捜査線の不審人物なんだよ」
中垣内はテーブルに肘をつき、修司の顔をじっと見つめた。
「相良。お前、15年前の事件の被害者リストを見たことはあるか?」
「……いいえ」
「15年前、最初に消えたのは22歳の男だ。だがな、最後に消えた7人目の被害者は……お前と同年代の、当時15歳の少年だった」
修司と黒田の顔色が変わる。
「その少年の遺留品として、現場に残されていたのが何だか分かるか?」
中垣内は懐から一枚の古いモノクロ写真を取り出し、テーブルの上に滑らせた。
写真に写っていたのは――修司が今まさに胸に下げているものと酷似した、一台の古いカメラだった。
「……これは……」 修司の息が止まる。
「15年前の事件は未解決のまま時効を迎えた。だが、現場から消えたはずのカメラと似たものを、今になってお前が持ち歩いている。……相良、お前はそのカメラをどこで手に入れた?」
中垣内の観察眼が、ナイフのように修司の喉元に突きつけられた。
修司は深く息を吐き出し、冷静に答えた。
「15年前、僕が15歳の時に……父から譲り受けたものです。出所は聞いていませんね…」
「ふん……偶然にしては出来すぎているな」
中垣内は立ち上がり、煙草の箱をポケットから取り出した。
「これ以上、首を突っ込むな。特にその女」 中垣内はまどかを指差した。
「この島に満ちている『匂い』はな……お前のような
無防備で生身の執着を持った奴を真っ先に喰い散らかすんだよ」
吐き捨てるように言い残し、中垣内は店を出て行った。
残された店内に、重苦しい沈黙が落ちる。
まどかは不安そうに修司の袖を小さく掴んだ。
「修司先輩……あの刑事さんの言っていたこと……」
「気にするな、四宮。僕が守る」
修司がそう言うと、まどかはパッと表情を明るくし、修司の腕に胸を押し当てるように抱きついてきた。
「はい……! 先輩が守ってくださるなら、私、何も怖くありません……!」
過剰なまでの反応に修司は戸惑ったが、振り払うことはしなかった。
一方、黒田は自分の手をじっと見つめていた。
その手は、先ほどから微かに震えていた。
「15年前のカメラ……か。修司、俺たち……とんでもない怪物の腹の中に
飛び込んじまったのかもしれねえな……」
夜の洲本市街に、遠くから波の音が聞こえていた。
まるで、何か巨大なものが息潜めて、彼らを見定めているかのように。




