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第十四話:刻まれた覚醒



カシャッ――!!


乾いた機械音が洞窟の岩壁に反響した瞬間、レンズの先から眩いばかりの青白い閃光が解き放たれた。

それは、カメラのフラッシュなどという生ぬるいものではなかった。

まどかが最期に遺した狂おしいほどの情愛と、修司の研ぎ澄まされた意志。

ふたつの魂が結晶化し、何かとして放たれた。


『ギィィィィィャァァァァァァッ!!』


押し寄せていた何百本もの黒い腕が、光に触れた端から激しい白煙を上げて焼きちぎられていく。

怪異の狂叫が、洞窟全体を激しく揺さぶる。天井から巨大な落石が降り注ぐが、修司の周囲だけは透明な光の結界に守られたように破片が弾け飛んだ。


「まだだ……ッ!」


修司は冷徹な眼差しで、絶え間なくフィルムを巻き上げた。

チャキン、と金属が噛み合う小気味よい音が響く。


ピントはすでに、怪異の核――中心で囚われ

苦悶の表情を浮かべる有馬蓮の胸元へと絞られていた。


『修司……たすけ……て……!』


15年前のままの姿で泣き叫ぶ親友の残影。


「蓮……今、終わらせてやるからな!」


修司は一歩踏み出し、カメラを力強く構え直した。

ファインダー越しに見える蓮の胸の奥。

そこには、15年前に島の人々の怨嗟と海からの呪いが絡み合って生まれ

黒い「心臓らしきもの」が存在していた。


まどかの声が、修司の耳元で甘く、力強く囁く。


『先輩……ここです。この黒い結び目を……切り取ってください……!』


「ああ、いくぞ……まどか!」


修司は呼吸を整え、明鏡止水の境地でフォーカスリングを微調整した。

被写界面が、黒い心臓の最深部と完璧に重なる。

F値、スピード、そして修司の覚悟。すべてが一点に収束する。


「失われた15年を、僕たちの手で――切り取れッ!!」


カシャッ!!


二度目のシャッターが切られた。

閃光は一本の鋭利な光の矢となり、怪異の胸元を正確に貫いた。


ドスッ……!!


貫かれた黒い心臓が、内側から激しく発光し、脈動を止める。


『ア……アガ……ッ……!?』


怪異の巨体が、内側から崩壊を始めた。

無数の「濡れた顔」が、怨嗟の声を上げながら次々と白い光の粒子へと変わっていく。


15年もの間、この島を縛り続けていた神隠しの呪い。

その輪郭が、ファインダー越しの光によって急速に分解されていく。


光の奔流の最奥で、蓮の姿がゆっくりと解き放たれていくのが見えた。

蓮の悲しげだった表情が、かつての少年の爽やかな笑顔へと変わる。


『……ありがとう、修司。これで……やっと……』


蓮の残影は、修司に向かって静かに手を振ると、光の粒子となって温かい風の中に溶けていった。


「蓮……ッ!」


修司の目から涙が溢れ落ちる。

だが、崩壊は止まらない。


怪異の本体であった黒い泥が濁流となって崩れ落ち

同時に生贄として呑み込まれた四宮まどかの面影が

光の渦の中からふわりと浮き上がってきた。


「四宮……まどか………!」


修司はカメラを抱えたまま、光の中へと手を伸ばした。

半透明の姿となったまどかは、濡れた髪を風になびかせ

今までで最も美しく、そして最も甘い笑みを浮かべていた。


「……戻ってくれ! 君を連れて帰るんだ!」


まどかはそっと首を振った。

その手首には、LXから伸びる目に見えない光の糸が結ばれていた。


『いいえ、先輩……。私はもう、ここには戻れません。でも……悲しまないでください』


まどかは修司の頬にそっと手を添えた。その感触は温かく、かすかな潮の香りがした。


『私の魂は、いつでもあなたの中にいます……。

 先輩がファインダーを覗くとき、私はいつだって……先輩と同じ景色を見ていますから』


「まどか……僕のために……なぜここまで……」


『ふふ……言ったでしょう? 私……先輩のためなら、死んだっていいって……。

 本当に……心から…愛しています、修司さん』


まどかはうっとりと目を閉じると、修司の唇にそっと、温かい光の口づけを残した。

彼女の身体は幾千の青白い光の粒となり、吸い込まれるようにカメラを通して流れ込んでくる。


カチリ……。


誰も触れていないシャッターレバーが、静かに巻き上げられる音を立てた。

LXの金属ボディは、まるで人の体温のように温かく、静かに脈打つように感じられた。


「……あ……あああぁぁぁッーーーー!!」


怪異が完全に消滅し、崩落を始める洞窟の中で

修司はカメラを抱きしめ、声を限りに叫び続けた。


悲しみと、絶望と、そして生涯忘れることのないーーー愛を抱いて。


洞窟の天井が弾け飛び、久しく見なかった眩しい太陽の光が、叫び続ける修司の全身を激しく照らし出していた。



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