表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

第十三話:最悪の夜



洞窟を包み込む湿った闇が、意思を持った生き物のように蠢いていた。

生肉が擦れ合うような不快な音が、黒い渦の奥から響き渡る。


「……あ……あぁ……っ」


岩肌に身を寄せる黒田が、血を吐きながら呻く。

生き延びたとはいえ、黒田の全身に刻まれた呪印は深かった。

彼は朦朧とした意識の中で、虚空を見つめながら震えていた。


「修司……四宮ちゃんが……四宮ちゃんが……っ」


黒田の涙が、泥に汚れた頬を伝い落ちる。

自分の命と引き換えに怪異の中へ呑み込まれていった四宮まどか。

その最期の笑顔が、残された者の心に消えない傷を刻みつけていた。


「おい、相良! 立つんだ!」


頭部から流血した中垣内が、粗暴に修司の肩を揺さぶる。


「あいつの喰い散らかしはまだ終わってねぇ! 

 あの女の命を呑み込んで、さらに肥大化してやがる……ッ!」


中垣内の言う通りだった。

まどかを呑み込んだ漆黒の怪異は、その巨大な躯体をさらに増殖させ、洞窟の天井を突き破らんばかりに隆起していた。

黒い泥のような巨体から、無数の歪んだ顔が浮き出ている。

15年前の被害者たちの顔。

この数ヶ月で消えた人々。


そして――最奥で苦悶の表情を浮かべる、15年前の少年・有馬蓮の顔。

怪異の核(中心)で、蓮の残影が狂ったように叫んでいた。


『かえせ……かえせ……おれのじかんを……おれのいのちを……っ!』


「蓮……」


修司は呟いた。

あの日、15年前に自分を見捨てて逃げ出さざるを得なかった友。

そして、そのトラウマから逃げるように生きてきた自分。


「修司先輩……」


ふと、耳元で温かい吐息が聞こえた気がした。

首から下げたLXが、狂おしいほどの熱を帯びて修司の胸元を焼く。


まどかの魂が、愛機の中で脈打っている。

修司の命を守るため、自ら進んで生贄となった少女の、激しく歪んだ純愛。


『先輩……悲しまないで……。私は、いつでも先輩の中にいます……』


まどかの声が、ファインダーのガラスを通り抜けて脳裏に響く。

絶望で凍りついていた修司の心が、静かに、しかし激しく燃え上がった。


もう引き下がらない。


もう誰も見捨てない。


この呪われた歴史を、今ここで僕の手で終わらせる。


「中垣内さん……黒田を連れて、洞窟の外へ退避してください」


修司の声は、驚くほど冷静だった。


「なに……? バカなことを言うな! お前一人でこの化け物相手に何ができる!」


「……できます」


修司はLXを持ち上げ、ゆっくりとファインダーを覗き込んだ。


「僕の中には……四宮の想いが生きている。僕と彼女の二人なら、この怪異を絶てる」


ファインダー越しに見える世界が一変していた。

肉眼ではただの黒い泥の塊にしか見えない怪異。

だが、覚醒した修司の眼には、怪異の内部を巡る「黒い脈絡」と、その中心で脈打つ「核」の存在が鮮明に浮かび上がっていた。


「……相良……お前……」


中垣内は修司の横顔を見て、言葉を失った。

その瞳は、深い闇を受け入れ、それを凌駕する絶大な決意に満ちていた。


「……チッ、死ぬんじゃねぇぞ! 借りを作ったままで逃げられると思うなよ!」


中垣内は黒田の巨体を肩に担ぎ上げると、血を吐きながら荒々しく洞窟の出口へと走った。





洞窟内に残されたのは、修司と、肥大化した怪異のみ。


『……コロス……スベテ……ヲ……クライ…ツクス……!』


咆哮とともに、何百本もの「濡れた黒い腕」が、津波となって修司へと押し寄せてきた。

肉体を引き裂き、骨を砕き、魂ごと異界へ引きずり込もうとする死の奔流。

しかし、修司は一歩も引かなかった。


逃げない。

目を背けない。


修司は右足を踏み出し、レンズのフォーカスリングを滑らかに回した。

独特のヌメリを感じながら…ピントが合わさっていく。


押し寄せる影の隙間。


怪異の胸元――有馬蓮の残影が囚われている、まさにその中心。


「四宮……まどか… 力を貸してくれ」


修司が呟くと、レンズの奥で青白い光が弾けた。

まどかの魂が、光の何かとなってレンズの先へと集束していく。

ファインダーの中に、完璧な構図が完成した。


「……さようなら、15年前の僕たち」


修司の指が、シャッターボタンを深く押し込んだ。


カシャッ――!!


聞き覚えのある…いつもの硬質なシャッター音が

激しい潮騒を切り裂いて洞窟内に響き渡った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ