第十一話:沼島の呼び声
竹林を抜けた先には、太平洋の怒濤が打ち寄せる断崖絶壁が広範囲に渡って広がっていた。
霧が立ち込め、潮騒の音が絶叫のように耳を刺す。
切り立った崖の半ば、波に洗われる岩壁に、巨大な自然洞窟――「神の窟」と呼ばれる古い祠の跡がぽっかりと暗い口を開けていた。
15年前、有馬蓮が消えた場所。そして、島の失踪者たちが集められる生贄の祭壇。
「……あそこだ」
中垣内が低く呟き、慎重に岩場を降りていく。
修司はまどかの手を強く握りしめ、濡れて滑る岩肌を踏みしめた。
まどかは冷たい雨に濡れながらも、修司に手を握られている喜びからか
熱っぽい息を吐きながら健気に後を追ってくる。
洞窟の内部へ足を踏み入れると、外の波音が遠のき、代わりにドクン……ドクン……と、巨大な心臓が脈打つような不気味な重低音が鼓膜を揺らした。
洞窟の天井からは赤黒い水滴が滴り落ち、足元には生臭い泥が溜まっている。
「……見て、先輩……!」
まどかが悲鳴を押し殺した声で指差した。
洞窟の奥、岩肌に刻まれた不気味な紋様の前。
そこに――黒田がいた。
黒田は上半身を裸にされ、全身に泥と血で不気味な呪印を描かれた状態で、岩に固く縄で縛りつけられていた。その足元には、黒く変色した水溜まりが広がり、そこから無数の黒い手が這い上がって黒田の身体を少しずつ闇の中へ引きずり込もうとしている。
「黒田!!」 修司が叫ぶ。
黒田の瞼がぴくりと動き、焦点の定まらない目が修司をとらえた。
「……しゅ……うじ……? 逃げ……ろ……! ここは……」
「喋るな! 今助ける!」
修司が駆け寄ろうとした瞬間――。
洞窟の影から、ぬうっと巨体が立ちはだかった。
全身が真っ黒な海泥で覆われ、顔の中央にぽっかりと開いた暗黒の穴。
15年前にこの島で死に、怪異の「依代」と化した存在――怪異の本体だった。
『……帰らせない……誰も……逃がさない……』
耳を突き刺すような高音の叫びとともに、洞窟内の温度が急降下する。
「相良、黒田を拾え! ここは俺が食い止める!」
中垣内が前に飛び出し、懐から取り出した拳銃を発砲した。
ドォン! ドォン!
弾丸は怪異の胸に命中するが、泥の身体は弾丸を飲み込み、何事もなかったかのように中垣内へ襲いかかる。
「グアッ!?」
中垣内は怪異の振るった腕にはじき飛ばされ、岩壁に激しく激突して崩れ落ちた。
「中垣内さん!」
怪異の視線が、次に修司とまどか、そして縛られた黒田へと向けられる。
「黒田……くそっ、解けない……!」
修司は黒田に駆け寄り、縄を解こうとするが、呪いの篭もった縄はまるで鉄のように硬く、指が食い込むだけだった。
「修司……もう……いい……。俺は……ここまでだ……」
黒田が諦めたように弱々しく笑う。
「ふざけるな! こんな所で死んでたまるか!!!」
修司は胸元のLXを強く握りしめた。
機械式の冷たい金属の感触。
15年前、自分を庇って消えた友・有馬蓮。
今、目の前で消えようとしている親友・黒田慎一。
「二度も……目の前で友達を失ってまるかッ!!」
修司はLXを構え、目の前に迫る怪異の顔面へ向けてファインダーを覗き込んだ。
レンズのピントを合わせる。
ファインダーの中で、怪異の「核」――漆黒の渦の中心で悲痛な叫びをあげる
15年前の少年・有馬蓮の残影が見えた。
(蓮……お前なのか……!?)
シャッターボタンに指をかける。
その時、洞窟の奥から地鳴りのような響きとともに、さらなる闇の波動が溢れ出した。
黒田を縛る縄が弾け飛び、修司は間一髪で黒田の腕を掴み引き寄せた。
「引き上げたぞ! 黒田、立て!」
「う、あ……修司……っ!」
黒田の身体が地面に倒れ込む。まだ命はある。助かったのだ。
だが、安堵も束の間――怪異の真の狂気が、洞窟内に充満し始めていた。
黒い影の触手が、狙いを「次の生贄」へと切り替える。
その矛先が向けられたのは
――修司のすぐ後ろで、修司を庇うように立ち尽くしていた
四宮まどか だった。




