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外出

 皇都にある公爵邸は、朝から騒々しかった。

 階段を下りていき、一階の居間に向かうと廊下にまで声が漏れている。扉の外には護衛の騎士が立っていた。「またか……」と、溜息を吐いて扉を開き、室内に足を踏み入れる。案の定、お祖母様とローザが口論の真っ最中だ。


「お祖母様、それはもう五十年も昔に流行ったドレスですわ!! 今時、そんな古くさい……いいえ、伝統的な衣装を着て結婚する人なんていません。笑い者になってしまいますわ。私の方が最新のデザインに詳しいのですから、出しゃばらずに大人しくしていてくださいませ!!」

「何を言うのです。結婚式は神聖な儀式。流行廃りなど関係ありません。伝統的な衣装こそ美しく格調高いのです。あなたこそ、皇妃の身でありながら、伝統を蔑ろにするとは……嘆かわしい。いつまでも、浮かれた小娘のような感性でいるのです!!」

「お言葉ですけれど……お祖母様の勧める野暮ったいドレスは、オフェリアお姉様には少しも似合いません!! カボチャのようなドレスなんて、今頃着ている人なんていませんよ! 断然、優雅で品のいいすっきりしたデザインこそお姉様の美しさを強調するのです。オフェリアお姉様も、そう思いますでしょう?」

「オフェリアは帝国に嫁いできた身なのですから、帝国の伝統と習わしを重んじるのは当然のこと。オフェリア、あなたも言っておやりなさい。相手が皇妃だからと萎縮する必要はありませんよ。私がついているのですから!」

 火花を散らしながら睨み合っている二人の間で、オフェリアは気の毒な事にすっかり萎縮してオロオロしている。

「あの……私はどちらのドレスも素敵だと……でも、できればもう少し目立たないものが……っ!」

 と、小声で主張しているけれど、お祖母様もローザも少しも聞いていない。お祖母様とローザがそれぞれ連れてきたお抱えの仕立屋は、部屋の隅に飾られた花瓶の如く存在感を消して沈黙していた。お互いに相手が悪すぎると思っているのだろう。なにせ、お祖母様は未だに社交界で大きな影響力を持っている。かたやローザはこの帝国の皇妃だ。どちらの不興も買いたくはないのは当然だ。

 お祖母様が領地からやってきてからと言うものの毎日これだ。


「だいたい、あなたはもう皇室に嫁いだ身でしょう! 公爵家の事に口出す権利はありませんよ!」

「オフェリアお姉様は、私のお姉様になる方です!! それに、マルク王国から嫁がれた姫なのですよ。この結婚には、両国の和平と友好がかかっているのですから、皇妃の私が協力するのは当然の事。お祖母様こそ、もうお歳なのですから領地に引っ込んでいらっしゃればいいのです。無理をすると、また腰痛がひどくなりますわよ」

「それこそ、余計なお世話です。私はオフェリアがこの帝国に馴染めるように助言してほしいと、イグナーツに請われたからわざわざ出向いているのですよ!」

「あら、それなら、お祖母様よりも私の方が適任ですわ。お祖母様が領地にこもられていた間に、帝国のしきたりも色々と変わっておりますもの。それを、お祖母様はご存じないでしょう?」


「あ、あの…………私は…………」

 困り果てているオフェリア見かねて、僕は溜息を吐きながら進み出た。

「お祖母様も、ローザも落ち着いてください。オフェリアが困っているではありませんか」

「イグナーツ! お前こそ、ローザに言っておやりなさい。余計な口を挟まず、皇宮に戻っていろと」

「お兄様! お祖母様を呼び寄せる前に私に相談してくださいと言ったじゃありませんか! お祖母様がしゃしゃり出てくると、ろくな事にはならないんです」

 二人に詰め寄られて、僕は「う……」と後ろに下がる。オフェリアに視線を向けると、助けを求めるような目を僕に向けていた。


「お祖母様に来ていただいたのは、帝国の作法やしきたりをよくご存じだからだ。それに、ローザは皇妃なんだから、毎日のように皇宮から抜け出してきたら他の者たちが困るだろう? 皇妃の仕事だって滞るじゃないか」

「お兄様はお祖母様の味方をなさいますの!?」

「ほら、ご覧なさい。イグナーツの言う通りです。あなたはさっさとお戻りなさい。人の結婚式に首を突っ込むより、帝国のために世継ぎを作ることがあなたの役目ですよ」

 ローザが「なんですって!?」と、威嚇する猫のような顔になる。

 この二人は顔を突き合わせれば衝突してばかりだ。


「それと、お祖母様。オフェリアの結婚式のドレスについては、オフェリアに任せます。あまり口を挟みすぎないでください。これは僕らの結婚式なんですから。お祖母様に強く言われては、自分の意見が言えなくなりますよ」

 僕はお祖母様にも釘を刺してから、オフェリアのそばに行って彼女の手を取る。

「これから、僕らは出かける用事があるので失礼します。それでもまだ口論を続けたいのでしたら、止めませんよ。思う存分やってください」 

「ちょっと、お兄様! 逃げるおつもり!?」

「そうですよ。イグナーツ。これではいつまでも結婚式の段取りが決まりませんよ!」

「ご心配いただかなくても、うちの使用人たちは優秀ですから何とかなります」

 僕はオフェリアを目で促し、その手を引っ張って居間から連れ出した。


「あの……よかったのでしょうか? お二人に失礼だったのでは……せっかく、結婚式のために助言をしてくださっていたのに……」

「気にしなくていいよ。いつもの事なんだ。それより、息抜きに出かけない?」

「どちらに行くのですか?」

「うーん、どこに行きたい?」

 彼女の目を覗き込むと、戸惑うような色が浮かぶ。

「私は……どこでも…………」

「じゃあ、せっかくだし……ちょっと遠くまで足を伸ばしてみようか?」

 僕はニコッと微笑んで、使用人に馬車の用意と彼女の身支度を手伝うように頼んだ。


◇◇◇

 

 馬車は帝都を抜けて長閑な田園地帯をゆっくりと走る。馬車には僕とオフェリア、それにオフェリアの侍女のレーネが乗っていた。御者台には御者と彼女の護衛の騎士が座っている。オフェリアは物珍しそうに窓の外を眺めていた。

「あの、イグナーツ様……私は帝都を出てもよいのでしょうか?」

 振り向いた彼女が不安げな表情を見せる。

「君は別に捕らわれの身ってわけじゃないんだから、どこを移動するのも自由だよ。それに帝都から出られないと、公爵領にも出かけられないだろう?」

「あっ、そうですね……」

 オフェリアは恥ずかしそうな顔をしてそう答えた。相変わらず緊張しているみたいで、膝の上でギュッと手を握っている。

「少し帝都から離れるけれど、宝石細工で有名な街があるんだ。夕方までには帰れるから、行ってみようと思ってね。ドレスが決まらないなら、先に装飾品を見て見るのも悪くないだろう?」

「ですが……私、あまり高価なものは……っ!」

「公爵夫人となる人に、安物のジュエリーなんて贈れないよ。だから、思う存分好きなものを選んでいいから。どうせ、いくつも必要なるだろうしね」

「は……はい……そうですね。公爵家に恥をかかせるわけにはいきません」

 真面目な顔つきで頷く彼女に、僕はつい苦笑する。君を喜ばせるためなんだから、そんなに畏まらなくていいのに。けれど、彼女は「立派なものを選びます!」と、緊張して呟いていた。


 いくつかの村と街を通り過ぎて街道の先に尖った山が見えてきた頃、目的のアーレンの街が見えてくる。ここはすでに公爵領の端だ。街に入ると、大通り沿いに宝石店や装飾品の店が並んでいる。この街には宝石や貴金属細工の工房がいくつもある。王都にも店は多いけれど、ここで扱われている宝石類は公爵家所有の鉱山から産出されたものが多い。だから、一度、彼女を連れて来たかったのだ。


 馬車を降りると、僕は広場の近くにある店の中に入る。落ち着いた古めかしい外観の店で、店内はそれほど広くはない。店内は静かで若い男性店員が店の番をしていた。

「いらっしゃいませ。本日はどのような……」

「ああ、ハドックを呼んでもらえるかな?」

「少々お待ちください」

 店員が店の奥に引っ込むと、メガネをかけた中年の男性がすぐに出てきた。

「これは、クラッセン公爵。ようこそ、おいでくださいました。お出迎えが遅れまして、申し訳ございません」

「いいや、僕こそ急に訪れたからね。気にしないで。それと、こちらがマルク王国のオフェリア姫だ」

 控え目に後ろに立って店内を見回していたオフェリアを、僕はハドックに紹介する。ハドックはハッとしたように頭を下げた。

「これは……お越しいただき光栄の至りでございます。私は店主のハドック=ブラウンと申します。このたびは、公爵家に嫁がれるとのこと。心よりお祝い申し上げます」

「ありがとうございますっ!」

 オフェリアは赤くなって、緊張するように下を向いていた。頭を下げたハドックは、表情を和らげて僕を見る。

「どうぞ、おかけください。今、お茶をお持ちいたしましょう」

 勧められるままに、店の奥のソファーに腰を下ろす。僕の隣にはオフェリアが座り、後ろには護衛の騎士と侍女のレーネが控えていた。ハドックは先ほどの若い店員にお茶を運ぶように命じる。


「若君が結婚とは……ようやくかとほっといたしましたよ」

 ハドックは僕が幼い頃から知っているため、目尻に皺を寄せる。

「ああ、おかげで約束が果たせそうだ」

 僕が笑って答えると、オフェリアが不思議そうな顔をして僕を見る。

「子供の頃、僕が結婚する時には花嫁の装飾品はハドックの店で注文するって約束していたんだよ」

「口約束だったので、てっきりもう忘れられているものと思っておりました」

「まさか! ちゃんと覚えているよ。必要なのは首飾りとイヤリング、それに指輪とブレスレットもいるかな? 一式揃えたい」

「畏まりました。ドレスの方はもうお決まりで?」

 ハドックに尋ねられて、僕とオフェリアは顔を見合わせる。

 若い店員が緊張した面持ちでティーセットを運んできた。「失礼します」と、テーブルの上にトレイを置いてお茶をいれてくれる。


「それが、まだ決まらなくてね。宝石の方から決めようかと思っているんだ」

「そうでしたか。やはり、結婚式ですからダイヤがよろしいでしょうな」

「どう? オフェリア」

「お恥ずかしながら……私はあまり宝石を持った事がなくて、詳しくないのです。どのようなものが適切なのか……」

「それならば、実際に見てみられた方がよさそうですな」

 ハドックは店の奥へ引っ込み、若い使用人と一緒にいくつかの箱を抱えて戻ってきた。それがテーブルに並べられる。煌めくダイヤの首盛りを見た途端、オフェリアはびっくりして固まってしまっていた。


「こんな立派な首飾りは……皇妃様でもなければとてもつけられませんっ!」

「そんな事はないよ。それにローザなら、これくらいいくらでも持っている」

「そうですね。皇妃様のご婚礼の際も、うちにご注文いただきましたから。それに比べたら、こちらなどはまだ慎ましいほうでございますよ」

 ハドックもニコッと微笑む。次から次に箱を開いて見せてくれるけれど、オフェリアは緊張して手を伸ばそうとしない。

 いくつも見せてもらう中で、オフェリアが目に留めていたのは真珠と小さめのダイヤが雫のように連なる首飾りだ。イヤリングもお揃いのデザインになっている。


「それが気に入った?」

 彼女がジッと見ているので尋ねると、「いえっ、私にはもったいなくて……」とすぐに首を振る。

(少しももったいなくはないけどな。むしろ……地味なくらいだ)

 他の首飾りには特大のダイヤがいくつもついているのだ。

「こちらは、ダイヤは小さめですが傷がなく透明度の高い上質なものを使用しております。控え目なデザインですから、どのような場でもお使いいただけますし、ドレスにも合わせやすいかと」

 ハドックがニコッと微笑んで、「つけてみられますか?」と勧めてくる。


「ですが……傷をつけてしまったら」

「どのみち、これは買うつもりだよ」

 結婚式でなくても、他の場でも使えるなら買わないなんて選択肢はない。ハドックが手袋をつけた手で首飾りを取り、彼女の後ろに回って首飾りをつける。若い店員が鏡を持ってきた。

 鏡に映る自分を見て、彼女の目が少しばかり輝きを増す。気に入ったのは表情を見ていれば分かる。

「す……素敵すぎです…………」

 赤くなって、オフェリアは下を向いてしまう。僕はハドックにその首飾りとイヤリングを揃いで買い取ることを伝える。 

「他の宝石も見て見るかい?」

 僕が尋ねると、彼女は顔を上げて微笑んだ。

「…………はい」


 今日買った宝石は後日、邸に届けて貰うことになった。指輪などはオーダーしたので出来上がり次第届けてくれるだろう。オフェリアは馬車の中でも、恐縮しきっていた。


「よかったのでしょうか。あんなにたくさんの宝石……しかも、すごくお金を使わせてしまって……」

「いいに決まっているよ。予算内だ。むしろ、少ないくらいだよ」

 僕は上着のポケットから小さな箱を取り出して、「これは、今、渡しておくよ」と彼女の手に渡す。

 驚いた顔をして僕を見た彼女は、緊張した手で箱のリボンを解いて蓋を開く。中に入っているピングガーネットのイヤリングを見た途端、目が宝石と同じくらい煌めいていた。

「今日のドレスに似合いそうだったからね」

「かわいい色…………すごく嬉しいです! 本当にいいのですか?」

「もちろん。つけてみる?」

 

「それなら、私がおつけいたしましょう」

 彼女の侍女であるレーネが箱を受け取り、彼女の耳にイヤリングをつける。

 小さな耳飾りだから、普段身につけておくのも邪魔にならないだろう。窓に映る自分の姿を見て、オフェリアの口元が綻んでいた。何度も指で触れて確かめている。


「ありがとうございます、イグナーツ様。私も何かお返しをしたいのですけれど……何か、ほしいものなどはありませんか?」

「えっ、僕のほしいもの?」

「このような高価なものは難しいかもしれませんが……できるだけ、ご期待に添いたいのです」

 彼女は真剣な表情で訴えてくる。

 ほしいもの。

 ほしいもの、か――。


 つい、彼女の小さくて艶のある唇に視線をやってしまい、すぐに窓の外を見る。あまりに恥知らずな要求はやめておこう。そういうものは強要するものではない。

「ああ、うん。そうだね。それなら……そうだな。君が得意なものでいいよ?」

「私の得意なもの……ですか?」

「うん、なんでもいい。思い付いた時にくれればいいから。それで十分だ」

 僕は一瞬浮かんだ要求をごまかすように微笑んでおいた。


◇◇◇


 日が傾く頃には、ひどく荒れた天気になっていた。少し早めに王都に戻る事にしたけれど、街道の途中で数台の馬車が立ち往生している。車輪でも外れたのだろうか。馬車の中で様子を伺っていると、オフェリアの護衛騎士が外から扉を叩く。開けると雨と風が吹き込んできて、護衛騎士もマントがすっかり濡れていた。

「何かあったのか?」

「この先の川が増水していて、橋が渡れないそうです」

 報告されて、僕は不安げなオフェリアの顔を見る。迂回しても同じだろう。

「それは仕方ないな。近くの街まで引き返そう。この分だと、今日中に王都には戻れないだろうから、宿を取ったほうがよさそうだ」

「承知いたしました」

 護衛の騎士は扉を閉めて御者台に戻る。馬車は街道を引き返すようだ。


「すまない。今晩は街の宿に泊まる事になりそうだ。だけど……着替えも寝間着も用意がないよね。街で調達できればいいんだけど」

「それにはご心配に及びません。着替えなどは馬車に乗せておりますから」

 レーネがすぐにそう答える。生真面目な表情の彼女の侍女を見て、僕は「さすがに準備がいいね」と微笑んだ。

「いえ……何があるかわかりませんので……」

 レーネはスッと視線を逸らす。どうやらオフェリアの侍女はあまり快く思われていないようで、彼女は馬車の中でもあまり目を合わせてくれない。まあ、警戒するのも当然かな。


 ただ、宿に空きがあるかどうかが心配だ。この雨で街道が通れなくなり、困っているのは僕らだけではないだろうから。まあ、オフェリアとレーネが寝られる部屋が一室確保できればそれでいいんだけど。僕と御者と護衛の騎士は、民家に頼んでどこか空き部屋を貸してもらえばいい。それが無理なら、馬車で一夜を明かすだけだ。


 近くの小さな街まで引き返すと、空いている宿は一軒だけだった。しかも、泊まれるのは一室だけだ。予想していた事だったから、僕は代金を少し多めに払って鍵を受け取る。

「オフェリアとレーネは宿に泊まって。明日の朝には迎えに来るよ。その時には雨も止んでいるだろう」

「待ってください! それではイグナーツ様はどちらに泊まられるのですか?」

 意外に強い力で服を引っ張られて、びっくりする。

「僕は馬車で過ごすよ。雨が入ってこなければ十分だからね」

「いけませんっ。それなら、イグナーツ様がお部屋に泊まってください。私が馬車で……」

「そんな事させられると思うかい? 安全でもないのに」

「でも……っ!」

「それでしたら、姫様と公爵様がお部屋をお使いくださいませ」

 僕もオフェリアもビックリしてレーネの顔を見る。

「いや……でもそれは……」

「お二方はご結婚なさるのですから、同じ部屋をお使いになっても問題ないでしょう。私のことはご心配いただかなくても何とかいたしますから」

「少し待ってて」

 侍女とはいえ女性を馬車や納屋では寝かせられない。

 僕は店の主人のもとに行き、どこでもいいから泊まれそうな部屋がないか尋ねてみる。

「それなら……屋根裏に一部屋ございます。雨漏りがするので使っていないのですが……そこでよければ、ベッドを整えましょう」

「ありがとう、主人。無理を言ってすまない」

 多めに追加の代金を払い、鍵を借りてくる。それをレーネの手に渡した。

「すみません……公爵様。お気遣いに感謝いたします」

「いいや、いいよ。むしろ、ちゃんと部屋が取れなくて申し訳ない」

 護衛の騎士と御者には悪いが、馬車の中で一泊過ごしてもらうしかない。かわりに宿の主人に頼んで毛布を借り、食事は用意してもらう事にした。



 





 






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