宣言
城門の上からは、宮殿前の広場が一望できる。帝国の騎士と兵が整然と並び、旗がはためいていた。
さすがに、千人も集うとなかなか迫力がある。といっても、本当の帝国騎士や兵ではなく、王都のパン職人や大工、食いあぶれている下町の住人や、普段は裏の仕事をしている皆さんたちなんだけど。
広場の周りには王都の住人たちが集まり、何が始まるのかと見守っているようだ。
「戦争時は、この帝国の旗が怖ろしかったよ。あの経験は、もう二度と味わいたくないものだ。だが、味方だと思うとなんとも頼もしいものだな」
先王陛下は両手を杖に添えて、帝国の騎士と兵が埋め尽くす広場を見下ろしている。
「そう思っていただけるなら、光栄です」
僕はそう答えながらも、内心ドキドキしていた。
ここに集まっている人達が、本当は王国の住民だとバレたらどうしよう。
チラッと先王陛下を見れば、意味深な笑みを浮かべている。
これは、もしかしてすでに気付かれているのでは?
この先王陛下はさすがに油断ならない。
僕は適当に笑ってごまかしておいた。
「この場に集う王国民よ、我が名はヴァルトル=マルクである!」
先王陛下は前に出ると、毅然と顔を上げて声を張り上げる。
その力強い声は、風に乗るようにして広場に響いていた。
ここで演説を行うなんて、聞いていないし予定になかった事だ。王都の住人たちも、驚きを隠せない様子で騒いでいる。城門をポカンとした顔で見上げている人達もいた。
並んでいる帝国の騎士や兵士に扮した皆さんも、顔を見合わせてザワザワしている。
いや、君たちは動かずに、ジッとしていてくれ。気持ちは分かるんだけど。
「今日をもって、我が息子であるルカーシュは王位を退く事になった!」
先王陛下の声が広がり、ざわめく声がより大きくなる。
僕もびっくりしているよ。
ここでそれを宣言するなんて、本当に聞いていないんだ。
僕は後ろで両手を組んで、先王陛下の一歩後ろに控えているしかない。
「いずれ、王国中に通達が行くことになるであろう。本来ならば、王弟のイヴァンが新国王として即位すべきだが、皆も知っての通り、イヴァンはまだ幼い。成人するまでは、この私が摂政となって国政を補佐するものとする。ここにいる、帝国のクラッセン公爵と、帝国軍がその証人となってくれるだろう!」
胸を叩いて堂々と宣言を行う先王陛下に、僕は「ええっ!?」と内心焦る。
いや、確かにこうなる事は予測していた。
王位を継承できるのは、イヴァンしかない。しかし、それには貴族の反発も大きいだろう。
だから、しばらくは先王が再び王位に就いて、イヴァンを王太子として成人まで教育を行うものだと思っていた。そこまで状況を整えるには、もっと時間がかかると考えていたからだ。
先王陛下はすでに、腹を決めたということなのだろう。
側室の子でヴァーナ族の血を引くイヴァンに、このマルク王国の未来を託す事を。
「皆が不安に思うのも当然であろう。イヴァンは幼いとはいえ、勤勉で賢明だ。成人までは私と、クラッセン公爵がしっかりと後見を務めるから、安心してもらいたい!」
先王陛下は突っ立ていた僕の背中を強く押して前に出す。王都の住民たちが僕らを見上げて、「おおっ!!」と歓声を上げた。あちこちから歓喜の声が上がって、手を振る人たちもいた。
帝国の騎士や兵士たちまで、「わーっ!!」と拳を振り上げて喜んでいる。
いや、君たちはお願いだから、大人しくしていて。お人形のように突っ立っていてくれ!!
とはいえ、彼らも王国民だ。新国王が立つと聞けば、興奮するのも仕方ない。
それだけ、ルカーシュの評判が悪かったということでもある。即位から一年も経っていないのに、これほど人望がないとは。いったい、どんな悪政を敷いていたのだろうか。
「ほれ、手を振ってやれ」
先王陛下が僕の腕を肘で押して、ニヤッと笑う。うまく乗せられている気がしなくもないけれど、僕だってイヴァンが国王になるのは嬉しいのだ。そのために、ちょっとずつ状況を整えてきたんだから。
僕が想像していたよりも、その時期はずっと早かったけれど。
僕は笑みを作り、手を振って見せる。広場全体が「帝国万歳! マルク王国万歳!」といった声で埋め尽くされる。帝国の騎士に扮した皆さんは、帝国の旗を振り回していた。
もう、誰も気にしていないのだろう。
ま、まあ、いっか…………。
うまくいったんだから。
「新国王となったイヴァンは、我が国と帝国との平和の架け橋となり、我が国に発展をもたらしてくれる事になるだろう!!」
先王陛下は拳を振り上げて、さらに声を張り上げる。
感極まって泣き崩れている人が見える。
カールといい、先王陛下といい、一国の君主となるようになる人というのは、人心掌握術というものを少なからず心得ているものだ。それをカリスマというのだろう。
僕のような一介のしがない貴族でしかない凡人は、とうてい得られぬものだ。
けれど、イヴァンならいずれ、カールや先王陛下のようになれるのかもしれない。
いや、なってほしいと願うのだ。イヴァンなら、きっとできると信じるから。
思惑通りだというように、先王陛下はニマニマしている。
この人は、あんまり敵に回したくないかも。
こうして、この日、ルカーシュが王位を退き、イヴァンが新国王として即位し、先王陛下が摂政となる事が決まった。何一つ聞かされていなかった王国中の貴族が、慌てふためいたように王宮に詰めかけてきた事は言うまでもない。
この日の騒動は、いずれマルク王国の歴史書にしっかり記される事になるのだろう――。
◇◇◇
僕らがカッセリアン城にようやく戻る事ができたのは、五日ほど経ってからだ。
あれから、先王陛下に引っ張り回されて、マルク王国の貴族たちの説得に回らされ、今後の方針を決める会議にまで顔を出す事になり、帝国と王国の間の調整なども行っていた。
それが本来、帝国の使者してやってきた僕の仕事でもあるんだけどね。
これまでは、ゲーラー卿に任せっぱなしだった。
ゲーラー卿が王都にいない分、僕が代わりに働く羽目になったというわけだ。
こんな事なら、最初から彼を連れてきていればよかった!
そう、何度後悔したか知れない。
ゲーラー卿、もう離したくない。ずっと一緒にいたい。
帰りの馬車の中でも疲労のせいでぐったりしていたから、オフェリアに変に心配させてしまった。
僕はほとんど王宮にいたから、邸に滞在していたオフェリアとはほとんど顔を合わせられなかった。
それも、地味に効いているんだ……。
オフェリアは僕の心の癒やしなんだから。
あのオンボロの古城が見えてくるとホッとする。
こんな幽霊城みたいな城も、こうして見るとなんとも趣があって素敵じゃないか。
ああ、戻ってこれた――!!
僕は大変だった王都滞在中の事を思い返して、涙が滲みそうだ。
馬車を降りて城に入ると、ゲーラー卿がすごい顔をして待ち構えていた。
「ゲーラー卿!! 会いたかったよ~~~~!!」
僕は一目散に駆け寄って、ガバッと抱きついた。
けれど、ゲーラー卿の微笑みを見た途端に悪寒が走って、慌てて後ろに下がる。
「閣下、私もです。お帰りになるのを今か、今かと心待ちにしておりました。いっそ、私めも王都に出向こうかと思ったほどですよ」
「あ、うん……そうだよね。報告が遅れてごめん! 予期せぬ事態に巻き込まれてしまってね……」
逃げ腰になる僕の肩を、ゲーラー卿が離しませんよとばかりに強くつかむ。
これはまずい。たっぷり怒られる。
相談なく勝手な事をやりすぎだって。
「どういう経緯で、ルカーシュ国王が退位する事になり、イヴァン殿下が即位する事が決まったのか、じっくり聞かせてもらいましょうか? そのような予定があるとは、少しも聞いていませんが!?」
「手紙で知らせた通りだよ……ルカーシュが自滅したんだ。あいつ、オフェリアに危害を加えようとしたからさ。ちょっと仕返しに色々したんだよ。そうしたら、そういう事になって…………」
視線を逸らしたまま、モゴモゴと言い訳を口にする。
「ほほぉ?」
ずいっと寄ってくるから、怖い。怖すぎる。
オフェリアに助けを求めようとしたけれど、彼女は出迎えたルーラ様と和気藹々と王都の話をしている。和やかな雰囲気で、僕もそちらに入れてほしいくらいだ。
「ごめん、本当に、ごめんなさい。相談したかったんだけど、状況が状況だったんだ。ゲーラー卿の立場を蔑ろにしたとか、そういう事じゃないんだよ!! 誓って本当だから! まさか、こんなにうまくいくとは……というか、決めたのは先王陛下だから!! でも、やりすぎた……よね?」
「放っておくと、何をしでかすか分からないのは、我が陛下だけかと思っておりましたが……甘かったようです。さすがに陛下のご親友ですな。監視対象が二人に増えたようだ。はははははは」
ゲーラー卿は笑っているけれど、口元も目も全然笑っていない。
怒るのは当然だろう。この先の交渉やまとめ役はゲーラー卿に引き継いでもらう事になる。
仕事が今以上に増える事になるのは間違いない。
「う、うん……そう言われると、すごく反省するよ」
僕は心底申し訳なくなった。ゲーラー卿に公爵家のワイン蔵に眠る秘蔵のワインをたっぷりプレゼントしよう。それでどうにかごまかせ……いや、許してもらえるといいな。
「お兄様!!」
元気一杯に走ってくるのは、僕のかわいいイヴァンだ。
その後から、「おい、転ぶぞ」と注意しながらラデクが面倒くさそうにやってくる。
飛びついてきたイヴァンを、僕はしっかり抱き締めた。
「イヴァン、ただいま! 君の顔が見たかったよ!」
「本当ですか!? 僕も早く兄様に会いたかったです。それより、王都はどうでした? 何かおもしろい事はありましたか?」
目を輝かせながら尋ねてくるイヴァンに、僕はゲーラー卿と視線を交わす。
それからしゃがんで、イヴァンと目線を合わせながら頭をポンと叩いた。
どうやら、まだ何も聞かされていないようだ。
まさか、知らない間に自分がマルク王国の国王となっているなんて、思いもしていないんだろうなぁ。
即位式はこれからだけど。
「ああ、もちろん。お土産もたくさん買ってきたよ!」
「やったー!! 嬉しいです! 何がもらえるのか、すっごく楽しみです!!」
「あ―……うん、えっと……椅子かな?」
僕は頬を掻きながらポツリと答えた。
イヴァンは「椅子?」と、首を傾げる。
思ったものと違ったのか、少しがっかりした顔になっていた。
「古くて……けっこう重い、椅子?」
「そうなんですか……ええっと、椅子も嬉しいです。勉強する時にちょうどいい椅子があるといいと思っていたので」
「ああ、それと、君とラデクに剣と弓を買ってきたんだよ!」
僕がそう言うと、わかりやすくイヴァンの顔がパッと明るくなる。
やっぱり、椅子よりも剣の方がずっと嬉しいらしい。
まあ、どんな椅子か知ったら、びっくりするだろうな。
「剣!? 本当ですか? お兄様。本物の剣ですか? 木剣じゃなくて!?」
「本物の剣だよ。子供用だから軽いけれど、切れ味は抜群だ。カボチャだって一振りで真っ二つだ」
立ち上がり、イヴァンをポンポンと叩きながら笑って答えた。
「お帰りなさいませ、イグナーツ様」
ルーラ様がオフェリアと一緒にやってきた。
「遅くなりました。ルーラ様」
僕は頭を下げて挨拶をする。
ニコッと微笑んだルーラ様も、ゲーラー卿同様に目が笑っていない。
「色々とお話を聞かせてもらう必要があるようですね。詳しく」
「ええ、はい……後ほど、きちんと説明します。事後承諾になってしまい、大変申し訳なく思っています」
僕は両手を上げて、苦笑いを浮かべて答える。
そんな僕を、イヴァンはキョトンとした顔で見ていた。




