謁見
謁見の間に通された僕は、直立の姿勢を保ったままルカーシュ国王を待つ。
後ろには、公爵家の騎士の礼装を着たフェリックスが控えている。
武器は預けてあるから、剣は佩いていない。
それくらいは想定内だから別にかまわない。
それにしても――。
ドミニクに人を集めてほしいと頼んだけれど、まさか千人も集まるとは。
いくらなんでも、多すぎだ。
「いやぁ、金になる仕事があるって噂が広まっちまいましてね。パン職人や大工まで、王都中から集まってきたんですよ。でかくて腕っぷしが強そうな男ってことで募集をかけたんですがね。中には、女までやってくる始末で」
ドミニクが苦笑いをして報告してきたのを思い出す。
帝国との戦争の後、仕事にあぶれている者も多い。王都はあまり景気もよくないようで、手に職を持っている人達も稼げないのだろう。そこに、日雇いとはいえ、儲けのいい仕事があると噂になれば、人が詰めかけてくるのも当然だ。
ドミニクは「これでも厳選したんですぜ」と、話していた。
報酬の方は大した出費でもないからかまわないのだけど、千人分の帝国軍の武具を用意する方が大変だった。邸に保管されていた騎士の防具や武具だけでは足らず、王都中から中古の武具をかき集めてもらった。おかげで、王宮前の広場は、今、帝国軍の騎士と兵士が占拠している状況となっている。
王都中に噂が広まって、大変な騒ぎになっているのだろう。見物人も大勢集まっていた。即席の帝国軍ながら騎士の武具だけは揃っているし、帝国の旗を掲げて整列する様はなかなか壮観だ。
パン職人や大工などの寄せ集めだなんて、一見しただけでは分からないだろう。
まあ、すぐに張りぼて軍だと気付かれるだろうけれど、今日一日だけ国王の目を欺ければいい。
それにしても、随分と時間がかかるな。まだ、寝ているのか?
だとしたら、フォスティーヌ姫は約束を守ってくれたということだ。
帝国軍千人が王宮の前に突如現れたなんて、寝起きに知らされれば、さぞかし慌てふためくはず。
その姿を想像して、僕は若干溜飲を下げる。
とはいえ、この程度で許すつもりはない。
あの男はオフェリアに危害を加えようとしたのだ。
その報いは当然、受けてもらわなければ帝国とクラッセン公爵家の名が廃るというもの。
扉が開いて、ようやくルカーシュ国王が側近を伴って姿を見せる。
謁見の間の両脇には、武装した騎士たちが整列していた。よほど警戒されているらしい。
まあ、当然だな。僕は微かに笑って、すぐに取り澄ました表情に変える。
分不相応な王座にふんぞり返るようにして座ったルカーシュ国王は、苛立った様子で僕を見下ろす。
「いったい、どういうつもりか、釈明を聞かせてもらえるのだろうな。クラッセン公爵。これは明らかに講和条約に違反する行為だ! これは公爵の独断か? それとも、帝国の意向か!?」
怒鳴るように言うルカーシュ国王を、僕は真っ直ぐに見た。頭を下げてやる必要もない。
それが気に入らないのか、ルカーシュ国王は拳を握って歯をむき出すように唸っている。
「昨晩、私の妻、オフェリアが何者かに連れ去られました。陛下はその事をご存じですか?」
冷静な声で問うと、ルカーシュ国王の顔が強ばる。けれど、彼はごまかすように歪な笑みを浮かべた。
「知らんな……そのような報告は聞いておらぬ。すぐに捜索させよう。無事だとよいが……」
白々しい――。
下手な芝居もここまでくれば茶番だ。
「その必要はありません。オフェリアは無事です。賊も捕らえました」
計画の失敗を僕の口から聞かされるなど、さぞかし屈辱だろう。
ルカーシュ国王は「なんだと……」と、呟いて側近や並んだ騎士の顔を見る。
誰もが青くなって視線を逸らしていた。
「そうか……それは、よかった。オフェリアは余にとっても異母妹であるからな。王宮内に賊が紛れていたとは由々しきことだ。その賊はこちらが引き取ろう。取り調べを行い、しかるべき罰を与えねばならない」
「賊の取り調べなら、昨晩の内に終えております。王国の兵士でした。オフェリアをさらい、密かに処分するように命令を受けていたようです。それと、オフェリアを連れ出すために協力した女性の身元も判明しております。子爵家のご令嬢でした。父親の領地と爵位を剥奪すると脅迫されて、やむを得ず従うしかなかったそうです」
「そのような計画を企てた者がいるとは! すぐに、こちらで調査を……」
「陛下」
僕の声に、ルカーシュの顔が引きつり唇が震える。
まともに目を合わせる事もできないらしい。
動揺のせいで視線が泳いでいる。やっぱり、小心者だな。
そのくせに、こんな小賢しい策を巡らせるから。
小者なら小者らしく、与えられたその座に満足して相応に振る舞っていれば、余生はそれなりに安泰だっただろうに。
「誰の命令かは、言わずとも知れておりましょう。これ以上、無駄な会話を続けたくはない」
「いくら帝国の公爵と言えども、不敬であろう。余が仕組んだとでも言うのか!? 証拠がどこにある」
「そのようなもの、必要がありますか? 私もオフェリアも、陛下の招きに応じて王都まで足を運んだのです。その上、陛下主催のパーティーの最中に、オフェリアが王宮の兵士にさらわれて、命を落とすところだった。それだけでも、十分に帝国への敵対行為と見なす事はできるのです」
僕は遠慮なく、絨毯の敷かれた広間を進む。
騎士たちが立ち塞がろうとしたけれど、僕の後ろにいるフェリックスに睨まれて怯んでいた。
「それ以上、近付くな!! 近付けば捕らえるぞ!!」
「大事なのは、名目と体裁だ。その事を、陛下は十分よく理解されているではありませんか」
「何を…………」
段を一段上がり、王座の前に立った僕は、椅子からずり落ちそうな体勢になっているルカーシュ国王を見下ろす。僕に剣を向けようとする王国の騎士との間に、フェリックスが体を割り込ませた。
フェリックスなら、騎士から剣を奪う事くらい容易いだろう。だから、任せておけばいい。
「あなたは先王陛下に帝国への進軍を強く勧めていた。マルク王国が挙兵すればそれに呼応する形で周辺国も援軍を送るという密約が結ばれていると、そう言ったそうではありませんが。その言葉を信じた陛下は、帝国との国境に兵力を集結させた。ところが、開戦となれば援軍はどこからも送られてこなかった。孤立無援になったマルク王国軍は見るも無惨に帝国に敗北して王都は陥落。先王陛下はその責任を取って退位することとなり、あなたは王位に就いた」
「そのような密約の事など知らぬ……他の者が父上に吹き込んだのだ!」
「そうですか? ですが、結果としてあなたは王位を手に入れた」
「それが何だというのだ。王太子であった余が王位に就く事は当たり前の事ではないか!」
「ええ、そうですね。順当に行けばそうなっていた。大人しく待っているだけで、王座は手に入った。けれど、あなたは焦っていたのでしょう? あまりにも王族に相応しくない放蕩な振る舞いが目立ちすぎて、先王はあなたではなくイヴァンを王太子にしようかと迷っていた。それを耳にしたあなたは、自分が廃嫡される可能性がある事を知り怖れた」
僕は淡々とルカーシュ国王に告げる。
側近たちも、騎士たちも動かず、目を見開いて僕らを見ている。
「ヴァーナ族の血が入った者が、マルク王国の王位に就くだと? 貴族らが承知するわけがないだろう。どこの誰が、貧しい山岳民の血を引く者を王と崇めるというのだ。いい笑い物ではないか」
「だから、あなたも側近たちも、早急に先王陛下を引きずり下ろそうと考えたのでしょう? だが、名目がいる。そのために、帝国との無謀な戦争をけしかけた。惨敗して多くの兵を失い、帝国の属国となれば、先王も責任を取って退位するしかなくなる。そうすれば、予定通りあなたは王位に就けるというわけだ」
だが、王位に就けたとしても、属国の王座では意味がない。
帝国から独立した地位を再び勝ち取るために、いずれは再び帝国と戦争をするつもりだったのだろう。
そのために、ブノア王国の協力が必要だった。
フォスティーヌ姫との縁談を早急に結ぼうとしたのは、それが理由だ。
帝国に勝てなくても、独立国としての承認を得られれば、それだけでルカーシュ国王の国内における対面は保たれる。
だが、その計画のためには、邪魔なものがあった。
オフェリアとイヴァンの存在だ。
ルカーシュ国王は結婚しておらず子供がいない。王位継承権を持つのは、先王の側室の子である二人だ。オフェリアとイヴァンがいる限り、その地位は盤石とは言えない。
「だから、オフェリアを帝国に人質として送り、排除しようとした。けれど、あなたにとっては誤算だった。彼女が帝国で優遇されるとは思わなかった。帝国でも、ヴァーナ族の血を引く側室の姫は相手にもされず、どこかに幽閉されるか、てきとうな貴族に嫁がされると考えていた」
僕自身、言いながら不快感で気分が悪くなってくる。
フェリックスなど、冷ややかな空気をまとって、剣呑な目でルカーシュや騎士たちを睨んでいた。
ルカーシュ国王の思惑は外れたのだ。オフェリアが公爵家に嫁ぐ事になった結果、帝国がイヴァンの後ろ盾になる可能性が出てきた。そうなれば、今まで日和見だった貴族たちの中からも、イヴァン側に着く者が現れるかもしれない。
放っておけば、ルカーシュ国王の地位を脅かす存在になりかねない。帝国がイヴァンを国王に擁立する事を怖れ、早急に帝国とオフェリアとの繋がりを断つ必要が出てきた。
オフェリアさえ消せば、帝国が介入する口実がなくなる。
図星だったのか、ルカーシュ国王の顔が怒りで赤くなっていた。
「この者を捕らえろ!! 生かして王宮から出すな。こいつは……私の命を狙ったのだ!!」
ルカーシュ国王が大声で喚き散らす。
騎士たちは顔を見合わせつつも、命令に従わないわけにはいかなかったのだろう。
だが、それよりもフェリックスが動く方が早かった。
一番近くにいた騎士の手から剣を奪い取り、足払いをする。
その騎士はあっけなくひっくり返ってしまっていた。
フェリックスは奪った剣を騎士たちではなく、ルカーシュ国王に向ける。
「殺せ!! こいつらを殺せ!!」
「見苦しい……そこまでだ、ルカーシュ!」
怒気を吹くんだ声に一喝されて、ルカーシュ国王も思わず大人しくなる。
扉が開いて入ってきたのは、杖をついた壮年の男性だ。
僕は一歩下がると、「ご足労、ありがとうございました。先王陛下」と丁寧に頭を下げた。
ルカーシュ国王の父である先代の国王だ。
離宮で隠居していたのだが、僕が送った知らせが届いたのだろう。
まさか、この場に父親が現れるとは想定していなかったのか、ルカーシュ国王はあ然としている。
騎士と側近はすぐに下がって頭を垂れていた。
「父上……いったい、どういう事です。そこの帝国の男と結託していたのですか!?」
椅子からずり落ちそうになりながら、ルカーシュ国王が声を張り上げる。
国王になっても、父親の前ではただの愚かな息子で、威厳など欠片もない。
もとより、この男には威厳なんて最初から少しもなかったけれど。
「愚か者め……小賢しい知恵ばかり巡らせおって。これだから、お前を国王とするには不安があったのだ。先の戦争では、そなたの諫言を信じたわしにも責がある。だから王位をお前に譲った。国王となれば、お前も軽挙妄動は控えるようになるであろうと、そう信じたからだ。それが、この様よ!!」
先王陛下はルカーシュ国王の前までやってくると、杖を振り上げる。
「父上が悪いのです。あのような卑しい女を側室などに迎えるから……私は王国を守るためにやったこと。なぜ、咎められなければならないのです! そもそも帝国に無謀な戦いを挑んで無様に負けたのは父上ではありませんか。負けなければ、帝国の属国に甘んじる事などなかった。これほどの屈辱がありましょうか!!」
「まだ分からぬのか!」
先王陛下は杖で息子の頭を打ち付ける。
周りの護衛たちも、それを止める事などできず、困惑したように突っ立っているばかりだ。
「それも全て、己が王位ほしさにお前が企てた事であろうが!! その上、王位を手に入れただけでは満足できずに、再び帝国と戦争を起こそうとは……この国を滅ぼすつもりか!?」
杖で容赦なく流れて、ルカーシュ国王は悲鳴を上げる。とうとう、王座から転がり落ちていた。
「私は国王ですよ!! 父上はすでに退位された身。いくら父上でも……」
「黙れ!! 貴様は廃位だ!!」
怒鳴られたルカーシュ国王は、目を見開いて硬直する。
それから急に泣き出して、父親の脚にすがりついた。
「父上、お許しください。この私が愚かだったのです!! すべては国を案じるが故に行ったこと」
「もうよい。貴様の寝言には付き合いきれぬ。このバカ息子をつまみ出して、塔にでも幽閉でもしておけ!!」
先王陛下に恫喝され、騎士たちはすぐに動き出す。
この場で、誰の命令に従うのが最善か、彼らも分かっているのだろう。
「お前たち、裏切るのか!?」
「申し訳ございません。〝陛下〟のご命令ですので」
騎士たちは暴れるルカーシュの腕を抱えるようにして、謁見の間から引きずり出す。
「貴様!! 絶対に許さないからな。覚えていろ!! 後悔させてやる!!」
ルカーシュの喚く声が扉の向こうに消えると、謁見の間には息苦しい空気と静けさが戻ってきた。
先王陛下は頭が痛そうに顔をしかめて溜息を吐く。
それから、僕の方を向いて深く頭を下げた。
まだそれほど老けていないのに、苦労が多いせいか顔の皺も深くなっている。
「クラッセン公爵、どうか息子の愚行を寛大なお心でお許し願えないだろうか。すべては、この私の不徳のいたすところ……息子の躾けと教育を誤ってしまったようだ。ルカーシュは全ての責任を取らせ、廃位とする。あの者の罪は、厳正に調べた上で帝国の法に則り裁いていただきたい。後の事は帝国の皇帝陛下の御心に従いましょう」
「陛下、頭をお上げください。協力していただいたのは、こちらなのですから」
「いいや。息子のしたことは明確な帝国への敵対行為。我が国に多大なる恩情をかけてくださった皇帝陛下に、顔向けできませぬ。そうでなければ、この国は存続する事すら叶わなかったというのに」
先王陛下は下を向いたまま、大粒の涙をこぼし始める。
「私はただの公爵です。お気持ちは、陛下にもお伝えしておきますから。マルク王国の複雑な事情は陛下も理解しておいでです。寛大な対応をしてくださるように、私からも進言いたします」
「おおっ! それは感謝たいします。クラッセン公爵のお噂は私のような老骨の耳に届いておりますぞ。政事的な事情があったとはいえ、オフェリアが公爵に嫁いだ事は我が国にとっても、娘にとってもこれ以上なく幸いな事だったかもしれませんな」
頭を上げた先王陛下は、途端に上機嫌な態度に変わり、僕の両手を強く握り締めてくる。
なんとも、変わり身の早い御仁だな。さっき流した涙はなんだったのか。
とはいえ、この人はオフェリアの父親である。
親戚付き合いをしなければならなくなるのだし、それに今後の事もある。
その、今後の事とは、ルカーシュが廃位された後の、マルク王国の王位問題だ。
空位というわけにはいかない。
「陛下、今後の事を改めてご相談させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「もちろんですとも。私も公爵とはじっくりと語らいたいと思っていたところだ。いや、オフェリアは頼もしい夫を迎えたものだな」
先王陛下は豪胆に笑って僕の肩を叩く。
騎士たちも剣を収めて、僕らのために道を開けてくれる。
フェリックスは奪った剣を、騎士に返していた。
「ところで、王宮前の広場に集っている帝国の兵だが、いったいどのように集めてきたのかね?」
「いやぁ……すぐに解散させます。もう十分に役に立ってくれたので」
「せっかくだ。一緒に見に行こうではないか。帝国の兵を見ようと、王都の住人たちも見物に集まっているようでな。わしとそなたが並んで姿を見せてやれば、大いに盛り上がると思わぬか?」
肩を組みながら、先王が茶目っ気のある目で僕を見る。
オフェリアの父君って、こんな気さくな人なのか?
想像していたのは、もっと厳格で真面目な人だったんだけどな。
「僕はともかく、陛下のお姿を見られたら王都の人達は喜ぶかもしれませんね」
それに、ルカーシュ国王の廃位はじきに国中に広まるだろう。
帝国と王国が再び戦争になるのではないかと不安に思う人達も多いはず。
その前に僕らが一緒に姿を見せて、先王陛下が帝国の兵にお言葉をかけてくれたら、両国の友好を示す事にもなる。
そこまで計算しているのだろう。
やっぱり、油断ならない御仁だ。




