王宮
「旦那様、これからどうしますか?」
フェリックスに聞かれて、僕は「そうだな」と彼が踏みつけている男に目をやる。
男は「俺は何も知らない! 頼まれただけだ!」と悲壮な声を上げていた。後の二人はすでに捕らえて縛ってある。一瞬で三人の男を片付けてしまうんだから、フェリックスの優秀さには目を見張る。
あと少し、オフェリアとレーネを見つけるのが遅くなっていたら、どうなっていた事か。
王宮の北の通用門から連れ出されたのなら、林を抜けて王都を出るつもりだろうと判断し、人を集めて後を追った。ここにいる男たちは、実を言うと以前カッセリアン城に侵入してきた暗殺者の皆さんだ。僕らの首を狙ってきた彼らだが、お金を渡して解放したものだから、恩義を感じてか声をかければ集まってくれる。報酬の力は偉大だ。おかげで、僕は暗殺者集団の皆様にちょっとばかり顔が利くようになった。
「最優先はレーネの治療と、オフェリアを休ませる事だ。一旦、王都の邸に戻る」
「姫様が無事だと分かれば、邸に兵を向けてくるのでは?」
「それは心配ない。ルカーシュ国王は、朝までは動けないはずだよ」
僕は片手を上げてそう答える。そう、頼んでおいたからね。
フォスティーヌ姫はなかなか油断ならない女性だけど、約束した事は守るだろう。
今頃、酔い潰れるか、睡眠薬でも盛られて、王宮の寝室で爆睡しているはずだ。
つまり、ルカーシュ国王が目を覚ますまで、僕らにはあと数時間の余裕がある。
「ドミニク、頼みがある」
僕は額に傷のある大柄な男を呼ぶ。この男も暗殺者で、暗殺集団のリーダー的な立場だ。僕らの首を狙ってカッセリアン城に忍び込んできた一人だけど、解放されてからは、むしろ積極的に情報収集などに手を貸してくれた。プロ意識が高く、報酬分の仕事はきっちりこなす男だ。その点で信頼がおける。
「なんなりと、閣下」
ドミニクはそばにやってきて、ニッと悪い顔で笑った。悪人面だけど、これでも優秀だ。
「閣下はいらないよ。それより、王都に戻ったら早急にできる限り人数を集めてほしい。素性、職業、身分は一切問わない。できるだけ体格が大きくて強そうな男なら誰でもいい。日雇いで儲けのいい仕事があると言えば、そこそこ集まるだろう。報酬はしっかり保証するから安心してほしい」
「それはかまいませんがね。いったい何をさせるんで?」
「大した事じゃない。一日だけ、栄えある帝国騎士になってもらえるだけだ」
僕が答えると、ドミニクも他の男たちも驚いた顔をしていた。
王都の邸の地下にある武器庫には帝国軍の甲冑や兜、武器が保管されている。それを使えば、即席の帝国軍のできあがりだ。ルカーシュ国王は、僕が王都に駐留していた兵を全てカッセリアン城に引き上げた事を知っている。だから、王都には帝国の兵はいないと油断しているだろう。
「帝国騎士、ですか?」
「心配しなくても、戦いにはならない。見かけだけ強そうな連中を集めてくれればいいんだ。人数は多ければ多いほどいい。金は先払いで払うから、君の裁量でばら撒いてくれ」
「そういう事なら任せてください。閣下のおかげで首が繋がった者は多いんだ。声をかければ、あっという間に集まりますよ」
「頼むよ。うまくいったら、成功報酬はたっぷり弾むから」
僕はドミニクの胸を軽く叩く。
フェリックスがレーネを抱え上げ、僕はオフェリアの手を取る。
立ち上がった彼女の腰に腕を回して支えると、ホッとした表情で胸にもたれ掛かってくる。
「君が無事で本当によかった……」
僕はそう呟いて、彼女の片手を握り締めた。
「絶対、大丈夫だと思ったんです……イグナーツ様は必ず、見つけてくださると思ったから」
目を伏せた彼女はそう言って、安心したように微笑む。
抱き締めたいけれど、今はそんな場合ではない。急いで王都に戻る必要がある。
僕は引き寄せた彼女の額に軽いキスをするだけで我慢した。
◇◇◇
王宮の寝室で眠っていたルカーシュは、側近のうるさい声で起こされて目を覚ます。
頭がひどく痛くて、起き上がるのも億劫だった。
「何事だ…………うるさいぞ!」
(クソッ、飲み過ぎたか?)
昨晩、寝室を訪れたフォスティーヌに勧められるがままに、上機嫌に酒のグラスを傾けていたのは覚えているが、その先の記憶がない。何を話していたのかも、記憶が曖昧だった。
寝室を見回したが彼女の姿はないから、部屋に戻ったのだろうか。
(いや、そんな事はどうでもいい……始末できたんだろうな……なぜ報告がない……)
頭を押さえながらベッドの端に腰を掛ける。
寝室に飛び込んできた側近が、「それが……」と動揺したように報告してくる。
「帝国のクラッセン公爵がすぐにでも、陛下に謁見したいと」
(オフェリアの行方が分からなくなって、捜し回っていたようだな……)
いい気味だと、思わず笑った。どうせ、見付かりはしない。
疑ってはいるだろうが、証拠は何一つないのだ。見付かったとしても、すでに死体になっているだろう。賊の仕業だと言っておけば、あの男もそれ以上追及しようがない。
(そもそも、政略結婚で押しつけられた女だ。死んでくれてよかったと、むしろ感謝しているだろうよ)
とはいえ、一応は自分の妻だ。心配して捜索を願い出るくらいしなければ、対面が保てない。
(適当に付き合ってやるか……)
「謁見の間で待たせておけ」
「そ、それが……あの……」
側近はなぜか冷や汗を滲ませて、視線を彷徨わせている。
「なんだ?」
「クラッセン公爵閣下は、帝国の騎士と兵を伴っておいでで……」
「は? あの男は帝国の駐留軍をカッセリアン城に引き上げただろう!」
目を剥いて大声を上げると、側近はビクッとして怯えたように頭を垂れた。
「そう聞いておりましたが、王宮の門の外に帝国軍の騎士と兵、千名ほど確認しております!!」
「……千名!? 何を寝言を…………」
「間違いありません。すでに王宮前の広場は帝国軍に占拠された状態で、閣下はすぐにでも陛下に謁見したいと!!」
(それだけの人数を、まだ王都に残していたのか!?)
ルカーシュ国王はギリッと歯ぎしりして、両膝をついて震えている側近を腹いせに蹴り飛ばした。
「なぜ、もっと早くに気付かなかった!? あの男の動向は監視し、全て報告しろと言ってあっただろう!」
「申し訳ありません!! 王都の邸は見張らせておりましたが、それほどの兵が駐留しているようには見えず……今まで確認ができなかったのです」
「言い訳はいい!! あの男を、謁見の間から一歩も出すな!!」
怒鳴るように言って、従僕に着替えを用意させる。
「それより、フォスティーヌはどこだ? あの女も連れてこい!!」
「それが……フォスティーヌ姫は、早朝に王宮を出られました」
萎縮して答える側近の言葉を聞いて、あ然とする。
「……どういう事だ?」
「国にお帰りになられたようです」
「あの女も裏切ったのか!!!!」
ルカーシュは唸るように声を上げて、握った拳を寝台の天蓋の支柱に強く叩き付けた。




