招待状
昼になる前に目を覚ました僕は、窓際に立って光の眩しさに顔をしかめながら紅茶を飲む。
昨晩も、その前の晩も、遅くまで溜まっていた書類仕事を片付けていたのだ。しかも、カールのやつめ。僕への嫌がらせのように、大量の書類を送りつけてくるものだからいくらやっても終わらない。帝都の執務室でほくそ笑んでいるカールの顔が浮かんできて、何度書類を破り棄ててやろうかと思った事か!
戻ったら、絶対に一言文句を言ってやるぞ。カールが遠征に出て剣を振り回していた間、僕は彼の代理として粛々と仕事を片付けていたというのに! それとも、今度から彼が意気揚々と戦場に出かけている時、大量の書類を戦地宛てに送ってやろうか。幕舎に閉じこもって書類にサインするしかなくなれば、戦場の被害は減って、世界平和のためになるに違いない。
僕は渋面で紅茶を啜る。
元気な声が聞こえる庭を見れば、イヴァンが楽しそうに弓を引いている。ラデクに教わっている所なのだろう。見習い騎士の子供たちも一緒になってやっていた。ここ数日で、ラデクはすっかり城の子供たちに馴染んだらしく、兄貴風を吹かせて弓の指導をしてやっている。
一段と賑やかな声が上がったのは、鳥を見つけたからだ。
イヴァンがエイッとばかりに弓を引くと、空に向かって矢が飛んでいく。それは見事に命中したようで、矢が突き刺さった鳥が、部屋の窓にぶち当たって落下した。
飛び散った血に、「おわっ!」と驚いて紅茶をこぼしそうになる。
窓にはベッタリと血がついていた。
イヴァンたちがキャッキャとはしゃぎながら、墜落した鳥に駆け寄る。
僕は溜息を吐いて首を振り、窓から離れた。
弓の練習はもう少し窓から離れた場所で行うように注意しておかないとな。ルーラ様の部屋や、オフェリアの部屋の窓に血まみれの鳥が激突するなんて事になったら大変だ。
「おはようございます」
部屋の扉が開いて、フェリックスが入ってきた。
「ああ、おはよう。フェリックス、今日も悪いね」
イヴァンの護衛にはジャックがついている。ジャックは子供たちの扱いが上手く、人気もあるから適任なんだろう。代わりに、僕の護衛役はフェリックスが引き受けてくれていた。
「オフェリアについていなくていいのかい?」
「はい、他の騎士がルーラ様と姫様の護衛を行っていますので」
「僕の護衛なんて、やりがいもないだろう?」
「いいえ、城内も安全とは言えません。昨晩も商人に紛れて城に潜入しようとしていた者がいましたから。イグナーツ様の護衛は最重要任務です」
「最近、やってくるのは暗殺者じゃないんだろう?」
「暗殺者はめっきり減りましたね。失敗続きなので、方法を変えたのでしょう」
捕らえられた者は、城の偵察を行おうとしていた。別ルートで侵入できる方法を探してるのだろう。
それと、僕たちがカッセリアン城から動かないので、動向を探っているようだ。
「捕らえた者の素性は吐かせた?」
「なかなか白状せず、今も取り調べの最中です。ですが、おそらく王国の兵士かと」
「尻尾を隠さなくなってきたな」
騎士や兵士に命令できるのは国王だけだ。それだけ、国王のルカーシュも焦れているのだろう。
僕は紅茶を飲んでから、「君もお茶を飲むかい?」と勧めた。
「いいえ、お気になさらず。任務中なので」
「任務中だからこそ、水分補給も大事だよ。それが公爵家の方針だ。これも仕事のうちだと、慣れてくれ」
適度に休憩を取り、水分や食事はしっかりとること。それを兵士や騎士だけでなく、使用人にも徹底している。そうでなければ、いざという時にしっかり動けないからだ。
まあ、その重要性を教えてくれたのは、戦場帰りのカールなんだけどね。
僕はメイドが用意してくれていたティーポットを取り、カップに注ぐ。それを姿勢よく立ったままのフェリックスに渡した。
「ありがとうございます。では、いただきます……いい香りですね」
「城に戻る途中で買ってきたんだよ。いい茶葉はこの辺りでは、なかなか手に入らないからね」
同じ宿に泊まっていた商人で、僕らの格好を見て最初は売るのを渋っていたけれど、「ご主人様がほしがっていらっしゃるんだよ」と金貨をちらつかせて説得したら、少しならと譲ってくれた。どうやら、どこかの貴族に売る予定のものだったらしい。これでもお茶の目利きには自信がある。
「苦労して手に入れた甲斐はあるな。悪くない」
最高級とは言えないけれど、そこそこ上等な茶葉だった。
お茶を堪能していると、扉をノックする音が聞こえる。
返事をすると、ゲーラー卿が書類の束を抱えて入ってきた。
「おはよう、ゲーラー卿。といっても、もう昼近くになってしまったけれどね」
「おはようございます、閣下。追加で確認していただきたい書類をお持ちいたしました。それと、招待状が届いております」
ゲーラー卿は書斎机にドサッと書類を置いてから、上着のポケットに入れていた招待状を僕のところに持ってきた。書類の山にも辟易するけれど、招待状と言われると、ますます嫌な予感しかしない。
「……帝国からじゃないよね?」
「ええ、違いますな」
ゲーラー卿は見れば分かるとばかりに招待状を差し出す。受け取りたくないけれど、受け取らないわけにはいかないだろう。封筒にはマルク王家の紋章が押されているんだから。
封筒を開いて中を確かめると、やはりルカーシュ国王からの正式な招待状だ。
王都の王宮で行われるパーティーに、僕とオフェリアをご招待してくださるらしい。
なんて素敵なお誘いだろうか!
「ご出席なさるので?」
「僕らをこの城から引き離したいんだろうね。さて、どうしたものかな?」
「罠でしょうな」
「罠だろうね。何を企んでいるんだか……まあ、それを確かめに行ってやるのも、悪くはない」
このまま、ねずみ捕りばかりやっていても、大して収穫はない。
相手も僕らに手を出しかねているようだから、こちらか出向いてやるのも一つの手ではある。
だいぶ、焦らされているだろうから、この機会を逃す事はしないだろう。
僕はニヤッと笑って、フェリックスに招待状を渡す。彼はそれを一読して、眉根を寄せていた。
「僕はともかく……オフェリアを巻き込むのはあまり気が進まないんだけどね」
僕とオフェリア、そろって招待されている。
正式に結婚した事を大々的に知らしめるには、こちらとしてもよい機会ではある。
「では、王都に出向く事にしようか。ゲーラー卿、君は城に残っていてくれ。護衛はフェリックスを連れていくよ。フェリックス、ついてきてくれる?」
「承知いたしました」
フェリックスは最初からそのつもりだとばかりに、丁寧に頭を下げる。
「護衛はなるべく多くお連れ下さい。閣下はともかく、姫様も一緒に行かれるのですからな」
ゲーラー卿に釘を刺されて、僕は「分かっているとも」と返事をしておいた。
「警備態勢に関しては、フェリックスに一任するよ。同行する者は君が選んでくれ」
「畏まりました」




