王都散策
マルク王国の王都は、古都の趣のある街並みだった。石畳の通り沿いに古い建物が並んでいる。それにしても、一国の首都と言うにはあまりパッとしない。それに、活気もあまりなく、人の姿もそう多くはなかった。ちょっと前まで戦争状態にあったのだ。戦禍を避けて地方に移動した人達が戻っていないのかもしれない。
「いえ、王都は戦争前からこれが通常です」
馬車に一緒に乗っているレーネが、僕がふと漏らした疑問に真面目な顔で答える。
「えっ、そうなの? 王都なのに?」
「はい、特別な行事や祭りでもない限りは、あまり賑わっていません」
「あっ、そうなんだ……」
公爵領の街ですら、たぶんここより華やかさがあるだろう。
まして、我が国の帝都とは人口も面積も比べものにはならない。
僕の認識がちょっと間違っていたらしい。
「私は王都の街をあまり見た事がありませんでした……」
オフェリアは物珍しそうに、馬車の窓から外を眺めている。
「歓迎行事まで日があるから、一緒に出かけてみようか」
僕が提案すると、オフェリアは「いいのですか!?」とパッと振り向いた。
「もちろんだよ。フェリックスが気合いを入れて……護衛をたくさん連れてきてくれたからね」
警備に関してはフェリックスに一任したところ、公爵家の騎士だけではなく、王国に駐在していた帝国騎士の何名かと、兵士も随行してくれることになった。むしろ、カッセリアン城の守りが手薄にならないか心配になるが、そこはジャックとゲーラー卿に任せているから大丈夫だろう。
馬車の周りを固めている騎士や兵士たちのおかげで、どうやら僕らは相当目立ってしまっているらしい。街頭にいる人達が、いったい何の行列だろうかと眺めていた。街に出かける時には、もう少し目立たない人数に絞らないとな。
馬車は貴族街にある邸へと到着する。帝国が所有している邸で、カールたちもしばらくはここに滞在していたようだ。元は王家所有の離宮で、戦後賠償の一部として受け取ったと聞いている。この門から先は、王国軍も簡単に手が出せない帝国の管轄地であり、攻撃しようものなら帝国への敵対行為と見なされる。
ルカーシュ国王も、早まって愚行に走りはしないだろう。そのくらいの頭と判断力は持っていることを期待したい。
事前にゲーラー卿が知らせを送ってくれていたからか、僕らが邸に到着した時には滞在の用意がすっかり調っていた。建物自体は古いけれど、綺麗に清掃されているし、家具やカーテン、絨毯などは全て新しいものに取り替えられている。これなら、まあ快適に過ごせそうだ。
◇◇◇
翌日、僕とオフェリアは、フェリックスとレーネを連れて街に出かける。騎士二名がついてきているけれど、あまり目立たない格好をしてもらった。なにせ、王都に入ってから、監視の目がついて回っている。
馬車を降りた僕は、チラッと通りに目をやった。フェリックスに目で合図を送ると、彼は小さく頷く。監視の男たちがどこにいるのかは、僕が言うまでもなく把握済みなのだろう。うちの護衛騎士は優秀だ。
手を出してこない限りは、こちらから何かする必要はない。僕らは国王の招きに応じて王都までやってきたのだ。怪しまれるような行動など取ってはいないのだから、堂々としていればいい。監視がご主人様に何を報告しようとも問題は一つもない。
僕はオフェリアをエスコートして店の中に入る。ゲーラー卿がお勧めしてくれたドレスの仕立て屋だ。
離宮にデザイナーを招いても良かったんだけど、せっかくだからオフェリアと王都の街並みを楽しみたい。オフェリアは店の中に入ると、緊張したように飾られたドレスを見ている。
「あの、イグナーツ様! 私……帝都でもたくさんドレスを仕立てていただきましたよ?」
「うん、知ってるよ。せっかくだから、マルク王国で流行のドレスを見てみたいじゃないか」
僕はオフェリアにニコッと笑って見せる。
ゲーラー卿がお勧めしてくれた店だから、間違いないだろう。
カウンターの奥の部屋から出てきた店の女性店主は、愛想良く僕らを迎えてくれた。パーティー用のドレスを急遽用意してほしいと頼むと、オフェリアは採寸のために別室に連れていかれる。僕はその間、ソファーにくつろぎながら、カタログや見本を見せてもらった。
うーん、やっぱり帝国で主流のドレスとは、異なるデザインのドレスが人気らしい。
こうなると、僕には善し悪しなど判断がつかない。
そもそも、オフェリアなら何を着ても似合いそうだ。
「レーネ、君の見立てではどのドレスがよさそう?」
僕は後ろに控えているレーネに尋ねる。ちなみに、護衛のフェリックスはドアの近くに立っている。
他の騎士は店の外に待機しているのだろう。
レーネはそばにやってきて、少し前屈みになりカタログに視線を落とす。
「こちらのドレスはいかがでしょう?」
彼女が指差したのは、淡いモーヴピンクのふんわりしたドレスだった。
「以前、旦那様が贈られたピンクガーネットのイヤリングに合うかと思うのですが……」
レーネは思案するように言う。僕は目を丸くして、レーネの顔を見た。
「あのイヤリング、持ってきているの?」
「はい。姫様がとても気に入っていらっしゃるので」
「そうか……気に入ってくれてるのか」
僕は口元を緩めて呟く。
採寸を終えて別室から戻ってきたオフェリアにドレスの好みを聞くと、彼女もレーネと同じくモーブピンクのドレスを気に入っていた。僕は店主にそのドレスを注文する事を伝えて、デザインなどの相談はオフェリアとレーネに任せる。その間、お茶をゆっくりと飲みながら、お菓子をつまんでいた。
あまり贅沢をしたがらないオフェリアだけど、ドレスを決める時は楽しそうだ。
店主に勧められて試着すると、ドレスの美しさに溜息を漏らしている。
「すごく素敵です……」
「ええ、本当によくお似合いです。裾や腰の辺りの装飾は少し手直しいたしましょう。シンプルな方がきっと奥様の美しさが際立ちますわ!」
店主がすぐに他の店員を呼んで、その場でデザイン変更の指示をする。
「クルッと回ってみてくださいませ。動きにくいとか、窮屈なところはありませんか?」
言われた通りに、オフェリアがその場でクルッと回ってみせる。
花が開くみたいにフワッとドレスの裾が広がった。
「とてもいいです」
オフェリアは顔をほころばせる。
「靴や手袋も揃えないとね。頼めるかな?」
僕が言うと、店主は「もちろんですとも!」と大きく頷いた。
「全て、完璧に整えさせていだきますわ。ええ、お任せくださいませ」
オフェリアが着替えをしている間に、手直しが終わったドレスは邸に運んでもらうように頼んでおく。
「イグナーツ様、素敵なドレスをありがとうございます」
店を出て表につけてある馬車に乗ると、オフェリアが恐縮したようにお礼を言った。
「着飾った君を見るのは、僕の楽しみの一つなんだよ。さっきのドレス、すごく似合っていた」
王宮での国王主催のパーティーなど、憂鬱でしかなかったけれど、彼女のドレス姿を見られるなら大いに楽しみだ。
「あまりに素敵なドレスなので、私にはもったいない気がします」
「君のために用意したようなドレスだったじゃないか。本当はオーダーメイドのドレスを贈りたかったけどね。時間がないから仕方ない」
「十分過ぎるくらいです!」
彼女はこれ以上は過ぎるとばかりに、プルプルと首を左右に振る。
そんな彼女を見て、僕は目を細めた。
もっと、自信を持てばいいのに。自惚れるくらいでもいい。
オフェリアは自分の魅力をあまりにも過小評価しすぎだ。とはいえ、それもこの国での彼女の扱いのせいだろう。僕はそれを変えたいのだ。人々の中に根付いている意識を変える事はそう簡単にできる事ではないだろうけれど、彼女は僕の妻で公爵夫人だ。
僕らは途中の広場で馬車を降り、王都でも有名な教会に足を運ぶ。
大聖堂を見学してお祈りを捧げてから、川沿いの広場をのんびりと散策した。
「オフェリア、ちょっと待ってて」
僕はそう言って、彼女をレーネとフェリックスに任せて離れる。
広場の端で売られていたクレープの屋台からクレープを買って戻った。
「いい匂いがしてたんだ」
僕はオフェリアにクレープを渡し、レーネやフェリックスにも渡す。
シロップとバターのクレープだ。作り立てだから熱い。
「おいしそうです!」
オフェリアは目を輝かせ、パクッとクレープを頬張る。
垂れてきたバターに慌てたのか、指で口元を拭っていた。
僕も食べてみると、悪くない味だ。生地はパリパリでシロップがたっぷりかかっていて甘い。
「イグナーツ様は、私に知らない楽しみをたくさん教えてくださいます……」
オフェリアは食べかけのクレープを見つめて、ポツリと呟く。
「そう?」
「はい……王都を歩いた事も初めてで、街でクレープを食べたのも初めてで……私はずっと王都で暮らしていたのに、こんな楽しみを何一つ知りませんでした。許されもしませんでしたし……ですから、今すごく楽しくて。こんなに気分が浮かれてしまっていていいんでしょうか?」
「いいに決まっているよ。人生は楽しむためにあるんだって、僕の悪友も言っていたからね」
僕はカールの言葉を思い出して、肩を揺らして笑う。
自分が思う存分満喫するのに、誰に遠慮がいるだろうかと、きっと彼なら堂々と言うだろう。
「僕も今、君とこうして歩いている事が楽しい。君と一緒に旅を出来た事が嬉しい。君が同じ気持ちでいてくれるなら、それに越した事はないんだ」
考え込むように口を噤んだオフェリアが、その顔を上げて僕を見た。
「イグナーツ様……私も同じ気持ちです。いいえ、それどころか……今まで生きてきた時間の中で、一番……楽しいのです!」
真剣な顔をして言うオフェリアの頭に手を触れる。
ああ、本当に君は――。
じんわりと頬が熱くて、あまり見せられない顔になっている。
それをごまかそうと笑った顔が、ぎこちなくなった。
「僕もだよ。僕は君といるだけで、世界一の幸せ者になった気がするんだ」
オフェリアは熱っぽい瞳を僕に向けてから、恥ずかしそうに唇を引き結ぶ。
「…………私もです」
唇からこぼれたその声は、泣きたくなったのを堪えるように小さく震えていた。
「私もきっと、世界一の幸せ者です…………!」
レーネとフェリックスは気を利かせて川を眺めながら、「このクレープ、すごくおいしいですね」、「ああ、そうだな」なんて差し障りのない会話を交わしている。
広場にいる人達は僕らの事など気にせずに雑談して歩いていた。
僕はさりげなく彼女の頭を引き寄せて、その額に唇を寄せる。
監視の男たちが見ているだろうけど、知った事ではない。
もっと堂々とイチャついて、僕らがどれだけ仲良し夫婦か、見せつけてやりたいくらいだ。
「むしろ……そうしてやろうかな?」
僕はオフェリアの腰をさりげなく抱いて呟く。
「え? 何をするんです?」
彼女は目をパチクリさせて僕を見上げてきた。
「いいや、なんでもないよ。それより、他に行きたいところはない? せっかく、王都に来たんだから、しっかり観光をして帰ろう」
「それなら……古書店を覗いてみたいです。イヴァンとラルクに、ちょうどいい勉強の本が見付かるかもしれません」
「それはいい考えだ。フェリックス、どこかいい古書店を知っているかな? ついでに、鍛冶屋も覗いてみよう。いい剣があったら、二人にお土産に買って帰りたいからね」
「それは、お喜びになると思います。木剣での稽古ばかりしているので……そろそろ剣が持ちたいとおっしゃる頃でしょうから」
フェリックスとレーネに案内してもらって、僕らは古書店に向かう。
相変わらず、追跡してくる男達の気配は感じていたけれど、手を出してはこないようなので、それから無視しておく事にした。
◇◇◇
すっかり満喫して日暮れ前に戻ると、僕宛に手紙が届いていた。
誰からだろうと思えば、敬愛するゲーラー卿からだ。
家令からそれを受け取り、部屋に上がってから開封する。
その内容は、国王と今度のパーティーに関する重要情報だった。
王都にいなくても、王宮の情報は把握済みらしい。密偵を送っているのだろう。
フェリックスが僕の顔を見て眉を顰める。
「何かありましたか?」
「少々気になる事がね……まあ、どういうつもりかは行けば明らかになるさ」
僕は手紙を折って微笑んでおいた。




