城に戻る
カッセリアン城に無事に戻ると、出迎えの騎士たちが集まっていた。
正面扉の前にゲーラー卿の姿を見つけて、僕はロバの綱を引きながら笑顔で手を振る。
「やぁ、ゲーラー卿。長く留守にして悪かったね」
「閣下……色々と申し上げたい、いえ……ご報告したい事がございますが、その前に。無事にお戻りになられて、心より安堵いたしました」
丁寧な物腰で挨拶をしてから、頭を上げて渋面でロバを見る。
「なぜ、馬ではなくロバでお戻りで……?」
「いやぁ、色々あってね。こいつとは別れがたくなってしまったんだ」
僕はロバの背に乗っているオフェリアに手を貸して降ろす。
麓の村でロバを返すつもりだったのだけど、情が湧いてしまって、馬と交換で譲り受ける事にしたのだ。馬とロバではまるきり値段が違う。馬の方が高価だから、村の人にとっても損な取引にはならない。
それに、このロバは馬ほど俊敏ではないけれど、頭のいい役に立つやつなんだ!
共に危機を乗り越えて、僕らは友情を育んだ仲でもある。
すぐに僕の頭に囓りつこうとするのは、いかんともし難いけれど……。
「オフェリア姫、お帰りなさいませ。長旅でお疲れの事でしょう」
「ありがとうございます。ゲーラー卿。おかげで、有意義な旅ができました。お母様やイヴァンは元気にしていますか?」
「ええ、お二人とも、実にお元気でお過ごしです」
ゲーラー卿はオフェリアと和やかに挨拶を交わしてから、「そちらの方は?」とラデクに視線を移した。
僕はオンボロの城を見上げていたラデクを前に出す。
「ルーラ様の甥で、ヴァーナ族の若き族長のラデクだよ。しばらく、見聞を広めるために預かる事になったんだ。よろしく頼むよ」
「それは、失礼いたしました。私は、バルト=ゲーラーと申します。お見知りおきを」
「ゲーラー卿は帝国の外務卿で、ものすごく有能な人なんだ。僕もお世話になりっぱなしだよ。困った事があると、何でも相談するといい。彼なら大抵の事は何とかしてくれるからね」
「ラデクと言います。えっと、よろしくお願いします!」
ラデクはカチカチに緊張して挨拶をする。その肩を、僕は笑って叩いた。
「さぁ、君の叔母様と従兄弟に挨拶に行こう。きっと驚くぞ」
ホールに入ると、帰還の知らせを聞いたルーラ様が使用人たちを連れて待っていた。
「イグナーツ様、オフェリア、お帰りなさい」
「お母様、ただいま戻りました」
「遅くなって申し訳ありません。ちょっと色々ありまして、村に長居する事になってしまったのです」
「あちらで、失礼な事がなかったかどうか心配だったのです」
「失礼な事なんて! 歓待していただきましたし、何一つ不自由ない快適な生活を送っていましたよ。むしろ、もっと滞在していたいと思っていたくらいなんですから」
最初に牢に放り込まれたり、オフェリアが他の男と結婚させられそうになって逃亡した事は、ルーラ様には言わないでおこう。
ラデクも複雑な表情を浮かべて、視線をあさってにやっていた。
これも、平和のためだ。
「お祖父様も、叔父様もお元気でした。お母様の手紙を渡すと、とても会いたがっておられましたよ」
オフェリアがルーラ様と手を取り合いながら答える。うまく話を逸らしてくれたみたいだ。
「そう……お父様も……」
ルーラ様はホッとしたように呟いて、なまじりを下げる。
「こちらが、ジルカさんの息子のラデクです。今は訳があって、彼が新しい族長に」
僕がラデクを紹介すると、ルーラ様は驚きの表情でラデクを見る。
「叔母様、初めてお目に掛かります。ラデクです……父と祖父から、叔母様のお話は聞いていました。お会いできて嬉しいです」
ラデクはルーラ様の前に出て、しっかり挨拶をする。
「お兄様にこんなに立派な世継ぎがいたのですね。ラデク、よく会いに来てくれました。心から歓迎いたします。それにしても……こんなに若いのに族長になったとは驚きました」
「族長というのは肩書きだけで、俺は見聞を広めたくてしばらく村を出る事にしたんです。今も実質は父が族長です」
「それは、思い切った決断をしましたね。あの村は良くも悪くも変化を嫌い、村の外の人たちとあまり交流を持とうとしません。閉鎖的な性質は私がいたころと変わらないでしょう。ですが、族長となったあなたが世界を知る事は、とてもよい判断だと思います。それに、イグナーツ様がおられるのですから、きっと大丈夫でしょう」
ルーラ様は僕を見て微笑む。もちろん、ラデクの事はしっかり面倒を見るつもりでいるけれど、全面的な信頼を寄せられるとむず痒い。
オフェリアまで、「イグナーツ様とラデクはすっかり仲良しなのです」と嬉しそうに話す。
「ええ、ものすごく仲良しになったんです。もう、弟分みたいなものですよ!」
「冗談じゃない。お前より俺の方がずっとしっかりしてるんだろ!」
「なんだ、もう猫かぶりはおしまいか? 畏まっているより、今の方が年相応でずっといいけどね」
思わず素が出てしまって口調が戻るラデクの頭を、僕はワシャワシャと撫でた。
そんな僕らを見て、ルーラ様もオフェリアも「フフッ」と笑っている。
これで、ラデクの緊張も少しは解けただろう。
「イグナーツ兄様、お帰りなさい!」
元気な声が聞こえ、フェリックスを連れたイヴァンがパタパタと廊下を走ってくる。
「イヴァン! ただいま。少し見ない間に成長したみたいだ。見違えたじゃないか!」
抱きついてきたイヴァンを、僕は両手で持ち上げてやった。
軽くて細いのは相変わらずだけど、身長は確かに少し伸びている。
「わぁ、本当ですか!? たくさんお肉を食べるようになったからかもしれません」
「それはいい事だ。勉強は頑張っていたかい? 剣術も少しは上達したかな?」
「はい! 両方、すごく頑張ったんです。特に剣術は、フェリックスとジャックに毎日鍛えてもらったので、僕は逞しくなりました!!」
誇らしげに答えるイヴァンを、「そうか、そうか」と笑って抱き締める。
それからストンと地面に下ろした。腕にはちょっと筋肉がついているかな?
「イヴァン、こっちが君の従兄弟のラデクだよ。ラデク、同じくイヴァンだ」
僕が紹介すると、イヴァンは「従兄弟!?」と目を輝かせる。
「初めまして! イヴァンです。僕よりお兄さんですよね? ラデク兄様って呼んでもいいですか?」
「あ、ああ……いいけど……」
イヴァンはグイッと寄ってこられて、ラデクはぎこちない態度で答えていた。
これは意外だな。イヴァンより、ラデクの方が人見知りみたいだ。それとも、イヴァンが人なつっこいだけかな? 離宮育ちで、警戒心をあまり持っていないからだろうか。
そういえば、イヴァンは騎士見習いの子たちとも、すぐに打ち解けていた。
「嬉しいです! ラデク兄様は、ヴァーナ族の村から来たんですよね? お城にはいつまで滞在していられますか? 長くいられるといいんだけど……僕がお城をご案内します!」
「ラデクはしばらく僕らと一緒にいる予定だよ」
僕が教えると、イヴァンは「よかった!」と嬉しそうな顔をする。
「ラデク。イヴァンにお城を案内してもらうといいよ。稽古場には同じ年頃の騎士見習いの子たちもたくさんいるからね。イヴァン、ラデクにみんなを紹介してあげて。彼は弓がすごく得意だから、教わるといい」
「弓!? ラデク兄様、僕、弓はあまり得意じゃないんです。教えてもらえますか?」
「ああ……マルク王国の弓とは少し違うかもしれなから、分からないけど……鳥を捕るくらいなら教えられる」
「鳥を射落とせるなんて、すごいです! 僕は下手くそで、矢が遠くまで飛んでいかないんです。それに、練習をすると手が痛くなっちゃって痣ができるんです」
「それは……弓が合ってないのかもな。後で見てやるよ」
「はいっ!」
イヴァンがラデクの手を引っ張って連れて行く。
「フェリックス。悪いんだけど、一緒に行って見てやってくれる?」
僕が頼むと、フェリックスが「心得ております。それと、ご無事にお戻りになられて安堵いたしました」と微笑む。一礼して、落ち着いた足取りで立ち去る姿は相変わらず格好いい。まさに、騎士の鑑だ。
「あの子ってば……イグナーツに会いたくてたまらなかったみたいです。私への挨拶は、すっかり忘れているみたい」
オフェリアが目を丸くして、少し拗ねたような口調で呟く。
「きっと、後でたくさん話を聞かせてくれるよ。イヴァンとラデクはうまくやっていけそうだね」
ラデクはイヴァンに兄様と呼ばれて、まんざらでもなさそうな顔をしていた。
「居間にお茶を用意させましょう。お話を聞かせてください」
ルーラ様が侍女に指示を出す。では、僕らは一度着替えてから、居間に向かう事にしよう。
「イグナーツ様に確認していただきたい書類が溜まっております。それと、陛下から何通も手紙が送られてきておりますので、早急に返事をお書きになった方がよろしいでしょう。でなければ、陛下自らこの国に赴かれる勢いでございましたから」
ゲーラー卿が涼しい顔で、怖い事を伝えてきた。
「……何通も?」
「はい、連日のように」
「…………何か、問題でも起こっているのかな?」
「いいえ、単なる腹いせでございましょう。ご自分が宮殿に押し込められて仕事をさせられているのに、閣下ばかり自由気儘に満喫していらっしゃるので、腹立たしい思いをなされているご様子でしたから」
送りつけられている手紙の中身は多分、さっさと帰ってこいという催促に違いない。
僕は渋面を作って額に手をやった。
「緊急性の高そうな書類だけ先に部屋に運んでおいてくれ。後でちゃんと目を通しておくよ」
「承知いたしました。では、後ほど」
ゲーラー卿は僕と、オフェリア、それにルーラ様にも軽く頭を下げて、部屋へと戻っていく。
「長く、帝国を空けていますからね……陛下もイグナーツ様がおられなくて、きっとお困りなのでしょう」
オフェリアが気づかうように言う。
「帝国には僕以外にも優秀な文官が山ほどいるんだから、いなくても困りはしないさ。ゲーラー卿の言う通り、腹いせだよ。いつまでも子供っぽいところがあるんだから。けれど、本当に早く戻ってやらないと、業を煮やしてやってくるかもしれないぞ」
帝国の皇帝が再びやってきたとなれば、王国中が蜂の巣をつついたような大騒ぎになり、いらぬ波紋が広がりかねない。せめて、手紙だけでも送っておこうと、僕は部屋に戻りながら溜息を吐いた。
ヴァーナ族の村から持って帰ってきた珍しいお土産を添えておけば、多少機嫌もなおるかな。
◇◇◇
旅の汚れを落として着替え、居間に行くとお茶の用意が調っていた。
オフェリアと僕は、ルーラ様の向かいのソファーに並んで腰を下ろす。
「長旅で疲れたことでしょう。ごめんなさいね、時間を取ってもらって。少しでも早く、話を聞きたかったのです」
ルーラ様がにっこり微笑む。
「本当は、手紙を渡してすぐに戻る予定だったのです」
オフェリアがそう言って言葉を濁した。
それだけで、事情は察したらしい。ルーラ様は溜息を吐いて、手に持っていたお茶のカップを下ろす。
「きっと……歓迎されなかったのでしょうね」
「いいえ、そういうわけでは!」
顔を上げたオフェリアが、慌てて首を左右に振る。
「歓迎されなかったのは、僕の方なのです。僕はヴァーナ族の出ではありませんし、マルク王国民どころか帝国の人間ですから。警戒されて当然だったと思います。それに、歓迎されなかったと言っても……食事はすごくおいしかったですし。ああ、ラデクが作ってくれたんですよ。彼は料理がすごく上手なんです。ヴァーナ族の料理のレシピも教えてもらったので、この城の料理人に頼んで作ってもらいましょう」
僕が代わりに答えると、ルーラ様は「それは……本当に申し訳ない事をいたしました」と頭を下げた。
「我が父や兄が、さぞかし……ひどい扱いをしたのでしょう。あの村が閉鎖的なところは、少しも変わっていないのでしょうね。父や兄に代わって謝罪いたします」
ルーラ様が頭を下げようとするので、「いいや、やめてください」と手を振って遮った。
「本当に、大した事じゃないんですよ。色々ありましたけれど、最終的にどうやらオフェリアの夫として認めていただけたようですからね」
「ええ、そうでしょうとも。イグナーツ様のお人柄を知れば、いくら頑固な父や兄でも認めないわけはいかなかったと思います」
ルーラ様が頷くと、オフェリアも僕に尊敬の眼差しを向けてくる。
「イグナーツ様がおられなかったら、危うく村は大変な惨事に見舞われるところだったのです」
「私にも、その武勇伝を聞かせてほしいわね」
頬に手を当てたルーラ様が、おっとりした顔で微笑む。
「大した事はしていないんです。それに、僕よりもオフェリアやラデクの方がずっと活躍していましたよ」
「謙遜なさる事はありませんよ、イグナーツ様。あの兄が大事な跡継ぎの息子を託すくらいですもの。全幅の信頼を置いているのは間違いありません。兄の心をつかむなど、簡単にはできる事ではありませんよ」
「いや、まあ……色々な幸運と不幸が折り重なった結果ですよ。おかげで、僕もオフェリアも、随分とよくしていただきました。僕こそ感謝しているのです。ヴァーナ族式の結婚式もやってもらいましたからね」
「まぁ、そんな事が?」
「お祖父様が私の花嫁衣装をどうしても見たいとおっしゃったのです」
オフェリアは恥ずかしそうにそう答える。
「それは、きっとお父様もお喜びだったでしょう。寿命が十年は延びたとおっしゃるはずです」
「ええ、そうおっしゃっていました。お母様はお祖父様の事をよくご存じみたいです」
「私も見てみたかったわね。あなたの花嫁衣装。なんなら、もう一度やりましょうか?」
パチンと手を合わせて目を輝かせるルーラ様に、僕もオフェリアも、「もう十分です!」と思わず声を上げた。
「もちろん、オフェリアの花嫁衣装は何度でも見たいけど……帝国に戻ってからもやらなくちゃいけなくなるからね!」
「そうですね。帝国での結婚式が本番ですから!」
「あら……そう? 残念だわ。娘のヴァーナ族の花嫁衣装姿を見られないなんて……こんな事なら、私も無理を言ってでも一緒に行くべきだったかしら?」
ルーラ様は頬に手を当てて、溜息と共に首を傾げる。
あきらかに面白がっている口調だ。
「お母様……!」
「衣装なら持って帰ってきているので、見てもらったらどうかな?」
僕がそう提案すると、ルーラ様が「まぁ!」と目を輝かせる。
「それは、是非見てみたいわ! 私はヴァーナ族の花嫁衣装を着られなかったんですもの」
ルーラ様はすぐにレーネに頼んで、衣装を運ぶように指示をする。
家令が男の使用人を連れて荷物を運んできた。中にはルーラ様に渡す贈り物の織物なども入っている。
レーネがヴァーナ族の花嫁衣装を取り出して広げると、ルーラ様はうっとりするように触れていた。
「本当に美しい衣装ね……これを着たあなたを私も見てみたかった」
目を細めるルーラ様の言葉に、僕とオフェリアは視線をかわす。
オフェリアが小さく頷いたので、「じゃあ、今晩の宴の席で着るのはどうですか?」と提案した。
僕らの帰還祝いに、城にいる者たちでお祝いの宴が開かれる予定だと聞いた。
「では、着付けと化粧は私が行いましょう」
レーネが張り切るように申し出てくれる。
「まあ、それはすごく楽しみだわ!」
ルーラ様が嬉しそうにパチンと手を叩いた。オフェリアが恥ずかしそうに僕の袖をつまんで、ちょっと顔を寄せてくる。
「そのかわり……イグナーツ様も花婿衣装を着てくださいね?」
「ええっ、僕も!?」
僕が慌てると、オフェリアとルーラ様は楽しそうに笑っていた。
これは、断れそうにないな……。二人が期待のこもった目で見てくるんだから。
この日の宴では、僕らはヴァーナ族の婚礼衣装を一緒に着て、みんなにお披露目する事になった。
イヴァンはヴァーナ族の花嫁衣装を着た姉を見て、うっとりしていた。
「僕も将来、結婚式をやる時は、兄様と同じようにマルク王国式の結婚式と、ヴァーナ族式の結婚式、両方やりたいです!」
と、決意したみたいだ。
その前に、いい花嫁さんを見つけないとな。イヴァンには、心から想い合える相手と結婚してほしい。
政略結婚なんて関係なく、自分が選んだ人と。
ただ、イヴァンの立場では、それが難しくなる事もなんとなく予想はしている。
例え政治的な思惑が絡んだ結婚だとしても、幸せになってもらいたい。
僕とオフェリアだってそうだった。思いがけず、結びつけられた縁。
それでも、僕は今――これ以上なく、幸せだ。
オフェリアもそう思ってくれていたらいいと、心から思うのだ。
そのためなら、どんな事だってするんだから。
◇◇◇
宴会が盛り上がる中、一人で出て行ったラデクの姿を見かけて後を追う。
ラデクは中庭に出るようだった。長方形の噴水が作られた庭は、月明かりが差している。
ぼんやりして星空を眺めているから、僕は「もしかして、村に戻りたくなったのかい?」と声をかけた。
「いいや、不思議だと思って……」
ラデクは振り返らずに、ポツリと答える。
「不思議?」
「この城の人達は、俺を見てもあまり驚いたり、嫌な顔をしないから……」
「ああ、そういう事か」
僕とラデクは噴水の縁石に腰を掛けた。
夜の風が気持ちいいのは、ほんの少し酒が入って頬が温まっているせいだな。
「旅の途中でも、俺を見て下僕扱いするヤツはいただろ……」
「ああ、確かにな」
宿に泊まろうとする時も、ラデクだけ屋根裏みたいな部屋に案内されそうになっていた時もあった。そのたびに、彼は義弟だからまともな部屋を用意してくれるようにと、頼まなければならなかった。
食堂でもそうだ。僕には丁寧に接するのに、オフェリアやラデクの髪色や瞳の色を見て、下に見るような態度をとる者は多かった。
それがこの国に根付く意識なのだろう。
僕らがもう少しマシな格好をしていれば別だったかもしれないが、旅の間はできるだけ目立ちたくなくて、庶民に紛れるような質素で安物の服ばかり着ていた。
「でも、この城に来てからは、嫌な思いをしていない……」
「それは、ルーラ様やイヴァンもいるからだろうね」
この城の人達は、黒髪も黒い瞳も見慣れている。そして、ヴァーナ族の出自であるルーラ様がこの城の主だ。僕らがこの城にやってきた当初は、使用人もルーラ様やイヴァンを軽んじるような態度を見せていた。あからさまに悪口を言うメイドもいたくらいだ。けれど、今では聞かないし、多くの使用人が態度を改めている。騎士や兵士、騎士見習いたちも、敬意を払ってくれる。
「すっかり見慣れたという事もあるのだろうね……知らないという事が一番、人を警戒させる。それは君たちだってよく分かっているじゃないか」
ヴァーナ族の村で、まさによそ者の僕は警戒されていた。
僕という人間が信用に値するのか、受け入れてもいいものなのか、判断がつかなかったからだろう。
だから、オフェリアは怒ってくれたけれど、僕としてはそれほど腹は立っていなかったんだ。
そういうものだと、分かっていたから。
知らない者を怖れるのは当然で、そうでなければ守れないものもある。
この国の人達も同じなのかもしれない。自分たちにあまり馴染のない人達だから警戒する。
その証拠に、ヴァーナ族に馴染のある山の麓の村の住人たちは、僕らに親切にしてくれたし、ヴァーナ族の村の救援にも力を貸してくれた。
そういう事を学ぶのも、ラデクにとっては大事な事でよい経験だ。
ヴァーナ族の村の人たちも、この先いつまでもマルク王国の人達と無関係ではいられない。
村を発展させていくためには、より深く関わりを持っていかなくてはならなくなるのだ。
関わる上で、お互いの意識の差や溝、風習の違いなどは学んでいく必要がある。
そのためにも、ラデクとイヴァンが仲良くなる事は大事な事で、いい事なんだ。
お互いに学び合えるから。
「…………悪かった」
ラデクは、村での僕の扱いの事を思い出したのか、下を向いて小声で言う。僕はその頭に手を載せた。
「気にしていないよ。君の作ってくれた料理のおかげで、これでも満喫していたんだ」
「あんなの……適当に作った食い物だ。唐辛子をたくさん入れてやった事もあるし……」
「えっ、すごくおいしかったけど? 僕が食べた色んな料理の中でも群を抜くおいしさだった」
「そんなはずないだろ! この城の料理の方がずっと豪華でおいしいのに……」
「豪華さとおいしさは別だよ。あの辛みは癖になるうまさだった。今日の宴会でも、わざわざ料理長に作ってもらったんだ。美味しかったし、みんなにも好評だっただろ? 僕としてはやっぱり、君が作ってくれたスープの方がちょっとばかり美味しく感じたけどね」
料理長が作ってくれた唐辛子のスープは、品がある味に仕上がっていたけれど、僕としては香辛料や辛みがしっかり効いていたラデクの作ってくれたスープの方が好みだった。
あの時のスープは肉団子に肉汁が閉じ込められていて、食感もフワフワだった。
肉の処理の仕方にも秘訣があるのだろう。
「口がおかしいんじゃないのか……」
なんで、そう疑心暗鬼みたいな顔をするかな。本当の事を言っているのに!
「また、作ってくれよ。君の作ってくれたスープが無性に恋しく思えるんだ」
笑ってポンポンとラデクの頭を叩く。
煩わしそうな顔をして僕を睨んでから、ラデクはフンッとそっぽを向いた。
「それくらい……いいけど。お前も変なヤツだ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「あっ、こんな所にいた! イグナーツ兄様、ラデク兄様!」
フェリックスを連れたイヴァンが、僕らを見つけて駆け寄ってくる。
「イヴァン、お腹いっぱい食べられたかい?」
「はい! 辛い肉団子のスープがすごく美味しかったです! もっと食べたかったけど、母様に止められちゃいました……辛いスープは、僕にはまだ早いそうです」
イヴァンはがっかりしたように肩を落としている。僕はラデクと顔を見合わせて、「ほらね」と笑った。
「イヴァンもあのスープが気に入ったんだな」
「体が温まって元気が出そうなスープでした。今もお腹がホカホカしているんです。僕は今からでも稽古場に行って、剣の稽古をいっぱいできそうな気がします。騎士見習いの子たちも、気に入ってたくさん飲んでいましたよ? おかげで、鍋が空になったと料理長が言っていました」
「好評で良かった。あのスープはラデクが教えてくれたんだよ」
「そうなのですか。きっとヴァーナ族の伝統的なスープなのですね!」
「ああ、お祝いの時や、特別な持てなしをする時に出す、とってもおめでたいスープなんだ!」
僕が笑いを堪えながら言うと、ラデクが「いい加減な事を教えるな!」と顔を赤くする。
なんで僕が笑っているのか分からなかったらしく、イヴァンはキョトンとした顔をしていた。




