晩餐
晩餐の席で再び顔を合わせたオフェリアは、ドレスを着替えて髪もアップにしていた。緊張はまだ取れないのか表情はかたい。広い食堂のテーブルに僕とオフェリアだけというのも、ちょっと気まずくはある。慣れるまでは部屋でとってくれてもかまわないと伝えておいたのだけれど、彼女は「いいえ、そういうわけにはまいりません」と頑なに言い張った。
お姫様としてしっかり教育されてきたからか、ものすごく生真面目なようだ。もう少し、気楽にしていてくれたほうがこちらとしても、気兼ねがないんだけどなぁ。なんて思ってしまうけれど、彼女の身の上を考えれば、いきなりやってきた邸で寛ぐ事も難しいのだろう。
魚料理が運ばれてくると、彼女の手が止まる。白身の魚を焼いて、ソースをかけたものだ。それに、アスパラガスが添えてある。それを珍しそうに見ているから、「魚は苦手?」と話しかけてみた。
「いえ、苦手というわけでは……ただ、あまり国では出された事がないのです」
「ああ、マルク王国は山に囲まれているからね」
海に面していないから、海産物がなかなか入らないのも当然だろう。仕入れようと思えば、この帝国を経由しなければならない。帝国とは長年戦争状態で交易も限られていた。言ってしまえば、帝国のせいでマルク王国の産業は停滞し続けていたと言ってもいい。それは、無茶をしても進軍したくなるだろうなと、ちょっと同情してしまう。
「川魚は獲れるのですが、少し苦手だったのです」
「帝都には漁港から新鮮な魚貝類が入ってくるんだよ。これも鮮度のいいものを選んでいるから臭みは少ないよ。食べてみて」
僕が勧めると、彼女は「はい」と真剣な顔をして頷き、魚の切り身を小さく切って口に運んでいた。口にいれると、パッと表情が変わる。驚いたように瞬きして、さらにもう一口。感想は聞かなくても分かる。おいしかったんだろうね。
「どう? 気に入った?」
「はい。美味しいです……レモンの香りが爽やかで……バターのソースがこくがあって……お魚って、こんなに美味しいものだったんですね」
「公爵家の料理人もずいぶん張り切っていたようだからね。腕によりをかけたようだよ」
邸の使用人には、マルク王国のお姫様が公爵家に嫁いでくる事は伝えてある。今日のために、かなり念入りに準備をしてくれていたようだ。僕はほとんど家令と家政婦長に丸投げしてたんだけどね。うちの使用人たちは先代の頃から仕えてくれている人も多くて優秀だ。料理長のドヤ顔が目に浮かぶようだ。これは、給与に特別報酬を上乗せしないといけないな。
僕はアスパラガスと白身魚をパクッと食べる。
「……このようなもてなしを受けてもよかったのでしょうか?」
オフェリアがポツリと呟く。その後に続くのは、「人質なのに」だろうか。彼女はその事を随分と気にしているみたいだ。
「もちろんだとも。君は公爵夫人になるんだ」
「私は……いえ、精一杯、務めさせていただきます。私は王族としての教育は受けてきましたが……貴族の夫人としての振るまいややるべき事などはあまり教わってきていないのです。ですから、ご迷惑をかけてしまうかもしれません」
フォークとナイフを置いたオフェリアが、覚悟を決めたように僕を見る。本当に真面目だなぁと、苦笑しそうになった。けれど、やる気になってくれている彼女に、そんなに頑張る事はないよとは言えない。
「分からない事があれば、家の者に尋ねればいい。彼らに任せておけば、間違いないはないからね。実を言うと……僕もほとんどみんなに任せっきりなんだよ。それでも、ちゃんと回っているから、うちの使用人はみな優秀だ」
「はい……皆様にご教授いただければ幸いです」
カチカチになって答えるオフェリアに、壁際に並んでいる給仕係の使用人たちも温かい目で微笑んでいた。僕としても、王国からやってきたお姫様が傲慢で高飛車な人でなくてもよかったよ。そうだったら、どうしようかと心配していたくらいだ。彼女はむしろ、謙虚すぎるくらいである。
「結婚したら、お茶会やパーティーを開く機会も多くなるだろう。家の奥向きの事は君に頼む事になるだろうから、ゆっくり慣れていけばいい」
「あの……今まではどなたが差配されていたのでしょう?」
オフェリアがおずおずと尋ねる。
「両親が死んで僕が公爵家を継いでからは……実は……ほとんどやっていないんだ」
僕は頬を掻いてそう答えた。オフェリアがハッとしたように自分の口元を押さえる。
「申し訳ありません! 何も知らずに不躾な事を尋ねてしまいました……」
「ああ、いいんだよ。もう五年も前の事だ。僕もその頃には成人していたし……ああ、でも祖母はまだ元気で友人たちと一緒に南の保養地で暮らしている。そうだな……祖母に一度戻ってきてもらった方がいいかもしれないな。祖母ならば、分からない事はなんでも教えてくれるだろうし。君の不安や負担も少しは減らせるかも。まあ、戻ってくるなと言っても、結婚式前には飛んで帰ってくるだろうけどね」
うちの祖母はパワフルで、何でもハキハキとものをいう人だ。オフェリアはきっと驚くだろう。
「お祖母様ですか……お願いできるのなら、色々と教えていただきたいです。私はこの国の作法や礼儀の事をまだあまりよく知らないので。公爵様に恥を掻かせる事になるかもしません……」
落ち込んだように俯く彼女に、「イグナーツ、だよ」と微笑む。
「あっ、そうですね。まだ、慣れなくて……申し訳ありません、イグナーツ様」
「謝る事ではないさ。僕がそう呼んでもらいたいだけで。結婚式の準備もあるからね。姉上もいるんだけど……この人に頼むのはちょっと心配だから。祖母に手伝ってもらう方が良さそうだ」
「イグナーツ様のご親族は多いのでしょうか?」
「まあ、うんざりするくらいいるよ? 全員の名前は僕だって覚えていないんだ。ただ、近親だと祖母とクリビア姉さん……この人は公爵家に嫁いでいる。それと、君も知っての通り、皇妃のローザだね。ローザは異母妹だ。僕と姉さんの母は、僕らが子供の頃に流行病で命を落としたんだ。その後に父が再婚したのがローザの母でね」
その義母も、五年前に父と一緒に命を落としてしまった。帝都から領地に戻る途中に、雷に驚いた馬が暴走して池に馬車ごと転落しての事故だ。嵐の日の事だった。まあ、うちも色々とあるという事だ。人の命なんて儚い。どこで何が起きるか分からない。
「そう、だったのですね……」
オフェリアも食べる手を止めて表情を曇らせる。ちょっと湿っぽい話になってしまったな。けれど、彼女も公爵家に入るのだから、知らないわけにはいかない。
「本当は、もう少し君がこの国に慣れてから結婚式をした方がいいんだろうけど……両国の事情があるから、そうもいかなくてね。かなり準備を急ぐ事になると思う。必要な事は手配しておくよ。まずは……そうだな。仕立屋と宝石商を呼ばないとね」
僕が微笑むと、オフェリアがびっくりしたように顔を上げる。
「宝石商も……ですか?」
「当然。ドレスに合わせた装飾品がいるだろう?」
「ですが……あの……私のためにそこまでしていただくのは、心苦しくて」
彼女はひどく恐縮して下を向く。王宮で大事に育てられたお姫様だろうに。随分と慎ましく生活していたのだろうか。荷物も少なかったし。手持ちのドレスや宝飾品もあまり持ってきてはいなさそうだ。
「公爵夫人として体裁を整えるためだよ。まあ、半分は……着飾った君を見てみたいという僕個人の趣味と好奇心だ」
少々おどけてみせると、彼女がパチクリと瞬きする。
「趣味と……好奇心……ですか?」
「そう。それに実のところうちは、かなり儲かっている。お金には不自由していないんだよ。君にドレスや宝石をいくつか買ったくらいで公爵家の財政に影響を与える事はない。むしろ、君に慎ましい格好をさせておくほうが、僕が周りから冷たい目で見られてしまう。妻となる人に宝石の一つも買ってやらない、ドケチか気の利かない男だと思われてしまうからね」
カールが王国の姫君を僕に嫁がせる事にしたのも、それに見合うだけの資産があるからだ。なにせ、うちの資産はぶっちゃけ、マルク王国一国の国費より多い。鉱山だけでもかなりの数がある。領地経営や投資も順調だから、僕が寝転んでいてもザクザクお金は入ってくるというわけだ。そのくせ、僕はというとどこかの誰かさんに休む暇なく働かされているから、パーティーを開く余裕もなくて金の使い道がない。奥様となる人に使わなくて、いったいいつ使うというのか。
「そうですね……公爵家の恥になるわけにはいきませんっ!」
オフェリアはまた真剣な顔をして頷いている。本当に真面目な人だな。これは、やっぱりお祖母様に早々に来ていただいた方が良さそうだ。でないと、彼女は結婚式に使う予算を見て目を回してしまう。かなり大規模なパーティーを開く事になっているのだから。
「落ち着いたら……君の国にも一緒に行こうか」
僕がそう言うと、オフェリアはまた驚いた顔をする。
「マルク王国……にですか?」
「うん、そのうち使者として赴く事になると思う。その時には、君も連れていくよ。兄君や父君、母君にも挨拶をしないわけにはいかないからね。君の祖国を案内してもらえる?」
「私は…………もう、二度と祖国の土を踏めないものと覚悟しておりました」
オフェリアの目にジワッと涙が滲む。
「まさか! 戦争はもう終わったんだよ。今後は交易も再開されるだろうし、往来も自由になるんだから。いつでも行けるさ」
「はい……是非、王都を案内させてください。あっ、でも……まだ復興はできていないと思いますけれど」
「カール……皇帝陛下がかなり派手にやったらしいからね。まったく、申し訳ないと思っているよ」
正直、マルク王国の王都の惨状を見るのが辛いな。ああは言ったものの、彼女を連れてマルク王国に行っても、僕はあまり歓迎されないかもしれない。いや、確実に歓迎されないだろう。講和条約が結ばれたとしても、戦争の禍根はどうしても残るものだ。
無事に戻れればいいけれどね。かの国も、皇帝の使者をいきなり斬りつけたりはしないと思うけど。どうだろうな。彼女から兄の話を聞くに不安になる。
ただ、使者というのは表向きで、この目で実情を確かめたい。どうも、内情が気になる。
◇◇◇(オフェリア視点)◇◇◇
晩餐の後、オフェリアが用意された部屋に戻ると、侍女のレーネが待っていた。レーネはマルク王国から連れてきた数少ない使用人の一人だ。年齢は二十二歳で、王国にいた時から姉のように思ってきた信頼できる侍女だ。
「姫様、お帰りなさいませ。湯あみの用意が調ってございます」
すでに部屋にはバスタブが運ばれていて、湯が用意されていた。
「ありがとう……レーネが頼んでくれたの?」
「いいえ、公爵家の使用人の方が用意してくださいました」
「そう、さすがに気が利くのね」
「ええ、本当に……」
レーネはオフェリアの晩餐用のドレスを脱がせてくれる。部屋にいるのは二人だけだが、扉の外には護衛が待機している。その護衛の騎士も、マルク王国から連れてきた信用できる者だ。
湯に浸かると、ようやく体から緊張が解けてホッとできる。湯は適度な温度で、薔薇の香油と花びらの入浴剤が入っているからかいい香りがする。何もかも整っていて、こんな贅沢を味わってもいいのかと戸惑うほどだ。
「晩餐はいかがでしたか?」
「とてもおいしかったわ……海のお魚が出たの」
「まあ、さすがに帝国ですわね」
レーネはオフェリアの髪をゆっくり洗いながら、驚いたように言う。
「ええ、そうなの……こんなによくしていただけるなんて……想像していなかった」
「それは私もですわ。帝国に着いたら、幽閉同然の生活が待っていると思っていましたから……公爵様はどのようなお方だったのですか?」
「公爵……イグナーツ様はとても親切で、話しやすい方だと感じたわ……」
お湯をすくいながら答えると、「まぁ、そうですの?」とレーネが微笑む。
「帝国の皇帝陛下の側近と聞いていたので、もっと厳しいお人柄なのかと……いずれ、マルク王国にも一緒に行こうと言ってくださったの」
「まあ! それは本当ですか?」
「父上や母上に挨拶をしたいからと……王国を案内してほしいと言われたわ。もう二度と、国に戻れないと思っていたのに」
すくった湯と一緒に花びらが手から流れ落ちる。
『お前は帝国の人質となる。我が国と帝国の間で再び戦端が開かれる事になれば――我が国の王族として、祖国のために〝死ね〟』
そう、兄に言われて送り出された。だから、てっきり帝国では牢かどこかに囚われの身になるのだと思っていた。侍女のレーネや、護衛騎士も、殺される覚悟でついてきてくれた。命を奪われる事はなくても、すぐに引き離されて会えないとも思っていたのだ。だが、イグナーツは侍女や護衛騎士をオフェリアから引き離そうとはしなかった。そのまま、側に使えることを許してくれている。
死地に赴く覚悟で来たから、帝国側の対応には拍子抜けしてしまった。あれほど、無慈悲に王都を焼き払っておきながら。それとも、気性が苛烈なのは皇帝だけなのだろうか。公爵はとても残忍な性格には見えない。どちらかというと、人が良さそうだ。オフェリアが公爵夫人としてこの邸で暮らす事に慣れるよう、配慮してくれているのを感じる。この豪華で目を見張るばかりの部屋もだ。この宮殿のような公爵邸の中でも、一際豪華な部屋である事は間違いない。
イグナーツはオフェリアの好みに内装や調度品を変えてくれていいというが、手をつけるなどもったいない気がしてしまう。豪華すぎて、逆に落ち着かないくらいだ。マルク王国で暮らしていた部屋は、この部屋の半分にも満たない広さだった。もっと地味で、古い調度品ばかりの暗い部屋だ。だから、大きな窓ガラスがはめられた明るい部屋を見た時には、レーネや護衛の騎士共々あ然としてしまったくらいだ。
公爵家に嫁ぐのは形ばかりの事だと思っていたが、イグナーツはオフェリアを正式に公爵夫人として迎え入れるつもりでいるらしい。本当に、それでいいのかと不安になってしまう。
(イグナーツ様は帝国内でいくらでも、令嬢を選べるお立場だったでしょうに)
いかにも女性に好意を持たれそうなイグナーツの容姿や振る舞いを思い出す。金色の綺麗な髪色で、瞳は夏空のような青色だ。背は高いが威圧的な体格でもなく、むしろ騎士に比べたら細身だ。温和な雰囲気の美青年である。
その上、公爵家の当主だ。伴侶になりたいと望む女性はきっと多い。特別な女性はいないと言っていたけれど、本当だろうか。そんな事が気になってしまって、お湯にズブズブと沈む。
「お嬢様、溺れてしまいますよ?」
「~~~~っ!」
一度お湯に潜ってから、オフェリアはプハッと顔を出す。レーナが「あらあら」と、笑っていた。
あの人の夫人になるのかと思うと、緊張と一緒に不安も感じてしまう。王国の姫と言っても、オフェリアは自分があまり男性に好まれる容姿ではない事を知っている。兄には『黒山羊みたいだ』と嘲笑されていた。オフェリアが山岳地帯に住む部族の血を引いている事への皮肉でもある。
オフェリアも十歳になる弟も黒髪だ。
部族の族長の娘だった母を側室に迎えたのが、前国王だった父だ。
兄の母である王妃は、生粋のマルク王国の貴族階級の出自だ。だからか、兄はレーナと弟、それに母を見下すような態度を少しも隠そうとはしなかった。
兄が簡単にオフェリアを人質として帝国に差し出したのも、それが理由だ。「お前のような者でも、王国の役に立つ事を誉れに思うがいい」と、むしろ厄介払いできて清々したような態度だった。オフェリアも王国の姫として育てられたのだ。いずれ、国のために政略結婚を強いられる事くらいは覚悟していた。恋愛して、好きな相手と結ばれるなんて――夢物語でしかない。
けれど、こんなふうに帝国に、人質として赴く事になるとは想像していなかった。話を聞かされた時には、もう生きては戻れないだろうと覚悟した。人質がまともな待遇を得られるはずがない。囚われて、きっと生涯、自由に日の光を当たる場所を歩けない身になるのだろうと覚悟した。
母も弟も、レーナの身を案じて泣いていた。それでも、国のために行かないわけにはいかない。拒否すれば、王位に就いた兄が母と弟をどんな風に扱うか分からない。二人のためにも、兄の命令には逆らえなかった。
それなのに、いざ帝国に赴いてみれば――ごく普通に歓待されて、迎えられた。
祖国の王宮で暮らしていた時よりも贅沢なもてなしだ。
「もしかして……皇帝陛下も、イグナーツ様も、私や母の事をあまりご存じないんじゃないかしら……」
オフェリアはお湯に浸かりながら、不安げに呟く。髪を梳いていたレーネの手が止まる。
「姫君は誰がなんと言おうと、マルク王国の王家の血を引く姫君です! それに、母君もマルク王国の貴族ではなくとも、ヴァーナ族の族長の血を引いておられる方。なにも恥じる事など一つもありません!」
レーナは強くそう言ってくれる。レーナの母もヴァーナ族の娘だった。だが、王国内では山岳に住む部族は下に見られる事が多い。特に貴族の中では差別的な意識が根強い。兄も王妃もそうだった。オフェリアや母、弟の事を王室の恥だと思っていたようで、侮蔑的な態度を取ることも多かった。王族の一員だと認める事すらしていなかっただろう。だから、オフェリアも母も弟も、王宮の離れで暮らしていて、滅多に公の場に姿を出さなかった。
今回の結婚でも、兄がオフェリアを帝国に差し出したのは、不要な姫で死んでもかまわないと思っていたからだろう。血を分けた妹だなんて少しも思ってはいない。
オフェリアはマルク王国の姫である以上、国民に対して責任がある。国のためとあれば、喜んでその身を差し出さなければならない。それが王族としての義務でもある。オフェリアが今回の結婚を承諾したのは、そう思ったからだ。
「公爵様……イグナーツ様も知らないから、王国の姫として迎えてくださるのかも」
母が山岳の部族の出だと知ったら、むしろ人質としての価値なしと送り返されてしまうかもしれない。役立たずの姫が帝国から追い返されたと兄が知れば、国に戻ったところでどんな待遇が待っているか。国に居場所はもうないだろう。王族としての身分を捨てて、どこかでひっそり暮らすしかなくなる。
「それは……考えられませんわ。帝国や公爵様は、すでに姫様の事を調べておいでになるはず。知らないなんて事はありえないかと。もし、知らなかったとしても、それは帝国側の落ち度なのです。姫様を追い返す資格など、帝国側にはありませんわ」
「そう……かしら……」
だからといって、歓迎されないのに公爵邸に居座れるほど図々しくはない。
一度、きちんとイグナーツに確認しておくべきかもしれない。それも、結婚式がすむ前にだ。そうしないと、結婚した後で知られたら、イグナーツが帝国の貴族たちから白い目で見られたり、笑い者にされたりするかもしれない。不誠実な事はできない。ただ、正直に打ち明けるのは怖くもある。急にイグナーツの態度が変わってしまうかもしれない。
「疲れてしまったわね……」
長旅の上に、緊張続きだった。
「今日はゆっくりお休みください。考える事は明日でもできるのですから」
「そうするわ。あなたたちも、ゆっくり休んでね。レーネ」




