夜の訪問
宮殿の執務室に向かう途中の廊下で、僕はバルト=ゲーラー外務卿の姿を見かけて声をかけた。ゲーラー卿は従者見習いのエルマーの父でもある。
「これは、クラッセン公爵閣下」
「閣下はやめてください。それより、少しお話させていただいてもいいですか?」
「ええ、もちろんですとも。部屋に行きますか?」
「いいえ、大した事ではないので歩きながらでかまいません」
ゲーラー卿と並んで、広い廊下を少しゆっくりめに歩く。
「マルク王国に赴かれて、かの国の新国王とお会いになったのですよね?」
ゲーラー卿はマルク王国との戦争にも随行していた。前国王が降伏して戦争が終結した後は、王国に留まり戦後処理や調停役を担い、講和条約をとりまとめてきた人だ。かなり有能で信頼できる人物でもある。ゲーラー卿でなければ、早期には片付かなかっただろう。
「ええ、お会いしましたね。ああ……クラッセン様、このたびはマルク王国のオフェリア姫とのご結婚、おめでとうございます」
足を止めたゲーラー卿がお辞儀をするので、「ありがとうございます」と照れ笑いをしておいた。微笑ましそうな目をして僕を見てから、ゲーラー卿はふと真面目な顔つきに戻る。
「ルカーシュ国王陛下には、ええ……何度かお会いしましたな。何か気になる事が?」
「オフェリア姫の兄君なので、どのような方か気になったのです。一度は、マルク王国にも赴くなると思いますし、お会いする前に人柄を知っておきたくて」
「ああ、なるほど。そうですな……わかりやすいお方ですな」
「わかりやすい、ですか」
「ええ、よくも悪くも、駆け引きというものにあまり向いてはおられぬかと」
なるほど、つまり思った事がそのまま顔や態度に出るタイプか。
考え込んでいる僕を、ゲーラー卿がジッと見つめる。
「心配事がおありで?」
「…………ゲーラー卿には敵いませんね。僕も分かりやすい性格のようだ」
苦笑いをすると、ゲーラー卿がおかしそうに笑う。
「いえいえ、クラッセン様の心中は簡単には見通せませんよ。姫君の事で何か問題が?」
「いえ、オフェリア……姫は何の問題もないのです」
「もう、お名前で呼ぶ仲になられているとは。やはりクラッセン様は人の心をつかむのがうまいようで。私としても姫君の結婚相手にクラッセン様を推薦したのは間違っていなかったと安堵いたしました」
「卿が推薦したのですか……」
どおりで、カールにしては根回しが良すぎると思った。どうやら、僕は知らない間に外堀を埋められていたらしい。きっとマルク王国が降伏した時には、すでにその話が決められていたのだろう。駆け引きでは、僕はゲーラー卿の足元にも及ばないようだ。
「ええ、クラッセン様のお人柄を考えての結果ですよ。ですが……兄君のルカーシュ国王は……姫とは正反対の性格と言わざるを得ませんな。忌憚なく申し上げるなら、欲深い性格かと。王としての資質は、あまり感じられぬ方でした。なったばかりという事もありましょうが……何よりも周りに置いている者があまりよろしくはない。正直、前国王の退位が早すぎたと感じます」
ゲーラー卿は再び足を進めながら、頭を振る。ここまで話してくれるのは、彼も僕から得たい情報があるからだろう。
「実は、オフェリア姫から、マルク王国が帝国への侵攻を決めたのは、兄君の判断によるところが大きいと聞いたのです。国王が独断で決めた事かと思っていたのですが……」
「それは……私の方でも多少は耳にしております。ルーファス国王と側近の者たちが強く前国王に訴えたと。確かに不可解ですな」
ゲーラー卿も顎に手を添えて、「ふむ」と考え込む。
「オフェリア姫の兄君は、他国と連携して帝国に攻め込む算段だったようです。ですが、他国は軍を動かさなかった。密約があったのではと、姫も疑っておりました」
「誠ですか?」
ゲーラー卿の表情に驚きの色が浮かぶ。それはつかんでいなかった情報なのだろう。
「オフェリア姫は進軍については関与していなかったので、軍議の席で誰がどのような発言をしたのかまでは分からないようですが」
「これは……少々問題がありますな。クラッセン様、これから陛下の執務室に向かわれるので?」
「ええ、そのつもりでした」
「では、私も参りましょう。その件は陛下のお耳にも入れておいたほうがいい」
すぐさま、ゲーラー卿は踵を返す。歩調が先ほどより速くなっていた。
皇帝の執務室を訪れると、扉を開いたエルマーが目を丸くする。
「ち……父上!」
「エルマー、陛下の御前だ」
「申し訳ございません!」
父であるゲーラー卿に窘められたエルマーは、慌ててお辞儀をして僕らを中に通してくれた。
「おおっ、イグナーツ。それにバルトか。二人が一緒にやってくるとは珍しいな」
だらけきった格好で書類にサインを入れていたカールが、頭を起こした。
「陛下、少々お時間をよろしいでしょうか。マルク王国の事で、ご報告したい議がございます」
「ほお。さては、そこのイグナーツが無理矢理に姫の唇を奪おうとして、平手打ちでもくらったか? 結婚前に破綻になるような事は控えろよ。また戦争になれば、攻め落とした俺の苦労が水の泡だ」
カールは冗談めかして言い、ニヤニヤしている。
「ふざけている場合じゃないんだ」
軽く溜息を吐いて、先ほどゲーラー卿にした話をカールにも伝える。
さすがに、カールも腕を組んで神妙な顔になっていた。
「他国と連携か……それが事実なら確かに見過ごせんな」
「ですが、実際にはどの国も軍を動かさなかった。結果、マルク王国は単独で帝国と対峙する事になったのです。どのような密約が結ばれていたのか分かりませんし、それが事実かどうかも今のところ不明ではありますが、今回の進軍の裏には別の意図があったのではないかと」
「それを画策したのが、国王となったルカーシュだと? 自分の国を敗戦に追い込んで属国になり、いったい何の益があるというのだ?」
ゲーラー卿とカールの会話を聞きながら、僕も考え込む。
確かにそうだ。でも、今回の戦争で利益を得たのはルカーシュ国王でもある。なにせ、責任は父王がとって退位。結果として玉座が転がり込んできた。他国と密約があるというのも、ルカーシュ国王が父親を説得するための虚偽である可能性もある。実際に密約を結んでいたのだとしたら、どこの国が主導していたのか。それに密約を結んでいたのが事実だとすれば、なぜ軍を動かさなかったのか。マルク王国が騙されたのか、あるいは――。
「思えば……オフェリア姫を帝国に嫁がせる件も随分あっさり決まりましたな」
「あの……姫を嫁がせる事は、帝国側から打診したのですよね?」
僕は顔を上げて、ゲーラー卿に尋ねる。
「いえ……それが、マルク王国側からの提案なのです。帝国に信用してもらうため、と申しておりましたが」
「マルク王国側から? つまり姫は祖国に売られたようなもの……という事ですか?」
眉間を寄せて尋ねると、ゲーラー卿は「そうなりますな」と頷く。
「姫が嫁いで来られる事は我が帝国にとっても利があります。ですから、断る理由もないと判断しました。オフェリア姫はルカーシュ国王の異母妹ですから、王国内では微妙な立ち位置であったようです」
それについては、すでに僕も知っている。オフェリア姫の母君は側室だ。それも、マルク王国の貴族出身ではない。あの黒髪と黒い瞳はそれによるものと聞いている。
「微妙な立ち位置……」
「オフェリア姫に引き合わされた時、私が一目惚れしたからというのもありますが……」
ゲーラー卿は澄ました顔で、いきなりとんでもない発言をしてくる。僕も彼の息子のエルマーも、「一目惚れ!?」と驚いて声を上げてしまった。
「ええ。実に美しい姫ではありませんか。王国に置いておくのはもったいないと思いまして」
それで、人質としての結婚を決めて帰ってきちゃったのか、この人は。それに巻き込まれた僕は、どういう顔をしていいのか分からなくなる。
エルマーは「父上……」と呆れていた。
豪快に笑ったのはカールだ。
「確かにその通りだ! おかげで、いい妻が見つかったのだ。よかったではないか、イグナーツ!」
「それはまあ、そうなんだけど……オフェリア姫の気持ちも考えてくれよ。そんな理由で連れてこられたなんて話せないぞ」
「奪ったものではない。マルク王国側が勝手に差し出してきたものだ。それを受け取る事に何の遠慮がいるものか」
「ええ、その通りです。我々が持ち帰ってきた宝石を、一番大切に扱っていただけそうな方の手に預けたのです。それを、どうなさるかはクラッセン様次第でございましょう」
この二人は、戦場でもこんな感じで適当に決めていたのだろうか。
今後が実に不安だ――。
「まあ、蔑ろにするつもりはないよ」
結婚相手として、オフェリア姫に不満があるわけでもない。むしろ、こうなっては他の誰かの手に委ねるほうが心配だ。
「では、私はマルク王国内の動きを探ってみるとしましょう。ルカーシュ国王の狙いについても調べて見る必要がありそうですな」
密約の証拠についても調べてくれるはずだ。もし、マルク王国が他国と連携して、帝国の領土を削る事を考えているのならば、先手を打っておく必要がある。
「イグナーツよ。かの国の姫は貴重な情報源だ。ご機嫌を取って、もう少し話を聞き出してこい。寝物語でもいいぞ?」
カールは頬杖をついて、ニヤッと笑う。
「無理に聞き出すようなことはしないよ? 彼女が祖国から裏切り者の誹りを受けるのは気の毒だ。それに、利用するような真似は気が進まない」
はっきり答えると、カールとゲーラー卿は顔を見合わせる。
「見ろ。得がたいだろう? こいつはこうやつなのだ。バルトよ」
「ええ、まさに〝掃きだめに鶴〟ですな」
「意味が分からない。とにかく、大事な事は報告したんだ。後の事はそっちで片付けてくれ」
外交的な事や情報収集は僕の仕事じゃない。僕は僕で片付けなければならない仕事は山積みだ。誰かさんが仕事を丸投げして、ピクニック気分で軍を率いて戦場に出かけていくせいでね。
◇◇◇
宮殿での仕事を終えて邸に戻り、晩餐後に領地からの報告書に目を通していると、部屋の扉がノックされる。もう、深夜近くで使用人たちも部屋に戻っている時間だ。家令か従僕だろうかと思いながら返事をすると、扉が少しだけ開く。
「あの……イグナーツ様、まだ起きていらっしゃいますか?」
小さな声が聞こえ、びっくりして立ち上がる。扉まで行くと、廊下に立っていたのはオフェリアだ。しかも、侍女も連れておらず寝間着の上にガウンを羽織っているだけの格好だ。
「いったい、どうしたの?」
「こんな夜分にお部屋を訪れるのは失礼な事であるのは承知しているのですが……お話をしたくて」
彼女は自分の手を握り締めて、ギュッと目を瞑る。
ここまで来るのは勇気がいっただろう。
「とにかく、中に入って……何か飲む? といっても、あるのはお酒くらいなんだけど。お茶か、温かいミルクを運ばせようか?」
夜でも待機している使用人はいる。頼めば運んできてくれるだろう。
「いいえ、おかまいなく!」
首を振る彼女を、とりあえず中に招き入れた。廊下に立たせたままでいるわけにはいかない。思わず廊下に誰かいないだろうかと確認してしまったけれど、本当に一人でやってきたようだ。
ソファーに座るように促し、ピッチャーのレモン水をグラスを注ぐ。お酒よりはまだいいだろう。それを渡して、僕も向かいのソファーに腰を下ろした。
「ありがとうございます……こんな時間に、お邪魔して申し訳ありませんっ!」
グラスを両手で持ったオフェリアは、恥ずかしいのか頬を赤くしていた。
「かまわないよ。驚いただけだから……ええっと、大事な話があるんだよね?」
「はい、晩餐の席ではお話しできなくて……」
何か言いづらい事なのか、彼女は下を向いてギュッとッ唇を引き結ぶ。
情報を聞き出せというカールの無茶な命令が頭を過る。さすがに、それはしたくない。彼女が話してもいいと思っていることならいいが、情報を得るために結婚をしたみたいに思われたくはない。それに、祖国のために敵国に人質覚悟で嫁いできた彼女に、祖国の情報を渡せというのは酷な話だ。
(やっぱり、それはなしだな……)
僕は水ではなく、グラスに酒を注ぐ。それをクイッと煽った。
「あの……話というのは……私の出自の事なのです」
「君の出自?」
「はい……結婚式前に、どうしても話しておかなくてはならないと思いまして。ただ、あまり人前で話すような事でもなく、このように夜分に押しかけてきてしまいました。本当に申し訳ありません」
「いいや、気にしないで。で、君の出自の事というのは?」
グラスを置いて尋ねると、オフェリアがゆっくりと顔を上げる。その表情は不安げで、迷っているように見えた。
「言いにくい事?」
「は……い……でも、お伝えしなければ。黙っているのは誠実ではないと思ったのです。私の母が側室であったのは、イグナーツ様もご存じの事と思います」
「ああ、うん……知っているよ。でも、それが?」
「母は……マルク王国の貴族の出ではないのです。母は……ヴァーナ族という部族の出身なのですっ!」
体を硬くして、オフェリアは何かものすごく重要な秘密を打ち明けるように声を震わせて言った。僕は少しポカンとしてしまって彼女を見つめる。
「え……」
それだけ?
「ですから…………私には人質としての価値はほとんどないのです!! もし、両国との間で戦争が再び起こるような事があったとしても、私のために兄は開戦を思いとどまるような事はしないでしょう。むしろ……私が戻らない事を望んでいるのです。それなのに…………イグナーツ様は私をマルク王国の姫としてもてなしてくださいました。ですから心苦しくて……それをイグナーツ様がお知りにならないまま、結婚してしまえば後悔なさるのではないかと思ったのです。ですから、早めにお伝えしておきたく……」
肩を小刻みに震わせるオフェリアの声がどんどん小さくなっていく。膝の上で握り締めている手に、滴がポタッと落ちていた。
「ちょっ、待って……オフェリア……」
「ですから、結婚の話はなかった事にしていただいても……っ!!」
「待って、落ち着いて!」
僕が慌てて話を止めると、彼女はハッとしたように顔を上げる。その目が潤んでいた。
「申し訳ありません……そうですよね。両国の決め事を勝手に破棄するわけには……ですが、私はどのような扱いをされてもかまいません。仕方ない事だと諦めてもいます! ですが……知らぬまま私との結婚を強いられてしまうイグナーツ様に申し訳なく……」
目を瞑ったオフェリアの頬を、大粒の滴が伝う。
「オフェリア」
僕が呼ぶと、彼女はビクッとする。そんな事を気にして思い詰めていたのか。僕は額に手をやって溜息を吐いた。僕はまるで彼女の事を分かっていなかったみたいだ。それに配慮もできていなかった。
「君がそのことを気にしていた事はよく分かったよ。だけど、君の出自が僕らの結婚に影響を与える事はないと思うよ?」
僕が苦笑いして言うと、彼女が目を見開いて僕を見つめてくる。
「…………もしかして、ご存じだったのですか?」
「うん、そりゃね。それくらいの情報はちゃんと調べてあるよ。特に秘密にされてきた事でもなかったんだろう?」
「はい……マルク王国の王宮では、誰もが知っていた事です」
「だったら、別に隠していた事でもないじゃないか。君の母上が貴族でなく山岳部族の出だとしても、君がマルク王家の血を受け継いでいるのは事実だろう?」
「は……はい……それは確かです」
オフェリアは頬の涙を拭って頷く。ちょっと涙声になっていた。
「なら、問題ない事だよ。大事なのは、王家の血を引く君が帝国に嫁ぐって事だからね」
「イグナーツ様は……お気になされないのでしょうか?」
「君の母親がヴァーナ部族の族長の娘だったという事? 気になるといえば、気になるかな?」
「やっぱり……そう…………ですよね」
オフェリアは声を小さくして、また下を向こうとする。
「ああ、違うんだ。気になるっていうのは、血筋とかじゃなくて……君の母上が生まれ育った部族の集落がどんな場所なのか見て見たいって事。僕もあまり詳しくはないんだけど、狩猟をして羊や山羊を育てて暮らしているんだよね?」
僕が慌てて言うと、オフェリアがパッと顔を上げる。その頬が朱に染まっていた。
「イグナーツ様は、よくご存じなのですね」
「いや、本で読んだ事があるくらいだ」
実は彼女の母上の事を知って、宮殿内の図書室で調べただけなんだけどね。あまり詳しい事は分からなかった。ただ、部族の男たちは勇猛な戦士だとは書かれていた。つまり、その程度の付け焼き刃の知識しかない。
「私も母の生まれ育った集落には行った事がありません。祖父や祖母に会った事もないのです。ですから、母から聞いた話しか知らないのです。イグナーツ様のおっしゃる通り、狩猟を得意としていると聞きました。女性たちは羊の毛で作った織物や絨毯を売って、収入にしていたようです。ですが……王国内では山岳の部族民はあまりよく思われていなくて……」
だから、彼女の王宮内での立場も微妙なものだったというわけか。彼女の兄のルカーシュ国王が、妹を帝国に簡単に差し出したのも、彼女が山岳部族民の血を引いている異母妹だからだろう。
そして、そのことを気に病んで、彼女は夜中に僕の部屋に突撃してきてしまったと――。
僕が彼女の血筋の事を知らないで、結婚後に騙されたとか騒ぐと思ったのか? あるいは、結婚破棄されると思った? そんな不誠実な男に見えたかな?
「君の話はよく分かった」
「失望……させてしまいましたよね?」
彼女は不安そうに僕の顔色を伺う。僕は笑って肩を竦めた。
「君が恥じる事なんて一つもないじゃないか。むしろ、マルク王国に行った時に、行くところが増えたくらいだ。君の母上の生まれ育った集落に行ってみたいと思わない?」
「ヴァーナ部族の集落にですか!?」
オフェリアはびっくりしたように聞き返す。そんな事は考えた事もなかったような顔だ。
「君の祖父や祖母がまだご健在かもしれないだろう? ご挨拶しなくちゃ」
僕は空になったグラスにお酒を注ぐ。それを揺らして微笑んだ。むしろ、彼女の兄のルカーシュ国王に会うよりよっぽど刺激的で面白そうだ。それに、どんな場所なのかも見て見たい。
「歓迎してもらえるかな?」
僕が首を傾げると、オフェリアがフッと表情を緩める。
あっ、ようやく笑った。
硬い表情が抜けた彼女は、年相応に少女らしくて愛らしさが増して見える。
「分かりません……私も初めて行くので……でも、行ってみたいです」
「じゃあ、新婚旅行の行き先は決まりだな。帝国で一番高くておいしいお酒を持っていこう。そうすれば、村に入る前に追い出されはしないさ」
「どうして、お酒なんです?」
「お酒はみんなの心を開かせるからだよ」
冗談めかして言うと、彼女は口元に手をやって小さく笑う。
「君も飲む? カールからもらったお酒なんだ」
「それなら……ちょっとだけ」
僕は新しいグラスを用意して、少しだけお酒を注いだ。彼女はグラスを取ると、目を瞑ってコクッと飲む。
「…………美味しいです。フルーツの風味と甘みが感じられて……」
「そうだろう?」
笑って、彼女の空になったグラスにもう少し多めに酒を注いだ。僕は頬杖をついて、お酒を美味しそうに飲み干す彼女を眺める。ほんのりと頬が色づいている。
「…………心配だった?」
「…………はい。嫌われるかもしれないと思って……」
「僕に?」
「はい……でも、安心しました……イグナーツ様で……よかったです……」
彼女はフニャッと笑うと、コテッとソファーに横になってしまった。どうやら二杯飲んだだけで、酔いが回ってしまったらしい。グラスが転がりそうになっている。僕は慌てて立ち上がり、彼女の手からグラスを抜き取った。
「困ったお姫様だ」
さて、どうしようかと、グラスをテーブルに置いて考える。このままソファーで寝かせておくわけにはいかないだろう。僕は「失礼するよ」と断って、彼女の華奢な体をよいしょと抱え上げた。




