二度目の結婚式
麓に通じる道は、土砂と石に埋もれてしまっていた。撤去するにしても、数日はかかるだろう。これでは女性や子供だけを麓に村に避難させるというわけにはいかなくなる。
問題となるのは、その間の食料と水だ。川の水は大雨のせいで土砂が混じっているから、飲み水にはできない。井戸が無事である事を祈るしかない。
「迂回できる道はないのか?」
僕が尋ねると、ラデクは首を左右に振る。
「麓に通じる道はここだけだ。他は崖を登って進むしかないけど、危険だから今は使われていない」
聳える崖は見るからに足場が悪そうで、落ちれば無事ではすまなそうだ。
あんな所を登っていけるのは山羊くらいだろう。
「それなら、この土砂を撤去するしかなさそうだ」
この場にいるのは、僕とラデク、それに若い兵士が二名だけだ。この人数では、とうてい足りない。
「村に戻って人を連れてくる」
ラデクがすぐに引き返そうとする。僕は道を塞ぐ大きな石を見上げる。一番大きな石は僕の背丈くらいはあるから簡単に動かす事なんてできないが、その周りは比較的小さい石ばかりだ。
「ちょっと手を貸してくれ」
僕はラデクと兵士に声をかけて、抱えられるほどの石を撤去する。
「おい、崩れたらどうするんだよ!」
「その時には君が掘り起こして助けてくれると信じているとも」
僕が暢気に笑って言うものだから、ラデクは「ハァ!?」と呆れたように声を上げた。
「バカ、知らないぞ!」
「……もう少しで通れそうなんだ」
兵士たちはラデクの顔色を伺いながらも、そばにやってきて石を退ける作業を手伝ってくれる。それをイライラしたように見ていたラデクも側にやってきた。
手を貸してくれるんだなと、僕は彼の顔を見てフッと笑う。
「なんだよ……仕方ないだろ!」
「ああ、君はいいやつだって知っていたよ」
僕が髪をクシャクシャに撫でてやると、ラデクは憮然としてその手をはね除けた。
穴は窮屈そうだけれど、這って進めば通れないわけではなさそうだ。
僕は身をかがめて、頭を突っ込む。
通り抜けている間に、土砂や石が崩れてこないといいけど。
そう思いながら進んでいくと、ようやく向こうに抜けられた。
「通れそうだ」
僕よりも小柄なラデクなら、余裕で通れるだろう。
彼は意を決したのか、僕と同じように穴を通ってこっちにやってくる。
ラデクが腕を出した所で、グイッとその体を引っこ抜いた。お互いに泥塗れのひどい格好だ。
「君たちはそこにいてくれ」
僕は穴を覗いて、向こう側にいる兵士に伝える。彼らは武具を着ているから引っかかってしまう。
そろそろ、夕日が沈み始める頃合いか。
雨雲に覆われていた空は雲が消え、鷹の鳴き声が聞こえてきた。
見上げると、一羽の鷹が飛んでいる。その姿に安堵を覚えた。
ずっと鳥の姿を見なかったから。
琥珀色の日が眩しくて、目を眇める。
「ひとまず、麓の村に下りて食料だけでも調達してこよう」
僕は同じように空を眺めていたラデクの肩を叩いてそう言った。
「ラデク様!」
声がして振り返ると、若い兵士二人も穴を通り抜けてやってくる。
武具は脱いで置いてきたのだろう。腰の剣も外している。
「なんで、お前たちまで来るんだ!」
「俺たちはラデク様の護衛ですから」
「そうです!」
二人とも泥のついた顔でニカッと笑う。
「いい従者に恵まれているじゃないか」
僕がそう言って笑うと、ラデクは恥ずかしかったのか「行くぞ!」と背を向けていた。
幸いに、土砂が崩れている場所はここだけのようで、その先の道は通れそうだ。
下から上がってくる人影があった。ロバが荷車を引いている。
その一団と共にやってくるのはオフェリアだった。
彼女は僕の姿を見ると、「イグナーツ様!」と安堵の混じる声を上げて駆け寄ってくる。
「オフェリア!」
僕は両腕を広げて胸に飛び込んでくる彼女を抱き締めようとしたけれど、自分が泥塗れだと気付いて、「待って!」と声を上げた。手を前に出して、それ以上近付こうとする彼女を慌てて止める。
「今、見ての通りの格好だから!」
抱きつかれたら、彼女の服まで泥塗れにしてしまう。
それなのに、オフェリアはかまわずに飛びついてきた。首に腕を回して僕の頬に強く唇を押しつける。
その柔らかな感触にポーッとなりそうだったけれど、呆けている場合じゃない。
ラデクが顔をしかめているじゃないか。若い兵士は赤くなって、サッと視線を逸らす。
僕は彼女の体をすぐに引き離そうとしたけれど、腕は頭よりも欲望に忠実で、彼女の肩を抱き寄せて離さない。オフェリアも僕の服の汚れなんて少しも気にせず、むしろギュッとつかんでもたれてくる。
「無事でよかった……村でも大きな揺れを感じたから心配で」
「それで、迎えに来てくれたの?」
「はい。村の人たちも協力してくれたんです」
オフェリアは僕を見上げて安堵したように微笑む。
「おーい、無事か!」
麓の村のおじさんたちが、坂道を上がってくる。
よく見れば、荷車を引いているのは〝うち〟のロバだ。
いや、うちのってわけじゃないな。あのロバは村の人から借りているロバだ。
「救援に来てくれたのか……」
ラデクが驚いたように呟く。その目にジワッと涙が滲んでいた。
僕はそれを見て笑みを浮かべてから、おじさんたちに手を振った。
「みなさん、ありがとうございます。助かりました!」
「道が塞がれちまっているのか。もっと人を呼んでこないとダメだな」
おじさんが道を塞ぐ大きな石を見上げる。
すぐに後からやってきた若者に、村に人を呼びに行かせていた。
「とりあえず、食料と酒を運んできた。怪我人はいるか?」
「避難が早かったのでみんな無事です。食料を保管している倉庫が潰れてしまったので、困っていたところなんです」
「このお嬢さんに頼まれてな。ヴァーナ族の村とは、昔から交流がある。俺の爺さんも、ヴァーナ族の出なんだ。だからまあ、親戚みたいなもんさ。困ったらお互い様だ」
おじさんは荷車に積んでいる食料の入った麻袋を軽く叩く。
あの麓の村も、そう豊かな村ではなさそうだったのに、みんなが食料を出し合ってくれたのだろう。
僕までジーンとしてしまったくらいだから、後ろにいるヴァーナ族の若い兵士二人は涙腺が崩壊してしまっていた。
ラデクが進み出て、「俺は族長の息子のラデクと言います。村を代表して心から感謝を」と頭を下げた。
「この恩は決して忘れません」
「族長の息子? そいつは頼もしい事だ。俺は村で村長をやっている者だ」
この大柄なおじさんが、村長だったのか。しかも、わざわざ自ら救援にやってきてくれたとは。
ラデクも驚いていたけれど、頭を上げてしっかり握手をかわす。
「必要なものあったら言ってくれ。都合できるものは用意する」
「それなら、頼みがあるんです。村が復旧するまで、継続的に食料をや物資を調達してきてもらいたい。もちろん、十分なお金はこちらで用意します。そちらの村の食料も不足する事がないように、そのお金を使ってもらってかまいません。それと、しばらく人手を借りたい。その雇賃もこちらで用意します」
取り上げられた荷物が戻ってくれば、とりあえず手持ちの金貨でどうにかなるだろう。
不足するなら、ゲーラー卿に手紙を送るまでだ。
「それはかまわねぇし、むしろ雇賃をもらえるなら俺たちの村の連中も喜ぶだろう。なにせ、仕事もろくにないような村だからな。けど、いいのか?」
「ええ、こう見えて……そこそこお金は持っているんです」
僕は控えめにそう言っておいた。
家の資産は、この国の国家予算より多いなんて言っても、嘘くさいと思われるだろう。
「おいっ!」
ラデクが焦って僕の腕をつかみ、おじさんたちに聞こえないように声を潜める。
「お前に借りを作るつもりなんてない!」
「貸しだなんて言うほどの金額じゃないよ」
村の復旧の費用くらい、微々たるものだ。ただ、やはり手持ちのお金程度では足らないかもしれないから、ゲーラー卿に頼んだほうがいいだろう。どちらにしろ、復旧の目処が立つまでは帰れそうない。
なにせ、僕は村に戻ったらまた捕まって、素敵な洞窟暮らしが待っているかもしれないのだ。
手紙を送って、事情を伝えておいたほうがよさそうだ。
「だけど、俺たちはお前に……」
ラデクは言葉を飲み込んで下を向く。その頭にポンと手を載せてから、僕は村長を見た。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
「任せておけ。食料は他の村にも声をかけて調達する」
村長は荷車を止めると、村の人達に周囲の木を伐るように指示を出す。
道を塞ぐ大きな石はすぐに撤去できないため、登るための梯子を用意するつもりのようだ。
そのための斧やロープといった道具も荷車に積んである。さすがに準備がいい。
食料を受け取って村に戻る頃には、すっかり暗くなっていた。
村の入り口には篝火が焚かれている。
オフェリアは麓の村に戻ってもらおうと思ったけれど、「私ももちろん、イグナーツ様と戻ります!」と言い張られて、強くダメとは言えなかった。
なぜか村の人達に総出で出迎えられる。いったいどうした事だろうかと困惑していると、族長と、オフェリアの祖父のフベルト老人がやってきた。
「改めて村を救ってくれたこと、族長として感謝する。それと、今までの非礼を詫びさせてほしい」
あの厳めしい顔の族長が頭を下げたものだから、僕らだけではなく息子のラデクまでびっくりしていた。
これってつまり、もう洞窟暮らしをしなくてもいいと、受け取っていいのかな?
「オフェリアを無理に結婚させるのをやめてもらえるなら、僕に対する非礼は水に流すとも」
「いいえ、ダメです!」
オフェリアが前に出て、珍しく強い口調で言った。
「その程度の謝罪で済まさないでください。イグナーツ様を牢に入れた事、私は許しません!」
叔父のジルカを、オフェリアは強い瞳で見据える。
周囲の村人たちもざわついている。
ジルカはオフェリアをジッと見てから、僕の方を向いて膝をついた。
「申し訳なかった。許されるなら、私は族長の地位をあなたに譲ろう」
その言葉に、村人や兵士たちの間に動揺が広がる。
ラデクが「父様!」と、声を上げた。
「これはけじめだ。私は族長として判断を誤ったのだから、責任を取らねばならない」
さすがにこの対応はオフェリアも予想外だったようで、目を見開いている。
全員の視線が僕に向けられていた。状況についていけていないのは、どうやら僕だけのようだ。
「…………え? 族長?」
ほうけたように尋ねると、祖父のフベルト老人が前に出る。
「長老たちの許可も得ている。そなたが望むのであれば、正式にオフェリアとの婚姻を認め、族長の地位を与えると申しているだ。異議を申し立てるものは、この村にはおるまいよ」
ジルカを見れば、膝をついたまま静かに頭を垂れている。
それは、この人も納得しての事だろうか。
ラデクはギュッと目を瞑って、言いたいことを飲み込むように唇をきつく結んでいた。
「いやっ、ちょっと待ってくれ」
僕は額に手をやって、慌てて話を止める。
このままでは、本当に族長にされそうだ。
「不満かな?」
フベルト老人が、年齢を感じさせない力強い光を宿した目で僕に向ける。
「オフェリアとの結婚を認めてもらえるのは、もちろん喜ばしい事だ。けれど、いきなりどうして、僕が族長になるんだ? 残念だけど、僕らは村に永住するわけじゃない。ただ、結婚の挨拶にちょっと寄っただけなんだ。族長の地位を押しつけられても困る。僕としては謝ってもらっただけで十分だ」
「…………私も、そこまでしていただきたいとは思いません」
オフェリアも静かに答える。納得はしてないという顔だ。
「では、二人の子が生まれるまでの間、わしが族長代理を務めようではないか。それでどうだ?」
フベルト老人がそんな提案をしてくる。
村人たちも、「それはいい!」と口々に言って頷いていた。
いや、いいわけがないだろう!
期待のこもった眼差しを向けられても、すごく困るんだよ。
僕は溜息を吐いて、ラデクをチラッと見る。
いったい、大人たちは何を考えているんだか。
「それもお断りだよ。僕らの子供は家の跡継ぎにすることになっているんだから。それに、族長にはもっと相応しい者がこの場にいるじゃないか」
僕はラデクの肩を軽く押して言った。
よろめくように前に出たラデクが、「俺は……!」と言葉を詰まらせて振り返る。
ジルカが「ラデク……」と、息子の名前を小さく呼んだ。
次に族長になる者は、最初から決まっている。
「村を救ったのは、僕だけじゃない。彼の協力と判断があったからだ。そうでなければ、みんなを救えなかった。それなのに、他に誰が次の族長になるというんだ? 立派な跡継ぎがいるじゃないか。それを差し置いてよそ者の僕が族長になるなんて、誰も納得しないはずだよ?」
僕は「そうだろう?」と、ラデクを見てニコッと笑う。
そもそも、僕はヴァーナ族じゃないんだからその資格はない。
ラデクは泣きそうな顔を一瞬見せてから、祖父と父と向き合う。
「爺様、父様……俺は未熟者です。ですが、族長として認めてもらえるように、しっかり励むつもりです。どうか、俺に村の将来を任せてほしい。お願いします!!」
「僕からも推薦させてもらうよ。彼が一人前になるまでは、やはりあなたが村を支えるべきだと思う」
僕は膝をついたまま目を伏せて考え込んでいるジルカに、そう言った。
ジルカは目を開いて僕を見上げると、ようやくゆっくり立ち上がる。
「……いいや、言ったからには、族長の座は下りる。村の者たちや長老たちの了承が得られるなら、息子にその地位を譲ろう。私は父と同じく、補佐役として村と息子を支えていくことにする」
静かにそう言うと、ジルカは息子と向き合う。
「お前も、もう成人になってもおかしくはない歳だ。背負えるな?」
「はい…………!」
ラデクは堪えきれないように涙を滲ませながら、しっかりした声で返事をしていた。
「村の復旧が終わったら、すぐにでも新しい族長の就任式を行う!」
ジルカは息子の肩に手を載せ、集まっている兵士や村人たちに向かってよく通る大きな声で宣言する。
わっと歓声が上がっていた。
「そなたらの婚礼も盛大に行わねばならんな」
祖父のフベルト老人が僕らのそばにやってきて、そんな事を言い出す。
「ええっ、また婚礼!?」
僕がうろたえて声を上げると、周りから笑い声が起こった。
オフェリアは恥ずかしそうに赤面して下を向く。
「早急に中断してしまった婚礼の準備を整え直さねばならないな」
ジルカまでフッと笑っていた。
断れない雰囲気に、僕は頭に手をやって明るい夜空を見上げる。
「まあ、いいんだけどね……」
オフェリアとの結婚式なら、何度でも大歓迎だよ。
◇◇◇
それから三日後、復旧が進められる中で僕らの結婚式が行われた。
しかも、ヴァーナ族の村人だけではなく、復旧の手伝いに来てくれていた麓の村の人達までお祝いに来てくれたものだから、かなり賑やかな式になった。
衣装は村の女性たちが急いで仕上げてくれたものを着る。
族長の館の広間で正座して待っていると、オフェリアが女性たちに連れられて姿を見せる。
伝統的な華やかな婚礼の衣装を纏っている彼女に、誰もが溜息を漏らしていた。
前に着ていた婚礼衣装は、逃亡中に彼女が薪がわりに燃やしていた。
その時の事を思い出して、笑いをかみ殺す。
あの時の衣装より、今着ている衣装の方がずっとオフェリアに似合っている。
並んで座った彼女に、「すごく綺麗だ」と囁いた。
赤い紅を塗った唇がぽってりしていて、つい目がいってしまう。
オフェリアは恥じらうような微笑みにを僕に向ける。
両側に並んでいる村人たちが楽器を奏で、お酒や料理が運ばれる。復旧が終わっていないのだから、質素で簡単なものでいいと言ったのに、村の人達は随分と頑張って用意してくれたようだ。
女性たちが舞踊を披露してくれるのを見ながらお酒を酌み交わすうちに、賑やかな声が上がっていた。
僕もオフェリアも、次から次にお酒を注がれるから、飲みきれない。酔い潰れそうだった。
男たちまで半裸になって踊り始める。外の広場でも村の人達が大騒ぎしているようだ。
「兄様」
酒器を持ってやってきたラデクが、僕の正面に座って畏まったように呼ぶ。
この数日で、顔つきが随分しっかりしたように見えた。
「兄様? いきなりどうしたんだ?」
「そう呼ばせてください。兄様、姉様、結婚お祝い申し上げます」
ラデクは正座したまま、丁寧に頭を下げる。
「ああ、ありがとう。村の復旧の方はどう?」
復旧を主導しているのは、ジルカさんじゃなくてラデクだ。
ジルカさんは宣言した通り、ラデクに族長の地位を譲るつもりで、今から多くの仕事を任せている。
経験を積ませたいのだろう。
「麓の村の人達が協力してくれたおかげで、道ももうじき通れるようになりそうです」
小さな陶器の器に、ラデクがお酒を注いでくれる。それを受け取り、強めのお酒を口に運んだ。
水のように澄んだ透明なお酒だ。この集落で作られている特別なお米のお酒だと聞いた。
地震の被害には遭わなかったようでよかったよ。
「それはよかったよ。君は本当に優秀だ」
「それは、兄様の功績です」
「倉庫から食料を運び出すように指示を出していたのも、君じゃないか」
おかげで、村の食料の大半は被害を免れていた。あの騒ぎの中で、よくその判断ができたものだと感心する。てっきり、倉庫と一緒に食料も潰れてしまったかと思っていたから。
ラデクのおかげで、思っていたよりずっと早く復旧できそうだ。
「兄様は道が通れるようになったら、帰ってしまうんですか?」
「うーん、どうしようか、オフェリア。あまり長居しては復旧作業の邪魔になるかな?」
「そうですね。村ももう大丈夫そうですし」
結婚式もしてもらったんだ。早めに帰るかな。
「村に滞在する新居も用意したんです。もう少し村にいてくれませんか!?」
ラデクが真剣な顔で詰め寄ってくる。
「それはいいんだけど……僕らがいなくても、もう大丈夫そうじゃないか?」
復旧のために必要な当面のお金は預けてある。
「いいえ、まだ村は復旧の途中です。お二人がいてくださる方が、村の者も安心します」
「君やジルカさんや、フベルト爺様もいるんだから、僕らがいなくても安心していると思うよ?」
「兄様は村の英雄なんですよ!」
「英雄!?」
いつの間に、そんな話になっていたんだ。
「お願いします。もう少しだけいてください。俺もそうしてほしい」
「君にそこまで頼まれては、断れないな」
その途端、ラデクがパッと顔を輝かせる。
「なんだ、僕がいた方が嬉しいのか? 最初はあんなに邪険にしていたじゃないか」
からかうように言うと、ラデクは「それは、言わないでください」と恥じ入るような表情を見せる。
僕もオフェリアも顔を見合わせて笑った。
宴の席はますます賑やかになっていて、村人たちが入れ替わり立ち替わり、挨拶に訪れる。
道理で、みんな妙に熱い眼差しを向けてくれると思ったよ。
なるほど、あれは村の英雄を見る目だったのか。妙にむず痒い。
◇◇◇
夜遅くまで宴会は続き、僕らは村の人達が用意してくれた新居に戻る。
部屋には寝具が整えられていて、灯りが灯っていた。僕らはすっかり酔っ払って、フラつきながら倒れ込むように寝具に横になる。無意識にオフェリアをギュッと抱き寄せていた。
なんだか妙におかしくて笑う。これはかなり、飲み過ぎたな。
「イグナーツ様…………?」
僕の顔をオフェリアが夜空みたいに綺麗な瞳で覗き込んでくる。その瞳も、酔っているせいでトロンとしていた。僕は赤くなっている彼女の頬に両手を添える。
熱い……。
いや、熱がこもっているのは、僕の手の平の方か。
心臓がドクドクしているのはお酒が回っているせいか、それとも彼女の顔が近いせいか、もう分からなかった。そんなことは、どちらでもいい。
僕は彼女を見つめて、紅を塗った柔らかな彼女の唇を親指でなぞる。
指先に赤い色がついていた。
フニュッとした感触を楽しむように何度か指を往復させていると、オフェリアが目を伏せる。
その唇から艶のある吐息がこぼれていた。
そういえば、何か大事な事を忘れている気がする。
なんだっけ? 頭がうまく働かなくてぼんやりしている。
ああ、そうだ。
僕は彼女の頭を引き寄せて、彼女の唇に自分の唇を重ねる。
指に感じていた柔らかな感触を唇で楽みながら、手の位置をずらして彼女の肩に触れる。
結婚式の後は初夜なんだっけ。
すっかり、タイミングを逃していたな。
結婚式の豪華な衣を無意識に脱がそうとした僕は、急に頭がはっきりしてガバッと起き上がった。
オフェリアがびっくりしたように目を開く。
二人とも酔いが冷めたみたいな顔をしていた。
「いやいや、酔っ払ったままなし崩しはよくない!」
僕は思わず額を押さえて呻いた。
危うく、朝目が覚めたら記憶がないまま、二人とも裸で転がっていたなんて醜態を晒すところだった!
オフェリアは瞬きすると、プッと笑う。
おかしくてたまらないと言うように、彼女は僕の胸に顔を埋めて笑い続けていた。
その肩を抱き寄せて溜息を漏らし、そのままゴロンと仰向けに転がる。
「こうなったら、帝国に戻って結婚式をするまで我慢するぞ」
「きっと、その時も今日みたいに酔っ払っていると思いますよ?」
「ああ、そうだね……みんな僕らを祝うふりをして、邪魔をしてるんじゃないかと思うよ!」
彼女はかわいらしい笑みを浮かべて、熱のこもる瞳で見つめてくる。
僕はその顔を思わず両手で覆って隠した。
「誘惑しないでくれ……理性が今にも弾け飛びそうなんだ」
オフェリアはやっぱり酔っているのか、僕の胸にもたれて笑う声を抑えている。
深く息を吐いて、彼女のサラサラの髪を撫でた。
結っていた髪が解けてしまっている。
その髪に絡まる髪飾りを一つずつゆっくり外していく。
耳飾りも、それから首飾りも。
細い彼女の項に手を回して慎重に外す。
いつの間にか笑うのをやめていたオフェリアと、視線が交わる。
ドクンと心臓が鳴って、僕はもう一度、彼女の唇に深くキスを落とした。




