親族
イグナーツと離されて、族長の館に連れて行かれたオフェリアは、広い板間で、祖父のフベルトと向き合っていた。その息子であり、オフェリアの叔父に当たるジルカに族長の座を譲って隠居しているが、壮健そうで少しも衰えは見えない。
族長であるジルカは母の兄だ。オフェリアたちをここまで連れてきた馬上の男がそうだったようで、今は祖父の隣に座って控えている。まだ若々しく、美丈夫といっていい顔立ちの人だった。
ヴァーナ族の長老や重役たちが脇に並んで、小声でヒソヒソと話をしていた。円座に座ったオフェリアは、背筋を伸ばし、毅然として祖父を見る。母の親族と会えるのを心から楽しみにしていた。無理をして、イグナーツに付き合ってもらって、ここまで旅をしてきたというのに。
膝の上でそろえた手を無意識にきつく握る。女性が運んできてくれた茶と菓子に手をつける気にもならない。
「そなたの母の手紙は、読ませてもらった」
祖父が口を開く。オフェリアを見る目には、あまり優しさを感じられない。周囲の反応も喜びより、困惑の色が濃かった。歓迎されていないだけならまだいい。ここにいる者たちは、イグナーツを連れて行った。
「ルーラの娘だというのは間違いないようだ。確かめるまでもなく、そなたは母の面影がある。若い頃のあの子によく似ている。ルーラは達者か?」
「…………ええ、母は元気にしています。お祖父様によろしく伝えるように申し使って、ここまでやって参りました」
「そうか、よく来てくれた。歓迎しよう。我が孫よ。今宵は宴を催す。部屋も整えてあるから、ゆっくり旅の疲れを癒やすがいい」
「その前に、私の夫を連れてきてくださいませ。いったい、どこにいるのです? なぜ、引き離されたのか、理由を教えてください。もしや、あの方に何か非道な行いをしているのではないでしょうね? もし、そうであれば……」
「そうであれば、どうするというのだ?」
オフェリアの言葉を遮ったのは、母の兄であり族長のジルカだ。
その口調には皮肉が含まれている。
「許しません。絶対に……この集落の者全て。お祖父様であれ、叔父様であれ、私の敵です」
はっきり言い放つと、周りのざわつく声が大きくなった。「なんと、気の強い」、「随分な言い様ではないか!」と、不愉快そうな声が上がる。
オフェリアは叔父に鋭い視線を投げて、フッと笑った。
「私が最も大切にする方に危害を加えられて、大人しくしている道理がありましょうか? もう一度、言います。すぐにあの方を連れてきてください。無事を確認したらこの村を出ます。歓迎の宴など必要ありません。母の手紙はお渡ししたのです。これ以上、私がここに留まる理由もないでしょう」
「その気の強さ、母譲りのようだ。心配せずとも、お前が連れてきた男は生きている」
叔父のジルカが冷静な口調を崩さないまま答える。
「私の夫のイグナーツ様です。無礼な物言いは控えてください。叔父様」
「あの男の身の安全は、お前の態度にかかっていることを忘れない方がいい。あまり、駄々をこねるなよ。幼子でもあるまい」
「脅すのですか? 母の顔を立てて我慢していますが限界がありますよ。この場に連れてきてくださる気がないのであれば、結構です。自分で捜しに行きますから。では、失礼します。お祖父様。ごきげんよう。そして、さようなら。もう二度とお顔を見る事がないでしょうけれど。このような対面になったこと、非常に残念です」
オフェリアはスッと立ち上がり、部屋を出て行こうとする。それを阻止するように入り口に立つ兵士が立ち塞がった。
「勝手に出て行かれては困る。三日後にお前の婚礼を行おう」
叔父のジルカの言葉に、オフェリアは足を止めて振り返る。
「婚礼ですって? 私たちの結婚を祝福してくださる気があるとは驚きました」
「ああ、祝福するとも。ただし、相手はお前が連れてきた男ではないがな。そなたの夫となる男は、父と私が選んでやろう。新居と身の回りの世話する者も用意してやる。ようやく戻ってきた親族の娘だ。二度と王国などにやるものか!」
叔父のジルカは怒りの感情を見せて、床に拳を叩きつけ
青ざめて祖父を見ると、フベルトは腕を組んで目を伏せて沈黙している。
「何をおっしゃっているのか、理解できません。私はすでに結婚しているのですよ!? あの方が私の夫だと説明したではありませんか!」
「我が孫よ。私は娘を奪われた時に誓ったのだ。もう二度と、大切な親族を王国の者にはやらぬと」
祖父が深く息を吐いて答える。
「だから、あの方を私から引き離し、別の男と結婚しろと? なんと、勝手な……お祖父様は勘違いしていらっしゃる。イグナーツ様は王国の者ではありません。帝国の方です! 私は帝国に嫁いだのです」
オフェリアは我慢できずに、声を張り上げた。
周りにいた者たちが、「帝国だと!」と驚きの声を漏らす。
「帝国だろうと、王国だろうと、そう変わらぬだろう。一族の女は一族のものだ。そなたが自らの足で戻った以上、一族の掟に従ってもらう。これは族長として私が決めたことだ!」
叔父の怒鳴るような声に、オフェリアはグッと言葉を飲み込む。
頭が真っ白になりそうだった。
「ここに来たのが間違いだったようですね。それに、叔父様……いいえ、族長様。私はヴァーナ族の娘ではありません。今は帝国に嫁いだ帝国民です。私がこの村の掟に従う道理などありません!」
「お前がどう思うかは自由だが、ここではどうにもできまい。従わぬなら、そなたが連れてきた者がどうなるかよく考えた方がいいだろう」
叔父を睨み付けて、オフェリアはゆっくりと微笑む。
怒りを限界まで堪えた笑みだ。
「人質……というわけですか」
「そうとってもかまわない。生かしておいてほしいなら従順になれ。お前もヴァーナ族の血を引く娘だ。すぐにここでの暮らしにも慣れよう。そなたの結婚相手となる者は見目のよい、優れた男を選んでやる。お前も気に入るだろうよ。なんなら、お前に選ばせてやってもよい」
「どのような方を連れて来られたとしてもお断りです。私はすでに夫にこの心を預けておりますから。それに、ここの暮らしに慣れる事など一生ないでしょう」
吐き捨てた声が微かに震える。このような侮辱を受けた事など一度もない。マルク王国の王宮の離れにいた頃も、これほど腹を立てた事はないだろう。
「連れて行け。傷をつけるなよ」
叔父が片手を上げて兵士に命じる。「こちらに」と、触れようとしてきた兵士の手を、オフェリアは強くはね除けた。
「叔父様、お祖父様。私を夫と引き離すつもりなら、この集落に火を放ちます。たとえ誰の命を奪ってでも、あの方と共に逃げますから。もし、あの方に傷をつけようものなら、同じだけの傷をこの身に刻みます。首を刎ねるなら、自分の首を切り落としましょう。私の覚悟を侮らないでください。私は母の娘です」
背を向けて部屋を出ると、侍女と兵士に囲まれて廊下を歩く。
無性に泣きたいのを必死になって堪えた。
(イグナーツ様! 絶対に助けますから……どうか無事でいて…………!!)
◇◇◇
暇だ――。
ものすごく暇だ。やる事がなくて、脚腰を動かしてみたり、伸ばしたりしてみているけれど、それにもだんだん飽きてくる。食事は三食出てくるし、量は少ないけれど意外と味は美味しい。洞窟の中は涼しくて、コウモリと湿気さえ我慢すれば過ごしやすい温度だ。地面はゴツゴツして硬いけれど、まあそれにも慣れた。
この牢屋に閉じ込められて二日目だ。
慣れてきたけれど、なにせやる事がない! 話し合い手もいない!!
「オフェリア、どうしてるかな。僕と違って快適に過ごしているといいけれど」
呟いて、敷物の上に転がる。溜息をついてゴロゴロしていると、「おい」と不機嫌な声がした。
あれ、もう食事の時間?
のそのそ起き上がると、木の柵の前に料理の器と水のカップを持った少年が立っている。この少年の名前が、ラデクという事は分かった。入り口の兵士がそう声をかけていたのを聞いたからだ。
「やぁ、ラデク。そろそろお腹が減る頃だと思ったよ」
僕がにこやかに言って手を上げると、ラデク少年は呆れたように顔を顰める。
「お前……なんでそんなに寛いでいるんだよ。自分の立場を弁えていないのか!?」
「弁えているとも! だから、こうして模範的な囚人となれるように務めているんじゃないか。で、今日の食事はなに? 昨日の夜のお肉はおいしかったよ。あっ、もしかして君が作ってくれたとか?」
僕は木の柵まで移動して、彼から器とカップを受け取る。
ラデクの顔がカッと赤くなっていた。
「だったらなんだよ。仕方ないだろ。俺だって、お前の面倒なんてみたくないんだ。けれど、これも父様からの命令だから仕方ない。文句があるなら、その辺の苔でも食ってろ!!」
えっ、本当にラデク少年の手作り?
僕は器に目をやる。今日の食事は野菜と肉団子が入ったスープとパンだ。赤唐辛子が使ってあるようで、見た目も香りも辛そうだ。
「文句なんて一つもないよ! 毎日、食事だけが楽しみなんだ。そうか、君の手作りか。じゃあ、ありがたく食べないとな」
僕はその場に座って、さっそく食事を取る。
「今日はすげー辛くしておいてやったんだ。一滴も残さず飲み干せよ! そうじゃなきゃ、もう二度と食事は運んできてやらないからな」
ラデク少年が、偉そうな態度で顎をしゃくる。
スープを飲んでみた僕は、「うっ!」と口を押さえた。
「これは…………うまい!!」
かなり僕好みの辛さだった。肉や野菜の味がしみ出したスープに赤唐辛子の刺激が加わり、いくらでも飲めそうだ。肉団子は鶏が使われているのか、ふんわりとしていて柔らかい。下味がついているから、臭みが少しもなかった。レンコンやニンジンといった根菜に、香りの強い香草も入っている。
「はぁ!? なんで、平気で飲んでんだよ。いつもの倍以上、赤唐辛子を使ったんだぞ!!」
ラデクは驚愕の表情で、後退りする。
「この辛みがくせになりそうだ。よければ、おかわりももらえる?」
僕はすでに飲み干したスープの器を遠慮がちに差し出す。
「ねーよ……」
「それは残念。夕食もこれをお願いしたいくらいだ。今までのスープの中でも一番だな」
「なんで、気に入ってんだよ!」
ラデクは「信じられない図太さだ」と、額を押さえて呻く。
「あっ、そうだ。レシピを教えてくれよ。もちろん、ただでとは言わないからさ。邸に戻ってから、料理人にもう一度作ってもらいたいんだよ」
ポケットから取り出した銀貨を見せて頼む。僕をジロッと睨んだラデクは、不機嫌な顔をしながらも銀貨をつかんだ。
「生きて邸に戻れると思っているならおめでたいヤツだ。言っただろう。そのうちに、簀巻きにされて谷に棄てられる運命だって……」
「ああ、そうだっけ? でも、希望は持っているべきだろう?」
僕はニコニコして答える。
ラデク少年はグッと唇を閉じると、深く息を吐いて横を向いた。
その顔にはわずかな同情が滲んでいる。
「知らないようだから、教えてやる。あんたの連れは、明日、結婚する事になってる」
「は?」
言っている意味が分からず、僕は思わず聞き返した。
オフェリアが結婚? 結婚なら、もうすでに僕としているじゃないか。
「この集落の男と結婚させられるんだよ。父様と爺様がそう決めたんだ。今、長老達も集まって、誰と結婚させるか相談している。つまり、お前はもう用無しってわけだ。希望を失って残念だったな!」
「はあぁ!? オフェリアが他の男と結婚!? オフェリアがそんな事、了承するはずないだろ!」
僕はさすがに腹が立って、木の柵を両手でつかむ。
「あの人の了承なんて必要なもんか、父様と爺様がそう決めたんだ。それに従うしかない。それに……あんたっていう人質がいるから、あの人は断る事なんてできない。言われた通りに結婚するしかないんだ」
なんてことだ…………。
僕は力が抜けたように両膝をつく。そんな僕を哀れむように見て、ラデクは「じゃあ、教えたからな。恨むなよ」と背を向けて洞窟を出て行った。
僕を人質に、オフェリアに結婚を迫るだって?
そんな事、許せるわけがないだろう。
グッと唇を強く噛んで、拳を木の柵に叩き付ける。
「オフェリア…………」
彼女の身は安全だと思ったのに。
これが、この集落にいる者たちのやり方というわけだ。
よく分かったよ。
柵に額を押しつけて、僕は微かに笑った。
そういうつもりなら、遠慮はする必要はないよな?




