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大広間

 僕とオフェリアの結婚披露宴をこの城で行う事になったけれど、問題は会場だ。家令に案内してもらって、この城で一番広い大広間に向かう。


「フェリックス、君が僕の護衛をしてくれるのはありがたいけど、よかったのか?」

 昼間でも薄暗い廊下を歩きながら、後ろにつき従うフェリックスに尋ねた。

「今の私は公爵家の騎士団所属です。イグナーツ様の護衛も重要な任務ですから」

「そうかい? それなら遠慮なく頼らせてもらうよ。僕はこの通り、剣はあまり得意じゃないからね」

「ご冗談を」

 フェリックスはフッと笑みを浮かべる。冗談なものか。今、刺客がいきなり飛び出してきたら、きっと防ぐ前に刺されている。


「ところで、オフェリアはどうしている?」

「ルーラ様と居間で結婚式の相談をされていました。護衛もおりますし、心配ないでしょう」

「そう? それじゃあ、大丈夫だろう」

「お兄様!!」

 元気一杯な声と、パタパタと走ってくる足音に気付いて、僕らは立ち止まる。振り返った途端に、イヴァンが体当たりするように抱きついてきた。

「イヴァン殿下! お待ちください」 

 護衛の騎士が、遅れて走ってくる。


「イヴァン、走ると転けるよ?」

「お兄様の姿が見えたから、急いで追い掛けないと間に合わないと思ったんです。僕の足は短いんだもの!」

 純粋な瞳を煌めかせたイヴァンは、僕を見上げてニッコリ笑う。

 くっ、かわいいな。天使かな?

 でも、甘やかしてばかりではいけない。ここは義兄として、威厳のある態度を見せなければ。コホンッと咳払いして、緩みそうになる口元にグッと力を込めた。


「勉強をしている最中だろう? 抜け出すのは感心しないぞ」

「ごめんなさい。お兄様もお姉様も、結婚式の準備でお忙しいでしょう? 僕の勉強を見てくれる人がいないんだもの。お母様もお姉様とご相談があるみたいだし……」

 しょげたように言われて、「あっ、そうだった」と思い出す。


 僕もオフェリアも結婚式の準備にかかりきりで、イヴァンの勉強を見てあげる時間が取れていない。剣術の稽古だけは、騎士見習いの子たちと一緒に、ジャックに指導してもらっているはずだけど。


「それに、僕もお二人の結婚式の準備のお手伝いがしたいんです! きっと、役に立ちますよ? 僕は帝国には行けないから、結婚式に参加できないと思ってがっかりしていたんです。でも、このお城でやるときいて、すっごく嬉しかったんですから!」

 イヴァンは僕の服をつかんだまま、つぶらな瞳で見つめてくる。

 僕はあっけなく根負けして片膝をつき、イヴァンの頭を撫でた。


「ありがとう、イヴァン。君は優しいね。その気持ち、すごく嬉しいよ!」

 くすぐったそうに笑う義兄の愛らしい顔を見ていたら、僕の威厳なんてあっという間に吹っ飛んでしまった。


 勉強はいつでもできる。多少、サボったところで問題ないさ。

 僕だって、イヴァンくらいの年齢の時には、カールに引っ張り回されて勉強を抜け出していたものだ。あの頃、僕はカールの勉強相手として宮殿に連れていかれていたから。

 

 すっかり顔が緩んでしまっている僕を、フェリックスがなんとも言いがたい表情で見ていた。言いたい事は察するけれど、いいんだよ。僕らのために何かしたいというイヴァンのその気持ちこそが、大事なんだから。


「それじゃあ、手伝いをお願いしようかな。でも、危ない事はしないことはしないこと。ケガをしないように注意しないとダメだ。約束を守れるかい?」

「もちろんです!」

 いっそう嬉しそうな顔になったイヴァンは、元気よく返事をする。


 廊下の突き当たりに大きな扉があり、そこで家令が足止めた。

 ずいぶん年季の入った木の扉だ。

「こちらが大広間です。長年使われていなかったので、中がどのようになっているか……」

 家令たちも、ルーラ様やイヴァンと一緒にこの城に移ってきた。広い城内の全ての部屋を管理できていないのも仕方がない。この城はそれまで、廃屋同然の有様で放置されていたようだ。


「ああ、かまわないから見せてくれ」

 僕が言うと、家令はポケットから鍵を取り出して扉を開ける。途端に埃っぽいにおいが廊下にまで漂ってきた。中はかなり広いけれど、窓は木板で塞がれているから薄暗い。

 大きなシャンデリアは、巨大な繭かと思うほど蜘蛛の巣が張っている。物置がわりに使われていたようで、古い家具が布をかけられた状態で置かれていた。

 脚が壊れて傾いた長テーブルの周りに、椅子がいくつも積んである。

 カーテンにいたっては、経年の劣化によりほぼボロ切れ状態だ。

 予想以上にひどいな。できれば、修繕したいがそれには時間がかかる。


 急にシャンデリアが揺れたからビクッとして上を見れば、コウモリが突然の光に驚いたようにバタバタと飛んでいた。

「わぁ、お化け屋敷みたいですね!!」

 イヴァンが率直な感想を口にする。うん、まったく同感だ。


「いかがいたしましょう?」

 家令がおずおずと僕を見て尋ねた。

「うーん……他に使えそうな部屋はないんだよね?」

「こちらが一番広い部屋になります。その他でしたら、食堂がございますが」

 食堂では、それほど大人数は入れない。この城にいる駐在員の他に、騎士たちにも出席してもらうつもりでいる。百人以上が入れる場所でないと無理だろう。エントランスホールを使うというわけにもいかない。


「となれば、ここを何とかして片付けるしかなさそうだな」

 僕は額に手をやって溜息を吐き、上着を脱いで家令に渡した。

 シャツの袖をまくっていると、「公爵様が直々に掃除なさるのですか!?」と家令がうろたえる。

「城の使用人たちは、ただでさえ忙しいんだ。余計な仕事を増やすわけにはいかないよ」

 滞在する人数が増えて、数少ないメイドたちも部屋の掃除や食事の準備、洗濯などで大忙しだ。手が足りていない状況なのに、集めて掃除を命じるわけにはいかない。


「そのようなことを公爵様にさせたとあれば、私どもがルーラ様にお叱りを……」

「それは大丈夫。君たちに迷惑がかからないように、ちゃんと言っておくから。ゲーラー卿が来てくれたおかげで僕は手が空いているし、自分たちの結婚式なんだ。準備くらいは当然やるとも」

「私も手伝いましょう」

 フェリックスが申し出てくれる。「僕もお掃除します!」と、イヴァンが手を挙げた。


「フェリックス、イヴァン、ありがとう。お願いするよ。僕一人じゃちょっと大変そうだからね」

「公爵様、いけません。今すぐに他の使用人たちを呼んでまいりますので!!」

 とんでもないとばかりに、家令が首を振る。

「ああ、そうか。そうだな……イヴァンに頼むのはさすがに、ダメだよね」

 この国の立派な王族なんだから。それに、けっこう大変な作業だから、小さなイヴァンはケガをする可能性もある。釘とか落ちていたら危ないから、他の仕事を頼む方がいいかも。


「お兄様、僕だけ仲間はずれは嫌です!」

 イヴァンが僕の手を引っ張る。

 僕は「うーん」と、悩んで大広間に目をやった。

「じゃあ、こうしよう。騎士見習いの子たちに、声をかけてきてくれるかな? 掃除を手伝ってくれたら、特別手当を出そう。もちろん、イヴァンにもだよ」

 僕が身をかがめて言うと、イヴァンは「はい!」と大きく頷く。


 走り出そうとしていたけれど、僕に注意されたことを思い出したのか急ぎ足にかえて、廊下を引き返す。イヴァンや騎士見習いの子たちには、簡単な仕事を手伝ってもらうとしよう。


「閣下……お願いでございますから、私どもに、お任せくださいませ!」

 家令が泣きそうな顔をして、そう訴えてきた。

「僕だって、掃除くらいできるよ。そのくらいのことで、君たちがクビになる事はないから安心してくれ。かわりに、掃除道具を貸してもらえるかな? それと、ここにある家具を全て外に出すから、必要なものと、処分する物は仕分けてほしい」

「はい、それはもちろん。手が空いている男を集めてまいります。掃除道具はすぐにお持ちいたしましょう」

「うん、頼むよ。手伝ってくれた人には、同じように特別手当を出すから」

 もちろん、フェリックスにもだ。これは彼らの本来の役目ではないんだから。

「それでしたら……おそらく、城中にいる者は手伝いたいと申し出るかと……」

 家令はおずおずと言った。

 うん、それなら……まあ、それでもいいんだけどね。

 一人でも多く手伝ってくれる方がありがたいんだから。

 

◇◇◇


 特別手当という言葉の力は偉大だ――。

 大広間には、かなりの人数の使用人が集まってきた。噂が広まったからか、手が空いている騎士や兵士まで集まっている始末だ。

「公爵様と姫様の結婚式のお手伝いができるなど光栄です!」

「私達にとっても、結婚式は楽しみなんですから!!」

 そう言いながら、みんなが張り切って掃除を手伝ってくれる。


 騎士や兵士がいるから、見る間に大型の家具類も運び出されていく。大広間にあるもので、使えそうなものは手伝ってくれた人達で分配していい事にしたから、みんな宝探しのような気分で片付けをしていた。


 もちろん、その許可はルーラ様にもらってある。ルーラ様も、「元々、私のものではありませんし、持ち主がいないものですからかまいませんよ」と快く承諾してくれた。むしろ、処分に困っていたのだろう。


 この古城の持ち主だった一族は、随分昔に謀反に問われて処刑され、生き残りはいない。それ以来、不吉な城として買い手もなく放棄されたという話だ。


 埃まみれの衣装箱から、小さな宝石が縫い付けられた靴やドレスまで出てきたものだから、女性たちが歓喜の声を上げていた。古城の持ち主の置き土産だ。

 男たちは、古い武器や武具を見つけてはしゃいでいる。骨董品類も多い。

 みんなが楽しんでいてくれるなら、僕としても満足だ。


 イヴァンが連れてきた騎士見習いの子たちは、ジャックの指示の元にカーテンを取り外したり、木の板を外したあと窓を拭いたりしていた。

 イヴァンが声をかけると、全員が喜んで参加を申し出てくれたようだ。


 後で手伝ってくれたみんなに、飲み物と食べ物の差し入れをしてもらえるように頼んでおこう。となれば、厨房の人達にも手間賃は弾まないとな。まあ、お金で解決できるなら、それにこしたことはない。


 家具を運び出してから、いよいよ天井にぶら下がっている大きなシャンデリアをみんなで下ろす。やっぱり、人を呼んでおいて正解だったな。

 これは僕とフェリックスだけでは、とうてい無理だった。埃が舞うため、窓は全開にしているけれど換気が間に合わない。みんなには、一応口を布で覆うように指示を出している。


 僕とフェリックスも手伝って、蜘蛛の巣と埃にまみれたシャンデリアを掃除する。かなり立派なもので、金メッキを施してあったことが分かる。さぞかし、古城の持ち主はお金をかけていたことだろう。


「イグナーツ様」

 オフェリアが大広間にやってきたものだから、僕は雑巾を持ったまま慌てて立ち上がった。

「オフェリア、ここは汚れているから入らないほうがいいよ」

 出入り口まで行き、立ち入ろうとしたオフェリアを慌てて止める。


「私は少しも気にしません。それに、イグナーツ様や皆様が掃除をしているのですから、お手伝いしないわけには……」

「いや、本当にここは見ての通り、みんなが手伝ってくれるから大丈夫。それより、ルーラ様との相談は終わった?」

 オフェリアのせっかくの綺麗なドレスが汚れてしまっては申し訳ない。それにケガをしたら困る。


「はい。お母様にドレスのことを相談していたのです」

「ああ、そうか。ごめん、そこまで頭が回っていなかったな。この近くの街では調達できそうにないよね」

 この前、祭り見物に行った街も小さな田舎町だった。仕立屋はいるかもしれないが、ドレスをデザインできるデザイナーがいない。王都から来てもらうにしても日数がかかる。かといって、この城には結婚式に相応しい純白のドレスなどないだろう。


「その事なのですが、お母様と私でドレスを縫おうと思うのです」

「君とルーラ様が?」

 僕はびっくりしてオフェリアを見る。

 彼女は頬をほんの少し赤くして、「はい」と頷いた。


「手持ちのドレスを手直ししようかと思ったのですけれど、やはり白いドレスの方がいいかと思いまして」

「それなら、お針子か仕立屋を呼ぼうか?」

「いいえ、せっかくですから……お母様と私で縫いたいのです。こんな機会は、きっともうないでしょうから」

「ああ、そうだな……明日、商人が来る事になっているんだ。ドレス作りに必要なものは遠慮なく頼むといいよ。代金のことはまったく気にする必要がないから。靴や装飾品も必要になるだろうし」

「ワガママを聞いてくださり、ありがとうございます。イグナーツ様」

「言っただろう? ワガママなんかじゃないよ。君のはかわいいお願いだ」

 僕はニッコリと笑って、彼女に手を伸ばそうとした。けれど、自分の手が汚れていることに気付いて、すぐに引っ込める。

「君のドレス姿、すごく楽しみだ」

 そう言って笑って誤魔化した。


 オフェリアはギュッと唇を引き結ぶと、一歩近付いてつま先立ちになる。

 僕のシャツの胸に手を添えながら、頬に顔を寄せてきた。

 フニュッと柔らかな感触が頬に触れる。ほんの一瞬のことだ。

 びっくりして固まっていると、彼女はすぐに後ろに下がって離れた。


「イグナーツ様も……あまり無理をしないでくださいね」

 彼女は視線を下げて小声で言うと、身を翻してパタパタと廊下を駆けていく。赤くなる顔を両手で押さえているのが見えた。


 急に静かになったので振り返ると、みんなが手を止めてこっちを見ている。すぐに何も見ていないとばかりに顔を逸らして、元のように作業の続きに戻っていた。騎士見習いの子たちも真っ赤になっていて、抱えた花瓶を落としそうになっている子もいる。


 いや、そんなに珍しいことじゃないだろう? ただの頬のキスだ。

 挨拶のようなものじゃないか。家族になるのだから、特に驚くべきことでもない。そう思うのに、僕も首から上がやけに暑くて手で扇ぎたくなる。


 そばにやってきたイヴァンが、首を傾げて廊下を覗いた。

「お姉様、どうしちゃったんです? お顔が真っ赤になっていましたよ」

「どうしたんだろうね……?? 走ってきたからじゃないかな??」

 純粋なイヴァンは、「ああ、そうか」と納得したように何度も頷いている。

「僕もいっぱい稽古をした時には、顔が真っ赤になっちゃうんです」

「うん、そうだね。健康な証だよ」

 僕はイヴァンの頭に手をやり、「さぁ、ちょっと休憩しようか」と大広間に戻るように促した。


 ちょうど、メイドたちがお茶と軽食をワゴンに載せて運んでくる。

 気が利くことに、濡れた手拭きもたくさん用意してくれていた。

「休憩にしよう」

 僕が声をかけると、みんなが賑やかな声を上げて集まってきた。




 

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