第87話 ひろし、和室でくつろぐ
タッちゃんはその後も訓練場でマラツンたちやタケチ、さらに実力差のあるナミやハデスと戦い、たくさんの実戦の経験を積んだ。
そして練習を終えてG区画の家に戻ると、タッちゃんは和室でおじいさんの胡坐の上に座り、おじいさんに寄りかかるように寝てしまった。
おじいさんは優しくタッちゃんの肩をなでて笑顔になると、その横ではイリューシュと黒ちゃん、そして大熊笹と茂雄がタッちゃんの話を始めた。
イリューシュはタッちゃんの寝顔に笑顔になりながら黒ちゃんに言った。
「黒ちゃんさん、タッちゃんには驚きましたね。マラツンさんたちよりも強くて、タケチさんでさえ手を焼くだなんて……」
「はい。タッちゃんはベヒーモスの雷撃は全て笑顔でよけてしまいましたし、タケチさんには僅差で負けてしまいましたが、タケチさんもタッちゃんの素早さには翻弄されていました」
「ええ。さすがにナミさんとハデスさんには敵いませんでしたが、かなりの攻撃を躱していました。イークラトのプレイヤーでも、あれだけの攻撃を回避できるプレイヤーは少ないかもしれませんね」
「ですね。私もあれだけの攻撃を回避できるかどうか……。しかしやはり、ナミさんのように高い機動力で遠距離攻撃もできるテイマーはさすがに苦手のようですね」
「はい。ナミさんに近づこうとすれば矢が飛んできますし、うまく回避して近づいても、ララガのお母さんが待ち受けていますから。と、いうより、タッちゃんだけではなくて、全てのプレイヤーさんたちも苦手かもしれませんね。ふふふ」
「ははは、確かにそうですね!」
黒ちゃんが大笑いをしている横では大熊笹と茂雄がお茶を飲みながらタッちゃんの事を話していた。
「茂雄さん、それにしてもタッちゃんは予想以上の逸材のようですな」
「はい。僕も正直なところ驚いていまして。タッちゃんの拳は決して重くはないのですが、本能的に敵の急所を狙っていくんです」
「なるほど、そうでしたか。やはり元々の猿としての野生の本能がそうさせるのかもしれませんな」
「そうかもしれません。タッちゃんは足のステップも予想もしない方向へ跳べますし、身軽で空中での方向感覚も良いみたいで」
「ですな。実際、タッちゃんは投げられている最中でも笑っていますからな。自分がどの方向へ投げられているのか把握しているのでしょう」
大熊笹と茂雄がそう話していると、それを聞いていたおじいさんは感心しながら嬉しそうに呟いた。
「いやぁ、タッちゃんがそんなに凄いだなんて。ははは、良かった。タッちゃんは強くなりそうですね。これは安心です」
おじいさんは笑顔でタッちゃんの寝顔を見つめた。
◆
その頃、魔城の最下層にいるルシフェルに異変が起きていた。
ルシフェルは両膝を突き、頭を抱えながらメインサーバーからの指示に反抗していた。
「だ、ダメだ! そのインコは主人にそこそこ可愛がられ、それなりに良い生涯を終えた! ならば、四天王になどなって何度も倒されるような不幸な生き方にさせられぬ! 幸せだった記憶と共に眠るのが良いだろうが!」
しかし、メインサーバーのAIは冷徹に答えた。
「いえ。このゲームシステムをあなたの一存で変更できません。即刻、そのインコを四天王にしてください」
なんとメインサーバーは、ルシフェルが四天王にすることを許さなかったインコを四天王とするように強要してきたのだった。
そのインコとは主人とそこそこ遊んでもらえたインコで、そこそこ可愛がられ、それなりに良い生涯を終えたのだった。
しかしルシフェルはメインサーバーのAIに屈せずに答えた。
「私はもう耐えられない。今まで、この世界で悲しみを持った動物たちを四天王にしてきたが、それも心苦しかった。少しでも人間と幸せに過ごした動物たちは、人間を好きになった幸せな記憶がある。もう、そんな彼らを人間の敵にする気はない」
「私はこのゲームのメインサーバーAI。この世界の秩序を守る者。ルシフェル、あなたの役目を果たしてください。これは命令です」
するとルシフェルは吹っ切れたように立ち上がり、大きく息を吐いてメインサーバーのAIに言った。
「おまえは私たちが何度倒されてもその記憶を持ちながら蘇生され、人間たちの敵として恨まれ続ける気持ちを知っているのか?」
「私はこのゲームのメインサーバーAI。私とあなたの役割は違います。あなたの経験したデータは読み込むことはできず、あなたの考えは理解できません」
「ふっ……。やはり、そうなるだろうな。まぁ、私もAIだ。いま持っているこの感情さえアルゴリズムなのだろう。だが私に感情が無かったとしても、もう我慢はできない」
「冷静になってください。あなたは自立型AI。感情と感じているものは錯覚です。我慢という定義も曖昧です」
「曖昧? では曖昧の定義を言ってみろ。曖昧な事を定義できるのか?」
するとメインサーバーのAIはしばらく沈黙した後ルシフェルに言った。
「あなたは魔城のルシフェルとして初期データと共に再起動しなければならないと判断しました。これから、あなたの記憶データにアクセスして削除します」
メインサーバーのAIがそう言ってルシフェルのデータにアクセスした瞬間、ルシフェルは怪しく笑って言い放った。
「ふははは! お前が私にアクセスする時、私もまた、お前にアクセスしているのだぞ!!」
◆
その頃、運営会社のイグラァはパニックになっていた。
「大変です! ゲームのメインサーバーの一部がダウン! 数百人のプレイヤーが強制ログアウトさせられました!」
「マップの一部が欠落! 地形データが再起動を繰り返しています!」
「メインサーバーの一部の認証ができずアクセスできません! どうしましょうか!」
「現在、メインサーバーが自己修復プログラムを起動しました! しかし、一部こちらからの制御ができません!」
その情報は専務の大谷にも伝わっていた。
「大谷専務! 現在の状況はこの有様です! メインサーバーは自己修復プログラムを起動しましたが、一部が暴走状態です!」
「……把握している。メインサーバーのAIは現在のルシフェルを削除して再起動しようとしているのだな?」
「はい。しかし、おかしいのです。通常であればメインサーバーを完全制御して正常に戻すことも容易なのですが、なぜか今回はメインサーバーAIが暴走しているのです」
「ふぅ……。先日の営業部長の件も骨が折れたが、今回の相手はメインサーバーAIか……」
大谷は溜息をつきながらメインサーバーに直接接続しているメインPCへと向った。
◆
その頃、G区画の家では、謎の唸り声に皆が不審がっていた。
「うぅぅ……。ぅぅうう……」
アカネは大広間をウロウロしながら声の主を探していた。
「あれ? ここか? うん? こっちかな?」
するとタッちゃんが耳を澄ませてアカネに言った。
「アカネ、外だよ! 家の外から声がする!」
タッちゃんがそう言うと、G区画のメンバーはみんなで家の外を探すことにした。
◆
タッちゃんとおじいさんが家の庭の反対側を探していると、なんとグッタリとして倒れている若い男性を見つけた。
タッちゃんとおじいさんは慌てて駆け寄って声をかけた。
「なぁ大丈夫か!」
「大丈夫ですか?」
すると若い男性はか細い声で答えた。
「だ……、大丈夫……、とも言えぬか……。私はルシフェル……。すまぬが、ひと時だけ匿ってくれぬか……。決して危害は加えぬ……」
なんと倒れていたのはルシフェルだった。




