第101話 洋子、出発する
ー 株式会社イグラァ ゲーム・エンジニア室ー
ゲーム・エンジニア室では2人のエンジニアが作業をしていたが、そのうちの1人がVRゲーム内にエラーが出ていることに気づいた。
「あれ? なんか変なエラー出てる。なんだろ?」
「え? 変なエラー?」
2人のエンジニアがパソコンのモニターを覗き込むと、AIの監視プログラムがエラーを表示していた。
「えっ? ちょっ……。このエラーの原因になってるプレイヤーIDって……」
「いや待て、この近くにいるNPCのIDもおかしいぞ。消滅したIDと重複してる」
「本当だ。これって……、ん? あれ? このNPC、エラーが出てるプレイヤーとデータがリンクしてる……。なんでだ?」
「あ……。このNPC、眷属なんだよ……。このプレイヤーの」
「眷属?」
「ああ。このデータのリンクのしかたは眷属で間違いない」
「でも眷属もエラーで、このプレイヤーのIDも『44444444444』って……。IDの桁が合わないよな」
するとエンジニアの一人が思い出したように言った。
「もしかしたら、あれかもしれない……」
「あれ?」
「ああ。たまにあるんだよ」
ー メービーレーン ー
その頃、ドラちゃんはおばあさんが受け取ったコインを見ながら呟やいていた。
「猫さんが勝ってコインが11枚。私が負けたコインが5枚。……6枚しか増えませんでしたね」
それを聞いたドラちゃんと黒猫におばあさんは笑顔で言った。
「うふふ。猫ちゃんが勝ったのだもの。嬉しいじゃない」
すると黒猫はなんとも言えない表情で答えた。
「我は勝ちを収めましたが、増えたコインは僅か6枚……、……ん? 洋子殿……? 洋子殿! 洋子殿!」
黒猫が突然慌てると、なんとおばあさんの姿がブロックノイズのように乱れ始めた。
しかしおばあさんは笑顔で黒猫に言った。
「あら、ごめんなさいね猫ちゃんドラちゃん。もう行かなくては……ならない……みた……い……」
それを聞いた黒猫はおばあさんの前に伏せて答えた。
「洋子殿、早くお休みを! どうか、お体をお休めください!」
スッ……
おばあさんの姿は静かに消えていった。
ー 7日後 ー
黒猫はピンデチの旧スマイル道具店の前で丸くなっていた。
するとそこへ柔らかく優しい声の主が黒猫に話しかけてきた。
「猫ちゃん」
その声に驚いた黒猫は顔を上げて声の主を見上げた。
「ナミ殿……」
声の主はナミだった。
「猫ちゃん。洋子ちゃん、先週亡くなった」
「なっ!」
黒猫は思わず声を漏らすと、大きく目を見開いたまま動かなくなった。
そして静かに涙を流すと、ゆっくりと空を見上げた。
ナミはその様子を見て黒猫の隣に座ると、優しく黒猫を撫でながら言った。
「ごめんね猫ちゃん。わたし、さっき初七日が終わるまでずっと手伝ってた。それで教えるの遅くなった。洋子ちゃん、前に会った日の夜に亡くなった」
黒猫はナミの言葉を聞くと、ナミを見上げながら少し悲しげな表情で答えた。
「ナミ殿、そうでしたか。……我は洋子殿にお会いしたいと思うあまり、幻覚を見たようです。我は洋子殿がお亡くなりになられた翌日に洋子殿にお会いしました」
「よくじつに……」
「はい。ナミ殿にお会いした翌日、洋子殿とドラゴン殿と一緒にメービーレーンへ参りました」
「……。でも、もしかしたら本当に会えたかも。洋子ちゃんが亡くなった次の日の朝、霊安室でひろしさんが洋子ちゃんにVRグラスをかけて『猫ちゃんとドラちゃんに会っておいで』って言ったって」
「……!」
黒猫はナミの言葉に驚くと、堰を切ったように大粒の涙を流した。
「ううっ……。洋子殿……!」
黒猫の頭の中には洋子と過ごした数々の思い出が走馬灯のように蘇り、そしてその最後に、初めて出会った日の洋子の笑顔で止まった。
そして、黒猫は首を伸ばして空を仰ぎ見ると、洋子の事を想いながら言葉を漏らした。
「洋子殿……。初めてお会いした日の事が、つい先程の事のように思い出されます……。あの日、我にくださったマガイルーの魔法陣せんべいは、まだここに……」
黒猫はそう言うと、洋子と初めて出会った日に洋子からもらった魔法陣せんべいを目の前に出現させた。
そして魔法陣せんべいの上にゆっくりと顎を乗せると、満足そうな笑みを浮かべて目を閉じた。
「洋子殿……」
黒猫は小さな声でおばあさんの名前を呟やくと、黒猫の体は鈍く輝き出し、尻尾の先から七色の光を放ちながら、ゆっくりと消滅していった。
「ぁ!」
消滅していく黒猫に気づいたナミは驚いたが、黒猫の安らかな表情を見て全てを悟り、すぐに笑顔になった。
「猫ちゃん。洋子ちゃんのところに行くんだね」
消滅していく黒猫は少しだけ目を開けてナミを見ると、再び静かに目を閉じた。
そして七色の光はゆっくりと黒猫を包みこむと、魔法陣せんべいと一緒に消滅していった。
「猫ちゃん……」
ナミは七色の残像を残して消滅していった黒猫を見送った。
「猫ちゃん、またね」
◆
黒猫は黄泉の河原に居た。
するとそこへ、数日前に出会った黄泉の使いの黒いキツネ面の男性が現れた。
それに気づいた黒猫はキツネ面の男性に伏せるようにして言った。
「大いなるご慈悲、大変感謝いたす。我は最後に洋子殿にお会いできた。もう思い残すことはない」
するとキツネ面の男性は静かに答えた。
「つくづくお主は謙虚で素直であるな。わたしも危険な橋を渡った甲斐がある」
キツネ面の男性はそう言うと、ゆっくりとキツネの面を外して満足そうな笑みを浮かべ、話を続けた。
「お主の行き先は、人間世界で言う極楽と呼ばれているところだ」
それを聞いた黒猫は少し驚きながら聞き返した。
「極楽……? 我は人間が作り出したAI。AIが極楽などに行けるのであろうか」
キツネ面の男性は黒猫の言葉に腕を組んで答えた。
「極楽行きの人間が強く望めば人間ではなくとも一緒に行く事ができる。多くは人間と長く連れ添った動物たちだがな」
キツネ面の男性はそこまで話すと急に表情を変えて黒猫に話を続けた。
「ところで……。お主の主人には、この河原でお主に会えると知らせてある」
「洋子殿に……?」
するとキツネ面の男性は河原とは反対の方向へ目をやりながら黒猫に言った。
「人間は死んでこの河原に来るまで7日の裁きを7回行い、49日の時間がかかる。しかし、お主の主人は稀なことに最初の裁きで恩赦された。ふっ……。やっと辿り着いたようだな」
その時、黒猫は聞き慣れた優しい声を耳にした。
「猫ちゃん!」
黒猫は反射的に振り返って答えた。
「洋子殿!」
黒猫の視線の先には笑顔で走ってくるおばあさんが見えた。
黒猫は一直線に走り出しておばあさんのところまで行くと、おばあさんは走ってきた黒猫を抱えあげて頬ずりをしながら声を漏らした。
「猫ちゃん!」
おばあさんは黒猫を抱きしめながら涙を流すと、黒猫も静かに涙を流した。
するとその様子を見ていたキツネ面の男性はクルリと背を向けて言った。
「死んだ人間は必ずここを通る。まだ他に会いたい者がいるなら、そこで待つが良い。人間界の十年はこの世界では数日。そう長くはない。お主が慕う者の夫もじきに来るであろう」
キツネ面の男性はそう言い残して河原を離れていった。
それを聞いたおばあさんは黒猫をおろして、姿勢を正した。
そして黒猫と一緒にキツネ面の男性に静かに頭を下げて見送ると、おばあさんが少し申し訳無さそうに黒猫に言った。
「ねぇ、猫ちゃん。私のわがままを聞いてくれるかしら。ここで、ひろしさんを待ちたいのだけれど一緒に居てくれるかしら」
それを聞いた黒猫は姿勢を正して答えた。
「洋子殿の幸せは我の幸せ。洋子殿と一緒であれば何百年でも待ちましょう」
「うふふ、相変わらず猫ちゃんね。ありがとう」
洋子はそう言うと、凛とした表情の黒猫の頭を優しく一撫でした。




