第一章 第二節―聖なる種火採取依頼―
工業港湾都市ヴァルガロム。
“赤き焦土の領域ゲブラー”最大級の港湾都市であり、マギルが異世界生活を始める事になった街でもある。
昼夜を問わず蒸気機関の音が響き、巨大な煙突が黒煙を吐き続ける鉄の街。
街路には鍛冶職人、鉱夫、商人、冒険者が絶えず行き交い、港では大型船が火山鉱石を積み下ろしていた。
「慣れてきた気がするなぁ……この暑さ」
「ゲブラーに染まってきた証拠だな」
荷運び依頼の帰り道。
マギルのぼやきに、受付の男性職員が苦笑する。
冒険者ギルドへ所属してから数週間。
マギルは都市内依頼を中心に、日銭を稼ぐ生活を続けていた。
倉庫整理。鉱石運搬。工房街の清掃。港湾区域の荷運び補助。
地味ではあるが、衣食住を確保するには十分だった。
ギルド簡易宿舎にも慣れ、最低限の生活基盤も整ってきている。
そして何より。
「……よし」
マギルの指先に、小さな火が灯った。
揺らぐ赤い火球。
まだ拳より小さい。
だが確かに、自分の意思で生み出した炎だった。
「おー、今日は安定してるじゃないか」
訓練場の隅で見ていた教官が声を上げる。
筋骨隆々の壮年男性だった。
元は前線の魔術師だったらしく、現在は新人教育を担当している。
「魔力の流し方が少し掴めてきました」
「転移者にしちゃ上出来だ。普通は火花出すだけで数週間かかる」
「そんなに」
「お前、適性かなり高いぞ」
マギルは火球を見つめる。
魔術師。
それが今の自分の“役割”らしい。
後衛戦闘。遠距離攻撃。弱体化支援。
剣や槍を振る才能はないが、魔力操作の感覚だけは妙に馴染んだ。
呼吸のように自然、とまではいかない。
だが、理解できる。
身体の内側に流れる熱のようなものを。
「魔術って、感覚派なんですね」
「理論も必要だが、最後は感覚だ。魔力をどう認識するかは人による」
教官は腕を組む。
「お前の場合、“流れ”の把握が異様に上手い」
「流れ」
「自分の中の力の循環を読むのが得意なんだろ」
マギルは少し考える。
確かに。
訓練を重ねるうちに、自分の中に複数の“流れ”が存在している感覚があった。
一つは、魔術師としての力。
熱を操り、魔力を練り、外へ放出する流れ。
そしてもう一つ。
もっと静かで、深いもの。
誰かへ向かって流れていくような、不思議な感覚。
「……なんか、別の力もある気がするんですよね」
「別の?」
「上手く言えないんですけど。魔術とは違う感じで」
教官は少し眉をひそめた。
「転移者は稀に特殊技能を持つ事もある。焦って触るなよ」
「危ないやつです?」
「未知数って意味でな」
マギルは小さく頷く。
実際、その感覚にはまだ触れきれていなかった。
意識を向ければ感じる。
だが掴めない。
まるで、自分の中に眠っている別の何かだ。
「ま、今は魔術を覚えろ。新人が欲張ると大抵ろくな事にならん」
「耳が痛い」
「素直でよろしい」
そんな風に。
マギルは冒険者としての日々を少しずつ積み重ねていった。
◇
そして、ある日。
「マギル。ギルドから指名依頼だ」
「指名?」
ギルドの男性職員から受付窓口に向かうよう声を掛けられ、マギルは目を瞬かせる。
受付窓口で差し出された依頼書には、赤い封蝋。
通常依頼より一段階上の扱いらしい。
「即席パーティ編成任務になります」
「うわ、ついに冒険っぽい」
「都市外任務ですが、定期的な依頼ですね」
嫌な予感しかしない。
マギルは依頼書を受け取る。
『聖なる種火採取任務』
「種火?」
「この街の街灯に使われている“聖なる炎”の元です」
受付の女性職員が説明する。
ヴァルガロムでは、街路各所に特殊な炎が灯されている。
その炎は魔物を遠ざける効果を持ち、夜間の都市防衛を担っているらしい。
そして、その火種となる“聖なる種火”は、周辺火山の火口付近でのみ採取可能なのだという。
「定期補充が必要なんです?」
「はい。ギルドが採取を請け負っています」
「なるほどインフラ業務……」
「?」
「いえ」
異世界でも社会は現場仕事で回っているらしい。
「今回は六人編成です。前衛中心の安定構成ですね」
「私以外全員ムキムキとかじゃないですよね」
「どうでしょう」
「その含み怖いなぁ……」
そして。
集合時間。
ギルド前の広場へ向かったマギルは、思わず声を上げた。
「あ」
「お、熱中症娘じゃねえか」
そこにいたのは。
看護室で最初に出会った、あの灰髪の女冒険者だった。
相変わらず浅黒い肌に軽装鎧。背には大剣。
獣のような鋭い目付きが印象的だ。
「生きてたか」
「そっちこそ」
「いや普通死なねえからな、あの程度の暑さで」
「転生初日だったんですよ……」
「何?」
「こっちの話です」
女冒険者は呆れたように鼻を鳴らした。
「レジーナだ。戦士やってる」
「マギルです。魔術師です」
「知ってる。今回の後衛担当だろ」
その後ろには、既に他のメンバーも集まっていた。
巨大な盾を背負った騎士。神官服姿の僧侶。小柄で目付きの鋭い盗賊。弓を背負った狩人。
そしてマギルを含め、六人。
即席編成としてはかなりバランスが良いらしい。
「新人混ざってるけど大丈夫か?」
盗賊が露骨に不安そうな顔をする。
「適性は優秀らしいぞ」
騎士が静かに言った。
「死ななきゃ問題ねえ」
「基準低くないです?」
マギルのツッコミに、レジーナが吹き出した。
「気に入った。お前ほんと図太いな」
「社会人経験の賜物です」
「だから何言ってんだお前」
そんなやり取りを交わしながら。
六人は都市門へ向かう。
巨大な鋼鉄門の向こうには、黒い火山地帯が広がっていた。
熱風。
硫黄臭。
揺らめく陽炎。
都市の外は、やはり危険な世界だった。
「――行くぞ」
騎士の号令と共に。
マギル達、即席パーティは。
火山山頂の火口部を目指し、灼熱の荒野へ踏み出した。




