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異世界転生数秘術〜転生するのはあなたです〜  作者: Z.KEY
XNo.16 施しの魔術師 マギル編
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第一章 第一節〜冒険者ギルド ゲブラー支部〜

 熱い。


 異世界に放り込まれて最初に浮かんだ感想が、それだった。


「いや暑っっっ……」


 彼女は額を押さえながら、黒い岩場をふらつくように歩く。


 空気が熱風そのものだった。


 地面の割れ目から白い蒸気が噴き出し、靴底越しにも熱が伝わってくる。遠くで火山が低く唸り、赤黒い雲が空を覆っていた。


 日本の夏など可愛いものだ。


 これはもう、災害だった。


「水……あと日陰……」


 唇が乾く。


 汗は出ているはずなのに、途中から身体の感覚が鈍くなってきていた。


 だが立ち止まるわけにはいかない。


 遠くには港湾都市が見える。


 煙突から黒煙を吐き出し続ける、鉄と火の街。


 少なくとも人はいる。


 水もあるはずだ。


「……海あるし……最悪、海水を……」


 数秒考え。


「いや駄目だわ」


 冷静に自分で却下した。


 そんな事を考え始めた辺りで、かなり危険な状態なのだろう。


 彼女は肩で息をしながら歩き続ける。


 途中、荷車を引く大男とすれ違った。


 角のようなものが頭から生えた大柄な男だったが、向こうもこちらを見てぎょっとしていた。


「おい嬢ちゃん!? その格好で外歩いてんのか!?」


「……水……」


「駄目だこりゃ!」


 何か叫ばれた気がした。


 だが、もう意識がぼやけて聞こえない。


 視界が揺れる。


 身体が傾く。


「あ、これ熱中症のやつ――」


 そこで意識が途切れた。



 次に目を覚ました時。


 鼻をくすぐったのは、薬品の匂いだった。


「……ん」


 柔らかな感触。


 白い天井。


 布団。


 そして、涼しい。


「生きてる……」


「お、起きたか」


 低い声が聞こえた。


 視線を向けると、浅黒い肌の女性が椅子に腰掛けていた。


 短く切った灰色の髪。腕には革製の防具。背には大剣。


 いかにも歴戦の冒険者、といった雰囲気だった。


「道端で倒れてたんだよ。巡回中の連中が見つけて運んできた」


「……ありがとうございます」


「礼ならギルド職員にも言っときな。ここ、冒険者ギルドの看護室だから」


 彼女はゆっくり身体を起こした。


 まだ頭は少し重い。


 だが、水差しを見つけた瞬間、反射的に飛びついた。


「うま……」


「どんだけ干からびてたんだお前」


「死ぬかと思いました」


「実際かなり危なかったらしいぞ」


 女性冒険者は呆れたように笑う。


 そこへ、制服姿の女性が部屋へ入ってきた。


「目が覚めましたか。よかった」


 眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の女性だった。


 手元には書類束。


 彼女を見る目は、どこか仕事慣れしている。


「体調は?」


「だいぶ楽です」


「なら安心しました。ここは冒険者ギルド・ゲブラー支部です。あなたは街道脇で倒れていた所を保護されました」


「はぁ……」


「まず、確認のために名前を教えていただけますか?」


 名前。


 その言葉に、彼女は少しだけ黙る。


 前の世界で使っていた名前が、頭に浮かんだ。


 だが。


 妙な感覚があった。


 もう、その名前ではない気がしたのだ。


 あの世界で、苦労して、耐えて、生き抜いてきた自分。


 その人生は確かに本物だった。


 けれど。


 ここは、あの世界ではない。


 なら。


 新しい名前くらい、自分で決めてもいいのかもしれない。


 ふと、白い空間で聞いた声を思い出す。


『面白い』


 あの得体の知れない存在に対して、妙に啖呵を切ってしまった自分。


 あの時の、自分らしくもある投げやりさに、彼女は少し笑った。


「……マギル、で」



「マギルさん、ですね」


 女性職員はさらさらと書類へ記入する。


「姓は?」


「……ないです」


「記憶障害の症状でしょうか……」


「え?」


 気づけば、女性職員は真面目な顔になっていた。


「ご自身の出身地や家族構成は?」


「いや、えっと」


「思い出せませんか?」


「……あー」


 マギルは察した。


 これ、完全に記憶喪失扱いされている。


 異世界転生しました、などと言っても信じてもらえないだろう。


 むしろ危ない人扱いされそうだ。


「……多分、覚えてないです」


 結果、乗ることにした。


 女性職員は深刻そうに頷く。


「転移時の衝撃で記憶に異常が出る例はありますからね……」


「転移」


「はい。この世界――セフィロトでは、稀に外界から人が流れ着く事があります」


 さらりと、とんでもない事を言われた。


「外から来た人、結構いるんですか?」


「頻繁ではありません。ただ、前例はあります」


 女性職員は説明を続ける。


 この世界には十一の領域が存在すること。


 そのうち九の領域には冒険者ギルドの支部が置かれていること。


 “王国と繁栄の領域マルクト”に本部があり、各領域の支部を統括していること。


 そして、ここ“赤き焦土の領域ゲブラー”は、火山資源と工業、海上交易で栄える領域であること。


「なるほど……」


 マギルは静かに聞きながら、頭の中を整理していた。


 少なくとも。


 完全な世紀末ではない。


 組織も文明も存在している。


 なら、生き延びる余地はある。


「あと、保護時に適性確認を行いました」


「適性?」


「ええ。この世界では、誰もが何らかの“役割”に適性を持っています」


 女性職員は書類をめくる。


「マギルさんの適性は“魔術師”でした」


「魔法」


「後衛戦闘と支援弱体化に優れた適性です。ただし近接戦闘能力は低めですね」


「インドア派向きだ……」


「?」


「いえ」


 女性職員は小さく首を傾げた後、説明を続けた。


「魔術師は比較的人気の高い適性です。希少な術式を扱える者もいますし、戦闘では重要な後衛戦力になります」


「へえ……」


 マギルは曖昧に頷きながら、自分の掌を見る。


 特に何か変わった感じはしない。


 火も出ないし、雷も走らない。


 今のところ、ただ暑さで倒れた一般人である。


「ちなみに、適性ってどうやって使うんです?」


「訓練です」


「現実的」


「才能があっても、扱えなければ意味はありませんから」


 それは妙に納得できた。


 前の世界でも、結局最後に物を言うのは積み重ねだった。



「マギルさんのような転移者は、初期能力が不安定な場合もあります。最初は無理に外へ出ない方がいいでしょう」


「外って、火山地帯の方ですか?」


「はい。この領域の外縁部は魔物の出現も多く、初心者には危険です」


「魔物いるんだ……」


 ファンタジーだなぁ、と他人事のように思う。


 いや実際、他人事では済まないのだが。


「なので、ギルドとしては都市内依頼から始める事を推奨しています」


 女性職員は別の書類を差し出した。


 依頼一覧らしい。


『港湾倉庫の荷運び補助』 『鉱石運搬の人員募集』 『工房街の炉灰処理』 『帳簿整理補助』


 思ったより地味だった。


「もっとこう、スライム退治とかじゃないんですね」


「死にたいんですか?」


「働きます」


 即答だった。


 女性冒険者が横で吹き出す。


「賢明だな」


「命綱なしで異世界デビューしたくないので……」


「その判断できるだけ新人にしちゃ上等だよ」


 どうやら無謀に外へ出て死ぬ新人は珍しくないらしい。


 世知辛い。


「マギルさんは身元保証もありませんし、当面はギルド簡易宿舎を利用するといいでしょう」


「宿あるんですか」


「最低限ですが」


「屋根と水があるだけで神です」


 切実だった。


 職員は少し困ったように笑う。


「では、仮登録手続きを進めますね。正式なギルド所属は、基礎講習後になります」


「講習」


「この世界の常識を知らないようですので」


「ごもっともです」


 むしろ助かる。


 今のマギルは、この世界について知らなすぎた。


 貨幣価値も。危険地帯も。文字すら読める保証がない。


 ……と思った瞬間。


「あれ」


「どうしました?」


「文字、読めますね」


 依頼書の文字が自然に理解できている。


 見たこともない文字のはずなのに。


「転移者には時々あります。言語理解の補助ですね」


「便利」


「生存率に関わりますから」


 そこは親切設計らしい。


 マギルは小さく息を吐いた。


 異世界。


 転移。


 冒険者ギルド。


 魔術師適性。


 情報量が多すぎて現実感が薄い。


 だが。


 喉を潤した水の冷たさも。ベッドの柔らかさも。身体に残る熱疲労も。


 全部、妙にリアルだった。


「……働くかぁ」


 結局そこへ戻る。


 生きるためには金がいる。


 世界が変わっても、その辺りは変わらないらしい。


「何か言いました?」


「いえ。社会はどこでも厳しいなって」


「?」


 女性職員はまた首を傾げた。


 マギルは誤魔化すように笑い、差し出された登録書へ視線を落とす。


 こうして。


 異界セフィロトに流れ着いた少女・マギルは。


 冒険者ギルド ゲブラー支部の新人冒険者として、生きていく事になった。

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