第二章 第五節~第一次探索報告書~
未知の魔物『背笑いのミムル』と、その発生源と思しき未知のダンジョン。
報告を受けた冒険者ギルド ビナー支部 トンネル都市拠点は、即座に対応へと乗り出した。
未知のダンジョンへ続く氷壁の大穴は、頑丈な鉄格子と鉄扉によって封鎖された。
さらに、ギルド所属の冒険者達による大規模な掃討作戦が実施された。
背笑いのミムルへの対処法が共有されたことで討伐は順調に進み、氷鏡の洞窟周辺での目撃報告も次第に途絶えていった。
そして、トンネル都市周辺は、ひとまずの平穏を取り戻した。
だが。
背笑いのミムルの発生源と思しき未知のダンジョンは、依然として残っている。
入口を塞いだだけでは、問題を先送りにしたに過ぎない。
再び魔物が溢れ出す可能性は残り続ける。
トンネル都市の安全を確かなものとするためには、いずれダンジョンそのものを攻略する必要があった。
それは冒険者ギルドにとっては脅威の排除であり、冒険者達にとっては未知の発見や功績、財宝を得る好機でもあった。
氷鏡の洞窟周辺の掃討作戦が終了すると、未知のダンジョン攻略を志願する冒険者達が次々と名乗りを上げた。
その内の一組。
四人の冒険者達が、未知の迷宮へ足を踏み入れていた。
大柄な剣士。
弓使いの女性。
治療術師。
そして短剣使いの青年。
全員がビナー支部所属の中堅冒険者だ。
◇
石造りの通路。
風化した石柱。
崩れた彫像。
どこまでも続く人工の迷宮。
氷鏡の洞窟とはまるで別世界だった。
◇
「来たぞ!」
前方から黒い影が飛び出す。
背笑いのミムル。
銀色の仮面を貼り付けた猿のような魔物。
「背中合わせだ!」
冒険者達は即座に陣形を組む。
死角を消されたミムルは脅威ではない。
短い戦闘の後、魔物は光の粒となって消滅した。
◇
さらに奥へ進む。
今度は別の魔物と遭遇した。
木偶人形のような身体。
顔の代わりに貼り付けられた銀色の仮面。
そこには何も描かれていない。
「なんだこいつは……!」
木偶人形が一直線に突進してくる。
だが動きは単純だった。
木製の拳。
体当たり。
対処は難しくない。
冒険者達は危なげなく木偶人形を倒した。
◇
その後も探索は続いた。
背笑いのミムル。
名も知らぬ木偶人形。
二種類の魔物は別々に現れた。
戦う。
進む。
また戦う。
単体なら脅威ではない。
だが戦闘回数が多い。
少しずつ体力が削られていく。
「またかよ……」
短剣使いの青年が舌打ちした。
既に何度目かも分からない戦闘だった。
◇
気付けば周囲の空気も変わっていた。
入口付近の冷気は薄れ、吐く息も白くならない。
「暖かいな」
大柄な剣士が呟く。
「洞窟の外よりはな」
弓使いの女性が肩を回した。
氷鏡の洞窟とは明らかに環境が異なる。
まるで別の土地へ来たかのようだった。
◇
やがて。
「階段だ」
治療術師が声を上げた。
石造りの階段。
地下へ続いている。
未知の迷宮は、まだ終わっていなかった。
「どうする?」
一瞬だけ迷う。
だがここまで来て引き返す気はなかった。
「行こう」
四人は石造りの階段を降りてゆく。
そして。
後に地下二層と呼ばれる場所へ足を踏み入れた。
そこで状況は一変した。
△
▽
大柄な剣士が剣を振るう。
木偶人形を弾き飛ばす。
その瞬間。
「後ろ!」
弓使いの女性が叫んだ。
大柄な剣士の背後へ回り込んでいたミムルが飛び掛かる。
大柄な剣士は慌てて身を捻る。
ミムルの爪が肩当てを引っ掻いた。
「させるか!」
短剣使いの青年が飛び出し迎撃する。
地下二層では。
二種類の魔物が同時に行動していた。
前方からは木偶人形。
側面と背後からはミムル。
壁を背にすればミムルには有効。
だが今度は木偶人形への対処が苦しくなる。
陣形が崩れる。
死角が生まれる。
その隙をミムルが狙う。
「面倒な組み合わせだな!」
大柄な剣士が吐き捨てる。
地下二層へ到達するまでの連戦。
既に全員が消耗していた。
◇
「提案がある」
弓使いの女性が言った。
「一度戻った方がいい」
一瞬だけ沈黙が落ちる。
「階段を降りてから様子が変わり過ぎてる」
「私も賛成です」
治療術師が頷いた。
「回復薬も残り少ないですし、この先で何が出るかも分かりません」
「俺も異論ねぇな」
短剣使いの青年が肩を竦める。
「情報だけでも十分持ち帰れるだろ」
大柄な剣士は仲間達を見回した。
まだ戦える。
帰るだけなら問題ない。
だが、この先で想定外の強敵と遭遇した時、切り抜けられる保証は無かった。
「……だな」
大柄な剣士は頷いた。
「戻ろう」
誰も反対しなかった。
◇
撤退は慎重に行われた。
幸い、階段を上り、入口を目指して来た道を引き返す途中で大きな戦闘は発生しなかった。
だが。
「おい」
先頭を歩いていた短剣使いの青年が立ち止まった。
「どうした?」
「さっきまで無かったよな、あれ」
指差した先。
崩れた石柱の傍らに、それは置かれていた。
木製の宝箱だった。
四人は思わず顔を見合わせる。
「……見落としたんじゃないか?」
大柄な剣士が言う。
だが弓使いの女性は首を横に振った。
「無い」
即答だった。
「あたしが最後尾だった。後ろも何度も確認してる」
「私も覚えています」
治療術師も頷く。
「ここには何もありませんでした」
短剣使いの青年が慎重に近付く。
罠を警戒しながら宝箱の周囲を調べる。
数分。
やがて肩を竦めた。
「少なくとも見える範囲に罠は無いな」
「開けるのか?」
「ここまで来て放置はしねぇだろ」
短剣使いの青年は苦笑した。
そして蓋へ手を掛ける。
ゆっくりと開く。
全員が息を呑んだ。
だが。
何も起きない。
短剣使いの青年は慎重に箱の中を覗き込んだ。
「……入ってるな」
中にあったのは一振りの短剣だった。
鞘ごと納められている。
装飾は少ない。
だが刃の付け根には見慣れない文字が刻まれていた。
「魔道具か?」
大柄な剣士が尋ねる。
短剣使いの青年は首を傾げた。
「分からん」
試しに取り出してみる。
特別な気配は感じない。
見た目も鉄製の短剣にしか見えなかった。
だが刃の付け根には見慣れない文字が刻まれている。
「持ち帰ろう」
弓使いの女性が言った。
「見た目は普通でも、このダンジョンから出てきた品だ。調べる価値はある」
誰も反対しなかった。
◇
石造りの通路を抜け、氷鏡の洞窟へ戻る。
迷宮の奥と比べれば空気は冷たい。
吐いた息が白く染まり、四人はようやく自分達がビナーの地下へ戻ってきたことを実感した。
その後、四人はトンネル都市へ帰還し、冒険者ギルドに探索結果を報告した。
その情報は、瞬く間に冒険者ギルド ビナー支部 トンネル都市拠点を駆け巡った。
背笑いのミムルとは異なる、新たな魔物の存在。
未知のダンジョンが複数の階層で構成されていること。
そして、突如出現する不可解な宝箱。
攻略へ向かった他の冒険者達からも、似たような報告が相次いでいた。
未知のダンジョンは、当初考えられていた以上に複雑で危険な場所であることが明らかになりつつあった。
そして集められた探索記録は。
クレイスの記憶との一致を、少しずつ証明し始めていた。
まだ誰も、その意味を知らないままに。




