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異世界転生数秘術〜転生するのはあなたです〜  作者: Z.KEY
XNo.45&46 ソフィア&クレイス編
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第二章 第四節〜未知の魔物〜

 地底湖から帰還した翌日。


 朝からトンネル都市の様子がおかしかった。


 普段より人通りが多い。


 冒険者達が慌ただしく行き来し、武装した集団が何度も都市の出入口へ向かっている。


「なんだか騒がしいですね」


 ソフィアが窓の外を見ながら呟く。


 長期遠征者用宿舎の食堂にいたクレイスも同じ違和感を覚えていた。


 その時だった。


 宿舎の扉が勢いよく開いた。


 飛び込んできたのは冒険者ギルド ビナー支部 トンネル都市拠点の職員だった。


「遠征調査隊の皆さんはお揃いでしょうか!」


 ただならぬ様子に、その場にいた全員が顔を見合わせる。



 十分後。


 遠征調査隊の面々は宿舎の会議室へ集められていた。


 職員の説明は衝撃的なものだった。


「本日未明より、氷鏡の洞窟方面から未知の魔物の群れが出現しています」


 室内がざわつく。


「現在、ギルド所属の冒険者達が総出で討伐と原因調査を行っていますが、人手が不足しています」


 騎士が腕を組む。


「未知の魔物だと?」


「はい。少なくとも我々の記録には存在しません」


 クレイスは眉をひそめた。


 昨日まで地底湖へ調査に赴いていた。


 その道中で遭遇したのは一般的な水棲魔物だけだったはずだ。


 もし今、未知の魔物が氷鏡の洞窟一帯に出現しているなら、研究員を連れての調査は不可能だ。



 話を聞き終えた主任研究員はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。


「護衛の冒険者四名」


 騎士達が顔を上げる。


「そしてクレイスとソフィア」


 二人も姿勢を正した。


「冒険者ギルドとの共同作戦に参加してくれ」


「了解です」


 クレイスが答える。


 主任研究員は続けた。


「トンネル都市の安全確保は我々の調査再開にも直結する。まずは事態の収束を優先しよう」



 数時間後。


 六人はギルド所属の冒険者達と共に氷鏡の洞窟方面へ向かっていた。


 そして異変の正体はすぐに姿を現した。


「なんだ……あれ」


 赤髪の女狩人が呟く。


 通路の先にいた魔物を見て、ビナー出身の騎士と盗賊も困惑している。


 雪でも氷でもない。


 水棲でもない。


 黒い毛並みを持つ猿のような魔物だった。


 表情は分からない。顔全体を歪な銀色の仮面が覆っていた。


 その仮面には、不気味な笑顔が描かれている。


 そして、その姿は複数。


 群れで行動している。


「見たことがないな……」


 盗賊が低く呟く。


「俺もだ」


 騎士も首を振った。



 一方。


 クレイスだけは別の意味で言葉を失っていた。


(馬鹿な……)


 目の前の存在を知っている。


 見間違えるはずがない。


 『背笑いのミムル』


 かつての世界。


 正確には、自分が器として存在していたMMORPGに登場する下級モンスターだった。


 正面から戦えば大した相手ではない。


 しかし戦い方を知らなければ、不意を突かれて痛い目を見る相手でもある。



 ミムル達が散開する。


「来るぞ!」


 騎士が剣を構えた。


 だが魔物達は正面からは襲ってこない。


 左右へ。


 背後へ。


 回り込むように移動していく。


「なんだこいつら!?」


 盗賊が振り返る。


 その瞬間。


 背後に回り込んだ一体が飛び掛かった。



「背中を取らせるな!」


 クレイスが叫んだ。


 反射的に前へ出る。


「壁を背にしろ!」


 騎士が即座に反応した。


 通路の壁際へ移動する。


「二人一組だ!」


 クレイスが続ける。


「背中合わせになれ!」



 指示を受けた冒険者達は素早く陣形を組み直した。


 騎士と盗賊。


 赤髪の女狩人と小柄な女僧侶。


 そしてソフィアとクレイス。


 互いの死角を補い合う。


 すると途端に魔物達の動きが鈍った。


「なるほどな!」


 騎士が笑う。


「背後を取るのが前提の魔物か!」



 そこからは早かった。


 回り込みを封じられたミムル達は脅威ではない。


 ソフィアの魔法。


 狩人の矢。


 騎士の剣。


 盗賊の短剣。


 僧侶の支援。


 そしてクレイスの指揮。


 連携の前に次々と倒されていく。



 そして最後の一体が倒れた瞬間だった。


 魔物の身体が光の粒となって崩れ始めた。


「なっ?」


 僧侶が目を見開く。


 肉も骨も残らない。


 霧のように消えていく。


「魔物が……消えた?」


 ソフィアも呆然とする。


 誰もそんな現象を知らない。


 クレイスも表情こそ変えなかったが、内心は穏やかではなかった。



「クレイス」


 盗賊が振り返る。


「お前、初見じゃなかっただろ」


「そう見えたか?」


「見えたどころじゃない」


 騎士が苦笑する。


「あの指示は経験者の動きだ」


 クレイスは少し考えた後、肩を竦めた。


「昔、似たような魔物の話を聞いたことがある」


 完全な嘘ではない。


「正面から戦わず背後を狙う習性があるらしい」


「なるほどな」


 騎士達は一応納得したようだった。



 その後。


 六人は他の冒険者達と別れ、地底湖方面の巡回を担当することになった。


 氷鏡の洞窟は複雑に入り組んでいる。


 原因調査のためには各隊が分散する必要があった。


 道中にもミムル達は出現した。


 だが既に対処法は共有されている。


 壁を背にする。


 仲間同士で死角を補い合う。


 それだけで脅威は大幅に減少した。



 やがて六人は見覚えのある場所へ辿り着いた。


 先日通り過ぎた鏡のような氷壁。


 しかし。


 そこにあった光景は一変していた。


「……なんだこれは」


 騎士が呟く。


 鏡のようだった氷壁に、人が二、三人は並んで通れそうな巨大な穴が開いている。


 盗賊が周囲を見回した。


「昨日は間違いなくこんな穴は無かった」


 その言葉に、全員の視線が穴の奥へ向く。


 冷たい闇が、どこまでも続いているように見えた。


 当初の目的は地底湖までの巡回。


 だが異変の原因を探るなら、この先を無視するわけにはいかない。


「行こう」


 クレイスの言葉に全員が頷いた。



 未知の空間を慎重に進む。


 数分後。


 景色が変わった。


 あまりにも唐突に。



 氷が消える。


 黒い岩肌も消える。


 代わりに現れたのは石造りの通路だった。


 壁には風化した装飾が刻まれている。


 古い石柱。


 崩れた彫刻。


 整然と敷かれた石畳。


 まるで別世界だった。



 クレイスは立ち尽くした。


(間違いない……)


 かつて何度も見た景色。


 背笑いのミムルが出現するダンジョン。


『ヴェルディア地下迷宮』


 自分が器として存在していたMMORPGの光景そのものだった。



 目の前に広がる空間がヴェルディア地下迷宮なら、背笑いのミムルが現れたことにも説明が付く。


 今回の異変は、自分の記憶と何らかの形で結び付いている。


 そしてそれは、主任研究員が追っている現象とも無関係とは思えなかった。


 ――だが。



「一度戻る」


 クレイスが言った。


 仲間達が視線を向ける。


「戻るのか?」


 騎士が眉をひそめた。


 ここまで来て引き返すとは思わなかったのだろう。


「ああ」


 クレイスは頷く。


「この先が怪しいのは間違いない」


 そう言って、迷宮の奥へ視線を向ける。


「だからこそ、今の俺達だけで踏み込むべき場所じゃない」


「まずは情報を持ち帰る」



 入口付近の景色は、クレイスの記憶と一致している。


 もしこの先も記憶通りなら、奥にはより危険な魔物が待ち受けている可能性が高い。


 下手に刺激すれば、さらに多くの魔物が外へ溢れ出すかもしれない。


 最優先すべきは、トンネル都市の安全確保だった。



 異論を挟む者はいなかった。


 六人は来た道を引き返す。


 未知の迷宮の全容は、まだ分からない。


 だが、この先に今回の異変の核心があることだけは確かだった。



 帰路。


 ソフィアは無言だった。


 不思議な感覚が胸に残っている。


 あの場所。


 あの空気。


 初めて訪れたはずなのに。


 どこか懐かしかった。


 理由は分からない。


 クレイスがあの場所を見た瞬間に表情を変えたことも。


 未知の魔物に対して妙に詳しかったことも。


 気になることは沢山ある。


 だが今は、確かなことが一つだけあった。


 あの場所は、自分にとっても全くの無関係ではない気がする。


 そんな説明の出来ない感覚だけが、胸の奥に残っていた。



 トンネル都市へ帰還した六人は、そのまま冒険者ギルド ビナー支部 トンネル都市拠点へ向かった。


 発見した未知の通路。


 その先に存在したダンジョン。


 そこから出現したと思しき未知の魔物について報告を行うためだ。



「つまり、氷鏡の洞窟で新たなダンジョンを発見したと」


「ああ」


 クレイスが頷く。


「規模は不明だ」


「未知の魔物の発生源である可能性が高い。封鎖を要請する」


 職員は真剣な表情で記録を書き込んでいく。



「未知の魔物の対処法は分かりました。しかし記録を残す以上、名称が必要になります」


「名称?」


「既に複数の目撃報告が上がっていますが、正式な呼称がありません」


 職員の言葉に、赤髪の女狩人が肩を竦めた。


「そういや名前無かったね、あいつら」


「呼び方が無ぇと不便だしな」


 盗賊も苦笑する。


 職員はクレイスへ視線を向けた。


「今回、最も詳細な情報を提供していただきました。よろしければ命名をお願いできますか」


 クレイスは僅かに沈黙する。


 そして答えた。


「……背笑いのミムル」


「背笑いのミムル、ですね」


 職員は頷く。


「確認しました。他の冒険者にもこの名称で通達します」


「背笑い、か。確かに後ろばかり狙ってきたな」


 騎士が納得したように頷いた。


「妙に覚えやすい名前だな」


 狩人も感心したように言う。



 こうして、『背笑いのミムル』という名は、未知の魔物の正式名称としてギルドの記録へ刻まれた。


 クレイスにとっては懐かしい名。


 だが、この世界の誰にとっても初めて耳にする名だった。

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