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異世界転生数秘術〜転生するのはあなたです〜  作者: Z.KEY
XNo.45&46 ソフィア&クレイス編
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第二章 第六節〜攻略前夜〜

 滞在八日目の昼。


 長期遠征者用宿舎の会議室には、紙をめくる音だけが静かに響いていた。


 机の上には冒険者ギルド ビナー支部 トンネル都市拠点から共有された大量の資料が広げられている。


 現在判明しているダンジョン内部の地図。


 遭遇した未知の魔物についてまとめられた観察記録。


 そして――『第一次探索報告書』。


 クレイス、騎士、赤髪の女狩人、盗賊、小柄な女僧侶、そしてソフィア。


 六人は机を囲み、それぞれ資料へ目を通していた。



「思った以上に苦戦してるな」


 騎士が報告書から顔を上げた。


 太い指でページを叩く。


「探索自体は進んでる。だが攻略は別問題か」


 盗賊も頷く。


「連戦で削られて撤退。こっちも撤退。あっちも撤退」


 報告書には似た記述が何度も並んでいた。


 地下二層到達。


 交戦。


 消耗。


 撤退。


 地下二層到達。


 交戦。


 撤退。


 地下二層が一つの壁になっているのは明らかだった。



 赤髪の女狩人は未完成地図を眺める。


 彼女は元々、知らない土地の地図を見るのが好きだった。


 だが今回ばかりは妙な違和感がある。


 探索済み区域。


 未確認区域。


 階段。


 分岐路。


 全体像はまだ見えない。


 それでも何故か作為的なものを感じる。


(妙なんだよね)


 天然の洞窟ではない。


 誰かが設計したような構造。


 けれど廃墟にしては綺麗すぎる。


 まるで誰かが使うことを前提に造った場所のようだった。



 報告書には新たな魔物についても記されていた。


 顔の代わりに何も描かれていない銀色の仮面を付けた木偶人形。


 現在の呼称。


『顔無しのデクル』


「この名前、誰が付けたんでしょうね」


 女僧侶が首を傾げる。


「さあな」


 騎士が腕を組む。


「最初に見つけた連中じゃねぇのか?」


「背笑いのミムルに続いて顔無しのデクル、か」


 赤髪の女狩人が苦笑した。


「なんか統一感あるよね」


「確かに」


 ソフィアも頷く。


「特徴そのままって感じです」


 冒険者らしい単純明快な名前だった。


 覚えやすいし伝わりやすい。


 盗賊は資料を眺めながら口元を緩めた。


(いや、それ絶対あの流れだろ)


 背笑いのミムル。


 あれはクレイスが付けた名前だ。


 そして顔無しのデクル。


 命名の雰囲気が妙に似ている。


 おそらく後続の冒険者達が真似したのだろう。


 最初の命名者が分かりやすい名前を付けると、後の連中も自然と同じ調子になる。


 冒険者という生き物は案外そういうものだった。



 ソフィアも資料へ目を通していた。


 宝箱出現報告。


 未知の魔物。


 地下二層。


 探索記録。


 読むほどに胸が高鳴る。


 危険なのは分かっている。


 だが。


(冒険してるなぁ……)


 思わず頬が緩む。


 ケテルで活動していた頃。


 彼女の冒険者生活は即席パーティばかりだった。


 依頼を受ける。


 集まる。


 終われば解散。


 それが当たり前だった。


 固定パーティなど縁がなかった。


 だからこそ。


 今こうして皆で資料を囲み、明日の探索を相談している時間が楽しい。


 自分が憧れていた冒険者の姿そのものだった。


「ソフィア」


「はい?」


「なんか嬉しそうだな」


 騎士が笑う。


 ソフィアは少し慌てた。


「そ、そんなことないですよ?」


「いやあるな」


「あるね」


 狩人も笑う。


「分かりやすい」


「顔に出てる」


 盗賊まで頷いた。


「えぇ……」


 ソフィアは耳を赤くする。



 クレイスはそんなやり取りを聞きながら窓の外を見ていた。


 トンネル都市の灯り。


 行き交う人々。


 遠くから聞こえる鍛冶場の音。


 だが意識は別の場所にあった。


 昨夜のことだ――



 滞在七日目夜。


 研究員達との調査報告を終えた後。


 クレイスは主任研究員の部屋を訪れていた。


「失礼します」


「入ってくれ」


 部屋の中には大量の資料が積み上がっていた。


 地底湖。


 氷鏡の洞窟。


 未知のダンジョン。


 全てが混在している。



 主任研究員は椅子へ腰掛けたまま言った。


「まず結論から話そう」


 クレイスは黙って耳を傾ける。


「君の記憶との一致率は?」


「入口周辺と地下二層まではほぼ一致しています」


「やはりか」


 主任研究員は頷いた。


「未知の魔物も一致するのかね」


「ええ。確認されている二種類は、どちらも記憶にある魔物です」


「顔無しのデクルもか」


「姿も習性も一致しています。ただ、その名前は本来のものではありません」


「なるほど」



「私の見立てでは」


 主任研究員が言う。


「今回出現したダンジョンと魔物は、君の記憶を再現している可能性が高い」


 クレイスも同意見だった。


 偶然では説明できない。


 あまりにも一致している。


「だが問題はそこではない」


 主任研究員は机へ肘を置いた。


「私は力の保存と継承を研究している」


 魔術。


 技術。


 知識。


 経験。


 人が一生をかけて積み上げたもの。


 それを保存し、別の人間へ受け渡せないか。


 それが主任研究員の研究テーマだった。


「しかし今回起きている現象は、その範疇を超えている」


 静かな声だった。


「知識だけではない」


「場所そのものが再現されている」


 クレイスも頷く。


 まさにその通りだった。



「原因は地底湖ではない」


 主任研究員は断言した。


「手掛かりは氷鏡の洞窟にある」


「俺もそう思います」


「だから調査を優先した」


 未知のダンジョン攻略を急がなかった理由だった。


「氷鏡の洞窟の調査結果も、まだ整理の途中だ」


 主任研究員は机の上の資料へ視線を落とした。


 そこには採取された氷のサンプルや観測記録が積み上がっている。


「結論を出すには時間が掛かるだろう」


 そして。


 主任研究員はクレイスを見る。


「その間に、君達探索班にはダンジョンの調査兼攻略を進めてもらいたい」


 クレイスは頷いた。


「既にギルドの冒険者達も攻略を開始している」


 主任研究員は未完成の地図へ視線を落とす。


「だが報告を見る限り、地下二層で足踏みしている状態だ」


 連戦による消耗。


 未知の魔物同士の連携。


 そして先の見えない構造。


 報告書からも苦戦の様子は明らかだった。


「もし君の記憶と一致しているなら、彼らだけではいずれ行き詰まる可能性が高い」


「……そうですね」


 クレイスも否定しなかった。


 少なくとも地下二層以降は、知識の有無で危険度が大きく変わる。


 構造を知らずに進めば消耗は増え続けるだろう。


「だが君は違う」


 主任研究員は静かに言った。


「ダンジョンそのものを知っている」


 クレイスは黙っていた。


「もちろん記憶通りとは限らない。油断は禁物だ」


 主任研究員は続ける。


「それでも先行探索者達より圧倒的に有利なのは間違いない」


 未確認区域。


 危険箇所。


 魔物の傾向。


 それらを把握している可能性がある。


 それだけで探索効率は大きく変わる。


「学術院にとってダンジョン攻略は目的ではない」


 主任研究員は続ける。


「研究を進めるための手段だ」


 必要な情報を得る。


 そのためにダンジョンを探索する。


 探索を続けるためには障害を取り除かなければならない。


 そして探索班の生存率も上げる必要がある。


「だからこそ、君の知識を最大限活用する」


 主任研究員は未完成の地図を指先でなぞった。


「幸い、この二日でギルド側もかなりの情報を集めてくれた」


 地下二層までの地図。


 未知の魔物の特徴。


 戦闘記録。


 撤退事例。


 先行した冒険者達が得た情報は決して少なくない。


「彼らは攻略に苦戦している」


 主任研究員は静かに言う。


「だが、その苦戦も無駄ではない」


 どこで消耗したのか。


 何が脅威なのか。


 どこまで進めたのか。


 その全てが次の冒険者の糧になる。


「彼らの報告は、君の記憶が正しいかを確かめる材料にもなる」


「加えて、ビナーや冒険者ギルドへ貸しを作ることも出来る」


 主任研究員は小さく笑った。


「未知のダンジョンの攻略に貢献すれば、今後の調査も進めやすくなるだろう」



「もっとも」


 主任研究員は苦笑した。


「我々が刺激した結果だとしたら、実に研究者らしい失敗だがね」


 クレイスは思わず眉をひそめた。


 冗談として流すには、少々笑えない話だった――



「クレイスさん?」


 ソフィアの声で我に返る。


「どうしたんですか?」


「いや」


 クレイスは窓から視線を戻した。


「少し考え事だ」


 そして机の上の地図を見る。


 地下二層までの構造。


 記憶通りだった。


 だが。


 だからこそ油断はできない。


 ここはゲームではない。


 死ねば終わりだ。


 やり直しは存在しない。



 その日の夕方。


 会議は解散となった。


 六人はそれぞれ翌日の準備へ向かう。


 ソフィアは自室へ戻ると机に座った。


 白紙の書を開く。


 ペンを取る。


 そして書き始めた。


 背笑いのミムル。


 未知のダンジョン。


 氷鏡の洞窟。


 調査の日々。


 仲間達との会話。


 少しずつ増えていく思い出。



 ペンを走らせながら、ふとクレイスの顔が思い浮かぶ。


 未知の魔物への対応。


 初めて訪れたはずの場所で見せた反応。


 そして時折見せる、何かを知っているような視線。


 きっと彼には、まだ話していない事情があるのだろう。


 だが問い詰める気はなかった。


 世界柱で聞いた転生者の話を思い出す。


 前の世界。


 失われた過去。


 それは簡単に語れるものではないはずだ。


 それに。


 今ここで無理に聞き出そうとしても、良い結果になる気がしなかった。


 せっかく築いた信頼関係に余計な影を落としたくない。


「今は、いいか」


 ソフィアは小さく笑う。


 いつか本人が話したくなった時に聞けばいい。


 そう思いながら、再び白紙の書へ視線を落とした。



 翌朝。


 滞在九日目。


 クレイス達六人は氷鏡の洞窟へ向かっていた。


 そして。


 何度も足を運んだ氷壁周辺へ到着した時。


「うわぁ……」


 ソフィアが思わず声を漏らした。


 景色が変わっていた。


 巨大な鉄格子。


 頑丈な鉄扉。


 黒い岩肌へ固定された鉄製の檻。


 未知のダンジョンへ続く大穴を完全に封鎖している。


 その周囲には多くの冒険者達が集まっていた。


 物資を整理する者。


 地図を広げる者。


 情報交換を行う者。


 臨時の野営地のような賑わいだ。


 人が集まったせいか周囲の氷も一部溶け、黒い岩肌が露出している。



「すげぇな」


 騎士が感心したように言う。


「もう前線基地じゃねぇか」


「新しい迷宮が見つかったって聞いた時の冒険者なんて、だいたいこんなもんだよ」


 狩人が笑った。


「違いねぇ」


 盗賊も肩を竦める。


 研究員達を先に連れて来て調査を済ませたのは正解だった。


 今では探索者が多すぎる。


 純粋な現地調査は難しかっただろう。



 ギルド職員へ身分証を提示する。


 職員が頷き、頑丈な鉄扉が開かれた。


 六人は鉄格子の内側へ足を踏み入れる。


 その先には、氷鏡の洞窟の奥へ続く通路が伸びていた。


 未知のダンジョンがあるのは、その先だ。


 氷壁に開いた大穴を抜け。


 数分ほど進んだ先。


 石造りの迷宮が姿を現す。


 クレイスは静かに息を吐いた。


 懐かしい場所。


 そして今は未知の場所。


「行こう」


 その一言に。


 五人が頷く。



 こうして六人は、未知のダンジョンとして知られる迷宮の攻略を開始した。


 まだ誰も知らない異変の核心へ向かって。

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