第一章 第五節〜橋上瀑布大作戦〜
翌朝。
再編成を終えた遠征調査隊は、再び白い大橋の付近まで戻ってきていた。
空は晴れている。
世界柱から流れ落ちる巨大な滝は、朝日を受けて白銀に輝いていた。
だが橋の周囲には、昨日よりも濃い魔物の気配が漂っている。
「……嫌な予感しかしねぇな」
騎士が眉をひそめる。
その時、偵察へ出ていた盗賊が戻ってきた。
「橋の上、まだ溜まってる」 「どれくらいだ?」 「昨日より増えてる」
空気が重くなる。
どうやら、野盗達の死体が完全に撒き餌になってしまったらしい。
自業自得ではあるが、こちらとしてはたまったものではない。
◇
「他のルートは?」
研究員の一人が尋ねる。
盗賊が首を振った。
「滝裏に回廊がある。でも馬車は通れない」
遠征調査隊は大所帯だ。
調査設備。
物資。
馬車。
今さらルート変更は現実的ではない。
「つまり、橋を突破するしかないってことか……」
赤髪の女狩人が肩を竦める。
その間。
ソフィアは少し離れた場所で、じっと滝を見つめていた。
轟々と流れ落ちる水。
終わりの見えない水流。
その白い飛沫を見ながら、彼女は考える。
(……収納した物って、どこに行ってるんだろう)
袋に詰め込んでいる感覚ではない。
積み上がっているわけでもない。
欲しいものだけが現れる。
干渉もしない。
容量も実質無限。
制限があるのは、“入口の大きさ”だけ。
なら。
もし。
流れ続けるものを、“通し続けた”なら――
「……あ」
ソフィアの碧眼がぱちりと開く。
◇
「クレイスさん」 「なんだ」
嫌な予感がした。
声を掛けられた瞬間、クレイスは本能的にそう思った。
ソフィアは妙にいい笑顔をしている。
「作戦、思いつきました!」 「その顔やめろ」 「えっ」 「絶対ろくでもない」
◇
数十分後。
クレイスは滝裏の回廊へ連行されていた。
巨大な滝の内側。
天然洞窟のような白い通路。
轟音が絶え間なく響き、水飛沫が霧になって漂っている。
「それで?」 「私の能力って、物を収納できますよね」 「知ってる」 「でも、収納した物って、中で押し合ってる感じじゃないんです」
ソフィアが真剣な顔で語る。
「だからたぶん、“流体”もそのまま保持できるんじゃないかと思って」 「……待て」
クレイスの声に警戒が混じる。
だがソフィアは止まらない。
「つまりですね」
彼女は両手を広げた。
「滝を収納して、一気に放出したら強いんじゃないかなって!」
「は???」
◇
「いや待て待て待て」 「理論上いけます!」 「理論上で全部押し通すな!」 「大丈夫ですって!」 「何を根拠に!?」 「なんとなく!」
最悪だった。
だが。
クレイスは薄々気付いてしまっていた。
たぶん。
これ、成功する。
◇
ソフィアが魔法陣を展開する。
白銀の円陣。
そして。
滝の中へ向けて出現。
瞬間。
轟音の一部が消えた。
「……うわ」
クレイスが思わず引く。
滝の水が、魔法陣へ吸い込まれている。
大量に。
延々と。
しかもソフィア本人は平然としていた。
「いける……!」 「いけちゃ駄目だろ普通!」
△
▽
そして作戦決行。
遠征調査隊は再び橋へ突入した。
騎士が前衛を支え。
盗賊が側面を処理。
狩人の矢が飛び。
僧侶が支援を行う。
騎士達四人が橋入口で防衛線を形成する。
その間に、クレイスとソフィアが中央突破を担当する――それが今回の作戦だった。
クレイスは槍を振るいながら前へ出た。
「道を開ける!」
魔力が奔る。
槍先から放たれた雷撃が橋上を薙ぎ払う。
爆発。
魔物達が吹き飛ぶ。
「ソフィア!」 「はい!」
二人は一気に橋の半ばまで駆け抜けた。
クレイスが迎撃。
ソフィアが後方支援。
呼吸は完璧だった。
◇
橋中央へ到達。
ソフィアは即座に荷物からロープを取り出す。
「持ってて良かった……!」 「何を想定してたんだお前は!」
ロープを橋の支柱へ結び付ける。
さらに自分とクレイスの腰へ固定。
「命綱よし!」 「ほんとにやるのか!?」 「やります!」
ソフィアは空へ手を掲げた。
◇
出現した魔法陣は、下向きだった。
そして次の瞬間。
滝が落ちてきた。
「――――っ!?」
轟音。
白い瀑布が橋中央へ直撃する。
直後。
圧縮された激流が、爆発するように全周囲へ弾け飛んだ。
橋上を埋め尽くしていた魔物達が、まとめて左右の橋外へ吹き飛ばされる。
橋が震動する。
白い水流が橋面を暴れ狂い、欄干から滝のように溢れ落ちた。
そして当然。
至近距離にいたソフィア達も巻き込まれた。
「きゃあああああ!?」 「だから言っただろうがぁぁぁぁ!!」
二人まとめて橋外へ吹き飛ぶ。
だが。
ロープが張る。
命綱が二人を支えた。
宙吊り状態で激流をやり過ごしながら、クレイスは本気で頭を抱えた。
「お前ほんと何なんだよ!?」 「でも成功しましたよー!!」
橋の上。
魔物は綺麗さっぱり消えていた。
◇
橋入口側。
遠征隊の面々は沈黙していた。
「……」 「……」 「……」
最初に吹き出したのは赤髪の女狩人だった。
「ぶはっ!! あははははは!!」
腹を抱えて笑い始める。
騎士は呆然。
小柄な女僧侶は額を押さえている。
盗賊は肩を震わせていた。
「いや……発想が狂ってるだろ……」 「滝を武器にする奴初めて見た……」
研究員達も反応が分かれていた。
青ざめる者。
爆笑する者。
本気で引いている者。
ただ一つ確かなのは。
橋の制圧には成功したということだった。
◇
その後。
遠征調査隊は山脈地帯へ到達する。
白き天空の領域ケテル地上部。
そして黒き凍土の領域ビナー。
その二領域を隔てる巨大山脈。
そこを貫く山間トンネルこそ、陸路交易の生命線だった。
内部には街が形成されている。
宿泊施設。
鍛冶場。
倉庫。
交易所。
そして、ビナーへ向かう者達の拠点。
冷たい風が吹き込む入口を見上げながら、ソフィアは小さく息を吐いた。
「……ここが、ビナーへの入口」
クレイスが隣へ並ぶ。
「ああ」
トンネルの奥。
そこには、「選定の回廊」が存在する。
放浪者を捨て。
新たな適性を得るための試練。
ソフィアはまだ知らない。
自分が得るものが、ただの「僧侶」ではないことを。
その魂に刻まれた資質が。
もっと別の、“特別な道”へ繋がっていることを。




