第一章 第四節〜同じギルドだった君へ〜
白き橋の上を、風が吹き抜ける。
世界柱から流れ落ちる滝の轟音。
飛沫。
揺れる水煙。
その中央で、ソフィアとクレイスは魔物の群れと対峙していた。
◇
戦況そのものは優勢だった。
クレイスの広範囲魔術が敵陣を削り。
突破してきた個体を槍で仕留める。
その隙をソフィアが埋める。
遠距離支援。
治療。
近接迎撃。
必要な役割を即座に切り替えながら、戦線を維持していた。
だが。
「数が減らない……!」
ソフィアが息を呑む。
橋の出口側から、なお新たな魔物が現れている。
おびき寄せられているのだ。
完全突破は難しい。
その時だった。
「野盗は片付けた!」
後方から騎士の声が響いた。
クレイスは即座に振り返る。
橋の入口側。
既に馬車列は方向転換を終えていた。
クレイスは戦闘が始まる前、密かに馬車を撤退可能な向きへ変えさせていたのだ。
「全車、橋を離脱しろ!」
研究員達が慌ただしく動き出す。
馬車が軋みながら走り始めた。
「狩人、援護を!」 「任せな!」
赤髪の女狩人が弓を引く。
放たれた矢が、魔物の眼球を正確に射抜いた。
◇
「後退しながら迎撃する!」
クレイスが叫ぶ。
ソフィアは頷き、杖を構えた。
氷弾。
炎弾。
初歩魔術を連続展開し、橋幅を制圧する。
その間をクレイスが駆ける。
槍が唸り、魔物を切り裂く。
橋上を少しずつ後退。
狩人の矢が援護。
連携は崩れない。
やがて。
橋の入口付近まで戻ってきた。
だが魔物達は追撃を止めない。
「しつこい……!」
ソフィアが眉を寄せた、その時。
クレイスの視界に、盗賊の動きが映った。
◇
盗賊は騎士と共に、気絶した野盗達を運んでいた。
馬車の進路を塞がぬよう、橋脇へ移動させ。
一箇所へまとめている。
その意図を、クレイスは即座に理解した。
(……なるほど)
魔物は、より弱い獲物へ向かう。
そして血の臭いへ集まる。
なら。
盗賊がクレイスへ目配せする。
クレイスは無言で頷いた。
乗った。
◇
「離脱するぞ!」
クレイスが叫ぶ。
ソフィアと赤髪の女狩人が後退。
その直後。
追撃してきた魔物達の先頭が、橋脇へ転がされた野盗達へ気付いた。
一瞬。
魔物達の動きが止まる。
そして。
獲物を変えた。
「ぎ、ぎゃああああ!!」 「待っ――やめろ!!」
悲鳴が橋へ響き渡る。
だが遠征隊は止まらない。
馬車は既に街道へ抜けている。
クレイスは振り返らなかった。
ソフィアもまた、何も言わなかった。
野盗達は、自分達で撒いた種だ。
そして今は、生き残ることが優先だった。
△
▽
その後。
遠征調査隊は、世界柱内部への入口手前に存在する中継拠点へ到着した。
石造りの小規模要塞。
巡礼時代の名残を残す宿泊施設。
簡易工房。
食堂。
そして、負傷者達が休める休憩所。
幸い、設備被害は軽微だった。
隊員達の怪我も大きなものではない。
「こっち座ってください」 「あ、ありがとうございます……」
休憩所では、負傷者達への治療が行われていた。
ソフィアが治療術を施し、隣では護衛の小柄な女僧侶が回復魔法を使っている。
暖かな光。
ゆっくり閉じていく傷。
「ソフィアさん、治療もできるんですね……」 「少しだけですよ」
そう笑う彼女から視線を逸らし、クレイスは休憩所の壁際へ背を預け、小さく息を吐いた。
疲労を逃がすように、そっと目を閉じる。
その時だった。
がたっ、がたっ。
木椅子が二つ、クレイスの前へ運ばれてくる。
「――さて」
声に促され、クレイスは閉じていた目を開けた。
ソフィアが満面の笑みを浮かべている。
嫌な予感しかしない。
彼女は片方の椅子へ腰掛け、残った一つを軽く叩いた。
「どうぞ」
完全に尋問する側の顔だった。
△
▽
「聞きたいこと、いっぱいあるんですけど」 「……だろうな」
「まず、なんで私を一目で転生者だって分かったんですか?」 「それは……」 「あと、どうしてはぐらかしたんですか?」 「……」 「それと」
ソフィアがじっと見つめてくる。
「なんで私達、初めてなのにあんなに自然に戦えたんですか?」
クレイスは視線を逸らした。
完全に追及モードだった。
「……一つ、交換条件だ」 「交換条件?」 「先に、君の話を聞かせてくれ。なぜビナーに向かっている」
ソフィアは少しだけ目を細める。
「……ちゃんと教えてくれる?」 「出来る範囲では」 「絶対ですよ?」 「善処する」
「怪しいなぁ……」
そう言いながらも、ソフィアは語り始めた。
◇
ケテルへ降り立ったこと。
冒険者として活動したこと。
万能型ゆえに固定パーティへ馴染めなかったこと。
街仕事を続けていたこと。
神殿へ誘われたこと。
僧侶見習いとして過ごした日々。
そして。
「正式な僧侶になるための試練で、ビナーへ向かってるんです」
そこまで聞き終えた時。
クレイスは小さく笑っていた。
「……君らしいな」 「え?」
ソフィアが首を傾げる。
クレイスは少し黙り込み、やがて観念したように息を吐いた。
◇
「俺達は、前の世界で同じギルドだった」
ソフィアの目が見開かれる。
「え……」
「幹部メンバーだった。何度もパーティを組んで、一緒に戦った」
クレイスは静かに続ける。
「俺は転生の時、記憶が強く残った。仲間達のことも、全部」
だから探していた。
転生者を。
仲間を。
研究員になったのも、そのためだ。
「ようやく君を見つけた。でも……」
クレイスは苦笑する。
「君は、俺のことを覚えていなかった」
ソフィアは何も言えなかった。
「それでも、話していると分かるんだ」
クレイスは静かに言った。
「ちゃんと、ソフィアなんだって」
◇
「……多分」
クレイスは視線を落とす。
「俺だけ記憶が強いのは、“叡智の力”の影響だ」
他の転生者達は違う。
きっと。
転生前の記憶は、“遠い記録”として整理されている。
元の世界に帰りたいと思わないように。
過去の記憶に囚われ続けないように。
この世界で生きていこうと思わせる為に。
「最初は、それが許せなかった」
忘れたくなかった。
覚えていて欲しかった。
仲間も。
時間も。
世界も。
「でも」
クレイスはソフィアを見る。
「今の君を見ていると……それも必要だったのかもしれないって思う」
過去に縛られ続ける自分。
この世界で前に進んでいるソフィア。
どちらが健全かなんて、考えるまでもなかった。
「だから」
クレイスは少し照れ臭そうに笑う。
「俺も、君を見習いたいと思った」
◇
しばらく、沈黙が落ちた。
中継拠点の窓の外では、世界柱から流れる水音が響いている。
ソフィアはゆっくり俯いた。
そして。
「……そっか」
小さく呟く。
「私、忘れちゃってたんだ」
悲しそうではなかった。
むしろ。
どこか、申し訳なさそうだった。
「ごめんなさい」
「謝るな」
クレイスは即座に言った。
「君が悪いわけじゃない」
「でも、クレイスさんは覚えてて、私は覚えてなくて……」
「それでも」
クレイスは静かに笑う。
「ちゃんと今、また会えた」
ソフィアはゆっくり顔を上げた。
その碧眼が揺れている。
「……不思議です」
「何が?」 「覚えてないのに、懐かしいんです」
橋の上で感じた感覚。
並んで戦った時の安心感。
自然な呼吸。
その全てが繋がっていく。
ソフィアは少しだけ笑った。
「だったら、きっと本当に仲間だったんですね」
その笑顔を見て。
クレイスはようやく、自分の中の何かが少しだけ軽くなった気がした。




