第一章 第三節〜橋上の共闘〜
遠征調査隊が「知恵と創造の領域コクマー」を出発したのは、薄曇りの朝だった。
大型馬車が三台。
一台は研究設備を積んだ調査用。
一台は補給物資や交換資材を積んだ資材用。
そしてもう一台は、研究員達が乗り込む人員用だった。
研究員はクレイスを含めて七名。
それに護衛冒険者四名を加えた遠征調査隊は、ゆっくりと石畳の街道を進んでいく。
さらに、ビナー行きの旅人として同行するソフィアの姿もあった。
◇
クレイスは馬車の隣を歩きながら、前方を見据えていた。
視界の端では、ソフィアが研究員達と談笑している。
「その干し肉、薬草の匂いしません?」 「分かるか!? 保存用の調合してるんだよ」 「へぇ……コクマーって食料まで研究するんですね」 「長期遠征じゃ死活問題だからな!」
もう打ち解けている。
研究員達も自然と笑顔になっていた。
それを見ながら、クレイスは小さく目を伏せる。
(……変わってないな)
誰とでも自然に距離を縮める。
空気を和らげる。
場の輪郭を丸くする。
昔からそうだった。
だからこそ、ギルドの中心にはいつも彼女がいた。
クレイスはその記憶を振り払うように視線を逸らした。
話すべきではない。
自分達が前の世界で仲間だったことも。
同じギルドだったことも。
全て話したところで、彼女は覚えていない。
そしてきっと、傷つくのは自分の方だ。
◇
数日後。
遠征調査隊は「白き天空の領域ケテル」地上部へ到達した。
世界柱。
空を支える白き巨塔。
その根元は、雲海の上から見た時よりも遥かに巨大だった。
白い岩肌のような外壁を、無数の水流が伝っている。
塔の高所から流れ落ちる水は巨大な滝となり、轟音を響かせながら滝壺へ注いでいた。
「……すごい……」
ソフィアが思わず立ち止まる。
滝壺から続く大河は、遥か遠方へ流れていた。
美と調和の領域ティファレトへ続く水路。
そしてその上には、白い大橋が架かっている。
橋の材質は、世界柱と同じだった。
継ぎ目もなく、一枚岩のように巨大な橋。
中央へ進めば、世界柱と滝を同時に一望できる。
かつてこの地は、巡礼者と冒険者で賑わっていた。
世界柱内部を攻略する者達の中継地点。
ケテルを目指す旅人達の通過点。
だが今では、飛空艇が空路を繋いでいる。
残っているのは、小規模な拠点だけだった。
「……静かですね」
橋を歩きながら、ソフィアが呟く。
「昔はもっと人がいたらしい」 「クレイスさん、来たことあるんですか?」 「研究で何度か」
必要最低限の返答。
ソフィアとの距離感を、クレイスはまだ決めかねていた。
近づきすぎれば、記憶が揺れる。
離れすぎれば、不自然になる。
その曖昧さが、妙に疲れた。
そんな時だった。
「止まって!」
赤髪の女狩人が鋭く声を上げた。
全員の動きが止まる。
「前方……橋の出口側。魔物の群れ」
空気が張り詰める。
クレイスは即座に前方へ視線を向けた。
確かにいた。
橋の先。
黒い毛皮を持つ狼型魔物が複数。
さらにその奥にも影が動いている。
「……多いな」
刺激しない方がいい。
この狭い橋では、包囲されれば厄介だ。
「一旦引き返す――」
指示を出しかけた、その時。
「おっと、そいつぁ困るなぁ」
後方から声が響いた。
振り返る。
橋の入口側。
そこには十数人ほどの野盗達が陣取っていた。
剣。
弓。
粗末な鎧。
そして下卑た笑み。
「通りたきゃ金目のもん全部置いてけ」 「そうすりゃ命だけは助けてやる」
研究員達が息を呑む。
クレイスは瞬時に状況を把握した。
(……利用してるのか)
前方の魔物。
後方の野盗。
挟撃。
だが野盗側も完全に魔物を制御しているわけではない。
だから距離を取っている。
つまり――真正面から戦えば、野盗そのものは脅威ではない。
「クレイス!」
騎士が低く声を掛ける。
クレイスは即座に判断した。
「騎士、狩人、盗賊、僧侶。後方の野盗を排除しろ」 「前はどうする!?」 「俺が抑える」
その瞬間。
「私も前に行きます」
ソフィアだった。
金髪を風に揺らしながら、真っ直ぐクレイスを見る。
「援護できます」 「……危険だぞ」 「後ろは四人いれば十分です。でも前は、クレイスさん一人でしょう?」
一瞬だけ迷う。
だが。
クレイスは静かに頷いた。
「……分かった。無理はするな」 「はい!」
△
▽
ソフィアが足元へ小さな魔法陣を開く。
淡い光。
そこから白木の杖を引き抜いた。
研究員達が息を呑む。
「収納魔法……!?」 「いや、今の一瞬で……」
だが説明する時間はない。
前方の魔物達が唸り声を上げた。
クレイスは槍を構える。
黒銀の穂先へ魔力が走る。
「――下がってろ」
次の瞬間。
槍の先端から蒼白い魔力が迸った。
轟音。
橋上を奔る雷撃。
先頭の魔物群へ炸裂し、数体をまとめて吹き飛ばす。
「行くぞ!」
クレイスはそのまま突撃した。
魔術師の装い。
だが動きは完全に前衛。
低く滑り込むように間合いへ入り、槍を横薙ぎに振るう。
骨が砕ける音。
魔物が橋の外へ吹き飛んだ。
さらに背後から別個体が飛び掛かる。
「クレイスさん、しゃがんで!」
反射的に屈む。
直後。
ソフィアの放った炎弾が頭上を掠めた。
爆ぜた火球が魔物を直撃し、そのまま橋外へ叩き落とす。
「……!」
クレイスの目が見開かれる。
迷いがない。
タイミングが完璧だった。
まるで。
(昔みたいだ)
脳裏に過る。
共に戦った記憶。
背中を預けた時間。
◇
魔物が再び迫る。
クレイスは魔力を纏わせた槍で貫き、そのまま蹴り飛ばした。
だが倒れた一体がまだ生きていた。
橋の床を滑りながら、死角から襲い掛かる。
「っ!」
その瞬間。
ソフィアの杖が光の粒となって消えた。
代わりに、白銀の剣がその手へ現れる。
一閃。
鮮やかな軌道。
魔物の首が跳ねた。
「大丈夫ですか!?」 「……ああ」
クレイスは思わず笑ってしまいそうになる。
戦士。
魔術師。
僧侶。
どれも中途半端。
だが、その全てを繋げて戦う。
それがソフィアだった。
◇
橋の反対側では、護衛冒険者達も野盗を押し返していた。
騎士が前線を固定し。
赤髪の女狩人が矢で牽制し。
盗賊が側面を崩し。
小柄な女僧侶が支援する。
その間にも、クレイスは何度も隣へ視線を向けてしまう。
ソフィアの動きが、不思議なほど見やすかった。
「左!」
反射的に声が飛ぶ。
次の瞬間、ソフィアは迷いなく横へ跳び、死角から迫っていた魔物を避けた。
「っ、危な……!」
直後、クレイスの槍が魔物を貫く。
まるで互いの動きが分かっていたような噛み合い方だった。
初めて共闘した相手とは、とても思えないほどに。
◇
ソフィアもまた、戦いながら妙な感覚を覚えていた。
(……なんだろう)
懐かしい。
安心する。
この人と並んで戦うことに、違和感がない。
むしろ。
ずっと前から、こうしていたような気さえする。
クレイスが前へ踏み込む。
なら自分は後方を支える。
彼が攻める瞬間が分かる。
必要な援護の位置が分かる。
それが、あまりにも自然だった。
橋を吹き抜ける風の中。
ソフィアは無意識に、小さく呟いていた。
「……私、この人を知ってる……?」




