第一章 第二節〜再会は初対面のように〜
時は少し遡る。
◇
金属音が響いていた。
蒸気。歯車。回転する機構。青白い魔力灯。
「知恵と創造の領域コクマー」は、ケテルとはまるで違う空気を持つ街だった。
白く静かな天空都市とは対照的に、この領域は“動いている”。
研究者が走り回り、工房では火花が散り、飛空艇用の機関音が昼夜を問わず鳴り響く。
その喧騒の中を、黒衣の青年が歩いていた。
緑髪。
碧眼。
細身の黒い防具。
一見すれば魔術師。
だが背負っているのは杖ではなく、長槍だった。
クレイスは学術都市中央区の石畳を歩きながら、小さく息を吐く。
「……今日も人が多いな」
空を見上げれば、飛空艇が雲海の上へ昇っていく。
その先にあるのは、「白き天空の領域ケテル」。
クレイスは飛空艇を見上げながら、胸の奥に小さな引っ掛かりを覚えていた。
その正体を、まだ自分でも言葉に出来なかった。
◇
彼もまた、“終わった世界”から来た存在だった。
誰かと共に旅をするための器。
長い旅。
戦い。
攻略。
仲間たちとの日々。
積み重ねられた時間は、いつしか器の内側へ確かなものを残していた。
そして最後。
静かに閉じていった世界。
だがクレイスは、覚えていた。
他の転生者よりも、ずっと鮮明に。
仲間たちの名前。
交わした会話。
戦場。
笑い声。
別れ際の言葉。
それらが、消えずに残っていた。
だからこそ、未練になった。
もし誰かがこの世界へ来ているなら。
もし再び会えるなら。
そう考えずにはいられなかった。
◇
転生後のクレイスは、冒険者ギルド コクマー支部へ所属した。
情報収集のためだった。
コクマーは知識の集積地だ。
学者。
星詠。
錬金術師。
研究者。
交易商人。
多くの人と情報が集まる。
ならば、転生者について知る者もいるかもしれない。
そう考えた。
クレイスは強かった。
戦士としての身体能力。
そして魔術師としての魔力操作。
二つを同時に扱える冒険者など、この世界でも極めて珍しい。
槍を振るいながら魔術を放つ。
接近戦を行う魔術師。
あるいは詠唱する戦士。
その異質さは、コクマーの冒険者達の間でも少しずつ知られていった。
だが。
「パーティのお誘いだ。悪い話じゃないと思うぜ?」
「……すまない。単独の方が性に合ってる」
クレイスは、誰とも組もうとしなかった。
仲間を拒絶していたわけではない。
ただ。
今の誰かと関係を築けば築くほど、“あの頃”を思い出してしまう。
それが苦しかった。
◇
「研究調査員になりませんか?」
声を掛けられたのは、ギルド支部で依頼報告を終えた直後だった。
灰色のローブを纏った女性研究員。
学術院所属の人物らしい。
「……俺に?」
「ええ。あなた、“戦える魔術師”でしょう?」
クレイスは少しだけ眉を動かした。
「フィールドワークに適した人材を探しているんです。遺跡調査、魔物観測、未開領域の探索……コクマーの研究は、現場仕事も多いので」
本来、研究者は護衛を必要とする。
だがクレイスは、自力で戦える。
しかも魔術知識も高い。
研究機関にとって、これ以上ない人材だった。
クレイス自身は、最初断るつもりだった。
だが。
「学術院の書庫には、“転生者”についての記録もありますよ」
その一言で、足が止まった。
◇
学術院の書庫は、静寂の海だった。
高い天井。
無数の本棚。
浮遊灯の淡い光。
そこでクレイスは、初めて知る。
転生者。
異界セフィロトへ、別世界から招かれる者達。
彼らを導く超越存在。
転生時に授かる適性。
特異能力。
数字によって分類される加護体系。
公にはされていない秘匿情報。
記録は断片的だった。
だが確かに、自分達と同じ存在が過去にもいた。
「……やっぱり、俺だけじゃなかったんだな」
誰もいない書庫で、クレイスは小さく呟いた。
△
▽
研究調査員となったことで、もう一つ恩恵があった。
工房との繋がりだ。
「つまり、“槍として扱える杖”が欲しいと?」 「逆だ。“杖として使える槍”だ」
工房主任は盛大に顔をしかめた。
「無茶を言うな……」 「出来ないか?」 「出来る出来ないで言えば出来るが!」
結果として完成したのは、黒銀色の長槍だった。
一見すると戦士用武装。
だが内部には魔力導路が刻まれており、穂先と石突の両方を起点として魔術行使が可能になっている。
クレイスは完成した槍を静かに握る。
不思議と、手に馴染んだ。
「……これならいける」
△
▽
そしてある日。
研究機関から正式な遠征命令が下る。
目的地――黒き凍土の領域ビナー。
氷雪地帯。
黒い岩山。
極寒。
調査対象は、永久凍土層下部の魔力反応。
大規模遠征になるため、今回は研究員だけではない。
輸送馬車。
観測設備。
補給物資。
さらに冒険者ギルドから護衛も雇われた。
◇
顔合わせ当日。
会議室には既に四人の冒険者が集まっていた。
大盾を背負った騎士。
赤髪の女狩人。
無口そうな盗賊。
そして、小柄な僧侶。
「今回護衛を担当する連中だ」 「よろしくー」 「……よろしく」 「道中の治療は任せてください!」
クレイスは軽く会釈した。
「クレイスだ。調査隊の現場指揮を担当する」
説明を始めようとした、その時だった。
「すみません。少しお話よろしいですか?」
聞こえた声に、クレイスの思考が止まった。
振り向く。
金髪。
碧眼。
白い旅装束。
柔らかな笑み。
その姿を見た瞬間、クレイスの胸が強く脈打った。
(……嘘だろ)
忘れるはずがない。
長い時間を共に過ごした。
同じギルドで戦った。
あの背中を。
ソフィアだった。
だが彼女は、まるで初対面のように頭を下げる。
「私はソフィアといいます。ビナーへ向かう旅の途中なのですが、もし可能なら同行させていただけないでしょうか?」
クレイスは一瞬、言葉を失った。
だが周囲には人がいる。
ここで不用意に転生者の話をするわけにはいかない。
それに。
ソフィア自身が、初対面として振る舞っている。
ならば。
「……護衛戦力は多い方がいい」
クレイスは静かに答えた。
「同行を許可する」
「ありがとうございます」
ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。
その笑顔に、胸の奥がざわつく。
覚えていないのか?
それとも演技か?
クレイスには判断できなかった。
◇
打ち合わせ終了後。
冒険者達が去り、会議室に二人きりになった頃。
クレイスは深く息を吸った。
「……一つ聞きたい」
「はい?」
「君は、“転生者”じゃないのか?」
ソフィアの瞳が大きく揺れた。
「え……」
驚愕。
困惑。
そして警戒。
その全てが一瞬浮かぶ。
「どうして、それを……?」
「やっぱりか」
クレイスは静かに目を閉じた。
間違いなかった。
だが次の言葉は、予想外だった。
「……あなた、私のこと知ってるんですか?」
クレイスは目を開く。
「覚えてないのか?」
「え……?」
ソフィアは本気で戸惑っていた。
「私は、自分が転生者だってことと……前の世界で、誰かと一緒に旅をしていたことは覚えてます。でも……」
彼女は困ったように眉を下げる。
「あなたとは、初めて会った気がして……」
その言葉に、クレイスは沈黙した。
自分だけが覚えている。
自分だけが、“あの頃”を鮮明に持っている。
それが、こんなにも寂しいことだとは思わなかった。




