第二話 鉄壁の槍使いは太陽が嫌い
国が用意した馬車は、驚くほど快適だった。
それが、レオンには腹立たしい。
「そんなに嫌そうなお顔をなさらなくても」
向かいに座るアリアが、窓の外を眺めながら言った。
「嫌だから嫌そうな顔をしてるんだよ」
「竜退治が、ですか?」
「竜退治は別に嫌じゃない」
「大型甲種の疑いがある。多くの軍人がいて被害が出てる。勇者が必要だと」
「それなら、行くしかありませんね」
「全く・・・・面倒なこった」
レオンは煙草を取り出しかけ、アリアの視線に気づいて手を止めた。
「煙草を吸うのは、休憩まで我慢してください」
「……分かったよ」
レオンは煙草を懐へ戻した。
アリアが、わずかに目を丸くする。
「今日は聞き分けがいいですね」
「お前、俺を何だと思ってるんだ」
「時々、驚くほど子供っぽい方です」
アリアは何気なく言った。
レオンは返事をせず、窓の外へ目を向ける。
街並みは畑へ変わり、やがて踏み固められただけの道が続く草原へと変わった。
後方には、薄く煙が見えている。ずいぶん遠くまで来たようだ。
レオンが窓に頭を預け、半ば眠りかけていると、外を見ていたアリアが口を開いた。
「食事はしばらく軍の配給食でしょうね」
アリアの独り言にレオンが反応した。
「………それは嫌だな。今後は依頼条件に飯の待遇を入れておこう!」
「依頼の成否より先に、そちらを心配なさるのですか?」
「竜は倒せばいい。固いパンと薄いスープは、どうしようもない」
「戦地に何を求めているのですか」
「せめて焼いた肉が食いたい。香草を使ったやつ」
「贅沢を言わないでください」
「食事くらい楽しみにしてもいいだろ。命懸けなんだから」
「命懸けになる前から、食事の心配をしているではありませんか」
「腹が減ってると、命を懸ける気も失せるんだよ」
レオンは背もたれに頭を預けた。
「……せめて肉が出るといいな」
「軍の食事に期待しすぎないことです」
「お前は夢がないなぁ」
「夢より、明日の作戦を心配してください」
「それは現地に着いてからでいい」
レオンは窓の外へ目をやった。
「……やっぱ無理。屋根で吸ってくる」
レオンは逃げるように馬車の扉を開け、そそくさと屋根へ登っていった。
「……馬鹿」
アリアが溜息をつく
彼をこんな形でまた英雄に戻そうとしている自分が嫌になった。
屋根の上で煙草に火をつける。
流れていく景色を眺めながら、レオンは煙を吐いた。
馬車は夕方前、前線の仮設陣地へ到着した。
丘陵地帯に張られた天幕。外周を囲む柵と見張り台。行き交う兵士と荷馬車。
「おお、来たか!」
陣地の奥から、大声が響いた。
現れたのは、大柄なエルフの男だった。日に焼けた肌、岩のような肩幅、背中に担いだ巨大な大剣。
そして、やたらと大きな声。
「ガハハ! 遅かったではないか、太陽の勇者!」
レオンは顔をしかめた。
「その呼び方はやめろと言ってるだろ」
「何度言われようと、おぬしは太陽の勇者よ!」
「俺は鉄壁の槍使いだ」
「太陽は月に隠れても太陽よ!」
「うるさいな……」
ハンスは、今度はアリアへ向き直った。
「友愛の聖女殿。今回も同行されるのだな」
「はい。応援の要請を受け、参りました」
「うむ。頼りにしておるぞ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。エルフの勇者様」
挨拶を交わした直後、ハンスは再び豪快な笑みを浮かべた。
「ガハハ! 太陽の勇者にはもったいないほどの同行者だな!」
「だからその呼び方は――」
「立ち話も何だ! まずは作戦幕舎へ入れ!」
レオンの抗議を押し切り、ハンスは先に歩き出した。
作戦幕舎の中央には、周辺の地形を描いた地図が広げられていた。
ハンスの隣には、銀の胸当てを身につけた聖騎士が立っている。
「こちらは聖騎士隊副長のグレンです。今回の作戦では、部隊運用を担当します」
ハンスに紹介されたグレンは、レオンとアリアへ深く一礼した。
「聖騎士グレンと申します。太陽の勇者様、友愛の聖女様。本日はご足労いただき、ありがとうございます」
「よろしくお願いいたします、聖騎士グレン」
「・・・・・よろしく」
アリアとレオンが応じると、ハンスは地図の一点を指でトントンと叩いた。
「問題の竜は、現在ここに留まっておる」
「留まる?巣穴ですか?」
アリアが尋ねる。
聖騎士グレンが代わりに答えた。
「定住型ではありません。ですが、現在はこの辺境に留まっております。周辺の獣や魔物は散り、人間領の村へ侵入したとの報告も入っております。さらに、竜は確実に人里へ近づいてきています」
聖騎士グレンが続ける。
「三日前、先行隊が接触した際に判明したことがあります。鱗が硬く、通常の斬撃では浅い。さらに、咆哮に衝撃があるとの報告です。幸いエルフの勇者様の救援が間に合い撤退はできましたが・・・・・」
「兵が立てなくなったって話か」
レオンが地図を見たまま尋ねた。
「はい。耳を負傷した者もおります。馬も怯えました。ただの大型竜ではありません」
「衝撃?音か?………いずれにしろ厄介だな」
ハンスが腕を組む。
「がはは、厄介ならば斬り応えもある!ま、一度手合わせして斬れんかったがの」
「喜ぶなよ」
「ガハハ! 戦う前から気落ちするよりはよいではないか!」
聖騎士グレンは谷筋を指でなぞった。
「作戦は基本戦術一ですが正面から数で押すのは避けます。咆哮と突進でまとめて薙がれるでしょう。しかし縄張り意識が強いのを利用します」
「だったら、主力部隊は盾部隊のみで陽動に出るか。下手に勇気出されてて死なれちゃ困るしな。何いざとなれば俺がやるさ」
レオンは煙草に火をつけそう答えた。
「では。太陽の勇者様が指揮し盾を装備した部隊を先行させその谷間の平原へ誘導し待ち伏せさせた砲術部隊で集中砲火このポイントです。」
聖騎士グレンが谷間の平原を差す
「その後、兵による拘束を仕掛けます」
グレンの指が、ここ陣地を指さし砲術部隊とは別ルートで平原へ移った。
「エルフの勇者様は騎士達を率いて後詰をお願いします。」
「がはは、砲撃後はわしが正面に立つ!」
ハンスが大剣の柄を叩いた。
レオンが顔を上げる。
「お前が最初に当たるのか?」
「がはは、ワシの大剣なら、正面で暴れさせるのに向いておる。斬り込み、竜の意識を引き受ける!」
「・・・・あのな。『盾』である俺より前に出てどうすんだよ・・・・」
聖騎士グレンがレオンへ向き直った。
「太陽の勇者様には砲撃完了後、後詰めと合流しタンクとして竜の隙を作って下さい」
ハンスが大きく頷いた。
「そうか!おぬしがつくった隙に、俺が全力の一撃を叩き込む!」
「実に分かりやすい作戦ではないか!」
「本当に大丈夫なんだよな?」
「がはは、1200年も生きとると細かいことは気にせんのじゃ!」
聖騎士グレンは二人のやり取りを見守った後、アリアへ視線を向けた。
「友愛の聖女様には、後方で聖域を展開していただきたい」
聖騎士グレンは後詰の後方を指さした
「それで十分じゃ! 咆哮で前が崩れなければ、それだけで勝ち筋が太くなるしの!」
「私はここで聖域を展開しようと考えております」
二人の話を聞いたアリアは、少し考えてから、地図の谷の側面を指さした。
「がはは、勇気があるのは結構だが危険ではないか?」
「大丈夫です。ここなら作戦行動中の軍全体が聖域に入り竜の位置からも気づかれにくいはずです」
「承知しました。では詳しい者に案内させます。友愛の聖女様」
聖騎士グレンにそう言われ視線を向けられた騎士隊長は頷いた。
「兵には足止めを徹底させます。無理に武功を焦る者は抑えます」
聖騎士グレンが念を押すように言うと、
「それでよい」
ハンスが応じた。
聖騎士グレンは全員を見回し、最後に作戦をまとめた。
「太陽の勇者様が盾兵を率いて陽動。魔術師隊は先制砲撃。僧侶隊は後詰に同行。友愛の聖女様は南側の谷へ。エルフの勇者様は騎士達を指揮し後詰部隊として砲撃後に進軍。目標の撃破」
「うむ! 完璧だ!のう、
太陽の勇者殿?」
ハンスが胸を張る。
「だからその呼び方は」
「何度でも呼ぶぞ、太陽の勇者!」
「俺は鉄壁の槍使いだ!」
「ガハハ! 何でもよい!」
レオンは小さく鼻を鳴らした。
作戦会議が終わる頃には、日も傾いていた。
陣地の夕食は質素だったが、温かい。大鍋で煮た豆と肉の煮込みに、固いパン。
食後、陣地は徐々に静かになっていった。
見張りの交代の声。馬の鼻息。遠くで焚き火が爆ぜる音。
明日の備えを終えた兵たちが、それぞれの天幕へ散っていく。
就寝用に、レオンにも小さな天幕があてがわれた。
「きちんとお休みください」
天幕の入口で、アリアが言った。
「わーってるよ」
それだけ返して、レオンは天幕へ入った。
簡易寝台に腰を下ろし、煙草に火をつける。
明日は竜だ。
大型で、特殊個体の疑いがある。
レオンは白い煙を吐き、掌を見下ろした。
敵の動きを読み、仲間と息を合わせ、仕留める。
それは、嫌いじゃない。
なのに――。
太陽の勇者。
その呼び名が、焼ける匂いとともに蘇った。
目を閉じると、十年前の光景が喉元までせり上がる。
焼ける匂い。
潰れる音。
叫び。
手を伸ばしても届かなかった背中。
助けられなかった者たち。
「……っ」
短く息が詰まった。
レオンは額を押さえる。
レオンは頭を振り煙を大きく吐き出す。
煙草を揉み消し、そのまま寝台へ倒れ込んだ。




