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第四話:僕らは静かに消えていく

 自動車工場との契約が切れ、派遣会社から希望者には他の派遣先を紹介するとの通知が来た。ケイタはもちろん『希望する』を選んだが、それと同時にネットでパイプガンの作り方も調べた。あとついでに、エアガンの改造方法や杖に見立てた自作銃の作り方も。それから、いつかの通り魔を真似してダガーナイフの買い方も調べようとしたが、それはどうやら買えないらしく、仕方がないので、キャンプ用のサバイバルナイフとブッシュクラフトナイフを、それぞれ一丁買った。どうして両方買ったのかと言うと、これらのちがいがよく分からなかったからだ。


 それからしばらくがして、次に派遣会社が紹介して来たのは、住宅部品メーカーの工場だった。給与は安く、職場は陰湿で、多くの義務教育で見られるような構造的いじめの大人バージョンが常態化しており、新入りのケイタはもちろん、そのいじめの対象になった。道具を隠され、連絡は届かず、なかには嘘のリストラ話をささやく者すらいた。しかしケイタは、そんなことには慣れていたので、ひとり静かに黙々と仕事をこなすと、合間合間に次の資格の勉強をし(彼は、大型/大型特殊はもちろん、宅建やFP、日商簿記等の資格はすでに持っていた)、ネットで世界情勢をながめてはさまざまなことに胸を痛めていた。左目のまぶたがうまく閉じられなくなっていた。


 ジンとワインと焼酎で酔っぱらったピエロが電車内でおどっていた。なにごとか世間への不満をわめいていた。乗客たちが移動をはじめ、ケイタも、それに合わせて車両を変えた。くそ野郎、とこころのなかでつぶやいた。わめく相手がちがうだろう、と。狂人のふりが出来るだなんて、なんて甘やかされて育ったくそ野郎なんだ、と想った。今年の冬もさむくなりそうだった。


 筋力トレーニングは続けていたが、やり方を変えた。ナイフや銃の扱いを考えていくうちに、クラブや広告で流される“たくましい筋肉”は動きの邪魔になることに気付けたからだった。赤信号に男がひとり、交差点のまん中でなにかを撒いていた。しばらくしたら火が付き、すぐに消えた。動画映えはするだろうが、あんなものになんの意味があるのだろうか、右翼も左翼も貧困すらも、結局いまではインプ稼ぎ、承認欲求の道具に変えられている。かつてのなかまは首をくくった。まわりのやつらはぷーくすくす、「足手まといがひとり消えた」と笑っていた。眠れない夜が三日も続いていた。


 例の容疑者は、一審で無期懲役を求刑されたらしい。ネットやラジオやテレビでは「重すぎる」「軽すぎる」「殺してしまえ」「同情出来ない」等の声が行ったり来たりしていたが、死ねるものなら死んでしまいたい人間にとっては、きっとどれでも同じことだった。殺された男の家族というか親族というか仲間というか利益受給者たちは、男の葬式すら金もうけの場に変えていた。巨悪は結局どこにあるのか? むかし患った古傷が痛み出した。


 どこかで誰かが子どもを轢いた。隣に立っていた母親もろとも。彼女の腹にはもうひとり、きっとかわいい女の子がはいっていた。原因はペダルの踏み間違いらしいが、彼らを轢いた老人が、反省の弁を述べたかどうかはよく知らない。きっと彼は述べただろうし、きっと彼は述べただろうが(どうしていま、くり返したの?)、この話を聞いたケイタは、数年前に見た奇妙なSF映画を想い出していた。その映画の中の社会は、年寄りのエイリアンが若いエイリアンたちを食べ続けることで種の存続――というか一定の文明レベルを保つ構造になっていた。映画自体は面白かったが、ライブシーンの盛り上がりには欠けていた。DVDをしまいながらケイタはうたった。こんな風に。



 『シェリフは俺を憎んでた。

  理由なんかはきっとない。

  俺が種を蒔くと決まって、

  すぐに枯らせと奴は言う。

  ある日自由を手に入れて、

  街から出ようとしていたら、

  突然シェリフがやって来て、

  あいつの銃が俺をねらった。』



 ケイタの祖父だか曽祖父だかの弟、つまりはケイタの大叔父だか大々叔父だかは、一銭五厘で南へ向かい、ひとを殺したり、ひとに殺されかけたりしながら、木の実や皮や草やカエルや戦友の肉を食べてようやく日本にもどって来た。父方の彼の伯父は「これでお前も一人前だな」と彼に言い、彼の母親は「なさけもない、なさけもない、なさけもない」と言って彼をなじった。「いくさに負けて、よくまあおめおめ、生きて帰って来れたわね。なさけもない、なさけもない、なさけもない」。ケイタはその大叔父だか大々叔父だかの顔も知らなければ墓の場所も知らなかったが、なぜだかずっと、彼にシンパシーを感じていた。誰かが言った。ケイタに向かって、冷笑気味に、「一度どこか診てもらったら?」



 『ある日自由を手に入れて、

  街から出ようとしていたら、

  突然シェリフがやって来て、

  あいつの銃が俺をねらった。

  まいにち井戸のみずを汲む。

  まいにち井戸のみずを汲む。

  いつしか桶の底は抜けてた。

  いつしか桶の底は抜けてた。』



 パイプガンの試射は上々、改造銃もふたつ作った(エアガンタイプと杖タイプ)、見よう見まねのナイフの腕も、いまならそこそこ見られるかたちに。日曜日のお昼すぎ、彼は、商業エリアと繁華街が交差する通りを歩いていた。大きなバッグに荷物を入れて。なぜならいつもこの時間、物流業者のトラックが、そこに停まっているのを知っていたから。ご丁寧にカギも抜かずに。運転手が離れているのを知っていたから。


 運転席にすわった。とおりを行き交う人々を見た。疎外感、疎外感、疎外感。エンジンを入れた。ギアを確かめた。パーキングブレーキを下ろそうとして、彼は想い出した。例の容疑者ですら無期懲役? 彼はエンジンを止めるとシートベルトをはずし、隣に置いたバッグを開いた。パイプガンやサバイバルナイフの重なったものの下から、エアガンタイプの改造銃を取り出した。弾倉を取り外し、しばらくながめた。弾が入っていることを確認し、元どおりにはめ込んだ。撃鉄をおこした。むかしわずらった古傷や、うまく閉じられない左目が気にならなくなった。右の目玉からなみだがひと筋こぼれた。が、それに気付くような贅沢は彼には許されていなかった。呼吸を整え、自ら右のこめかみに――、


 パンッ。



(おしまい)

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