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第二話:太陽だけが見えている

 古びたビルが取り壊され、子どもたちはチキンマンをなぐり殺した。四人がかりで。それからやつらは、彼の家に火をつけ燃やした。殺した理由は複数あるが、燃やした理由は、「見たくなかった、きたないから」だった。


 この“チキンマン”とはもちろんあだ名だが、誰も彼の本名を知らなかったし、仮に知ってもすぐ忘れたので、“チキンマン”以外に呼びようがなかった。名前の由来は、若い頃に養鶏場で働いていたとか鶏肉市場のビジネスに関わっていたとか諸説あるが、労働力を失いごみのように打ち捨てられたホームレスの老人(男性)に関心を寄せる人間などいないので、これ以上のことは調べても出て来ないし、書いてもムダなので、このお話の中でも、彼は今後、一切出て来ない。


 燃やされた彼の家は、拾い物のパイプや木材、ブルーシートやベニヤ板で作られた小屋とも言えない小屋だったので大変よく燃えた。がしかし、やつらはそれも、ただ「燃えてもやっぱ、クソはクソだな」と一瞬わらうだけで、すぐに忘れると、女たちが待っているドラッグストアへ向かった。


 ドラッグストアの女たちは、心療内科で向精神薬や睡眠薬を不正に入手してくることもあったが、手っ取り早いのはコデイン入りの咳止めシロップを買うことだったので、どいつもこいつも他人のふりをしては一列に並んで、店の台帳に偽名や本名、友人の親の名前なんかを書いていた。もちろん店も分かっていて、彼女たちがなじみの客だとは、微塵のそぶりも見せなかった。そんな店がこの街には4~5軒あった。


 チキンマンを殺してすこしは気の晴れていた子どもたちは、瓶から直接シロップを口にいれ、それからミルクをいっぱい飲んだ。ごくごくごく、と。くさったオレンジのようなにおいとミルク、それにやつらの汗やチキンマンの血のにおいなんかが混ざり合い、本来なら吐き出してしまうところだろうが、女たちは白痴のように(吐く血のように)ケタケタケタとわらうだけで、彼らを抱きしめ、その唇に熱いキスをした。もちろん彼らに肉体関係はないし、あんな汚らしいものには興味もなかった。なんなら嫌悪さえしていた。誰かが言った。「またよそ者がトラブルを持ち込んでるぜ」


 実際のところ、この“よそ者”も同じ街の子どもたちだった。が、やつらのボキャブラリーに彼らを適切に表せる言葉がなかったので、手っ取り早くそう呼んでいた。また、それとは別に、この日の“トラブル”については、流石のやつらもちょうどよい言葉を知っていたが――“レイプ”とか“強姦”とか――それはそれで、口に出すのも汚らわしいので、ただただ“トラブル”と言って誤魔化していた。


 そう。取り壊されたビルの隣はこれまた廃墟で、“よそ者”たちは、ここに流れて来たばかりの少女ふたり(こちらは本物の“よそ者”)を、混ぜもの入りの酒とシロップで酔わせると、ぐしゃりと湿ったマットレスにほうり投げていた。衣服をはぎとり、写真を撮って、仲間うちのSNSにアップしようとしていた――とここで、


 ぐちゃり。


 と、まずは最初のひとりが、やつらが持って来た鉄パイプ、あるいは“バールのようなもの”で側頭部を殴られふき飛ばされた――そうして、


 ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。


 と、のこりの“よそ者”たちも、手や足、頭や男性自身を潰され壊されその場に倒れ込んだ。


「あ、ありがとう?」と、酒とシロップでおかしくなっている“本物のよそ者”はやつらに礼を言おうとしたが、そのあまりの汚らしさにやつらのひとりがぷっつんした――そのため、


 ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、

 ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり。


 と今度は、顔の見分けが付かなくなるまで、彼女たちをパイプとバールとその辺にあったなにかの塊でなぐった。なぐり続けた。とにかく気持ちが悪かった。誰かが言った。「ボードウォークで大乱闘だぜ」


     *


「あの子、また学校をサボったのね」どこかで女がつぶやいた。「きっとまた、バカなことをしてるのよ」


 しかし彼女はつぶやくだけで、右手にスマホ、左手にテレビのリモコンを持ち、合成皮革のソファにふかくからだを沈めるだけだった。三十分後には彼氏が来るし、それまでに見るべきショーもあったからだ。彼女はつづけた。息子の顔もよく想い出せなかった。


「ぞっとしないわね」ビールは空になっていた。「あの子の未来を考えると」


     *


 BGMはフランク・シナトラ。曲目は『ブラジルの水彩画』。らったった、らたった、らった。乱闘のきっかけは、女だか男だか金づるだかを取っただか取られただか。女は涙と化粧で金を巻き上げ、男は言葉とくすりで金を巻き上げる。そうして、そんな端金すら、おとなたちは拳と拳銃で巻き上げる。ボードウォークには汗と涙と義理と人情(笑)、怒声が飛び交い血は流れ、悲鳴は消され、警察権力の到着は遅れていた。遅れるようになっていた。なぜなら理由は金だから。金がすべてを回すから。え? それなら金はどこへ行ったか? 願わくば、我が国政府や大企業、世界を牛耳るなんとかネズミ、右翼に左翼に中道なんとか、どうか彼らに、憲法上の安全装置をぶっ壊そうとするゴミカスどもに、良心のひと欠けらでも残っていますよう――にと、話がそれた。


 がもちろん、それはやつらに関係ない。分からないし、分かりたくもないし、分かる必要もない。なぐっていいならなぐり殺すし、燃やしていいなら燃やし尽くす。ついこの間も、誰かがラム酒の空き瓶を大量に見つけて来たところだった。それに灯油を詰め込んで、ビルの屋上から落としてやった。やつらめがけて。いくつも、いくつも、いくつも、いくつも、いくつも。


     *


 取り敢えず、一発やらせて、彼氏をなだめて、テレビを点けた。が、すぐ消した。テロに天災、民族浄化に痴呆の大統領なんて誰が見たがるの? 戦争は女の顔をしていない? いまやあいつは女の顔でそこにいる。なにかないかと男が訊いた。四角い野菜と人の肉――じゃなかった、人が作った四角い肉ならあると答えた。彼女は言った。


「ぞっとしないわね」食べるものも足りなくなってる。「あの子の未来を考えると」


     *


 そうして“あの子”は目を覚ました。仲間のやつらは消えていた。後頭部にははげしい痛み、腹には包帯、右足一本、左腕一本、それぞれ臭いギプスが付いてる。部屋の四面はオフホワイト、落ち着くライト、窓の外はもう藍色、見えない床はいったい何色? らったった、らたった、らった。静かに流れるBGM。ゴリラのような看護師長が、バナナのようなお医者と来た。お医者は言った。きみの仲間が裏切ったとか、この絵がなにか分かるかいとか、なるほど知能は悪くないとか。ゴリラのような看護師長が、くすみ笑いでこちらを向いた。まるでそのままバナナをくれるか、こちらのバナナをむこうとして。


     *


 ずっとむかしの大昔、男が言った。「父よ、どうか彼らをお許し下さい」とかなんとか。「彼らは自分たちのしていることが分かっていないのです」とかなんとか。


 残念ながら人類は、自分たちのしていることが分かっている。それがもたらす結果も含めて。分かったところでなにも変えられないってことも含めて。おかげで、分かってないふりが上手になった。生きてくだけで金が消え、まともな仕事や人生じゃ、息することすらままならない。


     *


 結局“あの子”は、頭をいじられ、からだをかえられ、家に送り返されていた。こんどはずっと、大変模範的な市民としてふるまうだろう。文句ひとつ言わず、拳ひとつふるわず、母親の恋人から虐待を受けても抵抗ひとつしない、そんな無垢な子どものような、たいへん善良な市民として。そう。これはきっと無垢の時代の終わり。女が言った。


「ぞっとしないわね」きっと彼女は、彼らになにも残してやれない。「この子の未来を考えると」



(おしまい)

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― 新着の感想 ―
なんだかすごいものを見たような。 こういう作品を普段あんまり見ないので、なんか、なんと言っていいのか。なんか、フィルム映画?見てるみたいな。そんな感じ?なんか、わかんない、わかんないんですけど、文学的…
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