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デス・ペロキャン

 「はぁ……っ…はぁ…」


 空気の悪い暗い洞窟の中は、やけに酸素が薄かった。カヤの力で大体の気配を隠すことができたおかげで、息を殺して洞窟の奥へと向かうことができた。


 カヤの魔法は完璧だった。

 通路のあちこちに立つ、筋骨隆々で禍々しい角を生やした鬼族の見張りたち。そのすぐ真横をすり抜けても、奴らは俺の足音にさえ気づかない。


 「おそらく、あの檻に閉じ込められているわね」


 カヤが事前に俺たちの体に仕込んでくれた術式が、暗闇の中に水色の淡いラインを描き出し、迷路のような洞窟のルートを静かに指し示してくれていた。


 「……レイ!」


 そして、不自然に広くなった空間に置かれた檻の中に、その姿を見つけた。思わず声が漏れそうになり、慌てて両手で口を押さえる。


 そこにいたのは、敗れた白いステージ衣装を身に纏い、ぐったりと壁の鎖に繋がれたレイの姿だった。


 「私の力で隠蔽しているとはいえ、限界はあるわ。彼に近づくときは呼吸一つ、足音一つにまで十分に気をつけなさい。」


カヤは敵陣に視線を落としたまま、淡い水色の光に照らされた横顔で冷徹に告げる。


 「私とハルで周囲の鬼たちの動きを見張る。リオンとユン、あなたたちはその隙に一刻も早く彼を助け出しなさい」

 「分かった……。いざとなったときは、背中を頼んだぞ」


 俺が力強く頷くと、カヤは一瞬だけ視線を俺へと移し、確かに信頼の籠もった笑みを浮かべた。


 「ええ、任せなさい」


俺とユンはカヤの術式を纏ったまま、音もなく檻へと駆け寄った。


 「レイ! 助けに来たぞ」


 俺はカヤの魔法を解き、駆け寄って檻の外からレイの手首を掴んだ。レイは信じられないものを見るように、細く目を見開く。


 「リオン……? なぜ、お前がここに……。逃げろ、ここは鬼族の……」

 「逃げるわけねぇだろ! 迎えに来たんだよ!」


 カヤの魔法は、救出の際にもその真価を発揮した。俺がレイの鎖に触れた瞬間、カヤがあらかじめ仕込んでおいてくれた解呪の術式が連動して発動する。パキィン! と軽い音を立てて、頑丈な魔力の鎖といとも簡単に砕け散った。


 「立てるか、レイ」

 「本当にリオンなのか……だってお前…」


震えた顔で、俺の頬に触れた。その先に目線を向けたレイは白い狐の獣人に言葉を失った。


 「君……あの日俺たちを助けてくれた…」


かすれた声で、レイがゆっくりと顔を上げる。


 「今は話している時間なんてないぜ!ハルとカヤが抑えてくれているうちに早くここから抜けよう!」

 「リオン…一体どうなって…」

 「レイ、まずはここを出ることが先だ。俺の仲間たちがこの先で待ってる」


 レイの片腕を俺の肩にまわし、ユンが反対側からその体を支える。俺たちはカヤとハルが確保してくれている退路へ向かって、大急ぎで来た道を引き返した。


 ____その時だった。


 「んふふ、感動シーンをどうもありがとう!」

 「……っ…!」


“ガコン…”と歪な形をした大きな釜を地面に置く音が響く…。


 「リオン……!! 今すぐ逃げろ!!」


 遠くから、悲鳴にも似たハルの叫び声が洞窟に響き渡る。__だが、もう遅かった。高台から俺たちを嘲笑うように見下ろす少女。その頭部で揺れる、トルネード状に巻かれた鮮やかなピンク色のツインテールが、スローモーションのように俺の目に飛び込んできた。


 「お前、この男と同じ匂いがするねぇ。只者じゃあないでしょ」


彼女の大きなサファイアのピアスがギラりと揺れる。


 只者じゃないのは、こいつも同じだ……。ハルの言う通り早く逃げなければ……。

そう、分かっているのに怖くて足が竦む。そうしている内にぞろぞろと鬼が集まり必然と囲まれていた。


 「深淵の涙(アビサル・ドロップ)


 瞬間、水色の粒子が槍となり空間を埋める。鬼へと矛先を向け、一斉に放たれた。

鋭く突き刺さる刃と、肌を削ぎ落とすような絶対零度の暴風が、ぞろぞろと集まってきた鬼の群れを容赦なく弾き飛ばしていく。


 風煙の向こうから、カヤが青白い魔力の光を纏い、息を切らせたハルを伴って俺たちの元へと飛び込んできた。


 「ハァ……っ! 間に合ったわね…」

 「でもこれ、思ったよりちょっとヤバいかもね~」


 ハルが血の気の引いた顔で人差し指を突き上げると、俺たちの周囲の空間がぐにゃりと歪み、宙に浮く岩石たちに電気が籠る。完全に戦闘モードだ……。


 「リオン、ユン、よく彼を救い出してくれたわ。だけど……」


 カヤが魔導書を胸元で構え直しながら、氷のように冷たい視線を一点に注ぐ。その先には、激しい氷の嵐の直撃を受けたはずの、あのピンク色のツインテールの少女がいた。


「ん~、冷たっ。お肌乾燥しちゃうじゃん、マジ最悪」


 彼女は、自分の肩にうっすらとついた霜を、長いネイルの先でパッパッと気怠そうにはたき落とした。カヤの強力な一撃をまともに喰らっておきながら、傷一つ、いや、怯んだ様子さえ一切ない。


 「あいつ、多分この組織のトップだ…。取り巻きたちにネネリオーズ様って呼ばれていた」


 レイが青ざめた顔で、俺の耳元で途切れ途切れに呟く。あの幼い見た目で、この凶悪な鬼族の組織を束ねるトップ。通称「ネネ」。


 「あんたの魔法、なかなか悪くないじゃない…でも」


 ネネは、地面に置いていた大きな鉄の釜の柄を、華奢な片手でひょいと持ち上げた。大人数人がかりでも動かせないはずのその質量が、彼女の手の中ではまるで軽いおもちゃのように振り回される。


 「うちの『大喰らいの鉄釜(デス・ペロキャン)』のほうが、ずーっと可愛いけどね〜? ♡」


 あんな小柄な女の子が自分より何倍も大きい釜を軽々と持ち上げるなんて信じられない。あいつ自身のシャルトの総量が圧倒的というわけじゃないのが、また余計にタチが悪い。鬼族という種族そのものが持っている「肉体の出力」が、人間の常識を完全に置き去りにしている証拠だ。


 「ハル! カヤ! ユン! くるぞ!!」


俺の叫びと同時に、ネネが背後の鬼たちに顎をしゃくった。


 「やっちゃえ」


 その合図で、周囲を取り囲んでいた無数の鬼族の手下たちが、雄叫びを上げて一斉に襲いかかってくる。


 「っ、レイを頼んだよリオン!」


 ユンは瞬時に戦闘姿になり、鋭い爪を輝かせて手下の群れに特攻し、カヤの魔法が洞窟を白く染め上げる。


水天の狂龍(アクア・ディザスター)


粒子が一斉に集まり、龍の形へと変貌する。鬼たちを嚙み殺すように唸り、洞窟を駆け巡る。


 「カヤちゃんのその技……ほんと惚れ惚れするよ」


 軽々とアクロバット共に宙に舞うハルは、真っすぐ伸びた細く長い指で電気を宿した岩石に支持を出す。


落雷の星座(ライトニング・メテオ)


 ハルが空中から指先を鋭く振り下ろすと、バチバチと紫電を帯びた無数の岩石が、まるで夜空の星座を形作るように美しい軌道を描きながら、鬼たちの頭上へと一斉に降り注いだ


 そして、手下たちを突破したハル、カヤ、ユンの3人が、ついに本丸であるネネリオーズへと同時に飛びかかる──3対1。


 勝てる、そう思った。だが。


 ──ギィィィィン!!!


 ネネが片手で軽々と振り回した巨大な鉄釜が、ハルの空間の刃を砕き、カヤの氷を粉砕し、ユンの爪を力任せに弾き飛ばした。


 「なっ……ぁぐっ!?」

 「くっ……なんて馬鹿力なの……!」


 吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる3人。

 やっぱり。感知できるシャルトの総量は、ハルやカヤとそこまで大差ないはずなのに。そして、周りを見渡せば倒したはずの鬼たちが徐々に立ち上がり始めていた。


 「あはは! 鬼族はね、元々の肉体の『器』が人間とは違うんだよ。同じ量のエネルギーでも、発揮できる出力の量が違うの。あんたたちが10しか出せないなら、うちは同じ量で100出せるわけ。マジ格が違うっつーの♡」


 ネネが嘲笑う。

 圧倒的な種族の壁。同じシャルトでも、発揮できる力の量が違いすぎる。

ハルもカヤもユンも、すでに息が上がってボロボロだ。このままじゃ……。


 吐き気がするほど思考を巡らせても、最悪なケースが脳裏をよぎる。たとえ今、自分が歌ったところでこの3人どころか、鬼にまで届いてしまう。

 パニックになりかけた俺に、ふと、ここへ向かう馬車の中での記憶が鮮明に蘇った。



_______________________




 カタコトと揺れる馬車の中。退屈しのぎに、俺は隣に座るカヤの魔導書を横から覗き込んでいた。


 『なにこれ、すごいな……。文字が生き物みたいに動いてる』

 『これはただの本じゃないわ……世界の理が刻まれているのよ』


 カヤは少し困ったように魔導書を胸に抱え込んだ。俺はめくれたページの中に、一際歪で、だけど温かい光を放つ呪文のページを見つけて指をさす。


 『じゃあ、これはなに?』

 『……それは、持ち主の能力を直接他者に分け与え、ブーストさせる魔法よ。でも、使う側への負担が大きすぎるかた、そう簡単に使えるものじゃないわ』

 『へ~、すごいな……。そんな魔法もあるんだ』



________________________




 ハッと目を見開く。俺とレイは、今ここに二人揃っている。


 「カヤ!!!」


俺は声を限りに叫んだ。


 「あの魔法を俺とレイに使え!!」


俺の叫び声にカヤが驚愕に目を見開く。


 「バカ言わないで! 貴方たちには負担が大きすぎる!」

 「俺たちなら耐えられる! 俺たち……アイドルの歌を信じろ!!」


隣にいたレイが、俺の意図を察してボロボロの体で不敵に笑い、俺の肩に手を置いた。


 「お前の無茶には付き合うよ、リオン」


 俺とレイは顔を見合わせ覚悟を決めた。一方、ネネリオーズは目を見開き、一瞬動きを止めた。


 「…………アイドル…っ!?まさかっ」


 カヤはネネリオーズの表情を目にした瞬間、一瞬だけ躊躇い、だがすぐに覚悟を決めた顔で魔導書を激しくめくった。


聖泉の息吹(アクア・ヴィターエ)


 水色の眩い光の奔流が、俺とレイの体を包み込む。俺とレイの喉から、自然とハモるような、美しくも力強い「歌声」が溢れ出した。

 その歌は、ただの音楽じゃない。俺たちのシャルトそのものを爆発的なエネルギーへと変換する、奇跡の旋律。


 「なによ……これ……小癪な真似をすんじゃないわよ!!!!」


 ネネリオーズの釜が赤く光る。その禍々しい『大喰らいの鉄釜(デス・ペロキャン)』の表面に血のような紋様が浮かび上がり、周囲の空気を歪ませるほどの熱量が放たれた。


 「死んじゃえ!!!!」


 ネネリオーズが絶叫し、巨大な釜をフルスイングで俺たちへと振り下ろす。爆風を伴った一撃が、俺とレイのすぐ目の前まで迫る。


 「ギィィィィン……!」


 旋律が最高潮を刻んだ瞬間、俺たちの前に神々しいまでの水色の壁が立ち塞がった。


 カヤの『水天の狂龍(アクア・ディザスター)』だ。元のサイズを遥かに凌駕する圧倒的な質量となった氷竜は、洞窟全体を揺るがすような唸り声を上げ、ネネリオーズの放った一撃を真っ向からねじ伏せた。


 光の粒子となった膨大なシャルトが、前線で倒れていたハル、カヤ、ユンの3人の体へとダイレクトに、濁流のように流れ込んでいく。


 「何年ぶりかしら…ここまで力が溢れるのは」


 カヤが魔導書を強く握り締め、驚愕と、それ以上の高揚感を孕んだ瞳で自身の両手を見つめる。彼女の周囲を渦巻く力は、先ほどとは比べ物にならないほど濃密で、青白い閃光となってバチバチと空間を爆ぜさせていた。


 「よそ見すんなこの小娘ぇぇ!!」


 瞬間、激怒した鬼の手下たちがカヤへと肉薄する。不意を突かれたカヤが息を呑み、振り返ったその刹那……天井を突き破らんばかりの紫電が猛然と走り、鬼たちを目掛けて何本もの凄まじい稲妻が垂直に落ちた。

 

 「神罰の紫電(シン・ジャッジメント)


 髪の毛を眩く発光させながら、ハルが軽やかに宙を舞う。その真下では、溢れ出るシャルトによって獣化を限界突破させたユンが、大地を爆ぜるような速度で戦場を駆け回っていた。


 「まさか、またこの技を使える日が来るなんてね…」


 形勢は逆転した。ここから、俺たちの反撃が始まる──!

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