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鬼の娘

 「お兄ちゃん…すごく綺麗なお顔してるね」

 「んー?ありがとう」


 可愛い子供たちに左右から挟まれ、小さな手を握られながら馬車に揺られて数十分が経った。俺の顔をじっと見上げてくるふたりの純粋な瞳に、気恥ずかしさを覚えつつも頬を緩める。


 だが、そんな俺たちの目の前で、仏頂面のまま自分の膝の上に顎を乗せて座っている男がひとり。


 「イケメンはね、悪い人が多いから気を付けないとダメなんだよ」


ハルはあからさまにつまらなそうな悪態をついた。


 「……」

 「大人気ないな」

 「大人気ないわね」


 俺が呆れて言葉を失う横で、御者台から振り返ったユンと、隣で魔導書をめくっていたカヤの声が完璧にハモった。力を貸してくれることはいいものの、ハルは想像以上に子供っぽい部分がある上に、やけに俺に敵対心を抱いていることはあからさまであった。


 “ふんっ”とハルはそっぽを向くと、人間の男の子がハルの袖を引っ張った。


 「じゃあ、お兄ちゃんのことも気を付けないとダメなの?」

 「えっ…」


ハルの髪の毛にピリピリと電気が走る。


 「僕は、善良な心優しいイケメンだよー!」


 男の子を力強く抱きしめると、“お兄ちゃんピリピリする……”と顔を歪ませる。こんなにも優れた能力を持って、端正な顔立ちをしているのに、つくづく勿体ないと思う。


これがいわゆる、“残念イケメン”ってやつだ。


 「でも、リケル村にもカッコいいお兄ちゃんいるんだよ!」

 「うん!レイお兄ちゃん!」


レイ……?二人の言葉に息を呑み、即座に立ち上がった。レイ…もしかして


 「そのレイって人は、第三の星の人間か?」


 食い気味に聞くと、ユンたちも驚いたようにこちらを振り返った。


 「う、うん。突然現れたんだ!お父さんたちが言ってた!」

 「いつもたくさん遊んでくれて、キラキラの洋服を着てるの!」


 ……間違いない。

キラキラの服、そして子供想いで面倒見の良さ。それは間違いなく、俺がずっと探し求めていた、グループのリーダー『レイ』だ。


 「リオン、そのレイって子……まさか」

 「あぁ、俺のメンバーだ」

 「まじか!まさか、こんな近くにメンバーがいたなんて!」


 偶然が重なってできた奇跡だ……。精神的に大人な彼なら、この狂った世界でもきっと冷静に状況を分析して生き延びているはずだ。いや、それどころか、子供想いで面倒見の良いレイのことだ。きっとあの村でも、困っている人たちを放っておけずに手を差し伸べているに違いない。


 「リオン、急ぎましょう! ユン、馬車を飛ばして!」

 「おうっ! 任せとけ! 掴まってろよ、みんな!」


 ユンが勢いよく鞭を振るい、馬車がガタガタと大きな音を立てて加速する。


 レイ。生きていてくれたんだな。

今行く。待っていてくれ──!


 胸の奥のシャルトが、仲間との再会の予感に、今までで一番激しく、熱く脈打ち始めていた。しかし、リケル村に近づくや否や、不穏な雰囲気を感じた。


 「おい、みんな。リケル村が見えてきたけど……」


 御者台のユンの声から、いつもの元気が急に消え失せた。馬車の速度が、徐々に落ちていく。


 「……なんだか、様子が変だ」


 俺は子供たちの頭をそっと撫でてから、ハル、カヤと共に馬車の外へと視線を向けた。崖を回り込んだ先、なだらかな傾斜に広がっているはずの「リケル村」。しかし、俺たちの目に飛び込んできたのは、活気のある村の景色ではなかった。


 「あれ…おかしい。三日前まではこんなじゃなかったのに」


 獣人の女の子が声を震わせて涙目でしゃがみ込んだ。急いで馬車を止めて、子供たちを抱えながら外を出ると、獣人の大人たちが駆けつけてきた。


 「ポン!オルト!!一体どこへ行っていたいんだ!!!」

 「お父さん!!」


 子供たちは、泣きながら俺たちの手を離れお父さんの元へと泣きついた。


 「無事で、本当によかった……!もう生きて帰ってこないかと…」


 獣人の父親はボロボロと大粒の涙を流しながら、二人の子供・ポンとオルトを壊れそうなほど強く抱きしめた。周囲に集まってきた村人たちも、安堵から胸を撫で下ろしている。


 「お兄ちゃん達が助けてくれたの」


 獣人のポンは俺たちを指さして、優しく微笑んだ。瞳孔を開きながら父親は言葉を失い俺たちを真っすぐに見つめるだけ。


 「あの……おじさん。村で一体何があったんだ?」


 俺が歩み出て尋ねると、父親は子供たちを背中に隠すようにしながら、俺の着ている派手な私服とローブを交互に見て、驚いたように目を丸くした。


 「あんた方は……。いや、それより一刻も早くこの村から離れてくれ! 鬼族に目を付けられちったんだ!」

 「鬼族……?」


 眉を寄せ、聞き返すとユンは小さく息を吐く。


 「第二の星にいる種族だよ。馬鹿みたいに力が強くてさ、なんてったって傲慢な奴らなんだ」


 喉を詰まらせて、呼吸が浅くなる感覚がじわじわと強まる。父親も、額に手を当てて、地面に膝をついた。


 「金を寄越すか、奴隷となる子供を差し出すか……。拒めば、村ごと全員力尽くまでマナとシャルトを吸い尽くすと脅されてな……」


 父親は悔しさに肩を震わせ、今にも涙が零れ落ちそうな目で地面を睨みつけた。


 「俺たちには、もう差し出せるものなんて何もなかった。そんな時だ…つい数週間前に突然どこからかやってきた兄ちゃんが、『子供たちには指一本触れさせない』って、自分を差し出して村を守ったんだ」

 「っ……!!」


 まさか……まさかとは思ったけれど、俺の中で嫌な予感が一気に駆け巡る。喉の奥がカラカラに乾き、心臓が爆発しそうなほど激しく脈打ち始めた。


 「おじさん、その兄ちゃんって……」


 すがるような思いで問い詰める俺に、父親は記憶を辿るようにぽつりぽつりと答える。


 「あぁ……この世界じゃ見たこともないような、キラキラとした服を着ていた。背が高くて、すごく物静かで大人びていてな……。それでも、いつも子供たちと遊んでくれていた」


 あぁ、こううい時に限って嫌な予感は当たってしまう……そいつはレイだ。間違いない。激しい怒りと焦燥感が、胸の奥のシャルトを爆発的な熱さへと変えていく。あべこべの世界に飛ばされて、どれだけ心細かっただろう。それなのにあいつは、自分より先に、目の前の見ず知らずの子供たちを守ることを選んだんだ。

 

 「リオン、急ぎましょう」


 焦って周りの声が聞こえなくなっていた俺に、カヤが静かに強い意志を宿した声で魔導書を開いた。その水色の髪から、きらきらと星屑のような光の粉が舞い上がる。


 「鬼族のアジトなら、ここから北にある岩山の洞窟よ。ハルの結界であなたのシャルトを隠したままなら、気配で気づかれることはないわ」

 「おう!ここからそこまで遠くないはずだ!すぐに向かおうぜ」


 ユンが力強く拳を握りしめ、しっぽをピンと立てて俺の顔を覗き込んできた。

 助けに行くか確認を取らずとも、彼らは当たり前かのように、レイを迎えにいく体制を取っていた。

つい数週間前まで、ただの他人…いや、出会うはずさえなかった異なる星の住人だったはずなのに。


 「……みんな。ありがとう」


拳を力強く握り締めてローブのフードを被ろうとした時、後ろから優しく背中を叩かれた。


 「お礼を言うのは、助けてからにしてよね~」

 「ハル……」


 ハルはいつものように気だるげに肩をすくめながらも、すでにその瞳は冷徹な超能力者のそれへと切り替わっていた。ここから、鬼のアジトまでの距離を計算しているのか、髪の毛が静電気でフワフワとなびく。


 「おっけー、最短なら数分で着くはずだよ」


 ハルの纏うオーラは風に揺られ、ユンは自分の手首を掴み呼吸を整えていた。いつものような丸い瞳は鋭いものへと変貌し、ドクドク…と筋肉が膨張し始める。


 「え……えっ……!? ユン!?」


 白い鬣が大きく揺れ、四足歩行で凄まじい唸り声をあげるユンの姿は、いつの間にか俺の三倍ほどもある巨大な白狐へと変貌していた。


 いつもの人懐っこい丸い瞳は、完全に野性の捕食者のそれへと鋭く尖っている。あまりの変貌ぶりに俺が呆然と立ち尽くしていると、カヤが静かに魔導書をめくりながら声をかけてきた。


 「驚くのは無理もないわ。けれど、これがユンの本戦闘形態よ。この先の道は危ないから、リオンはユンに乗っていくのよ」


内心、少しだけ怯えながらユンの方へ視線を向けると、鋭い牙を向けながらも小さく微笑んだ。


 「ユン、頼んだ」


 俺が意を決してその分厚い背中に飛び乗ると、ユンは人間の頭ほどもある大きな頭を一度縦に振り、白い鬣を激しく揺らした。


 「じゃ、ユンに振り落とされないよう僕たちに着いてきてね~!」


 フワフワと、自我を持つように蠢くハルの金色の髪が風に乗った。高い崖を見上げながら、右手を挙げて周辺の岩を宙に浮かせる。


 「え、なに…なにこれ」

 「僕の力で近道作ってんの~」


 階段のように岩を並べ、ハルとカヤはそれを軽々と駆け上っていく。後を追うように、ユンが体制を作るが俺の心の準備はまだできていない。


 「ユン…ちょっと待って」


 俺の情けない制止の声なんて、今のユンには届かない。


 「ガルルルル……ッ!」


 お腹の底に響くような低い唸り声をあげると、ユンは後ろ脚に爆発的な力を溜めた。

……待て、嘘だろ。あの岩の階段、めちゃくちゃ傾斜が急だし、一段の間隔がバグってる。


 「うおわあああああっ!!!」


 凄まじい風圧と重力が全身にのしかかる。俺は完全に余裕を失い、ユンの白く分厚い鬣に必死で顔を埋めしがみついた。ガツン、ガツン、と激しい衝撃が伝わってくるる中、ユンはハルが浮かべた岩の階段を、 まるで平地であるかのようにもの凄いスピードで駆け上がっているのだ。


 「ユン!死ぬ死ぬ死ぬ!」

 「あは!リオンちゃま~怖いんでちゅガッッ!!」


嘲笑するハルの顔面に、ユンの足元から弾け飛んだ岩の破片がクリーンヒットした。ハルは鼻を痛そうに押さえながら、空中でありえない体勢のままのけ反る。


 「……。」

 「カヤちゃん、お願いだからそんな目で見ないで……」


 彼はきっと、顔面より心の方が痛いだろう。

 ハルとカヤが空中でお約束のような掛け合いを繰り広げる中、俺は本当にそれどころじゃなかった。風圧で涙と鼻水が止まらない。掴んでいるユンの白い鬣だけが、今の俺の命そのものだった。


 これが異世界の移動手段なのか……? アイドルの移動用ロケバスが、今猛烈に恋しい。どうか無事に着いてくれ……!


 「はぁ…やっと頂上着いた」


鼻を真っ赤にしたハルが、やけくそ気味に指先を鋭く突き出す。


 「ウォォォォンッ!!」


 ユンが最後の大きな岩を力強く踏み切り、夜空を割るようにして大きく跳んだ。視界が一気に開ける。着地した衝撃で激しい土煙が舞う中、ユンが俺を背中からそっと降ろすと同時に、俺はガクガクと震える足のまま地面に這いつくばった。


 「げほっ、ごほっ……死ぬかと思った……」

 「あはは、お疲れリオン! でも、ゆっくり休んでる暇はなさそうだぜ?」


 巨体から一瞬で人間の少年の姿へと戻ったユンが、いつもの無邪気な声で笑いながら耳をパタパタとさせた。


 俺が泥を払いながら顔を上げると、そこは禍々しい黒い岩肌がそびえ立つ山の中腹、巨大な洞窟の入り口だった。そして、洞窟の周囲のいたるところに、頭部から歪な角を生やし、筋骨隆々の肉体を持つ大柄な男たちの影が見えた。


 『鬼族』だ。


__________________






 「1……2…3…4人かぁ」


冷ややかな風が吹き荒れる崖の上。長い鋭利な爪を地面に向けた。


 「こんな奴ら、チョっロ♡」


 トルネードの状に巻かれたピンク色のツインテールは、リオン達に刃を向けていた。

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