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アイドルとして生まれた者

 「ふーん。まぁ、僕の方がギリかっこいいね」


 卑下する言葉に、ほんの少しの謙虚さを加えたセリフは、これで何回目なのだろうか。ハルはなにかと文句を吐きながらも、カヤの魔法を使って俺のシャルトを隠す準備を始めた。


 「俺はどっちもかっこいいと思うぞ!」

 「ユン、この世に“どっちも”という言葉で片づけてはいけない事もあるんだよ」

 「えー、そうなの?カヤ」

 「知らない」


 “集中しなさい”とカヤはハルを睨み付けながら、白や水色の粉を飛び散らせた。それなのに、ハルは嬉しそうにニコニコしながらカヤの作った魔法を宙に浮かせて形を形成していく。


 「アイドルくん、そこに座って。動かないでね」

 「は、はいっ」


 椅子に座って背筋を伸ばした時、ハルが指先で合図すると宙に浮いていた魔法が勝手に動きだし、俺の胸に入っていく。ビリビリと体中に電流が走り、悶え声が自然と漏れる。


 「もう少し我慢して。あと、吐かないでね」

 

 電流が内臓を締め付ける感覚がやけに気持ち悪い。首筋に生暖かい汗が垂れて、瞳孔が揺らぐ。もう、気を失ってしまう直前……ふっと電流が抜けた。


 「……っ…はぁ…はぁ…」

 「大丈夫か!リオン!」

 「な、なんとか……」

 「お疲れさま。これで探知からは完全に隠されたはずだよ」


 ハルは指先をパチンと鳴らし、額の汗をぬぐうこともせず、いつもの軽薄な笑みに戻った。


 「まぁ、マナの力が十分ってわけではないからゼノンから隠しきれるかは分からないけど、さっきよりかはマシって感じかな~」


 激しい電流が抜けた俺の体は、まだ少しだけ痺れが残っていた。だけど、不思議と体が軽くなっているのを感じる。自分の胸に手を当ててみると、心臓の鼓動はいつも通りだけれど、俺の魂の奥で暴れるように脈打っていた、あの重苦しくて眩しいシャルトの気配が、まるで深い霧の奥に閉じ込められたように静かに息を潜めているのが分かった。


 「……消えた。いや、隠れてるのか」

 「そう。これで、あなたが大きな声で歌わない限りは、ゼノンに位置がバレることはないわ」


 カヤが息を整えながら、俺の目の前に歩み寄ってきた。彼女の髪からきらきらと零れていた星屑のような光の粉も、今は心なしか落ち着いている。


 「これで、第一段階はクリアね。……リオン、ここからが本番よ」


 カヤのグレーの瞳が、真っ直ぐに俺を射抜く。その真剣な眼差しに、俺はゆっくりと立ち上がり、深く被っていたローブのフードを掴んだ。


 「あぁ、……」


 ゼノンから身を隠す盾は手に入った。なら、次は……。


 「サルゾネス、だったよな。メンバーの目撃情報があった大都市」


 俺の言葉に、ユンがピンと耳を立てて「おう!」と力強く頷いた。


 「馬車で丸一週間の長旅だぞ! でも、リオンのシャルトが隠れた今なら、堂々と街を歩いて移動できるな!」

 「ちょっと待ってよ、みんな。僕を置いてサルゾネスに行く気なの?」


 背後から、不満げに頬を膨らませたハルが割り込んできた。彼はシャツの襟元を片手でパタパタと仰ぎながら、ハルの顔を覗き込む。


 「カヤちゃんが行くなら、当然僕もついていくよ。っていうか、僕がいないと大都市の闇市場なんて危険すぎて、カヤちゃんが盗賊の餌食になっちゃうからね」

 「私はそこまで弱くない。けど、ハルがいれば心強いわね」

 「だな!ハルは超能力者の中でもトップレベルの能力の持ち主だもんな!」

 「カヤちゃんが俺のこと好きになる能力も使えるようになれるかな~」

 「ガハハ!それは無理だな!」


 相変わらずのやり取りに、俺の口元から自然と笑みが零れた。世界はあべこべに壊れてめちゃくちゃになってしまったけど、隣を見れば、頼もしい魔法使いと、お調子者の獣人と、一癖ある最強の超能力者がいる。


 「よし……行こう、サルゾネスへ」


__________________



 セゾンシティを後にした俺たちは、サルゾネスへと続く荒野の街道を馬車で移動していた。ハルの能力のおかげで俺のシャルトは完全に隠蔽されている。すれ違う旅人や商人に怯える必要はなくなったが、それでも移動中の景色は過酷そのものだった。


 アスファルトのひび割れから巨大なシダ植物が突き出し、少し進めば干からびた大地の向こうに崩壊したビルの鉄骨が見える。歪に融合を果たした世界は、どこもかしこも生命力に欠けていた。


 「このあたり、本当にマナとシャルトが薄いわね」


 カヤが眉をひそめ、自身の水色の髪に触れる。いつもなら星屑のようにきらめいている光の粉が、今はほとんど消えかかっていた。


 「第一の星の植物も枯れちゃってる。これじゃあ、獣人たちも食べるものを収穫できないよ……」


ユンも耳をペタンと寝かせ、元気がなさそうに周囲を見渡している。


 世界があべこべに混ざり合ってから二週間。大都市以外では、生命の源である「マナ」も、人々の活気である「シャルト」も底を突きかけている。世界は、ただそこに存在するだけでゆっくりと崩壊を迎えている。


 その時だった。

街道の脇、崩れたコンクリートの壁の陰に、二つの小さな影が身を寄せ合っているのが見えた。


 「……あれって」


 俺は急ぎ足でその影へと駆け寄る。そこにいたのは、ボロボロの服を着た、人間の男の子と、イヌの耳を持った獣人の女の子だった。二人はお互いを抱きしめ合うようにして、地面にぐったりと横たわっている。


 「おい、大丈夫か……!?」


 声をかけて手を伸ばしたが、反応は薄い。二人の肌は青白く、呼吸は今にも止まりそうなほど浅かった。


 「だめよリオン、触っちゃだめ!」


後ろから追いついたカヤが、悲痛な声をあげる。


 「この子たち……完全にマナとシャルトが枯渇しているわ。この混ざり合ってしまった土地で、生きるためのエネルギーを両方失って、餓死しかけているのよ。魔法薬も、今の薄いマナじゃ生成できない……!」

 「そんな、じゃあ、このまま死んじゃうのを待つしかないのかよ……!」


 ユンが子供たちにすがりつき、泣きそうな声を出す。ハルもいつもの軽薄な笑みを消し、苦々しげに目を伏せていた。マナが足りない。シャルトが足りない。だから、生きるための気力も、肉体を維持するエネルギーも失われていく。俺の世界では、誰もが当たり前に持っていた『生きる喜び』が、この世界では命そのものだったのだ。


 ……いや、待てよ。


 俺は、自分の胸元に手を当てた。ハルの能力で、深く、深く閉じ込められた俺の魂の核心。そこには、世界を揺るがすほどの爆発的な『シャルト』が眠っているはずだ。


 「リオン……?」


 俺の様子に気づいたカヤが、怪訝そうな声を出す。俺は馬車の荷台に乗っていた、持ち主不明な古びたギターを奥底から引っ張り出した。


 「ハル。俺がここで歌ったら、ゼノンに気づかれる確率は?」


 「え……?」ハルは目を見開いて、苦笑いをしながら冷や汗を垂らした。


 「おいおい、冗談だろアイドルくん。いくら僕の能力が強力でも、全力で歌ったりなんかしたら、魔族がすっ飛んでくるよ?」

 「一瞬なら、持ち堪えられるか?」

 「……数分、いや、曲の1番が終わるくらいが限界だね」

 「なら、十分だ」


 俺は木製のアコースティックギターを抱え、あの日スタジアムが崩壊して以来、初めて触れる音楽の感触。ネックを握る手に、じわりと汗がにじむ。


 「リオン! 正気なの!? 自分がどれだけ危険な目に遭うか分かっているの!?」


カヤが俺の腕を掴もうとする。だけど、俺はそれを優しく振り払った。


 「カヤ。俺はアイドルだ」


俺は子供たちの前に膝をつき、ギターの弦に指先を添えた。


 「泣かないで……、目をつぶって耳をすまして」


 俺は目を閉じ、優しく、最初のコードを掻き鳴らした。世界があべこべになってから、ずっと俺の胸の奥で燻っていた熱が、指先を通じてギターの弦へと伝わっていく。


 「──♪──〜〜♪」


歌詞のない、優しいハミングから歌い始める。俺たちのグループのバラード曲は、かつてのファンが、静かに涙を流しながら聴き入ってくれた大切な曲だ。


 ハルの力を内側から食い破るように、俺の奥から『シャルト』が溢れ出していくのが分かった。それはただの生体エネルギーじゃない。誰かを救いたい、届けたいと願う、純粋な祈りだ。


 「……う、そ……」


背後でカヤが息を呑む気配がした。


 俺が言葉を紡ぐたび、ギターのコードを一つ変えるたび、何もないはずの大気に、見たこともない極彩色の小さな光の粒が生まれ、きらきらと舞い始めたのだ。それは俺の歌が生み出した、紛れもない純粋な『シャルト』の輝き。


 そして奇跡はそれだけじゃなかった。

溢れ出たシャルトの熱光に共鳴するように、干からびていた大地から、淡い緑色の光『マナ』が、じわりと地表へ染み出し始めたのだ。枯れていたシダ植物の葉が、みるみるうちに瑞々しい緑を取り戻していく。


 音楽『シャルト』が、自然『マナ』を呼び覚ましているんだ。


 「え、なにこれ……。異なる星のエネルギーが、彼の歌を中心に完璧な循環を作ってるってこと?」


 ハルが驚愕に目を見張り、声を震わせる。俺は歌い続け、目の前で横たわる二人の小さな命だけを見つめる。届け。生きろ。まだ世界は終わってなんかいない。


 「……ん……っ……」


 曲の1番が終わりに差し掛かった頃。人間の男の子のまつげが微かに揺れ、イヌの耳を持った女の子が、小さく声を漏らしてゆっくりと目を開けた。二人の瞳に、俺の歌が紡ぎ出した極彩色の光の粒が、美しく反射してきらめく。


 「お兄ちゃん……あったかい」


 男の子が掠れた声で呟き、女の子が笑顔で涙を流しながら消え入りそうな手で俺のズボンの裾をぎゅっと握った。二人の顔に、じわあっと健康的な赤みが戻っていく。


 「よかった……っ! 生きてる、二人とも生きてるよ……!」


ユンが子供たちを抱きしめるようにして、ボロポロと涙を流した。カヤも、そのグレーの瞳を潤ませながら、信じられないものを見るように俺を見つめている。


 「リオン!止まれ!そこまでだ!」


 ハルの叫び声に我に返った。俺は歌をそっと着地させるように、弦を手のひらで押さえて音を止めた。周囲を満たしていた光の粒子が、名残惜しそうにハラハラと空気中に溶けて消えていく。だけど、俺の視線の先では、さっきまで死にかけていた子供たちが、しっかりと自分の足で立ち上がっていた。


 「お兄ちゃん、ありがとう……! 体が、痛くないの!」

 「すっごい綺麗な歌だった……!」


 無邪気に笑う子供たちの笑顔を見た瞬間、なぜか懐かしい感じがした。俺の歌は、このあべこべの世界でも、確かに誰かの命を救う力になる。その事実が、胸の奥のシャルトを熱くさせた。


 「まさか、ここまで力があったなんて……」


ハルとカヤが呆然とした様子で、俺の周りでまだ微かに明滅している光のざんしを見つめていた。そのグレーの瞳には、明らかな驚愕と、それ以上の畏怖が混ざり合っている。


 「本来なら絶対に交わらないはずの異なるエネルギーが、リオンの歌を媒介にしてを生み出していたわ。これが、ゼノンが求めている特別なシャルト姿……」


 ハルもいつもの気だるげな笑みを完全に消し、自分のこめかみを指先で押さえながら、信じられないものを見るように俺を凝視している。風が吹き抜けた瞬間森が鳴いた。俺のシャルトを目の当たりにしたハルは何かを確信したかのようにその場にしゃがみ込みこんだ。


 「もしかしたら、何か変わるかもしれない。君の力で」

 「ハル…」


ハルが顔を上げ、いつもの軽薄な仮面をかなぐり捨てた底の知れない超能力者の目で俺を見つめた。


 「世界を救うなんて大して興味ないけどさ。カヤちゃんと一緒にいられるし……僕もなにか見つけられそうだしね。僕の力を貸してあげてもいいよ」


 斜め上に顎を上げて、目にかかった金色の髪の毛はいつもより美しく輝いていた。髪の毛から垣間見える透き通った瞳は、真っ直ぐな誠意を示していた。


 「あーあ! 結局ハルもリオンのファンになっちゃったじゃん!」


張り詰めた空気を破るように、ユンが俺の前に立って、ふんすと鼻を鳴らした。


 「勘弁してよ~。僕は力を貸すだけだよ」

 「その割には、リオンの歌に聞き入っていたみたいだけど」


 通りすがりのカヤの言葉にハルは咄嗟に顔を隠し、耳が徐々に赤くなっていた。けれど、耐えかねたよう肩をすくめて笑い、カヤも小さくため息を吐いて立ち上がる。

 みんなの言葉が、視線が、俺の胸の奥に残る熱をさらに強くしていった。


 俺には、強い力もないし、特殊能力もない、ただのアイドルだ。自分の胸に手を当てると、まるで意思を持つかのようにドクドクと力強く脈打っているのが分かった。


 「お兄ちゃん、これあげる!」


 ふいに、さっきの獣人の女の子が、俺のズボンの裾を引っ張った。見れば、小さな手のひらの上に、小さな青い花を差し出している。さっきまで干からびていたはずなのに、俺の歌が呼び覚ましたマナのおかげで、今は瑞々しく朝露を弾いていた。


 「ありがとう。大切にするね」


 俺がしゃがみ込んでその花を受け取り優しく微笑みかけると、子供たちはぎゅっと俺を抱きしめた。優しくて暖かい香りが胸いっぱいに広がり、目じりが熱くなる。抱きしめる彼女たちの手は微かに震えていて、俺のローブで涙を拭っていた。


 「君たちの家はどこなんだ?」

 「僕たち!この先にあるリケル村の住人なんだ!もう少し先を進んだところなんだ!」

 「じゃあ俺たちの馬車に乗せて送っててあげよう」

 「わーい!お兄ちゃん大好き!」


 あぁ、久しぶりに胸の奥が熱くなった気がする。喜びや幸せ……俺の音楽で人々が幸せになる景色が俺の生きる意味なんだ。戦う力も能力もないけれど、俺には音楽がある。


 「さっ、子供たちを乗せて、すぐに発車の準備を!」

 「よーし!リケル村に向かうぞー!」


ユンが子供たちの手を引き、大急ぎで馬車へと駆け出す背後を追いながら、俺もハルたちと周囲を確認した後、荷台へと乗り込んだ。


 俺が歌えば、身の危険が跳ね上がる……そんなことは分かっていた。

けれど、この力と音楽…そしてこの仲間がいれば何かを変えられるかもしれない。壊れた世界を救う旅の始まりとして、俺たちはまたこの歪んだ世界を進んだ。


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