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溺愛超能力者

 重たいローブを羽織りながら部屋を出ると、辺りは鮮やかな色彩が広がる森の中だった。しばらく歩いたところに幌馬車を引く商人が見え、ユンは一目散に駆け寄った。


 「おじさん!どこまで行く予なんだ!よかったら俺たちをセゾンシティまで連れていってほしい!」

 「おぉ、キツネの獣人かい…。久しぶりに見たなぁ。ワシはそのちょいと手前の街に用があってのう…そこまでなら乗せて行ってやろうか」

 「本当かい!助かるぜ!」


 ユンが「おーい!」と元気よく手を振り、後ろにいた俺たちを手招きした。

俺とカヤは顔を見合わせ、急ぎ足でユンの元へと向かう。その瞬間、おじさんは俺の姿を見た途端、大きく目を見開いた。


 「お前さん、まさか第三の星の住人かい?」

 「…え、はい」

 「まさか、また星が本当に合致してしまったとは……」


 立派は髭を撫でながら、おじさんは俺をまじまじと見つめた。しかし、ローブを被っているのに、気づいたのか…カヤに視線を向けると彼女は目を細めて微笑んだ。


 「あら、おじ様。もしかして超能力者かしら」

 「お嬢さん、ご名答じゃよ。わしはESPの超能力者じゃ。だからお主のローブなんざ透けて見えて当然じゃ。」


 「ほほほ」と笑い、おじさんは誇らしげに親指を立てた。


 「ESP?」

 「超能力の種類よ。ESPは一般的に『知覚』を司る能力。読心術や透視、予知なんかがそれに当たるわ」


 カヤがローブのフードを直しながら、流れるように補足してくれた。


 「逆に、物体を動かしたり壊したりする物理的な力はPKって呼ばれているの。このおじ様は、その透視能力であなたのローブの奥を見抜いたのよ」

 「へぇ、お嬢さん、若いのに実によく知っておる。……ま、そういうわけじゃ。だから安心しな。わしはただの通りすがりの商人だし、ゼノンの手先でもねぇよ」


 おじさんはそう言って、安心させるようにウィンクをしてみせた。


 「それにしても、第三の星の人間を生で見るのは初めてじゃ。」

 「俺が初めてですか…」

 「世界が混ざり合ったあの日から、各地で『見たこともない奇妙な格好の人間が空から降ってきた』って大騒ぎになっとる。中には、派手な衣装を着て歌を歌う者も見たなんて噂もあってのう……」

 「派手な衣装で、歌を!?」


 俺は思わず、おじさんの肩を掴みそうになる一歩手前で踏みとどまった。

間違いない、メンバーの誰かだ。みんな、やっぱりこの世界のどこかで生きているんだ。


 「おじさん、その噂ってどこの街で…」

 「おいおい、立ち話もなんだ。詳しい話は、馬車を走らせながらにしよう。ほら、乗りな」


 おじさんは荷台のスペースをぽんぽんと叩き、手綱を握り直した。俺は逸る鼓動を抑えながら、カヤとユンに続いて幌馬車へと乗り込んだ。


 「わしが噂を聞いた場所はもっと西南の方じゃ。サルゾネスの方だったと思うのじゃが……」

 「サルゾネス……なかなか遠いわね」


カヤは顎に手を当て、少し困ったように眉をひそめた。


 「 サルゾネスってそんなに遠いのか?」


 俺の問いかけに、カヤの代わりにユンが「遠いなんてもんじゃないぞ!」と、大きな耳をパタパタと揺らしながら身を乗り出してきた。


 「ここからだと、馬車を乗り継いでも丸一週間はかかる大都市さ。第一の星の自然豊かなエリアと、第二の星の交わる境界近くにあるんだ。治安もあんまり良くないって聞くぜ?」


 丸一週間……。想像以上の距離に、俺の胸に焦りが生じる。

 今この瞬間も、メンバーたちは見知らぬ土地で戸惑い、危険な目に遭っているかもしれないのだ。今すぐに向かいたい、けれど……。


 「焦る気持ちは分かるけれど、今のあなたじゃサルゾネスに辿り着く前にゼノンに見つかるわ」


 カヤは俺の焦燥感を見透かしたように、冷徹に、だけどどこか優しく諭すように言った。


 「おじ様の話で、メンバーが生きている可能性はぐっと高くなった。それは大きな収穫よ。だからこそ、まずは当初の予定通りセゾンシティへ行ってハルに会いましょう。あなたの『シャルト』の気配を隠すのが先決よ」

 「……あぁ、そうだったな」


 俺は小さく息を吐き、はやる心を落ち着かせるように胸のブローチを上からそっと押さえた。まずはハルに会って力を借りる。安全を確保してから、サルゾネスを目指す。それが仲間を救うための最短ルートだ。


 「話はまとまったようじゃな。それじゃあ、まずはわしの行く街まで、あべこべになった世界のドライブと洒落込もうじゃねえか」


 その瞬間、おじさんは思いっきりスピードを上げて、森を駆け抜けていった。


_________________




 「グットラックじゃ!!」


 セゾンシティの一歩手前まで着き、またもや親指を立てて華麗なウィンクをサービスしてくれたおじさんは去っていった。


 「うぅ、気持ち悪い……カヤ、薬……」

 「待ちなさいユン、ここで吐かないで。」


 カヤが呆れたようにため息をつきながら、ユンの背中をさすって小さな丸薬を口に放り込んでだ。それを飲み込んだユンは、ようやく生き返ったように「ぷはぁっ!」と大きく息を吐き出す。


 「おじさん、いい人だったけど運転の癖が強すぎだろ……。」

 「贅沢言わないの。おかげで予定より半日も早く着いたんだから」


 二人のやり取りを見ながら、俺は顔を上げて目の前の光景を見つめた。そこは、セゾンシティの手前にある中継都市のはずだった。


 「な、んだよ……これ……」


 絶句する俺の視線の先。そこには、俺のよく知る現代的なアスファルトの道路やビルの残骸と、第一の星の巨木で作られた民家、そして第二の星の荒野の岩が、まさに文字通り“あべこべ”になった異様な街並みが広がっていた。


 ビルを真っ二つに引き裂くように植物のつるが伸び、崩れたコンビニの跡地には見たこともない怪しげな露店が並んでいる。行き交う人々も、普通の人間、ユンのような獣人、さらには尖った耳を持つエルフのような姿まで、混沌そのものだった。


 「驚くのも無理はないわ。これが今の世界の姿よ。……あまり立ち止まっていられないわ。ハルがいるセゾンシティまであと少しよ。」


 カヤに促され、俺はフードを深く被り直した。すれ違う異世界の住人たちの視線に怯えながらも、俺は一歩一歩進んでいく。バラバラになったメンバーたちに、いつか必ず追いつくために。


 「なぁ、カヤ……なんで街はこんなに荒れているんだ」


 カヤの斜め後ろを歩く俺は、周囲の視線を警戒しながら小さく声を掛けた。すると、カヤは歪に混ざり合った街並みを見渡すように視線を走らせ、悲しげに目を伏せた。


 「大都市以外の街は、マナの力が足りないがために貧富の格差が激しいのよ。限られた生命エネルギーでみんな必死に生き残ろうとしているの。……だから、私たちの魔法や力も、以前までの本来の力を発揮できないの」

 「そんな……」


 変わり果てた世界の仕組みを突きつけられ、俺は言葉を失った。


 「だから、ここにいる人たちも生きるために必死なのよ。荒れるのも……当然といえば当然ね」


 カヤはそれ以上言葉を続けることはなく、ただ前を向いて歩を進めた。


 崩れたアスファルトの隙間から、紫色の奇妙な植物が毒々しい花を咲かせている。その横では、ボロボロの服を着た子供のような獣人が、ギラギラとした目でこちらを値踏みするように見つめていた。

 俺のいた世界では、誰もが笑顔で俺たちの歌を聴き、平和な日常を謳歌していた。それなのに、たった二週間で世界はここまで残酷に変わってしまったのか。


 「……リオン、あんまり暗い顔すんなって!」


 重苦しい空気を察したのか、ユンがしっぽを元気に振って、俺の背中をパシパシと叩いた。


 「確かにここはちょっと物騒だけどさ、ハルのところに行けばなんとかなるって! あいつの超能力、マジで規格外だから!」

 「ユン、大声を出すんじゃないの。目立つでしょう」


 ユンの底なしの明るさは光そのものだった。自然と笑顔がこぼれてユンの柔らかい手を握った。……その時だった。


 「おい、お前ら。随分いい服を着ているみたいだな。特にそのお兄ちゃんよぉ。」

 「……リオン。離れないで。」


 盗賊のような男の集団に囲まれ、カヤとユンは庇うように俺を背中に隠した。

 さっきのおじさんの話を辿れば、こいつらも透視できる超能力者に違いない。


 「……ちっ、面倒なことになったわね」


 カヤとユンが鋭い視線で男たちを睨みつけ、臨戦態勢をとる。だが、男たちはカヤの魔法を恐れる風でもなく、ただ下卑た笑みを浮かべて俺のローブの奥を見透かすように目を細めていた。


 「魔法使いの姉ちゃん、安心しな。俺たちはただ、その兄ちゃんに少し用があるだけだ」

 「カヤ、こいつら普通の人間じゃないぞ……! さっきのおじさんと同じだ、超能力者だ!」


 ユンがキツネの耳を逆立て、鋭い犬歯を剥き出しにしながら唸る。しかし、男たちの一人が、ニヤニヤと笑いながら自分のこめかみを指先で叩いた。


 「その通りだ、子キツネ。……おい、早くその後ろの兄ちゃんを渡しな。ローブの下の派手な格好もそうだが、只者じゃねぇだろ。大都市で売りさばけば、一生遊んで暮らせる大金が手に入るはずだ」

 「……っ!」


 ゼノンだけじゃない。このあべこべになった世界では、普通の悪党ですら超能力の透視を使い、俺の価値を嗅ぎつけてくるのだ。


 「カヤ、ユン、俺……」

 「喋っちゃダメ。……ユン、強行突破よ。私の魔法で一瞬だけ隙を作るわ!」


 カヤが手を掲げ、シルバーの光の粒子を凝縮させようとした、その時だった。


 “バリッッッ!!”


 ほんの一瞬だった。目の前に黄色の電気が広がり男たちは次第に倒れていく。なにが起こっているのか、理解できなまま唖然としていると、カヤは大きなため息を吐いて上を見上げた。


 「なんの騒ぎかと思えば……愛しのカヤちゃんじゃないか」


 真上にある電線に軽々と立ち、楽しそうにこちらを見下ろしている一人の青年がいた。


 「ハル……なんでここにいるのよ」

 「なんでここにいるのよ、って……。大好きなカヤちゃんが僕を訪ねてこの街に向かってるって風の噂で聞いたから迎えに来ただけだよ」


 彼は、電線の上からまるで重力がないかのように軽やかに飛び降り、俺たちの目の前に着地した。


 近くで見ると、彼は驚くほど整った顔立ちをしている。少しウェーブがかった明るい金髪は、耳がのぞくくらいの長さで無造作に遊ばせていて、切れ長の涼しげな目元に気だるげで色っぽい姿は、この荒れ果てた街には似合わなかった。

 この人が……ハル……。


 「それにしても、相変わらず物騒な街だねぇ。まあ、僕の力は最小限にして気絶させただけだから、死んではいないよ」

 「……相変わらずね。でも助かったわ、ハル」


 カヤがそっけない態度で言うと、ハルは「ひどいなぁ、もっと感動の再会ってやつをさぁ」と大げさに肩をすくめた。と、その時…ハルの視線が、カヤの後ろに隠れている俺のへと向けられる。


 一瞬、ハルは目を細め、先ほどまでの軽薄な空気が、一瞬でピリッと張り詰めたものに変わった。彼は俺をまじまじと見つめ、その口元が楽しげに吊り上がる。


 「そこにいる、やけに綺麗な顔をしたお兄ちゃんはもしかして第三の星の人?」


 ハルの一歩、足が前に出る。

 

 「ただの異星人じゃないね。ひょっとしてアイドルってやつ?」

 「っ……!」

 「へぇ、ほんとに存在したんだ」


 ハルは俺の胸に向かって指をさし、思わず一歩身を引いた。彼の瞳は、俺のローブの先だけでなく、体の核心まで完全に見抜いているようだった。


 「やっぱりハルには誤魔化せないわね」


 カヤは諦めたようにため息を吐き、俺の前に一歩出た。


 「彼の名前はリオン。第三の星のアイドルよ。……ハル、私たちがあなたを訪ねたのは、他でもない。彼のシャルトの気配を、あなたの超能力でゼノンの探知から完全に隠してほしいの」


 カヤのその言葉を聞いた瞬間、ビリっと空気に電気が走った感覚がした。咄嗟にハルの方向へと視線を向けると彼の顔から、それまでの柔らかな表情が綺麗さっぱり消え失せた。


 「なーにそれ」


 ハルは微かに眉をひそめて、カヤと俺の顔を交互に見つめた。そして、みるみるうちにその端正な顔を歪ませ、子供のように頬を膨らませていく。


 「ちょっとカヤちゃん!! 久しぶりに僕に会いに来てくれたと思ったら、理由がこの男のためだって言うの!?」

 「ええ、そうよ。一刻を争うの」

 「信じられない! 僕はてっきり、カヤちゃんが僕に会いたくて来てくれたと思っていたのに! こんなイケメン連れてきてさ! ユンもグルだったのかい!?」

 「わ、わわっ! 俺を巻き込むなよハル! これは世界を救うための真面目な話なんだからさ!」


 ユンがキツネの耳をペタンと寝かせて慌てて手を振る。しかし、ハルはすっかり拗ねてしまったようで、腕を組んで俺からぷいっと顔を背けた。


 「やだね! 僕はそんなの絶対に協力しないよ! 男なんかのために能力を使うなんてもったいない。」


 そう言うと、ハルは本当に子どものように地団駄を踏み、そのままアトリエへ向かおうとした。その瞬間、ユンが俺の前にスッと一歩出て、わざとらしく咳払いをする。


 「カヤって、子どもっぽい男が苦手らしいぞ? ほら、あいつ真面目だからさ~。やっぱ“大人っぽくて余裕のある男”の方が似合うよなぁ」


 やけに大きな独り言に、ハルの足がぴたりと止まった。

 ……やっぱり。薄々気づいてはいたけれど、この人は驚くほど単純だった。


 「俺、困ってる人を放っておけないタイプなんだよね」


キメ顔で言い放つハルに、俺は思わず心の中で安堵する。


 あぁ、単純な人で助かった。

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