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異星人

 「……っ、うっ……!」


 起き上がった瞬間、身体中を駆け巡る激痛に襲われ、俺は思わず腹部を押さえた。

しかし、痛みに耐えながら目を開けた俺の目に飛び込んできたのは、先ほどまでの悪夢のような景色ではなかった。崩落したスタジアムも、血染めの空もない。そこは、柔らかな木漏れ日が差し込み、色鮮やかな花や植物に囲まれた温かみのある見知らぬ部屋だった。


「お! 起きたのか!」


 俺の悶え声に反応して、部屋の扉が勢いよく開く。現れた男の姿を見て、俺の思考は止まった。彼の頭部にはピンと尖ったキツネのような耳があり、腰元からはフサフサとした白いしっぽが蠢いていたのだ。


 もしかして……獣人?

 夢じゃない。さっきの魔族たちも、世界の崩壊も、すべて現実に起きたことなんだと、俺は冷たい絶望の叩き落とされる。


 「良かったぁ……死んじゃったかと思ったぞ。二週間も寝ていたんだぜ!」

 「なに、これ……」

 「まあ、混乱してても仕方ないか。薬持ってくるから、ちょっと待ってろ」


 彼は白色のしっぽを揺らしながら一度部屋を出ていき、数分もしないうちに戻ってきた。木製のお盆の上には、水とカプセル錠の薬、そして丸いケーキのようなものが乗っている。


 「話はまず、薬を飲んで腹を満たしてからだ」


 こんな突然差し出された謎の薬と物体を、怪しまずに食べられる方が異常だ。俺が小さなフォークで警戒気味にケーキをつついていると、キツネの彼は頬を膨れさせて耳を立てた。


 「食べ物で遊ぶな! せっかく俺の好物をおすそ分けしてやってるのに!!」

 「え……あ、ごめん、なさい」


 早く食べろ、と言わんばかりに悲しそうにケーキを見つめる彼に気圧され、俺は軽くケーキをすくい、一口だけ口に運んだ。その瞬間、今まで生きてきて食べたことのない食感と圧倒的な美味しさに言葉を失った。


 「なっ……! なにこれ……っ?」

 「ふふん、僕たちの星で作ったケーキに少し魔法を加えただけさ」

 「ま……魔法って……」

 「いいから薬も飲め!」


 ポカンとしながら、俺はもう一度ケーキをすくった。そして、小さなフォークにたっぷり乗せたそれをキツネの彼に差し出すと、彼は眩しいほどに目を輝かせた。


 「えっ……いいの!?」

 「うん、お礼」

 「お前っ! 良い奴だな!!」


 彼は大きな口を開けてケーキを頬張ると、幸せそうに目を蕩けさせ、両手で頬を押さえた。


 「んー、幸せ!」


 しっぽを嬉しそうにパタパタさせて噛み締めている彼を横目に、俺は少しだけ警戒心を解き、差し出された薬を水で流し込んだ。驚くほど飲みやすく、喉を通った瞬間にあれほど苦しんでいたお腹の激痛が嘘みたいに消え去っていく。


 「あの、ここはどこなんだ? ……俺は君に助けてもらったのか?」

 「ま、厳密に言えば俺と、カヤに助けられた感じだな」

 「カヤ……?」


 そう問いかけた、次の瞬間だった。静かにゆっくりと部屋のドアが開き、同時にシルバーと水色の淡い光の粉がドアの隙間からさらさらと部屋の中へ溢れ出してきた。


 「騒がしいわよ、ユン」


 腰の長さまである水色の髪。それが靡くたびに、まるで星屑のようにキラキラと微粒子が光を放つ。透き通ったグレーの瞳をこちらへ向けたその主は、まるでおとぎ話の絵本からそのまま飛び出してきたかのような美少女だった。


 「あ、噂をすれば! おーいカヤ、こいつ今起きたぞ!」


 ユンが嬉しそうに声をあげる。カヤと呼ばれた少女は、表情を変えないまま俺に視線を寄越した。


 「あ、俺はユン! 見ての通り第二の星、キツネの獣人だ!」

 「私はカヤ。第一の星の魔法使いよ。あなたが飲んだのは私の特製薬。……ひとまずは安心しなさい」


 二人の自己紹介を聞きながら、俺も身を起こして小さく一礼する。


 「お、俺はリオン。第三の星のアイドルだ」

 「リオンか! アイドルって初めて見た! かっこいいな~」

 「アイドルのリオンね。無事なら何よりだわ」


 これまであまりにも波乱万丈すぎたせいで、彼らを疑う心の余裕すらなかった。けれど、その温かい雰囲気や純粋な瞳を見れば、あの狂暴な魔族たちとは決定的に違う存在なのだと、言葉を交わさずとも分かった。


 「カヤ、ユン。あの、どういうことなんだ。 なんでそれぞれの星が共存しているんだ。交わるはずがないのに…」


 俺の切実な問いに、カヤとユンは顔を見合わせた。そしてカヤが、冷酷な現実を告げる。


 「単刀直入に言うわ。もう第三の星はないわよ。……第一の星、第二の星、そして貴方のいた第三の星の境界線が崩壊し、今一つになってしまったの」


 意味がわからない。決して交わるはずのない星々が一つになる……?信じられるわけがない。それでも、必死に記憶を手繰り寄せると、先ほど別世界の魔族に襲われたという事実と最悪な形で辻褄が合ってしまう。


 「まあ、混乱するのも無理はないさ。けれど、10年前から第一の星と第二の星は、元々融合しているんだ」


と、ユンが言葉を引き継いだ。


 「そのうち、俺たち獣人のような幻獣と、カヤたち第一の星の住人は共存をするようになった。互いの文化を共有し合っていたから、今回もお前をこうしてカヤの魔法薬で助けることができたんだ」

 「10年前から……? 一体何が起きているんだ」

 

 カヤが静かに、窓の外の遠い空を見つめながら語り始めた。


 「私たちの星には、それぞれ異なる生体エネルギーが存在する。第一の星と第二の星の自然エネルギーである『マナ』。そして、あなたの星の人々の感性や熱狂、音楽が合わさることで爆発的な動力を生み出す『シャルト』。……そして、星々は分厚い宇宙の壁によって隔てられ、決して交わることのない境界線が存在していたわ」

 「ああ、教科書でもそう習った。絶対に超えられない法則だって」

 「ええ。でもそれを、力尽くで捻じ曲げた者がいた。……第二の星の魔族よ」


 カヤのグレーの瞳に鋭い怒りの炎が宿り、ユンは光を見失ったように目線を下に落としながら口を開いた。


 「魔族は第二の星で最も力を持っている種族なんだ。昔は共に共存し合う、心優しい種族だったんだぜ…。その中でも、当時の王だった魔族のアシュラは情に厚くて、みんなに慕われていたんだ」


“……でも”とユンは拳をぎゅっと握りしめて大きな耳を垂らした。


 「王は、突然死んだんだ……」


 一瞬で部屋の空気が凍りついた。俺も言葉を失って返す言葉も表情も見つからない時、カヤは肩を震わせるユンに手を添えて、続けるように話し始めた。


 「それからよ……長男のゼノンが星を支配し始めたのは。王の息子とは思えないほど傲慢で横暴な彼は、もっと魔族の力を高めようと宇宙の力を利用して境界線を爆破したの。10年前、第一の星の『マナ』を奪うために、私たちの星を強制的に侵略したのが始まりだわ」


 すべての点と線が、最悪な形で繋がっていく。あのスタジアムを襲った血の空、極彩色の星屑、俺に牙を向けたあの銀髪の男。


 「待て。じゃあさっき俺を襲った、あの銀色の男は……」


 俺の言葉に、カヤがハッキリとうなずいた。


 「おそらく、ゼノンね。彼こそが世界をあべこべに混ぜ合わせた元凶よ」


 心臓がドクン、と大きく跳ね上がった。あの大気を引き裂くような禍々しい男が、世界を滅ぼした魔王そのもの。共鳴するように痛みだす腹部の傷を抑え、冷や汗をベットの上に一粒落とす。


 「ゼノンは第一の星の『マナ』だけじゃ満足しなかった。奴の次の狙いは、あなたたちアイドルが紡ぎ出す無限のエネルギー“シャルト”。だから今回、第三の星は侵略されたのよ」


 理解不能な中、ユンが俺の震える胸元をそっと指さした。


 「シャルトは本来、人々の熱狂によって生まれるものだけど、リオンの魂そのものに宿るシャルトは別格だ。恐ろしいほど純粋で、爆発的な輝きを秘めている。だからゼノンは、世界線が融合した直後、真っ先に君の元へ向かったんだ」


 自分の胸に手を当てると、早くなっていく鼓動が手のひらに伝わってきた。トップアイドルとしてステージに立ってきた自負はある。だが、俺自身にそんな世界の運命を揺らしていくような力が眠っているなんて、今の今まで知らなかった。


 世界線が崩壊し、あべこべに混ざり合ってしまった三つの世界。最強の魔王ゼノンに狙われる、俺の特別なシャルト。そして、もう一つ気になることがあった。


 「あの、覆面を被った女の子もユンとカヤの仲間なのか?」


身を乗り出して問いただすと、ユンとカヤは互いの顔を見合わせ、不思議そうに首を傾げた。


 「いや、聞いたことも見たこともないな…その子がどうしたんだ?」

 「……ゼノンと戦っていたんだ。背中から、黒い異形のような刃を生やして」


 俺がそう告げるとカヤは息を呑み、その灰色のまなざしを鋭く尖らせた。


 「背中から、異形の影? それって……」

 「魔族、の力だよな……?」


ユンが小さく身震いをしながら、声を潜める。


 「おそらく、反ゼノンの魔族かもしれない…。魔族のすべてがゼノンを崇拝しているわけじゃないわ。きっとその子も、ゼノンの力を削ぐために現れた別の派閥の魔族よ」

 「……そうか。シャルトの奪い合いって線もあるもんな」


 ユンが確信を突くようにそう言ったが、俺の胸の中には、どうしても拭いきれない小さな違和感が残っていた。そんな眉をひそめて考え込む俺の様子を、カヤは見逃さなかったのか「なにか気になることでもあるのかしら」と言いたげな、鋭い勘を働かせた視線が俺に刺さる。


 「いや、あのさ……彼女は戦いながら、ずっと俺を庇ってくれていたんだ。ただの争いなら、俺なんて巻き込まれて死んでてもおかしくなかった」


 『ここから、3時の方向。早く逃げて』

脳裏に、あのマスクの奥から響いた低く切ない少女の声が蘇る。一瞬、言葉を失って立ち尽くす俺の様子に、カヤは怪訝そうに眉をひそめた。


 「見ず知らずのあなたのために盾になるなんて……。何か別の目的があるか、あるいはただゼノンの邪魔をしたいだけの狂人か。どちらにせよ、不用意に近づくのは危険だわ」


 ユンたちでさえも、あの少女の本当の正体は知らない。ゼノンと同じ魔族の力を持ちながら、なぜか俺を傷つけず、あの絶望の中で安全な退路まで示してくれた彼女は一体何者なんだ。

窓から差し込む暖かい木漏れ日が、なぜか急に冷たく感じる。カヤは一度思考を切り替えるように一息吐いて、俺をまっすぐに見据えた。


 「とにかく、ゼノンに目をつけられた以上ここに長く留まるのは危険すぎる。私の結界魔法も、あの魔王相手にどこまで持ち堪えられるか分からないわ。……だからリオン、今すぐここを発つわよ」

 「発つって……どこに? メンバーや、スタジアムにいたみんなはどうなったんだよ! 俺、探さなきゃ……!」


ベッドから身を乗り出す俺に、カヤは静かに首を振った。


 「落ち着きなさい。あの日、なぜかゼノンはあそこに現れるのが一歩遅かったの。そのわずかな隙に、私たちの仲間が力を使ってスタジアムにいた人たちを保護したわ。メンバーも、観客たちも、おそらく大半は生きている。……けれど」

 「けれど、なんだよ?」

 「世界があべこべに混ざり合ってしまったせいで、全員がこの広大な世界のあちこちに、バラバラに飛ばされてしまっているのよ。今のあなたがそのまま探しに飛び出したところで、仲間を見つける前にゼノンに見つかって、シャルトを抜かれるのがオチだわ」

 「そんな……」


 絶望に暮れる俺の横で、ユンがしっぽをピンと立てて身を乗り出してきた。


 「だからこそ、ハルのところに行くんだよな、カヤ!」

 「ええ。私の古い知り合いに、ハルという男がいるの。彼は第一の星の超能力者。彼の能力の応用なら、ゼノンの探知からあなたのシャルトの気配を完全に隠すことができるはずよ。…まずはそこに身を隠して、それから仲間の手がかりを探しましょう」


超能力者…。元はカヤと同じ、第一の星の住人。


 「ハルはちょっと変わり者だけど、腕は確かだし信頼できるわ。ユン、出発の準備を」

 「よっしゃー!そうと決まればリオン、さっさと行くぞ!」


 ユンはお盆を片手に、素早い動きで部屋を飛び出していった。カヤは部屋の隅から大きなフード付きのローブを持ってくると、それを俺の肩へとそっと掛ける。


 「アイドルの目立つ格好のままじゃ歩けないでしょ。……行きましょう。仲間を、もう一度集めるために」


 カヤに促され、俺は植物に囲まれた部屋を後にした。胸の奥で、錆びにまみれたブローチが、今も微かに主張するように冷たく重い。


 みんな、絶対に生きている。待っていてくれ。

ゼノンの脅威から逃れるため、そしてバラバラになった仲間たちと再びステージに立つため俺は、あべこべになった新しい世界へと、運命の第一歩を踏み出した。

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