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スーパーノヴァ

 『シャルト』


 それは、人々の感情の高ぶり、熱狂、そして“音楽”によって生み出される生体エネルギーのこと。俺たちの暮らす【第三の星】のあらゆる文明やインフラは、化石燃料ではなく、すべてこの“シャルト”を動力源として動いている。

 そして、そのシャルトを最も効率よく、爆発的に生み出せる存在こそが、俺たち『アイドル』だった。


 数万人を同時に熱狂の渦に巻き込む俺たちは、単なる芸能人ではない。星の命を繋ぐ最高峰の国家インフラであり、人々の憧れと命の象徴。

 だからこそ、トップアイドルであるこの俺・リオンは、ただのエンターテイナーではなく、この星の光そのものとしてステージに立ち続けている。


 『リオン、スタンバイOKか?』


 暗転したステージの袖、インカムからディレクターの引き締まった声が響く。


 「イヤモニ、もう少し上げてもらってもいいですか?」

 『了解。まもなく照明落とすよ。…今日も頼むぞ、リオン』

 「任せてください」


 不敵に笑ってみせるが、胸の奥は心地よい緊張感で跳ねている。客席から漏れ聞こえる地鳴りのようなざわめきが、俺の皮膚を刺激した。

 メンバー達がそれぞれのポジションに着くと、目線で合図を送り合う。


 『カウント入ります。3、2、1……!』


 ガコン、と駆動音とともに、俺の身体が夜空に向かって突き上げられた。

 視界が一気に弾け、まばゆいペンライトの光が空間を埋め尽くす。その圧倒的な熱狂が、目に見えない大気のうねりとなって、スタジアム中央の集光コアへ純白の光となって吸い込まれていく。イントロが爆    音で鳴り響く中、俺は最高の笑顔でマイクを掲げた。


 「さぁ行くぞ。俺たちの──Supernova!」


 完璧な滑り出し。最高の熱狂。この瞬間のために俺は生きていると、全身の細胞が歓喜に震えていた。フォーメーションを変えながら、俺はステージのセンター、客席の全ての視線が俺に集まる特等席でマイクを強く握りしめ、フレーズを叫んだ。


 "Beyond the border, I'll take you to another world...!"

 (境界線を越えて、君を別の世界へ連れていくよ…!)


 その瞬間、世界が一番輝いた……

はずだった。


 ピキィィィーーーィン…!!


 ファンたちが一斉に見上げていた夜空に、おぞましい音が響き渡る。きらびやかな光の海が一瞬で凍りつき、満天の星空は、血にまみれたような赤黒い景色へと変貌した。


 「え、なにこれ」


 誰かの怯えた呟きが、静まり返ったスタジアムに冷たく響いた。

 直後、逃げる余裕さえ与えない爆音とともに、隕石……いや、違う。それは赤や紫、禍々しい原色に輝く異世界の星屑が降り注いだ。


 「皆さん落ち着いてください!」


 どんなに声を張り上げても、ステージや客席に突き刺さる星屑の騒音がすべてをかき消していく。


 「きゃあああ!」

 「うわあ! 逃げろ!!」


 さっきまでの完璧なステージはどこへやら、スタジアムは一瞬で黒い絶叫の地獄絵図へと変貌した。逃げ惑う観客やパニックの渦の真ん中で、俺は衝撃に耐えかねて床に叩きつけられる。メンバー達も、混乱の中で観客を落ち着かせようと必死に声を張り上げ、俺に向かって腕を伸ばしていた。


 「リオン! 掴め!」


 一番近くにいたメンバーの一人が、崩れ落ちていく足場から手を伸ばしたのが見えた。だが、その指先が触れ合う直前、凄まじい衝撃が俺たちの間を引き裂いた。


 「っ!?」


 謎の星屑が、俺たちを切り裂くように激突したのだ。結晶から吹き荒れた謎の爆風に吹き飛ばされ、俺はまたステージの奈落へと激しく叩きつけられる。

 視界が激しく歪む中、必死に俺の名を叫びながら、眩い光の中に消えていくメンバーたちの姿が見えた。


 「みんな……」


 伸ばした俺の手は、届かないまま。抗う術のない世界の崩壊は、この宇宙の星々を、あべこべに混ぜ合わせてしまった。


_______________


 目が覚めると、世界は最悪なまでに濁っていた。


 「…がはっ、ゲホッ……」


 肺に飛び込んできたのは、鉄錆の臭いと、喉を焼くような不気味な悪臭。

激しい耳鳴りの中、俺はふらつく身体をどうにか起こした。


 「みんな…どこに行ったんだ……」


 返事はない。顔を上げた俺は、その光景に言葉を失った。数万人の観客で埋め尽くされていたはずのスタンド席はボロボロに崩れ落ち、黒い錆にまみれていた。

 満天の星も、シャルトの光さえ消えている。唯一あるのは、不気味な血色の月光だけだった。


 「なんで……」


 ステージの床に手を突き、愕然とする俺の背後に、ドロリと重苦しい影が落ちた。

 ピチャ、ピチャと、全身が凍り付くような足音が響く。呼吸が苦しくなるほどに鼓動が跳ね上がり、恐る恐る振り返った。


 「君が、あの“アイドル”というやつかい?」


 そこにいたのは、断じて同じ星の者ではなかった。

 風になびく銀色の髪に、空と同じ赤黒い瞳。ねじれ曲がった二本の角を持ち、背中には大きな翼があった。端正な顔立ちをしていながら、不穏な空気をまとう彼は、間違いなく『第二の星』の魔族だった。


 「僕がここに着いたのが少し遅くてねぇ、君以外全員逃げちゃったんだよ」


 教科書でしか見たことのない別世界の強者が、なぜ今、目の前に立っている。なぜ、俺たちの存在を知っているんだ。


 「それにしても、噂では聞いていたけど……実物はそれ以上だなぁ」


 男は、残酷な笑みを浮かべて俺を見下ろした。暗黒を滲ませた赤い瞳が、獲物を値踏みするように光った。男が静かに一歩足を進めると、またピチャ…と泥を踏む音がした。その瞬間、男の背後から突如現れ た巨大な影が俺を覆う。

 魔法も、超能力も、戦うための肉体もない俺に、抗う術なんてあるはずがない。死の恐怖が、俺の全身から声を出す力すらを奪っていく。


 「お前のシャルト、いただきまぁす」


 鋭い爪で俺の頬を撫で、長ったらしい舌と白く尖った牙が垣間見えたその時だった。


 「ゔっ……ゴプッ……」


 男は、目の前で口から大量の血を吐き、それまでの傲慢な瞳を激しく揺らした。

目を見開いた俺の視界の先には、男の胸の真ん中を黒い異形の影が鋭くぶち抜いていた。その瞬間、男の胸からどくどくと青い血が溢れ出る。


 「死ね」


 もう一度、俺の背後から黒い何かが男の心臓を目掛けて飛びついた。

しかし、二度も食らうわけにはいかないと言わんばかりに、男は忌々しげに舌を鳴らし、大きな翼を広げて空へと跳ね上がった。

 胸から青い血を滴らせながらも、その瞳には奇襲を仕掛けてきた存在へ敵意が宿っている。


 言葉もない俺の視界の真ん中に、バサリと静かに着地する影があった。

 背後から飛び出してきたその主は、不気味な覆面で顔を隠した、小柄な少女。

男の胸をぶち抜いた黒い異形は、彼女の背中からまるで影のようにうごめきながら生え出ていた。


 「ねぇ、僕の獲物なんだけど…横取りとか趣味悪ぅ」

 「黙れ、消えろ」


 少女の声は低く、酷く冷たかった。同時に、彼女の背後から伸びる黒いそれが、爆音を立ててもう一度男に飛びつく。激突は一瞬。空を駆ける銀髪の魔人と、地を這う黒い異形が、目にも留まらぬ速度で火花を散らす。


 しかし、彼女はずっと俺を庇うようにして戦っていた。


 男の攻撃を正面から捌きながら、彼女は驚くほど器用にこちらへと飛んでくる破片や異物を残さず徹底的に砕いていく。


 「ここから、3時の方向。早く逃げて」


 激しい交差の最中、彼女は男を見据えたまま、俺にだけ聞こえる細い声で鋭く告げた。男と火花を散らし、俺というお荷物を背負いながら彼女は互角以上に渡り合っている。


 「……っ!」


 彼女の言葉に弾かれたように、俺は無我夢中で彼女が示した方向へと走り出していた。背後から響く肉を切り裂く音と、狂ったような風の唸り。

 振り返る余裕なんてなかった。いま何が起こっているのか、どうして目の前に第二の星の魔人族たちがいるのか、何一つ、分からない。


 意識が朦朧とする中、俺は光が見えるまで走り続けた


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