本当の強さ
喉が、熱い。
レイの肩に置いた手から、お互いの鼓動が、シャルトがシンクロしていくのが痛いほど伝わってくる。
俺たちの歌声が重なるたび、洞窟の闇が水色の光で塗り替えられ、前線で暴れ回るハルたちへとエネルギーが吸い込まれていくのが目に見えて分かった。
レイも息を切らせながらも、最高に不敵な、あの日ステージの上で見せていたような輝かしい笑みを俺に向けた。その視線の先では、ハルの雷撃とユンの爪、そしてカヤの氷竜が、ネネリオーズの軍勢を圧倒的な力で圧倒し始めていた。
「は? アイドル……って、マジで言ってんのっ!? 匂いから只者じゃないのは分かってたけど……マジで実在してたわけ!?」
ネネリオーズの顔から、さっきまでの余裕ぶった笑みが完全に消え失せた。その大きなサファイアのピアスが、焦燥に駆られた彼女の動きに合わせて激しく揺れる。
大釜の柄を両手で握り直すと、顔を真っ赤に染めて絶叫した。地を震わせるほどの魔力が彼女の肉体から噴き出し、赤黒いオーラがその華奢な身体を覆っていく。
「このうちを舐めんじゃないわよぉ!!!」
凄まじい踏み込みと共に、ネネリオーズが弾散る弾丸のように突進してくる。狙いはカヤの氷竜ではない……その背後で歌い続ける、俺とレイだ。
彼女は直感で理解したのだ。この戦況を引っっくり返した元凶である、俺たちの歌を止めなければ敗北する、と。
「させないよっ!」
空中から凄まじい速度で急降下してきたハルが、両手から放った電撃をネネリオーズの足元へ正確に叩き込む。地割れを起こすほどの衝撃がネネリオーズの足を止め、巻き上がった爆煙の中から、さらにユンが獣の如き咆哮を上げて飛び出した。
「チッ!!鬱陶しい!!!」
ブーストされたシャルトを両爪に宿し、ユンがネネリオーズの鉄釜へと強烈な一撃を叩きつける。
──ガキィィィィンッ!!!
金属同士が激突したような凄まじい衝撃波が洞窟内を駆け巡る。さっきまでは力負けしていたユンの爪が、今はネネリオーズの馬鹿力と真っ向から互角に切り結んでいた。
「くっ、そ……! うちは負ける訳にいかないんだよ……っ!」
ネネリオーズは徐々に焦りから目に涙がたまっているように見えた。見るからに彼女は戦闘狂ではあるけれど、その根底にあるのはただの暴力の愉悦じゃない。絶対に引けない「何か」が、彼女の小さな身体を突き動かしているようだった。
「ネネ様が負ける訳がない!!」
「俺たちにはネネ様がいる!」
手下の鬼たちがそう、何度も立ち上がりながら、俺たちに襲い掛かった。
涙を拭おうともせず、ネネリオーズが狂ったように鉄釜を振り回す。その猛打は、焦りで精度を欠いているものの、逆に野生の狂気と執念が乗って重さを増していた。キィン! とユンの爪が掠り、火花が暗闇を散発的に照らす。
「…なにこれ、やっば……っ!」
ハルが歯を食いしばりながら、その怒涛の連撃を間一髪で受け流す。強力に維持できているとはいえ、ネネリオーズの捨て身の馬鹿力は一歩間違えれば即死級だ。
「ハル、ユン、下がって!」
背後からカヤの鋭い声が響き渡る。
次の瞬間、傷一つない巨大な氷竜──『水天の狂龍』が、ネネリオーズと群がる鬼たちの頭上から、その巨大な顎を開いて一気に牙を剥く。
「これで、終わりよ」
「いや……だっ……ぁ!!!!」
氷竜の激流に呑み込まれ、ネネリオーズの悲痛な絶叫が白くかき消されていく。
爆発的な冷気が静まり返ったとき、そこには力なく地面に膝をつき、激しく息を切らす彼女の姿があった。
自慢の釜は手からこぼれ落ち、うっすらと霜が降りた地面に冷たく転がっている。
______負けた。
その事実が、ネネリオーズの心を粉々に砕いていた。
生まれた時から規格外に強かった。強かったから、みんながうちを見てくれて、慕ってくれた。
強くなければ意味がない。
勝たなきゃ誰も側にいてくれない。
ただそれだけを心の拠り所にして、勝つことと強さに執着し続けてきたのに。
「あは、は……。うちは、負けたんだ……。もう……どうでもいい……」
ぽろぽろと目から涙が溢れ落ちる。強さを失った自分に、もう価値なんてない。そう思った瞬間、身体から完全に生きる気力が抜け落ちていた。
その時だった。
カヤの放った特大魔法の衝撃に耐えかねたのだろう、ネネリオーズの真上にある天井の岩盤に、メキメキと巨大な亀裂が走った。
「ネネ様っ!! 逃げて!!」
手下の鬼たちが絶叫しても、ネネリオーズはゆっくりと頭上を見上げるだけで、逃げる素振りすら見せなかった。視界の先では、彼女の小さな身体を容易く押し潰せるほどの巨岩が、轟音を立てて落下してくる。
もう、どうだっていいじゃん……。うちは、弱虫になっちゃったんだから……
ネネリオーズが静かに目を閉じた、その瞬間だった。
「……っ…!!」
すぐ真横から、鋭い声と共に白い影が飛び込んできた。凄まじい衝撃と共に、ネネリオーズの身体が地面を転がる。直後、激しい地響きを立てて、さっきまで彼女がいた場所に巨岩が叩きつけられた。
「……え?」
ネネリオーズは、何が起きたのか分からず目を開けた。視界に飛び込んできたのは、破れた白いステージ衣装。
さっきまで自分たちが鎖で繋いでいたはずの人間___レイだった。
レイは息を荒くしながら、自分の身体を盾にするように、ネネリオーズの小さな身体を優しく、そして決して離さないように強く抱きしめていたのだ。間一髪のところで、彼女を抱えたまま岩の落下地点から飛び退いたのだと、すぐに分かった。
「はぁ、はぁ……っ! 間に合って良かった……」
レイは腕の中のネネリオーズを見下ろし、顔の土を払いながら、ふっと柔らかく微笑みかけた。
「な……んで……」
ネネリオーズの思考が完全に停止する。
人間は弱いはずだ。鬼族のような出力もない。しかも、ついさっきまで敵として命を奪い合おうとしていた相手だ。何より、負けて『弱くなった』自分なんて、助ける価値も、意味もないはずなのに。
「なんで……助けるのよ……っ! うちは負けたの! 弱くなったのよ!もう価値なんて……っ!!」
わけが分からないというように、ネネリオーズはレイの胸元に拳をぶつけながら、子供のように泣きじゃくった。そんな彼女の頭に、レイはそっと大きな手を置いた。
「強くなくたって、負けたからって、君の価値が消えるわけじゃないだろ」
レイの真っ直ぐな声が、洞窟の中に静かに響く。
「俺は、リケル村で子供たちと遊んでいたところを、君が寂しそうに眺めていたことを知ってるよ」
レイはあの日ステージの上で見せていたような優しい瞳でネネリオーズを見つめた。その温かさに触れた瞬間、ネネリオーズの胸の中で、これまで彼女を縛り付けていた「強さの呪縛」が、ゆっくりと融けていくような気がした。
「……え?」
ネネリオーズは、レイの胸に押し当てていた拳をぴたりと止め、涙で視界がぐしゃぐしゃのまま、ゆっくりと顔を上げる。
きっと彼女は、今までずっと『強さ』だけを求められ、戦うことしか教えてもらえなかったのだろう。だから、どうやってあの無邪気な輪に入ればいいのか分からなかったのだ。
互いに名前を呼び合い、ただ笑いながら駆け回る人間たちの姿。自分には決して手に入らないその温かさに、彼女は胸を焦がすほどの羨望を抱きながら、じっと物陰から見つめていたのだから。
「君のその強さは、存在意義のために使うものじゃないよ。……きっと、誰かの希望になるために与えられた力だ」
「あ……、あ、う、あぁ……っ!!」
ネネリオーズの喉から、言葉にならない嗚咽が漏れ出た。
ずっと、誰にも気づかれたくなかった。誰もが自分の「規格外の出力」だけを恐れ、崇め、祭り上げる。強くあることだけが、鬼族のトップとして居場所を保つ唯一の条件だった。
だけど、本当は。
ただ、何の意味もなく、理由もなく、あの村の子供たちみたいに誰かと一緒に笑い合いたかった。相手にしてほしかった。
「う、うち……っ、うちはぁぁぁ……っ!!」
ネネリオーズは、もう強がることも、トップとして振る舞うことも忘れ、レイの破れた衣装を両手で強く、強く握りしめながら、大声を上げて泣きじゃくった。
その泣き声は、暗く淀んだ洞窟の中に、ただの小さな女の子の寂しさを洗い流すように優しく響き渡っていた。
手下の鬼たちは、そんな二人の姿を見て、武器を構えることさえできずに呆然と立ち尽くしている。彼らの目にも、涙がじんわりと浮かんでいた。
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どっと押し寄せた泥のような眠りから、俺がようやく目を覚ましたのは、あの激戦から丸三日が経った日の午後だった。
「ん……、いった……」
「リオン! 気がついたのか!?」
ベッドから上体を起こすと、隣のベッドで同じように包帯を巻いたレイが、すでに顔を起こして苦笑いを浮かべていた。
カヤのあの超強化魔法『聖泉の息吹』によるブーストは、俺たちの精神と肉体に、数日間起き上がれなくなるほどの凄まじい反動をもたらしていたのだ。
身体の節々の痛みに顔をしかめながら、ふと窓の外に目を向ける。てっきり鬼族の襲撃で荒れ果て、静まり返っているかと思ったリケル村からは、驚くほど活気のある賑やかな声が響いていた。
「……なぁレイ。なんか外、お祭りでもやってるみたいに騒がしくないか?」
「ああ。俺もさっき目が覚めて驚いたんだ。ちょっと行ってみようぜ」
俺たちは互いに肩を貸し合いながら、ふらつく足取りで宿屋の外へと出た。そこで目に飛び込んできた光景に、俺は自分の目を疑った。
「ほらよっ! そっちの丸太、しっかり支えとけよ!」
「うおっ、すげぇ力……! 助かるよ、鬼の兄ちゃん!」
なんと、あれだけ村を恐怖に陥れていた巨体の鬼族たちが、持ち前の怪力を使って、壊れた民家の屋根を修理したり、重い木材を軽々と運んだりして、村の復興を大汗をかきながら手伝っていたのだ。さらに別の場所では、鬼たちが山から採ってきたばかりの新鮮な果物や獣肉を、村人たちに笑顔で手渡している。
「これ……どういうことだ?」
呆然とする俺たちの前に、一人の少女が、あの特徴的なピンク色のツインテールを揺らしながら歩み寄ってきた。
「あ、やっと起きた。いつまで寝てるのよ、この寝坊助コンビ」
腕を組み、無愛想な顔でネネリオーズは悪態をついた。しかし、大釜は背負っておらず、どこか吹っ切れたような、年相応の晴れやかな笑顔を浮かべている。
「君が……、みんなに指示を?」
俺が尋ねると、ネネは少し照れくさそうに頬を掻きながら、地上の鬼たちを見やった。
「まぁね。あの日、レイに言われて……うち、ずっと考えてたの。強くなきゃ意味がない、勝たなきゃ居場所がないって思ってたけど、それってただの思い込みだったんだなーって」
ネネリオーズは一歩、レイの方へと歩み寄る。その大きな瞳には、もうあの時の焦燥も恐怖もなかった。
「誰かを怯えさせるための強さじゃなくて、誰かを助けるための、助け合うための強さ。そういう使い方のほうが……なんか、あいつらも楽しそうだしさ。うちも、こっちの方がずっと良いって思えたんだ」
「ネネリオーズ…」
レイが優しく微笑むと、ネネは一瞬で耳まで真っ赤になり、慌ててツインテールを引っ張って顔を隠した。
……あ、これ、完全に惚れてるな
あの日、絶望の淵から生身で自分を抱きしめ、存在を肯定してくれたレイに、ネネは完全に恋に落ちてしまったらしい。わかりやすすぎる態度に、俺は思わずニヤけてしまう。
「そ、それでさっ!」
ネネは急に真剣な表情になり、俺とレイの顔を真っ直ぐに見据えた。
「うち、決めたの。あんたたち、これから旅に出るんでしょ? だったら……うちも連れていきなさいよ!」
「えっ? ネネが仲間に?」
「そうよ! あんたたちの力になりたいの。それに……」
ネネはチラリとレイを上目遣いで見つめ、小さな拳を胸の前でギュッと握りしめた。
「本当の強さを教えてくれたあんたにもお礼したいしっ…」
「はは、それは心強いな。よろしく、ネネリオーズ」
レイが差し出した手を、ネネは嬉しそうに、だけど今度は壊さないように優しく、小さな両手でギュッと握り返した。
かつて最強の敵として立ちはだかった鬼族の長、ネネリオーズ。
これ以上ないほど頼もしい最強の仲間を迎え、俺たちの異世界アイドル旅は、さらに賑やかに、そして熱く加速していく______




