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校内の面談室に呼び出しを喰らった鷲田は、いつも通りのジャージ姿のままで、その場にやって来た。
部屋の外では知り合いの教師が立っており、やってくる鷲田の姿を見て声を掛けてきた。
「鷲田先生」
「お待たせしました。どちら様です?」
「なんでも、扇大高校のサッカー部の監督さんらしいです。サッカー部の次の対戦相手でしたっけ」
「っ!?」
予想外の、次戦相手の監督の来訪であった。まだ確実な証拠こそはないが、今回の集団食中毒事件を引き起こした黒幕の可能性が大いにある相手。
鷲田は和やかな雰囲気から一転、険しい顔つきとなり、ドアを見る。
「他の生徒とは会わせてないですよね?」
「え、ええ。私が正門のチャイムを鳴らしたあの人を駐車場まで案内して、ここまで連れてきました」
「そうですか。中にいるんですね?」
「は、はい。なんだか鷲田先生、雰囲気が、顔もどこか強張ってますよ……?」
いつもの飄々とした様子とは真逆の様子に、知り合いの教師も狼狽している。
そんな指摘をされ、鷲田は努めて冷静に口角を上げ、「別にいつも通りですよ」とにこっと笑って見せていた。――内心では渦巻く怒りと、背筋がぞくりするような緊張感を漂わせながら。
知り合いの教師を戻らせ、面談室の中に入る鷲田。
ローテーブルを挟んで向かいの窓側のソファの席には、高級そうなスーツ姿の男の姿があった。
「どうも、駒野場サッカー部の監督さん、ですね?」
「どうもどうも。駒野場サッカー部顧問の鷲田と言います」
「扇大高校サッカー部の顧問をやっています、毒島と言います。以後お見知りおきを」
にこり、と笑みを浮かべる毒島と握手をすることもなく、鷲田は向かいの席に座る。
「それでわざわざ、日曜日の試合前にご足労頂けるとは、何用ですかね?」
置いてあったお茶も飲まずに、鷲田は早速本題に入る。
「いやはや聞きましたよ。集団食中毒が起きてしまったと。まずは被害にあったサッカー部の生徒さんに心からお見舞いを」
「それはどうも。まだ世間的にニュースになっていないはずですが、随分とお早くお知りになったことで」
「噂と言うのは得てして広まってしまうものです。水面に落ちた水滴の波紋のように」
毒島は机の上で両指を交差させ、その上に自身のあごを置くような姿勢で、鷲田を値踏みするように見やる。
「せっかくの対戦相手なのに、それがこんな状況になってしまうとは、我々も残念です」
「ははは。ぜひとも日曜日の試合はお手柔らかにお願いしたいですね」
日曜日の試合。その単語を聞いた毒島の眉が、ぴくりと反応する。
「おや? まさか本当に日曜日に戦うつもりでしょうか?」
「つもりってそりゃあ、スケジュール的にもそうでしょうし、戦いますよもちろん」
鷲田は努めて冷静に、微笑みを浮かべながら答える。
「これは驚いた。選手の為を思うのであれば、無理に試合はしないほうが賢明かもしれませんよ?」
「つまり、試合はやめた方がいいと? それはどうしてですか? よくわかりませんね」
わざと声音を上げて、お馬鹿さんのような口調をして、何もわかっていない風を装って鷲田が聞くと、毒島は半分ムッとし、半分呆れるような表情で、こんなことを言ってくる。
「考えてみてください。主力メンバーは殆どいない、つまりは二軍メンバーで公式戦に出場する。実力差は歴然です。そんな中惨敗して、これを機にサッカーがトラウマになってしまう生徒だっているかもしれない。仮に善戦したとしても、主力メンバーがいない中でのこと。試合に使われないのに、せっかく善戦しても全てが無意味なような試合に、わざわざ出る意味もないかと思いますが」
「つまり貴方が言いたいのは、駒野場サッカー部に日曜の試合は諦めろ、と?」
鷲田が眼鏡を光らせて問えば、毒島は待っていました、と言わんばかりにこくりと頷く。
「まぁ端的に言えば、そうなりますね。変なトラウマは選手に植え付けるべきではないと、思いますしね」
毒島は人差し指をぴんと立て、得意げに語る。
ははは、と鷲田は思わず声に出して笑っていた。
「お言葉ですが毒島監督。駒野場サッカー部をあまり舐めない方が良いですよ。2軍だろうとかそんなのは関係ありません。俺たちは通常通り試合をして、全力を尽くすだけです。せっかくの忠告はありがとうございます。次は日曜日、試合当日にお会いできるのを楽しみにしています」
「……ほう。自分自身の実績の為に無理にでも選手を戦わせようとするその姿勢、気に入りました」
「いえいえ。戦いたいと言っているのは何よりも選手たちの方ですから。監督であるこの私は、その意向を汲み取ったまでですよ」
そうして、鷲田との面会を終えた毒島は、駒野場高校の駐車場まで歩いて向かう。
「……ふん、戦っても無意味だと言うのに、分からず屋め。いいでしょう。日曜の試合で完膚なきまでに叩き潰してやる」
そんな物騒な独り言をつぶやきつつ、自身の車に乗り込む毒島。
その様子を、校舎の影から覗いている、駒野場高校の学生の姿があった。




