10
1年生トリオと解散した鷲田は、そのままミーティングルームに入り、そこと隣接している監督室へ。
ドアを開けた瞬間、漂うタバコの臭いに、はぁとため息をする。
「俺はもうタバコやめたんだが……」
「うっさいわね。アンタが吸わなくなっても私には関係ないわ」
普段自分が座っている回転式の椅子にどかっと座り、お構いなくタバコを吸っている、静石。サッカー部員の前ではギリギリ健全な養護教諭としての体裁を守っていたが、タバコを咥えて気だるそうにしている姿はおおよそ教師のソレではない。しかし、その腕は確かなことで評判だ。
「それで、どうだったの?」
静石はどこか楽し気に、鷲田に尋ねる。
歩きながら鷲田は、真剣な表情で口を開く。
「ビンゴだった。扇大高校と初戦で当たった細宮高校も、試合前に選手たちが纏めて高熱と腹痛を発症していた。向こうのサッカー部員が教えてくれたよ」
鷲田は自身の足で、扇大高校の初戦の相手だった細宮高校まで行き、そこで下校する生徒から情報収集を行っていたのだ。
「あちゃあ。じゃあもうほぼクロ確って事ね」
「ああ。連日の騒ぎは間違いなく、扇大の仕業だろう」
扇大高校が試合相手に対し行っていたのは、相手選手の事前排除。サッカー界どころか、スポーツ界から見ても前代未聞の行いである。
「ただ、扇大が今回の件に関わってるという明確な証拠はない……。証拠がない以上、今の段階では警察に行ったところで意味はないんだろう」
「日本の医療と保健所舐めてるのかしら? そんなの調べたらすぐに出るわよ」
静石はマニキュアを塗ってある自身の爪先をじっと見つめながら言う。
「けど、結果的に駒野場は餌食となってしまった。そしてこのまま扇大が不戦勝でも勝ち進めば、新たな犠牲者が出てしまうかもしれない。保健所はすぐ動いてくれるだろうけど、結果が出るのはいつになるのかはわからないし、そこから警察の捜査だって時間はかかるだろう。その間、インターハイは止まらない」
鷲田は悔し気に、その場で握りこぶしを作っていた。
「だからこそ、何としても。駒野場が今度の試合は勝たなくちゃいけない。サッカーをする人を守るためにも、駒野場が勝って、扇大を止めるんだ」
「……」
鷲田のそんな言葉を聞いた静石は、自身の指先に映る彼をじっと見た。
「……アンタは昔から、サッカーの事になると熱くなるのね。変わらないわね」
そんな事を旧知の仲の彼女から言われ、鷲田は口角を上げていた。
「俺も、彼らと同じくサッカーが大好きだからね」
ふっと微笑んだ鷲田の視線は、自分の机の上に。そこには、数日前に撮影したばかりの、地区大会予選初戦突破を果たした駒野場イレブンの記念写真が置いてあった。
――翌日の木曜日、早朝。駒野場市の天気は連日の小雨で、今日の霧も濃い。
雨の天気でも、欠かさずに早朝ランニングをする、フードを目深に被った少年。今日もお決まりのコースを走り、息を切らす。
(またあの車だ……)
今日もまた工場らしき巨大施設の前の門は開いており、見慣れない高級車が停まっているのを見る。
小雨であったが、ふとその車のナンバープレートを見てみる。そのプレートには【扇大市】と刻まれていた。
(扇大市……。二つくらい離れてる市の車が、ここに……?)
扇大……最近どこかで聞いた名前だと、思い返していたのと同時に、工場の中から出てくる人影が二つ。少年はランニングの歩幅を小さくし、わざと速度を緩くして、小雨降る中傘を差して会話をしている二人に向けて聞き耳を立てる。傘のせいで二人の顔は見られないが、逆にこちらの姿も見られる事がない。
「――では、約束通り、報酬はお願いしますね……?」
「明日、もちろん支払いますとも……」
「このことはくれぐれもご内密に……」
「ええ……」
一人は工場の作業着らしきつなぎを着て、どこか不審そうにそわそわしている様子。もう一人はシックなスーツ姿で、工場関係者の方と比べると声音は震えておらず、堂々としているようだった。
「ギャンブルで失ったお金も、きっとすぐ戻ってきますよ」
「あ、ああ、助かります……」
(お金の貸し借りかな……。あまり顔を合わせちゃいけないタイプかもしれない……)
偏見ありきではあるが、おそらく高級車の持ち主がスーツの男の方と見て間違いないだろう。
少年は恐怖心を感じ、そそくさとその場を後にしていた。




