22 駒野場高校 0:0 北平高校
選手交代の直前。タッチラインの傍でその瞬間を待つ、涼宮透と御子柴達樹は、前面に広がるピッチを見つめ、静かに言葉を交わす。
「はは……完全アウェイってこういう感じか。俺たちを応援する声は一つも聞こえちゃこねぇ」
「? そうかな? 耳を澄ませば、向こうで応援してくれてるよ」
透が指をさしてそちらを向けば、駒野場サッカー部員たちが確かに観客席にはいた。かなりこじんまりとした場所であるが、間違いなくこちらを見ている。
達樹もそれを見て、いくらかざわつく心中を落ち着かせる。
「そうだな。負けられねぇな……。三國先輩や、俺たちと変わる先輩たちのためにも、だ」
「ああ。絶対に後半で試合は決めて見せる」
「強く出たな。延長戦まで行ってPKでワンチャン狙うって作戦じゃないのか?」
達樹からの問いに、いいや、と透は首を横に振る。
「戦力差やPKの技術を考えても、延長戦になればなるほど逆に駒野場は不利だ。絶対に負ける。三國先輩を下げてまで勝負に出た意味がなくなる」
「やっぱり、三國先輩を前半だけで下げたのは作戦か」
「うん。北平こそこの勝負、きっと後半戦で仕留めに来たんだろう。向こうは決勝を見据えた強豪校だ」
言葉の途中から、真横のテクニカルエリアで苛立ちを露わにしつつ選手に指示を出す北平の監督を横目でちらりと、透は見ていた。
北平の監督からすれば恐らくそれは、選手たちに的確な指示を与えて勝利に導く道標になると違いないと思っているのだろう。しかしそれは時にピッチ上で戦う選手たちの自尊心を失わせ、焦燥感だけを与え、プレーの精彩を欠かせる悪手。自由にやらせる選手の独創性を奪い、縛り付けるだけの諸刃の剣でもあった。
視線を中央に戻した透は、
「確かに向こうの選手層は厚いけど、先々の事を考えていればある程度決められたプラン通りに行かなければ、その計画は破綻する。ましてや初戦。俺たち駒野場戦で余力を残しておきたい。そんな考えだったはずだ」
でも、と透は今一度周囲を見渡す。この戦場を見守る観客たちの期待に満ちた目線の数々が、次第に失望に変わりつつあるのを、見て取っていた。
「環境がそれを許さない。駒野場相手に、圧勝と言う強さを見せなければ、周りの人々の期待の眼差しは一気に不安や怒りに変わるだろう」
「確かに、この北平の応援が次第に落胆に変わってきてるな」
達樹も周囲を見渡して感じ取っていたようだ。
「うん。人は何かに期待すれば期待するほど、その期待が叶えられなかった時の失望感は大きくなる」
「反転アンチってやつか。愛情の裏返しだな」
「うん。だからこそピッチで戦う選手たちは、期待に必死に応えようとする。でも相手の監督が逆にそのやる気を奪う。そして駒野場は前半を耐え切った。そしてさらに無名の1年を使って来た。相手からすれば、堪ったもんじゃないだろう。まさに悪循環ってやつだ。俺たちはそこにつけ込んで、勝機を見出す。この圧倒的な北平の歓声を、逆に利用して、駒野場の味方にするんだ」
はっきりとそう言い切る透に、達樹は何か末恐ろしい化け物でも見るような視線を送っていた。
「……前から思ってたけど、お前、怖いわ……」
「? そうかな? よく存在感なくて、無味無臭だって言われるし、そんな扱いだけど……」
「そういう奴を敵に回した時が一番怖いんだよ……」
やれやれと、達樹が肩を竦める。
透は持ち上げた自分の右手をじっと見て、隣に立つ達樹に微笑んだ。
「安心してくれ、今は仲間だろ?」
「ああ、そうだな。つくづく、お前が仲間でよかったぜ」
「そういってくれると嬉しいよ。俺も、御子柴と仲間でよかったよ」
そして鳴り響く、交代のアナウンス。
透と達樹は手を掲げ合わせ、交代でやって来た先輩たちと手を交わして、同時にピッチに入っていった。




